第14話 大砂塵がやって来る


 陸港を出港して10日を過ぎると、ラウンドシップの左右にブームを展開して、鉱脈の探査をしながらヴィオラは荒地を進む。

 速度が第1巡航速度の時速20kmと遅くなり、ブームを広げた状態であることから急激な針路変更が出来ないので、円盤機による周辺監視は以前に増して頻度が上がっている。

 円盤機の欠点は滞空時間が3時間程度であることだ。最大速度が200km程出せるらしいから、ラウンドシップの周辺100kmの索敵が可能ではあるんだが……。


「まあ、無いよりはマシだな。それに、最大高度は3,000mを越えるらしい。高い場所から周囲を見張ってくれるんだから、悪い話じゃない」


 何時ものように、待機所で油を売っていた俺達にアレクが呟いた。


「そうね。いきなりレッドって事もあったわよ。戦うことになっても着替える位の時間は欲しいわ」


 タバコの灰を灰皿に落としながら、サンドラが俺達に教えてくれる。

 確かに前のラウンドシップにはそんな能力が無かったから、ブリッジ最上階の監視所が目の役割を一手に担っていたようだ。

 今度のヴィオラは前より10m以上高さが増しているし、円盤機の情報と監視所の情報を合わせれば、いきなりレッドは無いんじゃないかな。


「それより、騎士団員が増えたから新しい船医が乗船したようだな」

「ドミニクの母親って聞きました。何でもバイオテクノロジーが専門とか……」


「それであの若さって訳? ちょっと信じられないのよね」

「かなりなマッドと聞いたぞ。実験材料にされないように気を付けろよ」


 忠告はありがたいが、既に実験体にされているような気がする。

 

「そうなんですか? 俺……この間、身体検査を受けたんですよ」

「何もされなかった?」

「たぶん……。ただ、何時の間にか終ってたんです」


 そう言ってベラスコが遠い目をしている。

 それを見た俺達は、お気の毒といった目で彼を見る外に慰めようがない。


「まぁ、とりあえずは命までは取られないだろう。何と言っても俺達は騎士団員だからな。娘の団員を傷つける事はない筈だ」

 

 俺達に告げるアレクの声は、限りなく自信が無いぞ。

 要するに、自分の身は自分で守れって事だな。

 

 そんな話をした後で軽い昼食を取ると、自室に引き上げる。

 イエロー宣言はたまに出るけど、Ⅰ止まりだ。Ⅰは注意勧告だから、自室にいても問題はない。


 部屋の扉を開けると、来客がいる。

 窓際のソファーにカテリナさんが座ってビールを飲んでいた。


「あら、お帰りなさい!」

「あのう……、ここは一応俺の部屋なんですけど。それに、どうやって入ったんですか?」

「船医だからマスターキーを持ってるの。一応、フレイヤには断わってきたわよ。往診に行くってね」

 

 そう言って俺をおもしろそうな目で見ているけど、これはモルモットを愛しげに眺めるマッドの目と同じように思える。

 そんな事を考えながらも、壁の一部を開けてコーヒーセットを取り出すとマグカップ2つにコーヒーを入れてテーブルに置いた。

 俺が砂糖を3杯も入れるのを微笑んで眺めてる。


「私は、砂糖は入れないんだけど。だいぶ甘党ね」

「コーヒーの美味しさは砂糖の量で変わるんです。俺にはこれが一番ですね」


 コーヒーを一口飲むと、タバコを取出し火を点ける。

 俺に釣られたのかカテリナさんもタバコを取り出した。


「今までの分析結果を再確認に来たわ。もし違いがあれば分る範囲で教えて欲しいんだけど?」

「俺に答えられるでしょうか?」

「その時は諦めるわ。答えが得られないなら、別なアプローチでそれを探るのが科学者と言うものよ」

 

