第29話 泥濘からの脱出 

 

 俺達の周囲にはサンドワームが至る所にその姿を現している。数m程体をくねらせながら泥濘の中から出てくると直ぐに潜ってしまう。

 やはり、本能的に土の外は危険だと知っているのだろう。

 何かボウフラのような動きに見えるが、ミミズの親戚だとアレクが教えてくれた。

 

「記録では太さ3mで長さが25mが最大らしいが、騎士団の噂では太さ5m長さ50mのものも存在するらしい。獣機コングを1機丸呑みにしたらしい。そんな奴もいるかもしれないと思っていれば良いだろう」


 衝撃的な話をアレクはしてくれたけど、事前に振動なんかで接近を予測出来なかったのかな? それとも、そんな技術の無い時代の話なんだろうか?


「肉食巨獣はあまり接近して来ないわね。一番近付いたのでも60km付近だわ」

「泥濘で足を取られるからだ。サンドワームはチラノ類の好物でもあるが、サンドワームは何でも食べる。足を取られた巨獣を数百のサンドワームが襲う光景を見たことがあるぞ」


 ピラニアみたいな奴だな。そうなると、足場が確かな周辺部付近でチラノ達は狩りをしてるんだろう。

 

「ですが、ヴィオラ艦隊は嵐の前に高台に避難しています。俺達の回りは比較的乾燥が速いのではありませんか?」

 

 ベラスコが心配そうにアレクに訊ねる。


「そう言う事だ。だが、高台の周囲は低地が多い。俺達の周囲が乾燥しても周囲には泥濘地がかなり残ることになるだろうな」

 

 となると、今日1日待つ位ではラウンドシップを動かせないという事か? だけど、大河でさえ越えてこられたんだから、泥濘も問題にはならないと思うのだが……。


「しばらくは様子見と言うところだな。ラウンドシップは泥濘でも進めるが、巨獣の出現場所と進路が予測できん。ある程度目星が付いてから脱出するんだろう」


 今頃ブリッジは3つのラウンドシップの騎士団長が激論を交わしているに違いない。それとも静かに事態を見守っているんだろうか。

 まさか、レイドラが部屋に篭って神託を待ってるなんてことは無いだろうけどね。

              ・

              ・

              ・


 昼食も、軽いサンドイッチになる。マグカップのコーヒーを飲みながら皆で食事をしていると艦内放送が流れた。


『1500時にヴィオラは南に向けて移動します。10分前までに、戦機ナイトは装甲甲板に移動。リオ機はガリナムに移動してください。繰り返します……』

「いよいよって事ですね」

「今の放送だと、ガリナムが先導だ。75mm砲が12基はそれなりに使える。ベラドンナを挟んでヴィオラが後衛になるんだろう」


 だけど、ヴィオラは500tバージを5台曳いてるんだよな。そして、ベラドンナも200tバージを3台引いてる。

 場合によっては、ガリナムで翻弄しながらヴィオラを逃がす事も考えているに違いない。ベラドンナの速度が一番遅いし、ガリナムは元が駆逐艦だから最高速度は時速50km近く出るんじゃないか? バージも引いていないからね。


 1430時に俺達は待機所を出てカーゴ区域に向かった。

 1440時にアリスに乗り込む。全員が戦機に乗り込んだことを確認したアレクの号令で、昇降装置2台を使ってヴィオラの装甲甲板に勢揃いする。


「リオ、ガリナムを頼むぞ!」

「分ってます!」


 アレクにそう答えると、40mmのマガジンを2つ持って、ライフル砲を肩に大きくジャンプした。

 傍で見ると、強靭なアクチエータ出力に見えるだろうが、実際には反重力アシストによるものだ。

 反重力装置は実用化されてはいるのだが、大型で且つ多量にエナジーを消費する。よって、ラウンドシップのような大型艦の核融合炉でもなければ反重力装置のドライブは不可能だ。バージが浮いているのも、ラウンドシップの電力によるものだ。

 

 アリスのリアクターは次元のねじれを利用しているようなのだが、俺にもそのシステムを説明することは出来ない。

 だが、かなり高出力のエナジーを取り出せるようだ。アリスの体内には4つの反重力装置が組み込まれていると本人が教えてくれた。おかげで、地表を滑空する事も出来るし、空だって飛べるのだ。

 

 トンっと軽くガリナムの船体上部にある装甲甲板に降り立つ。

 本来は何もない甲板なのだが、ガリナムはここに9基の75mm長砲身砲を設置しているのだ。ある意味、俺が立つ場所が無いように思えるんだが……。


『ガリナムブリッジより入電です。直接交信を望んでいます』

「分った。繋いでくれ」


「こちら、クリス。リオね。戦姫バルキリーはブリッジの左舷に固定してちょうだい。かなり操船が荒いから、振り落とされないでね」

「了解。確かに、ここは邪魔ですね」


 アリスはゆっくりとブリッジの左舷に移動する。

 そして前方を見据えるように立つ。


 全周スクリーンで右上を見ると、ブリッジの左舷の窓に数人が集まってアリスを見ている。そんな彼らに右腕を上げて挨拶すると、盛んに手を振ってくれた。

 

「クリスよりリオへ。さあ、出掛けるわよ!」


 通信が終る前にグンっとガリナムが浮き上がり、ゆっくりと大きく旋回しながら南へと進み始めた。

 ザァーっと多脚が泥を掻く音が聞こえてくる。

 俺達の動きで周囲のサンドワームの動きが活発化しているが、これは逃げようとしているようだな。


『周囲にはサンドワームのみです。他の巨獣は探知できません』

「今のところは……、だな。円盤機で偵察はしてるが何時チラノの群れがやってくるかは判らないぞ」


 南に20km程移動すれば、泥濘地を抜け出せるらしい。多脚式移動システムは荒地には便利だが泥濘地や水上ではあまり速度が出せないみたいだ。時速20kmに満たない速度で移動しているから、抜け出すまでには後1時間は掛かるだろう。


