第23話 中継点


 5日程の航行を終えて拠点に戻ったときは、曳いているパージには鉱石が山のように積まれている。

 だが、引いて行ったパージが200tと100tだから。ヴィオラが引く500tバージに積み替えれば、3台分にもならないんじゃないか? やはり、パージを大型にして揃えるのは急務のような気がする。


 ホールの中央付近に掘られていた溝は既に埋め戻されていた。

 入口からホールに向かう洞窟の片隅が現在のダクト敷設用溝の掘削現場になっている。それも、三分の一が終了しているようだから、次の航行から帰ってくる時には終了している事だろう。

 新たな工事現場となった桟橋の中央付近の壁際では、山頂に向かって垂直の穴が掘られている。

 直径2mの外気取り入れ用のダクトと送風機によって、この拠点の有害ガスを置換すれば防護具無しでホールを動き回れるようになる。


 舷窓に広がるホールの光景を眺めながらビールを飲んでいると、艦内放送がベラドンナの帰港を知らせてきた。

 タナトス級の大型艦だから150mを越える大きさだ。それでも、長さ1kmの桟橋ならば十分に停泊できる。


「現在は東側の桟橋工事で手一杯だけど、西に作るパージ用桟橋にも乗船用桟橋を1つ設けるらしいわ」

「定期便用だろうな。こっちの居住区とは、モノレールで結べば移動に支障は無い。意外と、緊急時対応拠点として認定されるかも知れないぞ」

 

 この辺りには、12騎士団の大型拠点がない。彼らは大陸の東に拠点を持っているのだ。

 西の低緯度に有用な鉱床が無かった事もあるのだが、中緯度や高緯度はあまり探査が行なわれていない。

 そんな場所を俺達は探そうというのだが、他にもそんな騎士団はあるはずだ。

 だが、ラウンドシップが故障などしたら、王都に戻るには遠すぎる。それに、巨獣に追われた時に逃げ込める場所すらないのでは問題だ。

 そんなことから、一定の距離をおいて、大型の騎士団の拠点を他の騎士団が利用できる方策を各王国が取っている。それが緊急時対応拠点と言う訳だ。


「その可能性が濃厚よ。定期便の利用料金が安すぎるわ」

「でも、それほど大きな拠点じゃないと思うんだけどな……」

「入口方向はエアロックを作るらしいから無理だけど、奥と左右に広げられるわ。東を私達の専用桟橋にして西に多目的桟橋を作ってタナトス級が2隻停泊できるようにすれば十分よ。パージ区画は並べれば問題無さそうだし」


 そう言って、緊急時対応拠点の利点の説明を始めた。

 他の騎士団の緊急時利用と、場合によっては定期便への積荷の中継にも使える。

 そんな拠点に対して、王国は援助を行なうらしい。拠点造りの3~6割を拠出してくれると同時に、定期便の就航それに税金の減額だ。

 良い点ばかりかと言うとそうでもなく、拠点の維持管理に何人かの人間を派遣してくるようだ。


「王族や貴族の連中よ。知名度も欲しいでしょうしね」

「好き放題って事はないの?」

「それは無理。この拠点はあくまでヴィオラ騎士団の物よ。もし、私達の機嫌を損ねたら他の貴族に足元をすくわれるわ。たぶん簡単で表面的な管理に加わるかも知れないけど、責任は持たせられないわ。それでも、事務的な仕事をこなす人間は引き連れてくるからだいぶ助かる筈よ」

 

 この拠点は、この方面の緊急時対応拠点です。その維持管理に私は協力しています。と言いたいってことなのか?

 たぶんそれだけではないのだろうが、貴族ってのは暇らしいからな。

 王国の運営に寄与している、という事をアピールしたいのであれば、確かに都合がいい話だ。

 

 その日の夜になってベラドンナがホールに入ってきた。

 バージには建設資材が山と積まれている。

 大型桟橋を2つも作るんだから、まだまだ足りないだろう。しばらくは、鉱石と資材を交換するような日々が続くような気がするな。


 そんな光景を船窓からフレイヤと眺めていると、腰に下げた携帯が鳴り出した。

 通話スイッチを押すと、ドミニクが小さなスクリーンに現れる。


「至急、ヴィオラの第1会議室に来て頂戴。休んでいるところを申し訳なく思うけど、2時間は掛からない筈よ」

「分りました。直ぐに行きます」


 フレイヤを部屋に置いて、直ぐに通路をブリッジに向かう。

 第1会議室はブリッジの2階にある部屋だ。場合によっては作戦室にもなり得るんだけど、いったい何の用なんだろう?


