我等ヴィオラ騎士団
paiちゃん
第1話 戦姫 アリス
パチパチと燃える焚き火で、ナイフに刺した厚切りのハムを炙(あぶ)る。
生で食べても問題は無いんだろうが、せっかく焚き火があるんだからな。ジュージューと焚き火に油が落ちるハムは何より美味しそうだ。これをパンに挟めば俺の夕食ができあがる。
もう少し休めそうだ。折角入れたコーヒーはまだ残っているし、夕暮れにはまだ間がある。
夜には大型の獣がこの辺りを徘徊するだろうから、その前に移動すればいい。
温いコーヒーを棄てて、新たなコーヒーをポットから注ぐ。パンにハムを載せると塩を振りかけ、もしゃもしゃと食べ始めた。
食後のコーヒーをタバコを楽しみながら味わう。
至福の時間だが、森の奥で獣の遠吠えが聞こえ始めた。
用心のために、装備ベルトのホルスターの脱落防止用スリングを外して置く。
銃はモーゼルの古い軍用拳銃に似ている。トリガーガードの先にマガジンキャッチが付いてる奴だ。
9mm強装弾が10発入ったマガジンは下から入れる方式だし、グリップもリボルバーに使われているものだから、シルエットだけを似せたまがい物だろう。狼に似た獣に通用すれば護身用には十分だ。
傍らのバッグに食器を放り込んで、焚き火の傍から腰を上げた。
バッグを肩に掛け、膝を付いて控えている
俺の接近を知って戦騎のゴーグルの奥にある目が輝き、戦騎の胸に位置する装甲板が開いて球形のポッドが顔を出す。
シーケンスが進み、球形ポットの全面が左右に割れるとコクピットが姿を現した。
戦騎の左腕が伸びて、俺の目の前にてのひらが下りる。てのひらに俺が乗ると、ポッドの前に移動してくれた。
ポッドに乗り込み、シートの裏のネットの中にバッグを放り込む。コクピットに腰を落着けたところで声をだした。
「ポッド閉鎖。……状況は?」
俺の声に反応して、ポッドの正面が左右から閉じていく。完全に閉じたら装甲版も閉鎖する筈だ。
同時に、暗くなったポッドの内側に周囲の光景が映し出される。
『……周囲5km以内に戦騎、巨獣の反応はありません。小型肉食獣の反応多数。こちらに近付きつつあります』
若い女性の声だ。この
もう少し搭乗が遅ければ、獣に襲われた可能性もあったという事になるのかな?
「帰還するぞ!」
『了解です!』
俺の名は、
過去の記憶は極めて曖昧なものがある。
親、兄弟、友人……その顔、名前さえ思い浮かばないのだ。
思い出すことができたのは、日本と呼ばれる国で暮らしていたこと。後は自分の名前だけだった。たまに、断章のように思い出が浮かび上がることもあるのだが、あまり意味をなさないな。
この世界での突然の目覚めは、この戦騎であるアリスのコクピットの中だった。
『情報を転写します!』
その言葉と共に膨大な情報が頭に流れ込み、たちまち気を失ってしまったのだが……。
次に目が覚めた時には、この世界のあらましを理解する事はできたのだが、それがどのようなものかはその時にならなければ理解できなかった。
この世界は陸地と海の比率はほぼ半分ずつ。陸地は大きな1つの大陸で構成されている。
急峻な山脈が北部を東西に走り、いくつかの大河と小さな湖が数個点在している。
大陸に文明を築いているのは、どこか動物じみた種族だ。俺のような人間族もいるが、3割にも満たないようだ。
そんな住民が数百から数百万の規模で村や都市を作っている。
それを3つの王国が支配しているのだが、支配地域は大陸の二十分の一にも満たない。
残りの地域である急峻な山脈や裾野に広がる荒地には、獣や巨獣と呼ばれる恐竜のような姿をした大型の生物が
こんな世界ではあるのだが、大陸には貴重な鉱物資源が点在している。通常なら鉱脈を作りそうだが、この星では一所に最大でも1千tを超えるような鉱石はあまりないらしい。
広大な大陸の荒地を、金属探知機を使って鉱石を採掘するのは、騎士団と呼ばれる連中だ。
ラウンドシップは大型の陸上艦で多脚式駆動で動く。艦内に戦機や獣機を十数体程載せて、北に広がる台地で鉱物資源を採掘する。
採取するのはその時々に応じて変わるのだが、どうやら市場価格を考慮して決めるらしい。
船の後ろにはそんな鉱物を入れるバージが何隻か連結されている。
バージは簡易な重力制御が施されているから、動力船で容易に曳いて行けるし、その積載量は1隻で500t以上にもなるのだ。
鉱石採掘は北部の山脈に近付くほどに良質な鉱石を手に入れることができる。だがそこには、体長15mを軽く越える巨獣も存在するのだ。
巨獣は草食とは限らないし、草食であっても危険な種類が多い。
そんな巨獣に対抗する為に作られたのが
だが、
少し武器の性能を上げて、現在では少しマシになったらしいのだが、巨獣相手にするということは殆ど無い。主に鉱石の採取に用いられる。
今では
この世界で作る事が出来ないが、過去の文明では作る事ができたらしい。たまに鉱石採掘に雑じって発見されるが、売り出される事は無い。
希少価値が高い機体だから、発見した騎士団がその機体を管理している。
