学園小唄 ~12時45分からはじまる青春~

久遠ひろ

プロローグ

 三月某日。

 12時45分より、ほんの数分前。


 防音仕様の小さな部屋で、彼女はいつものように椅子に腰掛け、金属製の四角いテーブルに肘をついていた。冷たいテーブルの感触が、なぜだか今日は心地いい。

 狭い室内にいるのは、短い黒髪が良く似合う、ボーイッシュな雰囲気を漂わせた少女だけ。

 少女は白いブラウスに濃紺のブリーツスカート、胸元に校章がプリントされたジャケットを羽織り、首にはスカートと同色のネクタイを締めている。

 普段はだらしない格好をしている彼女も、今日ばかりは折り目正しい正装だった。

 椅子に座ったまま、少女はテーブルの上に視線を走らせる。

 目に入ったのは、筆記用具、ストップウォッチ、プリント用紙に印刷された台本、ヘッドホン――そして、年季の入った放送用のマイク。

 おもむろにヘッドホンを耳に当て、少女がちらりと壁面を見る。部屋の壁は、一面だけが大きなガラス張りになっていた。

 ガラスの向こう側に立っている一人の男性が、何やら機械を操作して、手元のマイクへと顔を近づける。

『それじゃ、本番始めます』

 ヘッドホン越しに男の声が響く。少女は無言で頷いた。

 男は右腕を高々と掲げ、少女によく見えるように五本の指をこれ見よがしに広げる。

 それは開始五秒前の合図。

 まず男の親指が曲がり、つづいて小指が曲げられる。

 5、4、3、2、1……


【十二時四十五分】


『ハーイ、みんな元気~? 今日も始まりました『学園小唄』! 司会進行はいつものように、この私、DJチトセがお送りいたします!』


 軽快な音楽に合わせて、彼女はいつもと同じフレーズを繰り返す。

 それは、3年間、毎日のように続けてきた御馴染みの挨拶。

 ただ、今日はそこから先がいつもとほんの少しだけ違っていた。


『みんなも知っての通り、三年間続いた『学園小唄』もいよいよ今日で最終回。三年って長いようでほんとにあっという間だよね。私もこれでみんなとお別れかと思うと、寂しくて寂しくて涙がちょちょ切れテシマイマス』


 おどけた口調でまくしたてるDJチトセ。

 だが、いつもならガラスの向こう側――放送ブースの外で爆笑しているスタッフたちも、この日ばかりはクスリとも笑わなかった。

 クスリとすら、笑うことができなかった。


『そんなわけで、今日は最終回、怒涛の三時間スペシャル! 今まで放送した学園小唄の中から特に人気の高かったお話をピックアップして総集編形式でお送りします。その名も「学園小唄~もう一度聞きたいあの話スペシャル~」!』


 ちらり。チトセはストップウォッチに視線を向ける。

 大丈夫、このペースならタイムスケジュール通りに進行できる。三年間培ってきた経験がしっかりと生かされていることを確認して、チトセは胸を張って放送を続ける。


『それじゃ、ここでもう一度だけおさらいしましょう。毎回同じことを言ってて聞き飽きたという人も、最後だから我慢して聞いてね。

「学園小唄」とは、生徒が脚本を書いて、生徒が出演して作る、一話完結形式のSSSショートショートストーリーです。

 そんな学園小唄のルールは2つ!

 ひとつ、舞台は学校であること!

 ひとつ、登場人物は学校の生徒であること!

 この2つさえ守れば、内容はSFだろうとミステリーだろうとどんなストーリーも自由!

 これらのルールのもと、毎日のお昼の放送、12時45分から13時までの15分間にお送りしてきたミニドラマこそ、我らが「学園小唄」です!』


 チトセはストップウォッチから目を離すと、音を立てないようにそっとテーブルの上に置いた。

 タイムを見なくても、チトセの体は正確に時間を刻んでいた。


『これまでに延べ五百本以上の「学園小唄」を放送してきました。その中から厳選に厳選を重ねて選んだ珠玉の13本! みんなのお気に入りの話は入ってるかな? 学園小唄が好きだった人も嫌いだった人も、最後の三時間どうか私にお付き合いください!』


 チトセはガラスの向こう側に立っている男性に……放送部員でありディレクターでもある男子生徒に目線で合図を送る。

 彼女とは長い付き合いである彼は、その意図を正確に把握して無言で頷いた。


『それじゃ、「学園小唄」最終回スペシャル――スタート!』


 彼女の声を合図に、スタジオ内の音声から録音テープへと放送が切り替わる。

 最高のタイミングで音声が切り替わったことを確認して、ブースの中と外にいた男女は同時に会心の笑みを浮かべた。



 三月某日。

 12時45分。


 今、三年間続いた校内放送「学園小唄」の、最後の三時間が始まろうとしていた。

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