果物のたくさん載ったタルト

 実家から電話がかかってきたと思ったら、大学で家を出てきりろくに連絡も取り合っていなかった弟からだった。転勤になったので実家に戻ったのだという。今後のことは心配しなくていいからと言われて、言っている意味があまりわからなかった。彼はとても優秀で、わたしの心配が必要なことはなかったからだ。いつも明るく気立てが良く、ついでに言えばスポーツマンの弟は、誰からも愛されるたちで、わたしももちろん彼のことを愛していた。なんというか、「愛されるべき基礎スペック」というものをワンセット持ち合わせて生まれてきたような子で、優秀さすらノイズにならないほどにそつがない。うらやむ気にもなれないほどだ。

 そしてわたしは怒っていた。

 電話を切ってから一時間も経ってから、自分が侮辱されたことに気づいたからだ。

 このあたりには地元資本のイートインのケーキ屋というものがチェーン展開している二企業しかない。冗談抜きで本当にない。ごく稀にショーケースの脇に机をひとつふたつ用意している店があることが、稀に、稀にある。だからケーキ屋に行こうと思ったらそのどちらかで、いまいちぱっとしないほうと、タルトの二択だ。タルト以外がないわけではないが、この店は断然タルトだ。

 開店を待って朝一番にケーキ屋で、四つもケーキを注文するわたしもわたしだが、呼びつけられて二十分で実際に出てくる彼も彼だ。彼は開店時間さえ告げればその二分前には店の前に立っているという恐るべき確実さを持っている。彼が時間を守るのは飲食店に呼びつけた時だけだ。わたしたちは二分待ち、店に入り、わたしは何も考えずフルーツタルトとカテゴライズされるものを端から頼んだ。どれにしようかなとか知るか。

「不要な人間だと言われた」

 ケーキを三つ食べてからそう言うと、彼はごくあっさりと「事実じゃん」と答えた。

「おれとかおまえとかみたいな人間がこの世に存在する価値、全くないじゃん。社会貢献もしてないし、生産活動もしてないし、今死んでも誰も困らないじゃん」

「誰も困らないというほど身を潔斎はしていない」

「そういうところも含めてどうでもいいだろ」

「たしかに事実だけどそれを特権のように言われると腹が立つ」

 つまり弟は、うだつのあがらないあんたは自分のことで精いっぱいだろうから老いてゆく両親のことは一切関与しなくても良い、と、免除してくれたのだ。弟はたいへん可愛らしくさわやかな青年なので、ごくあたりまえのことを言われたように(そろそろ衣替えだね、くらいに)受け止めて、ああそう、と言ってしまった。

 しかし都合の良いことのはずだ。わたしは実家が嫌いだ。「弟とは違って」不要な存在として扱われて気分が良いはずがない。弟は愛らしく、両親は悪い人ではないが、不快か否かと言われたら不快だ。しかし不快だと感じていることを特権階級のように扱われるのはふつふつと沸き上がる割り切れない感情をぶつけるようにフォークでタルト生地を攻撃した。生地は小気味よく割れた。果物の表面がゼリーでコーティングされていてつるりと滑って冷たい。

「慰めてほしい?」

 ピンク色のホワイトチョコレート(矛盾しているがそう言うしかない)が散ったケーキをちまちました手つきでつついている彼が、ケーキに目を落したまま言うので、わたしはできる限り尊大な声でそのように促した。彼はこらえきれないように笑った。

「ケーキだってそうじゃん、おいしいだけで、栄養価とかあれだろ、よく知らないけど。なくても生きていけるものが存在するのはほら……なんだ……パンを食べればケーキを食べればいいっていう」

「お菓子」

「お菓子を食べればいいっていう。特権階級だろ、それは、実際に」

「それは慰めているの?」

「ケーキのように甘くてお美しいですよ、おまえの無意味な人生は。どうせ泣きついてくるって、あのガキいい加減賞味期限が切れるし、あいつだってさっさと親と離れて暮らしててガキの頃はあの様子じゃ親と喧嘩のひとつもしたことないだろ?」

「だろうね」

「絶対いまからやるから泣きついてくるに決まってるしそしたらおまえどうするの」

「無視する」

 彼は爆笑した。「特権階級!」

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