『ガリナムより入電です。40km南西にイグナスの群れを発見。周囲に巨獣は見当たらず……』

「イグナスがいると他の奴等が来る可能性があるからな。サンドワームもいるし、円盤機は緊張してると思うよ」

 

 食物連鎖的に言えばイグナスは低位にいる。若い食肉巨獣には良い獲物になる。

 王女様やベラスコは、ワクワクしながら待ち構えているだろう。そんな光景をアレクが苦笑いしながら見ているような気がするぞ。


「ガリナムブリッジに周囲の状況を確認してくれないか?」

『了解……確認中。……確認中。……状況が届きました。イグナスの群れに20kmまで接近する予定。全砲門はそちらを指向しているようです。他の群れは確認できません』

 

 となると、しばらくは休憩出来るな。

 アリスの胸部装甲版を解放してコクピットのポッドを開くと、アリスの左手に飛び乗った。

 

『ブリッジから通信。「どうかしたのか?」と聞いています』

「一服したいだけだ。連絡してくれ」


 そう言って、手の平に胡坐をかいて一服を始める。

 少し揺れるけれど、アリスが俺を落とすことはない。


 ブリッジの窓を見ると呆れたような顔をしたクリス騎士団長の姿が見えた。

 片手を振ると、マグカップを持った片手を見せてくれた。向うも、状況の急変に備えて休憩中のようだ。

 コーヒーか……。俺も飲みたくなってきたぞ。小さなボトル入りのコーヒーを買い込んでおくか。そんな事を考えながら、2本目のタバコに手を伸ばす。


 周囲は泥濘で、サンドワームがまだ浮かんで来てるが、空は快晴だ。気温は30度を越えているから、だいぶ汗ばんできた。

 左手をコクピットのポッドまで移動してもらって、コクピットに納まる。ゆっくりと胸部装甲版が下りて、俺の体をシートが包み込む。


『ブリッジからです。前方60kmにアウロス4頭を発見。警戒警報が発令されました』

「確か、南西にイグナスがいたんだよな。それを狙ってるのかも知れないぞ」

『距離が開きすぎてます。アウロスはサンドワームを狙っている可能性が高いと推測します。移動速度、時速20kmで私達のラウンドシップに近付いています』

 

 となると、東に進路を取ることになるのだろうか? 会合時刻は1時間半後になるな。

 

『円盤機の通信を傍受しました。東にレックスの群れ。数は10頭前後という事です』

 

 東にも進めないじゃないか。となると、南西を目指すことになりそうだ。イグナスならばこの艦でも蹴散らせるからな。


『円盤機からの通信を傍受しました。イグナスに向かってイグナッソスの群れが近付いているそうです』

「残りは北になるのか?」

『それも、似たような危険があります。サンドワームを狙って大型巨獣が接近しているとの報告をもう1機の円盤機が報告しています』

 

 て事は、どこに向かっても危機的状況に変わりがないって事なのか?

 アレクが言ってた、本当の怖さは嵐が終ってからと言うのはこう言う事か。となると騎士団長達の判断が楽しみだな。

 しばらくしてアリスがドミニクからの通信を告げてきた。


「真直ぐ南に向かいます。リオ、ガリナムを頼んだわよ!」

「了解。南が一番巨獣が少ないからね。とは言え、アウロスは中型巨獣だ。ヴィオレからの援護を期待するぞ!」


 40mm長砲身のライフル砲を、アリスにレールガンと換装するように指示を出す。

 一瞬で武装が変わった事に気付いて者はいないはずだ。

 1時間が過ぎた。その間に新たな情報は入ってこないところを見ると、状況に変化がないという事だろう。


『ガリナムブリッジより連絡。巨獣との距離約15km。そろそろ視認出来ます』

「一応、ガリナムに攻撃させよう。俺達は落穂拾いで十分だ」

『了解しました。射撃制御システム起動。マスターは攻撃対象の選択をお願いします』

「了解!」


 俺の視点でターゲットが確定する。射撃のタイミングは左手が握っているトリガーに連動して行なわれる。

 ロックオンはトリガー下部に設けられたスイッチを中指で操作するのだが、声に出してもアリスがやってくれるからあまり使った事はないんだ。


 しばらくすると、前方に小さな黒い物が見えてきた。アウロスは数頭だと聞いていたが、だいぶ増えてるぞ。


「アリス個体数が増えてるぞ!」

『現在12頭でさらに集まってきています。騎士団長が緊急討議の最中です』


 今更だな。ここで急転回も出来ないだろう。突っ切るしか無さそうだぞ。


『ガリナムブリッジより連絡です。「周囲に弾幕を張って突っ切る。可能な限り排除せよ」以上です』

「了解を連絡しといてくれ。さて、円盤機の情報を良く聞いといてくれよ。アウロスの群れを脱出できたら、ベラドンナを飛び越えて後方の支援に向かう」


 了解を伝えるアリスの声を聞きながら、大きくなったアウロスを眺める。10kmは切ったようだ。

 75mm長砲身砲が発射されるのはどれ位の距離だろう。

 焼尽薬莢を使って速射性を上げているから、6発を10秒で撃てるらしいが、その後に砲弾をシリンダーに入れるのに時間が掛かるらしい。その間が俺達の時間になる訳だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る