正夢を見る少年

@foococco

第1話 僕の見る夢

 君は、夢というものを見たことがあるだろうか?将来の夢や未来を想像するものではなく、睡眠中にあたかも本当に起こっているかのように感じさせる何とも不思議なあれのことだ。僕は、夢が好きだった。自分の思い通りになるその空間が僕に生きているという実感を与えてくれているようだった。夢の中でなら何にでもなれた。ある日はスーパースターになった夢だったり、またある日は、巨大な化け物と戦って、お姫様を助け出すというようなファンタジーの世界にまで入ることができるのだ。僕は常に思っていた。こっちの世界こそが僕の生きる世界で普段見ている現実が夢の世界なんだと。夢と現実の区別がつかなくなってしまったら終わりであると、誰かが言うが僕には関係なかった。こんなにつまらない日常など消えてしまえばいいと常日頃から思っていたのだから。しかし、残酷なことに夢がいつまでも続くわけではない、これから何ていうときに目を覚ましてしまうことだってある。そうなると、面倒くさい一日の始まりだ。少しだけ現実の話をすると、僕は近所の高校に通っていて、通う理由も近くて、学力もそれ相応に適しているからという平凡な理由だった。将来の夢なんてなかった。よくありがちな、退屈そうな顔をしているサラリーマンになって、結婚する相手がもしできたのなら結婚して、子供ができたら子供を愛せばいい。もし、結婚する相手が見つからなくても独り寂しく、いや、独りを満喫すればいい。そんな甘い考えで現実を過ごしている。友達も別にいないこともないけど、これといって親しい仲の人がいるわけでもなかった。人によってはつまらない人生だと思うかもしれないが、僕にとってつまらない人生こそが至福だとそう考えていた。そうして今まさに、つまらない朝がやってきてしまったというわけだ。高校生になってから買ってもらった、目覚まし時計変わりの携帯が鳴る。夢が好きすぎるせいか、目覚めが良くはなかった。出来るだけ夢の中にいるために朝日が差し込まないようにしているカーテンは、日の光で黒色を出来るだけ明るく見せるように光っていた。スヌーズが鳴り止まない携帯を手探りで探し、画面の光に慣れない目をかばいながらアラームを止めた。時計は7時50分を示していた。二度寝できないという時間でもなかったが、今度は母親の声で起きなきゃいけないと思うと、気がすすむものではなかった。心地よい温もりを作り出した布団を払いのけ、起床する。黒色のカーテンを開け、外の景色が窓に映りこむ。そこでため息をついた。嫌だというわけではないが格段良いものでもない、つまらない一日の始まりなのだ。だが、このときまでそう思っていたものの、この日が僕のつまらない人生を少しは噛みごたえのある人生に変えてしまう日だとは想像もしていなかった。1階から僕を呼ぶ母親の声が聞こえた。少し気だるそうに返事をする。起きていたことに安堵した母は、少し上機嫌に「早く支度しなさい。」というと、朝ごはんの支度を始めた。面倒くさい一日を今日も生きよう。


 何の変哲もなく学校は終わりの時間を迎えた。学校では、体育祭期間というやつで、運動に興味のない僕には心底苦痛の期間だった。応援団の練習とやらで居残りをする集団もちらほら見受けられる。要は、はしゃぎたい奴らの変な高揚感を存分に発揮できる舞台なだけなのだ。行事ごとに興味のない僕は、今日も、身支度を素早く済ませると帰路に着こうと教室を後にした。廊下というものは結構好きだった。学校の好きな場所の定番は屋上や理科室などだが、僕は間違いなく廊下と答えただろう。すれ違う人々は、つまらなさそうに相槌を打つ集団になじめた気になっている人か、その集団を取り仕切っている気になっている楽しげな奴らばかり。どこまでも続くかのように見えて、案外短いこの空間は、何者にも染まらない僕に少しだけ優越感を与えた。他の学生から見れば、はみ出しているのは間違いなく僕なのだが。終わりの曲がり角を曲がり、階段を下りようとしたとき、担任の教師に出会った。