数体あれば巨獣の群れすら狩れるという噂だが、現実には数体でやっと巨獣1体を倒せるかどうからしい。
巨獣を見付けたら、先ずは逃げろ……、と教えられたからな。
そんな訳で、ちょっと金属鎧のような姿をした
最後に、俺の乗っている
姿は女性型の金属鎧のように見える。滅多に発見される事は無く現在公式に確認された戦姫は3体のみ。俺の乗るアリスが4体目になるのだが、アリスは自らを最終型であると言っている。最終型というからには、いくつか仕様の異なる戦姫がどこかにあるんだろうな。
このため、当初から持っていた武器を現在でも使うことが出来る。
とは言え、余りにも武器性能が高いことから、
もっとも、このことは一般には知らされておらず、各国が持っている
そんな事から、俺が乗っているのも戦機だと誰もが思っている事ではあるのだが……。
『ヴィオラから隠匿通信。状況説明を求めています』
突然のアリスの声に我に帰った。どうやら考え込んでいたらしい。
「そうだな。調査結果を知らせてやってくれ。それと先行偵察を続けるかどうかを確認して欲しい」
アリスの電脳を使った地質解析は、俺達の船であるヴィオラの電脳並みだが、探査は地下10m程度に限られる。ヴィオラならば15m近くは可能だが、何と言っても船の速度が遅すぎる。
アリスの探査モードでの地上速度は時速40km位だが、ヴィオラの調査時の速度はは時速15kmがやっとだ。
ヴィオラの最大船速は時速40km程度出せるらしいが、その時には曳いているバージを全て投棄しなければならないようだ。
そんな訳でアリスを使って先行偵察を広範囲に行なうのが俺達の常になっている。
単独行動になるが、危険は余り無い。イザとなればアリスは空も飛べるのだ。
地上滑走モードでの最大速度は時速200kmを越えるし、上空を飛ぶならば音速を軽く超える。その上、信じられないような変わった移動も行える。
この機体を製作した人達は、アリスにいったい何をさせたかったのだろう。
『ヴィオラとの隠匿通信完了。帰船を指示しています』
「なら、帰るか。……だいぶ船から離れたからね」
目の前に現れた仮想スクリーン上のスイッチを、所定の順序で押すと小さな振動を伴ってリアクターが立ち上がっていく。
次元位相差リアクター……、この世界の物理定数を書き換えて、次元に僅かな位相のズレを生じさせ、その回復力をエネルギーとして取り出すらしいから、アリスの燃料補給は必要としない。全く未知の技術だな。
シートのアームレストが両側から俺の体を保持すると同時に、ヘッドレストがゆっくりと俺の頭を沈めて行く。
シートのアームレストについている左右のジョイスティックを操作してアリスを立たせる。
機体全体の動きは、俺の脳波をヘッドレストに取り付けられた常温超伝導コイルが検知して、俺の望む動きをアリスの電脳が再現してくれる。
ジョイスティックは、それらの動きのトリガー的な役割を果たすだけだ。
左のジョイスティックを前に倒すと、ゆっくりとアリスが歩き始めた。その状態で右のジョイスティックを前に倒すと、段々と歩く速度が早くなり、やがてランニング状態に変化し、更に滑空モードに変化する。
『ヴィオラまでの距離、約50km。現在の速度で進めば75分で帰還します』
「了解。オートモードで帰還する。ヴィオラの誘導信号を検知したら、その誘導でハンガーに移動後、固定処理」
『了解です』
目の前の球面スクリーンには、アリスの疾走する周囲の風景が映し出されている。
日が暮れた荒野の疎らな木立ちの中を進んでいるのだが、周囲には小型の獣がいるだけで大型は全く存在が検知できない。
折角の先行偵察だったが、新たな鉱石を見付けることはできなかった。
やはり、大陸中央部に近い小さな森が点在する荒地には、目ぼしい鉱石は無いみたいだな。
気になるのは2日ほど前から、ヴィオラの後方40kmを付かず離れず追い掛けているラウンドシップがあること位だ。
たまたま同じ方向に向かう他の騎士団なのか、それとも盗賊団なのか……。
やがて、前方に赤色灯の点滅が見えてきた。
ヴィオラ騎士団のラウンドシップであるヴィオラは、500tクラスのバージを3台曳いている。どうやらヴィオラの左舷に接近しつつあるようだ。
『誘導ビーコンを確認。ビーコンに乗ってハンガーに向かいます』
やがて、全長150mのヴィオラが姿を現した。横から見ると前部装甲甲板までの高さが20m以上あるから壁のように見える。
ヒュンと、軽くアリスが跳躍してヴィオラの装甲甲板に降り立つ。
数歩進んだ所で停止すると、床がゆっくりと下降し始めた。
昇降台が停止すると、今度は奥に歩いて行く。
そこには、数台の
柱から触手のように何本かの固定用ベルトが伸びてアリスに絡みつくと、アリスのリアクターがゆっくりと出力を落とし始めた。
どうやら、無事帰り着いたようだ。
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