 エレベーターでブリッジの前に到着すると、ブリッジに入り直ぐに壁沿いの1室の扉を叩く。

 小さな「どうぞ」の声を聞いて、部屋に入ると騎士団長達とカテリナさんがテーブルを囲んでいた。

 小さなグラスで酒を飲んでいるみたいだ。

 レイドラが俺をドミニクの隣の席に案内して、グラスと灰皿を用意してくれた。


「やってきましたけど、いったい何のお話ですか? 俺は騎士の1人ですから、このような場所はちょっと……」

「場合によっては関係があるという事なの。先ずは、概要を説明するわ」


 ドミニクが俺に話を始めたが、それは今までの話し合いを再度確認するためのようでもある。2人の騎士団長が真剣な表情でドミニクを見ている。


「この拠点をウエリントン王国は重視しているわ。北西の鉱石採掘の要衝になると考えているようなの。それで、この拠点を緊急時対応拠点にしようとする案が出たのは、私達も理解出来る話ではあるのよ。けれど、王国はその上を考えたようね。西北方面の採掘に係わる中継点としたいらしいわ」

「確かに、この地は巨獣が避ける場所だから、2つの尾根に挟まれたこの場所に来れば安心してパージから鉱石を積みかえられるわ。中規模の騎士団にとってはありがたい場所になるわね」


 全体的に見れば、問題は無さそうだ。

 その後の話を聞いてみると、桟橋や居住区域の構築にかかわる資金は王国が負担してくれるらしい。更に、定期便のメリットもある。12騎士団でさえ中継点と認定された拠点はあまり無いようだ。


「聞く限りでは、良い事尽くめですが、問題はないんですか?」

「拠点の半分の権利が王国に渡ることになるわ。このホールに3つの桟橋が作られることになり。その内1つが、王国によって運用されることになるの。緊急時の拠点使用は諦めていたけど、さすがに王国が介入してくるとなるとね……」


 要するに、自分達に都合よく使えないということなのだろうか?

 だが、専用の桟橋が1つあるだけでも十分な気がするな。建設費用を王族が持ってくれるならば、少しは我慢が出来るんじゃないかと思うけどね。


「中継点となれば、防衛部隊の駐屯も視野に置かねばならないわ。近距離防衛だから、駆逐艦級、戦機ナイトが3機と言うところかしら?」

「そこが、問題なの。王国の提示してきた資料では、大型駆逐艦に戦機ナイトが2機、それに戦姫バルキリーを出すそうなのよ」


 アデルがそう言って俺を見た。

 なるほど、俺が呼ばれた訳はそれが原因か……。


「ウエリントンの戦姫バルキリーを動かせるのは……、今年14歳の第3王女だけよね」

「そうです。ですが、リオのような動作は出来ません。どうにか歩く位の動きです」


 そんな機体を、わざわざこの地に運ぶというのか? 場合によっては巨獣の良い目標になってしまうぞ。


「鉱石採取の要衝ともなれば、王国としても護衛を出す他は無いでしょう。王国の戦姫バルキリーをそれに当てるとなれば、この拠点の防衛が万全であるという印象を与えます。それに、他の王国に戦姫バルキリーが稼動状態にある、という事も知らしめる事が出来るという訳です」

 

 アデルが説明を付け足す。

 少し飲み込めてきたぞ。要するに稼動状態であるという事を内外に知らしめたい、という事のようだ。

 それには、このような場所は確かに最適ではある。たまに洞窟の外に出て手を振るだけでも、それを見た騎士団員は勝手に解釈してくれるという事だろう。

 戦機ナイト2機は、その戦姫バルキリーを守るという事になるな。

 要するに、見掛けだけの護衛ってことになりそうだな。


「と言う事になっているんだけど、貴方の意見も聞かせて?」

「俺は、ヴィオラの騎士だと思っていますから、決定には従いますが……。俺の意見という事であれば、中継点としての拠点の改造は賛成します。何と言っても、王国が資金を出してくれるのですから、短時間に良い物が作れるでしょう。専用の東の桟橋があれば問題は無いでしょうし、パージの管理等は任せられるでしょうしね。問題は、護衛部隊ですが、回廊を作る山並みに砲台を作れば少しは楽になるでしょう。たまに外に出て手を振る位のサービスをすれば、王国のメンツも立つんじゃないですか?」


 俺の言葉を聞くと、直ぐに地図が壁に投影される。

 レイドラがポインターで砲台に適した位置を指し示して、騎士団長達に俺の意見を補足してくれてるようだ。

 そんな光景を眺めながらタバコに火を点けた。どうやら、3箇所に砲台を作って万が一に備えるようだな。


「……なるほどね。一考の価値はありそうだわ。となると、中継点造りを早めに連絡した方が良さそうね」

「もう1つは、私の方ね。でも、これは相手方の居住区に併設して作ることにするわ。一応、王国のラボになるんですから。でも、研究員達は既に来てしまったから、基礎研究は拠点側の私の部屋を使うわよ」


 カテリナさんは既に行動に移っていたようだ。

 

「そうなると忙しくなるわよ。既に購入した資材はリスト化して頂戴。建設費に計上して請求出来るわ。さすがにプールは無理かも知れないけど、厚生施設として認められれば大型化出来るわ」

「来るのは工兵達でしょうね。早めに図面を調整しておかねばならないわ。やってくるのは早くて10日後でしょうけど……」

「騎士団員への周知も必要ね。後は、近場で採掘して待っていようか?」


 どうやら、中継点には賛同していたが、戦姫バルキリーをどうやって守るかが思い付かなかった様だ。

 2つの尾根に挟まれた回廊に、砲台を作ることで安全性を高めるという案は採決されたみたいだ。

 それにしても、殆ど門外不出の戦姫バルキリーを持ち出す、という事に疑念があるのだが……。

 これはアレクに相談してみよう。


 途端に活発になってきた会議室をドミニクに断わって退席する。

 この拠点を利用する連中が一気に増えそうだな。そんな事を考えながら自室へと歩いて行った。

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