「桐嶋、お前暇だろう?少し手伝ってくれ。」

有無を言わさないような口ぶりで、僕に頼みごとをしてくる。他をあたってください、と言いたいところではあるが、暇なことも事実、それに、体育祭期間の真っ只中、他に頼める人も少ないのだろう、断る選択肢というものは、最初から作られていなかったように見える。やむをえず頼みごとを引き受けることとなった。内容としては簡単なものだった。体育祭に関連するプリントをまとめホッチキスで閉じ、しおりを作るというものだった。数が多いことを除くと暇つぶしにはちょうど良かったのかもしれない。少し多めの荷物を持って再び教室に戻る。そこにはクラスメイトが一人残っていた。

 彼女の名前は、佐山晴香。他人に興味のない僕が何故彼女の名前を覚えているかというと、入学式のことだった。名簿順に並ばれた席で、彼女は隣の席に座っていたのだ。おとなしそうに座っている彼女は、何となく同じ匂いを感じた。他人に興味がなく、つまらない人生を満喫しているような表情をしていた。これは、決して悪口とかではなく、どちらかといえばほめ言葉であるくらいには、彼女に興味が生まれた。ただ、こちらから話しかけることもなく、ましてや向こうから話しかけてくるようなことなんて絶対にない。お互いに同じ匂いを感じていたのかもしれないが、やはりお互いにお互いのことなど、どうでもいいのだ。次第に僕の興味も薄れ、僕の人生には映らない存在として認識されるようになった。いや、認識されないようになったと言った方が正しいのかもしれない。どちらにせよ、お互いそういう存在なのだ。それが今、どういうわけかバッタリとはち合わせてしまったというわけだ。あらかた、彼女もまた担任に頼まれたのだろう。決め付けではあるが、彼女にも断る理由なんてなく、いや断る選択肢何てなかったかのように思う。

 「さっさと片付けましょう?」

先に口を開いたのは彼女だった。顔を知っているような知らないような仲の二人が同じ空間に二人きりという状態は、ほとんどの人が気まずい空間だというだろう。だが、僕は決してそうは思わなかった。彼女もまたそのような限りではなさそうだった。類は友を呼ぶという言葉は、案外当てはまっているものなのかもしれない。かといって、このまま黙々と作業をこなし、解散というのも何故かさびしいような気がした。他人に興味がない二人でも一応世間体というものは気にするものなのだ。

 「佐山は、普段どんなことをしているんだ?」

学生にとっては、これが一番ベストな質問だろう。彼女は少し驚いたようにこちらを、見ると再び手を動かし始めた。沈黙が生まれた。学生にはベストな質問でも、普段何もしてない僕らには、少々難易度の高すぎる質問だったのかもしれない。現に僕が今同じ質問をされても、同じような雰囲気が生まれていただろう。

 「そういう桐嶋君は何をしているの?」

か細い声が、まるで心を見透かされているかのような質問を浴びせかける。お互いに話すことなんてないんだ。

 「僕は、普段何もしてないよ、君と同じように。佐山は好きなものや興味のあるものはないの?ちなみに僕にはない。」

久しぶりに、こんなにお喋りをしているような気がする。自分のコミュニケーション能力の低さ、あるいは高さに少し自分でも驚いている。人間やればやれるというものだ。

 「奇遇だね、私も興味のあるものなんてないよ。強いて言うとするならば夢かな。」

おもってもない言葉が返ってきた。僕たちは、どうやら本当にそっくりな二人だったらしい。それからというものの、僕はどうやらおしゃべりだったらしく、自分の見る夢について語ってしまっていた。彼女はそれに時々相槌を打つようにしっかりと受け止め、何とも言えないような表情を浮かべていた。一方僕の方は、楽しくて仕方がなかった。自分のつまらない人生に終止符を打たれたような気がした。だって、考えもしないだろう?自分がこんなにも一方的ではあるが、人と楽しく喋ることができて、こんなにも人に興味を持つことができる人物が目の前にいるんだから。人間どこで変わるか分からないらしい。でも、楽しい時間はそう長くは続かない。小学生、いやもっと小さい頃から分かっていることだった。嫌なことは永遠とも感じられるほど長く続き、楽しいことはあっという間に過ぎてしまうものだ。作業が終わってしまう。僕は、自分が思っていたより贅沢をしたがる人間らしい。

