とりあえず冒頭書いてみたものの…

 30オーバーコンテストか、どっかの公募にチャレンジかでちょい悩んだものの、己の弱点と化してしまった一人称作品ってのを、この際だから復習しておこうかなと思って30オーバー用に設定を練り練りしてみましたん。


 結論を先に書いちゃうと、「あかーーーーん!」です。(笑


 作者層の薄いキャラ文芸ってトコだと完全なラノベでなくてもいいみたいだったから、そこ狙いで「漫画みたいな設定込み」の登場人物を作ってプロットを組んだの。


 ……アカンやん! 魔法を使うキャラが作中に登場してくるだけで、従来の書き方をしたら思いっきし「浮く」やん!! シリアスやら問題提起が漏れなく「なんちゃって化」するやん!!! 気付かんのか、みんな!!!?


 書いてみて解ったわ、この難問。orz


 漠然とだけど見えてきた時に一度、エッセイ中で書いた覚えがあるわけだけど、その時もこんなはっきりと理屈が見えてはいなかった。明確になってみると、そらアカンわな、となってくる。


 例の、大ヒットを飛ばした『屍人荘の殺人』が、一部では非常に不評で文句タラタラだった理由も同じだ。同じようにライトな文体と設定でありながらそういった軽薄さに対する苦情がなかった『謎解きはディナーの後で』と比較して、なんでなんだか理由が解らなかったんだけど。同じくゾンビを扱ったメタ文学である『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』も参照すると、さらにくっきりする。あれも、余計なフィクションを付けたことで四苦八苦なさった形跡が見られるもんね。


 人間にフィクションを付けてしまうと、めっっっっちゃ、苦労するぞ!!!

(読者に気付かれることは前例に出した屍人荘とコンテクストの一部評価でわかる)


 バランスが悪くなるんだ、人物設定に付加されているリアルの重しが、魔法とか付けちゃうとそれはもう軽いものになるのに、文体やらテーマの方が、釣り合わないほど重くなっちゃった状態に感じてしまうんだ。

 魔法だので人生を語ると、やり方のほうにかなりの制限が出てくるってことだね。


 迂闊だったよ、恭介の時と同じような感じに重い物語背景をくっつけようとしたら、天秤がものすげー勢いで、バターーーーン! て。(苦笑


 いやでもオカシイだろ!?とは思うんよ、だってサイエンスな方のSFだって似たよーなもんじゃん? スペオペとかさぁ。深刻な背景とか哲学に耐えるよ? なんで魔法になったら途端に天秤バターン、なのよ???


 これで頭ん中が「???」になっちゃって、自分の感性がオカシイんだろうか、なんかバイアス掛かってね?とか思ったりしたんだけど、どうもそうじゃないと勘が告げているわけですよ。(基本は本能に従っています)


 で、SFとの違いを探ってみて新たに気付いたのね。以前は理屈甘いままで断言しちゃってたけど、その補足みたいな理屈が見つかったわ。


 キャラクターの側にフィクション設定を付けちゃアカンのよ。


 よくよく考えると、SFの有名どころなんかはまず人間そのものにフィクション付けないよ。スターウォーズとかのスペオペなんかでも。環境が桁外れに発達してるだけで、登場人物たちは知識以外でヘンテコなオプション付いてない。

 ガンダムも、ニュータイプがギリギリヤバい感じでも実際にエスパーとかは存在が確認されているわけで、その延長線に留まっているから「人間のリアルが保たれた」設定を守ってることになるよね。


 じゃあ、じゃあ、「千と千尋の神隠し」はどうだ、というと。


 あれ、もう一つの海外ビッグタイトルである「指輪物語」もそうだけど、完全に人間という設定を外した上で別世界を作り上げてるよね。完全に切り離してしまう。

 登場する者たちの意識にはこっち側がない、ていう状態で、それを読者にウムを言わさぬ説得力で感じさせてるんだよ。画面全体を使って、あるいは指輪原作なら膨大な世界観導入部を使って。


 いや、こんなヘンなトコでジブリの凄さを理解させられるとは…(笑


 トトロとかも同じで、それをいともあっさり、さら~っとやっちゃってるのがジブリのスゴいトコロですわ。いや、今さらで気付いた。

 書き方でちょいちょい聞きません? こちら側の諺などをあちらの人間が使うのはいけない、みたいな注意。だけど、その理屈というものを正しくは理解してなかったんだなぁと。異世界の中にはカケラほどもこっちが滲んではいけない、だったんよ。めっさハードル高いな…


 あえてその高いハードルに挑むか、ライトな文体にして勢いで読者に注目させないか、その二択ってコトだわな。前者なら何でも書ける、後者は制限が出来る。


 さて、どっちに行こうかなぁ。(笑


 そうそう、魔法というと「まどかマギカ」を思い出すわけですが、あれも魔法を使う少女たち自身は人間のままなんよね、実は。あのボケナスキュウベェがどっかの星の最先端科学のタマモノてのが解ってるからね。実は魔法でなく科学。

 で、その科学のバックグラウンドに宇宙力学的な蘊蓄やら理屈やらでガッチリ固めた上での、便宜上の「魔法」だから説得力が違う、と。


 こっちもやっぱタダモノじゃなかったね…


 ほんと、初回でさらさらっと流しただけの映像で、このバックグラウンドを映してて、だけど視聴者の脳みそってのは侮れないわけで、ちゃんと理解すんだよ。(だから逆を言えばなんらかの工夫とかで説得力から目を逸らさせても無駄ってことだ)


 今期、面白いなと思って注目してた(ラストの方しか観れんかったけど)アニメの「皿ざんまい」も同じ仕掛けがちゃんとある。ウッソー陣営の基地だ。魔法ではない科学、おとぎ話でない異界、という設定が僅かな映像のみで見事にをもって描かれている。プラスで、ちょい弱いその説得力をライトな演出によって注意を逸らさせている、という二段構えだよね。さらに構成やらメッセージ性をあえてグッチャグチャにして、という念の入れよう。(笑

 かくして、あのアニメは「あの演出はこういう解釈だ!」「いやこうだ!」みたいな考察可能な深みを作り出すことに成功してる。考察可能ってことは、リアルということだから。



 魔法ってなんやねん!? というトコロにちゃんと納得のいく解答を用意しないと、説得力のある、考察されるような「深み」は見いだしてもらえない、てコト。


 それは偏に、「人間が人間として描かれる」ことが、物語か妄想かを分けるから。



 で、一周まわりにまわって、30オーバー用作品だ、


 どーーーーしよーーーーーー orz

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