 探究心なら誰にも負けないって感じだな。

 大きな胸を反らせて言い切ったぞ。


 タバコを燻らせながら端末を操作して、自分のファイルを開くと、その中から小さなファイルを選び出した。


「農園から緊急搬送された時の貴方のMRI画像よ。最初誰もが装置の故障を疑ったわ。何も写らないなんて事はあり得ない。……核磁気共鳴原理を基にしている以上、原子集合である分子の配列を映し出す筈だわ。ゆえに、体内臓器の状況が詳細に分るんですもの。諦めて、CTスキャナーを使ったけど、これもダメ。CTの原理は体の円周方向からのX線画像を画像解析で断面化するのだけれど、やはり同じ。最後には超音波も使ってみたわ。そして私が分ったことは、貴方は均質の材料で作られているという事」


 カテリナさんが、ふうっと一息つくとコーヒーを飲む。


「次に、これが3日目の画像。今度のMRIにはちゃんと臓器が写ってるわ。最初は注射針すら通らなかった貴方の体から血液も採取できた。でも、その血液型は私達のどれにも該当しないわ。新しい型なのかと思って、調べてみると……。人工血液であることが分ったわ。赤血球、白血球、血小板等は全く見当たらない。その上全ての血液型と合致するのよ。新たな合成血液として有望だわ。製造技術が確立したら特許を所得するから貴方にも分けてあげるわ」

 

 短くなったタバコを灰皿で消して、新しいタバコに火を点ける。

 俺を見て笑顔を作ったけど、俺は背中に冷たい汗が流れるのが自覚できた。


「そして、体の組織については全くの成人男子。19歳というところかしら。異性を見る目は青少年と変わりないわ。それで、新たな疑問が沸いたの。……貴方と私達の間で子供が作れるのかしら?」


 そう言って俺を見る目は、ちょっと怪しいぞ。足元に置いた小さなバッグから注射器を持ちだしたら直ぐに逃げだそう。


「今、分かっている事はそこまでだわ。私の疑問はただ1つ。貴方は何者なの?」

「曖昧な記憶があります。どこかで暮らしていたようですが、この世界とは明らかに異なります。そして体をいじられた記憶もあるんですが……。その辺りから思い出せないんです。俺個人としては、今の話に驚いてます。……ずっと、人間だと思ってましたからね」


「おもしろいのは、今の貴方の体よ。……擬態を通り越してるわ。私達と同じで薬剤が効くんですもの。自白剤を投与した時も、今の貴方の言葉と変わらなかったわ。催眠剤も有効ね。薬剤の成分分析を行なって自分に害がない限り可能な限りその薬効を模擬してるとしか考えられない。それに、未だに貴方の体を維持する為のエナジー供給源が分らないわ。全く、科学者としては失格なんだけど、娘の幸せのためにもしばらくは付き合ってもらうわ」


 新たな獲物を見付けた肉食獣の目と同じ目をして、体を乗り出して俺の目を見つめる。

 ここは、了承しておいた方が良いのかも知れない。

 嫌だと言った瞬間に飛び掛かってきそうだもの。

               ・

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               ・


 そんなある日。

 突然艦内放送が流れた。

 

『鉱石発見! グリーンⅠ発令。繰り返す……』


 放送と同時にヴィオラの速度が落ちて、大きく円を描きはじめた。どうやら、何か見つけたようだ。

 鉱石採取は獣士達が行なうから、俺はスクリーンで状況を見守ることにした。

 

 次々と舷側のシュートから獣機コングが降り立つと、掘削機を使って荒地に穴を開け始める。

 空に、キラリと光ったのは周辺監視を担っている円盤機だろう。

 稼働時間が短いから、早めに次の円盤機と交替すれば、巨獣の襲来を早期に発見出来るんだろうな。

 前は俺の役割だったが、さすがに空を飛ぶのを見せる訳にはいかなかったからかなり緊張していたことも確かだ。

 これからは円盤機が俺の役目を行うと言う事になれば、俺の新たな任務は何になるんだろう。


 結構大きな鉱脈らしく、18体の獣機コングの作業が10時間以上も続いている。

 獣機コングの稼働時間は短いから、3時間おきに背中の燃料ユニットを交換せねばならない。そんな交換作業が既に3回行なわれている。


 スクリーンを見入っていた俺のところにフレイヤが夕食のお弁当を持って現れた。

 早速、テーブルに広げて、中華のような夕食を2人で頂く。


「輝ルデナム鉱石らしいわ。宇宙船の外壁用ということで値段が高いみたい」

「それは期待できるね。それにこの量だ。パージ2隻分はあるんじゃないか?」

 