 「よかったら、今度どこか違う場所で話さないか?よければ佐山の話もきかせてほしい。」

何て馬鹿げた提案をしているのだろう。自分でも思った。1時間前の自分からは考えられないほどの成長力だった。いや、潜在能力というやつかもしれない。早く返答がほしくてほしくてたまらなかった。その時間は1分にも満たないのだろうけど、永遠といえるほど長く感じられた。彼女の口をじっと見つめ、いつ開くのかを心待ちにしていた。それは、手の届かないショーケースの中のオモチャを見つめる子供のように見えていたかもしれない。

 「ごめんなさい。桐嶋君は私というものを理解していないみたい。私は夢が好きだけど、夢が怖くて仕方がないの。あなたのことを羨ましく思えるくらいにはね。」

予想外の返答だった。彼女は、どうも僕の考えなんかよりも1つ2つ上を行くらしい。完全な自惚れだった。それじゃあまたね。と言い残し、彼女は、教室を後にした。何が起こったのか分からなかった。分かりたくなかった。またつまらない人生を送ることになると思うと、悪い気はしなかったけど、やるせない気持ちでいっぱいだった。僕はひそかに彼女に思いを寄せていたのかもしれない。このたった数時間という時間で。恋愛という感情はどういったものなのかは分からないが、きっと失恋というのはこういう感情なんだろう。そう決め付けた。

 佐山が教室を出てから何分がたったのだろか。それほど時間はたってないのだろうけど、先生に完成したこれを提出し終えると、再び教室に訪れていた。今日は自分の知らない一面を多く知ってしまったような気がする。気がするだけではなく、確かにその通りなのだ。人生において、反省というのはかなり重要なことである。失敗を次に活かして成功に導くのがもっともより多くの成功を導く結果になるだろう。カーテンが少し揺れた。炎天下が終わり、少し涼しげな夕焼けが出だしたころ、人によっては気持ちのいい風が吹いたのだろう。教室の窓が開いていることにその時気付いた。戸締りに向かう。そこには、楽しげに帰る学生や、グラウンドで談笑する女子生徒。たくさんの人々が映し出された。その中に一人明らかに浮いている人物がいる。そう、佐山だ。そそくさと帰るその姿はいつもの自分と重なって見えた。客観的に見れば僕もああいう風に映っているのだろう。それが何か面白くさっきまで沈んでいた気持ちを少しだけ浮上させてしまった。明日また、佐山に話しかけよう。そう心に言い聞かせると僕は、教室を出た。さっきまで、佐山が通っていたところをわざと通るのは、やはり彼女にまだ興味があるというのだろうか。自分を見失いそうになった。平凡でつまらない人生を送れればそれでいいのだ。楽しそうな学生の脇を抜け、大きな商店街の前に出る。立ち寄る気もなかった。こういう場所には一生無縁だろう。早足で帰る姿は不気味ではあるが、仕方がないのだ。行動力をこういうところで使ったところで何の得にもならないものだ。鍵のかかったドアを開け、家に入るとだれもいなかった。両親は共働きでいつも帰るのが遅い。自室に籠り昼寝をするのが僕の日課だった。しかし、今日は予定よりも帰宅が遅くなってしまったため、あまり良い睡眠はとれそうにない。だが、日課は日課だ。そう簡単にやめれるようなものではない。嫌なことがあってもひとたびあっちの世界に入ってしまえば、僕は無敵な主人公へと変身できるのだ。偉い人は言う、「人生の主人公は君である」と、こんな言葉に惑わされて醜態をさらけ出すような人が主人公になれるわけがない。なれたとしても一握りなのだ、僕は平凡に村人Aを務める方がよっぽど人間らしくて素敵だと思う。ベッドにもぐりこむと、気持ちが落ち着いた。厳密に言うと違うが、失恋した気持ちなんて言うものはもうどこかに消えてしまいそうなくらい小さなものになっていた。やはり、他人に興味何て最初から持つ方が馬鹿らしいのだ。また、決め付けると夢の世界へと逃げ込んだ。

 何時間経っただろう。暗闇の中を手探りで歩いていた。これは夢の中だ。そう確信する。光何てない自分ひとりだけの世界をただひたすらまっすぐに歩く夢。まっすぐに歩いているのかすらも分からないが、ただただ歩みを止めることは何故かできなかった。気分が沈んでいる日の夢は良い夢ではないことは確かだった。長年の経験が僕に自信をつける。でも、その夢も嫌いではなかった。現実では味わうことのない絶望感や不安、そういったものが入り混じるこの空間は何とも人間らしい部分を感じさせて生きているという実感を与えられるのだ。もっともらしい理由をつけて失敗しても問題のないこの世界だからこそだろう。やがて光が見えた。光に向かって一歩ずつ一歩ずつ着実に歩を進める。暗闇を抜けるとそこは、学校の教室だった。どうやらおもっているよりも僕自身もショックを受けているらしい。

 「じゃぁ、次は・・・」

独り言をつぶやく僕にご名答だと言うように教室のドアが開いた。それは確かに、佐山だった。再び二人きりの世界だった。いや、この空間じゃ僕の思い通りだ。佐山に僕の夢の話を共感してもらうことだって出来る。そう思うと何故か嬉しくてたまらなかった。僕は再び語りだした。この世界は僕の世界であり、夢の中での僕は主人公であると。佐山は嬉しそうに頷いた。これが理想だったんだ。

 「佐山の夢の話も聞かせてくれよ。」

僕の返答に佐山は凍りつく。驚いたような表情でこちらを見つめる姿は、何故か愛らしくも思えた。今日の現実のように僕は言葉を待った。

 「ごめんなさい。」

予想通りの言葉が返ってくる。夢の中でもうまくいかないらしい。いや、これを望んでいたのかもしれない。僕の中に現実の人間の介入なんて今回が初めてなのだから。それでも、やはり傷つくものは傷ついてしまうのだ。少し悲しげの表情を見せた僕に、佐山は少し微笑んで見せた。それが何とも愛らしく、そして憎らしく、僕は気付いたら佐山を突き飛ばしていた。風船のように軽い彼女の体はバランスを失い、その場に倒れこんだ。どうせ夢の中だ。夢の中なら何をしてもいいんだ。自分に言い聞かせる。佐山は左手を強打してみたくうずくまって悶えていた。

 「また寝ているの?ご飯出来たわよ」

我に返ると自室のベッドに横になっていた。いつも通りだ。夢は夢、現実は現実わきまえるのも大切なのだ。決して区別がつかなくなったりすることはない。最近では、ゲームと現実の区別がつかなく犯罪沙汰になることもよくある。そういうのは、あまりにも理解できなく、娯楽は娯楽のままでとどめておくから楽しくやっていくことができるのだ。少しついた寝ぐせを手直ししながら階段を下りる。作業のように食事をこなし、食器を片づける。食事中の会話なんていつからしなくなったのだろうか。僕が夢におぼれ始めてからは夢の中での食事の方が楽しいと感じるほどには、作業と化したこの動作に生きるための動作という程度にしか興味がでなくなってしまったのだ。つくづく自分はだめな人間だともおもうが、平和に楽しく生きるには僕にはこれが一番なんだ。

自室に戻ると今日でていた課題が机の上に放り出されていた。「やらなきゃな」と、思う頃にはすでにベッドに入っていたのは言うまでもない。課題なんて夢の中でやってしまえばいいのだ。決してそういうことではないのだろうけど、そういうことなのだ。今日は現実でも夢でも疲れたのだから仕方ないのだ。そういうことにしておこう。

その日見た夢は、今日の出来事を忘れさせるほどの楽しい夢だった

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