「さすがにそこまではないと思うけど、確かにいまだに掘ってるわよね」

「周辺は平和なんだろ?」


「円盤機は優れものよ。周囲100kmを常時監視してるわ。でも、ちょっと問題が出て来たの。砂嵐が近付いてるのよ」


 フレイヤがスクリーンを切り替える。

 高度3000mから周辺を眺めた画像だな。その奥に茶色の雲が地表を這うような姿が映し出されている。


「6時間ほどでヴィオラを襲うわ。まだ掘り出せても、後1回の補給で終了することになるんでしょうね」

「ヴィオラはだいじょうぶなのか?」

「外壁の厚さは前のヴィオラの1.5倍もあるセラミックチタンと重ゲルナマル鋼の傾斜合金よ。それに船体を電磁シールドで覆うから被害は無いと思うんだけど。主砲やレーダーもドームに収納出来るからね」


 砂嵐はヤバイとは聞いたことがある。確か、風速50m以上で砂や岩が飛んでくるらしい。

 新造ヴィオラは、元が軍艦と言う事だから、強度的には安心出来るって事なのかな。

 

 数時間後、獣機を収納してヴィオラは砂嵐に直進するように進路を変えて、船体を停止させた。荒地に多脚を食い込ませるような音を立てて船体を安定させる。

 全ての開口部は強制的に閉止され、船窓も装甲シャッターが下ろされた。


 俺とフレイヤは、ソファーでコーヒーを飲んで仮想スクリーン越しに状況を見守るしかできない。

 突然、船体を殴られたような衝撃が走ると、小刻みに振動が始まった。


『……砂嵐に突入しました。強度分類5を超える巨大な砂嵐です。現在の船外風速は秒速60mを越えています……』


 淡々とネコ族の少女がアナウンスをしてくれる。


『それでは、専門家のご意見を聞きましょう! 新しく我等ヴィオラ騎士団の一員となったカテリナ博士です』


 思わず、コーヒーを噴出すところだった。

 確か、バイオテクノロジーの権威者だから博士号を持っててもおかしくは無いが、その博士が砂嵐の解説をするのはちょっと変じゃないか?

 とはいえ、一応何の博士か分らない団員が殆どだから、博士と言う肩書きで団員を安心させることが出来るとドミニク達は考えたに違いない。


『カテリナです。一応、工学が専門だけど、気象学もプロフェッサーとしての資格は持っているわ。無いのは育児と料理だけだから、心配しないで話を聞くように! さて、今回の砂嵐は砂嵐の強度分類では最高値である5を持っています。この強度ではダモス級ランドシップなら致命的な損傷を受けるけど、この船は王国軍の試作巡洋艦を母体にしているから十分に耐えられるので心配は無用よ。嵐の過ぎ去るのは、直前の科学衛星からの画像解析によると、約12時間。過ぎ去った後には鉱石露頭が見付かる場合が多いから期待しましょう。最後に、穴掘りに備えて体力を温存して置くように』


「今のは、ドミニクのお母さんよね」

「そうだね。何でも屋だったんだ……」


 あらためて、マッドの奥の深さを見たような気がした。

 たぶん、1つの分野を先行するには関連する他の分野の知識を学ばねばならなかったに違いない。

 それにしても、出来ないのが育児と料理とはね。ドミニクのお母さんは、おもしろい人であることは確かなようだ。

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