館に犇く

@ハナミ

第1話 扉

 それは鈍色にびいろをしていた。


 小さな手の平に納まる大きさである鍵だ。手に持つ所は、輪っかになっており、先端はシンプルに鍵山が二つ。古い鍵の様だ。所々、金属の腐食が目立って赤い錆が混じる。

 元々は、光に反射する様な銀色をしていたのだろう。空を見上げると、闇に浮かぶ半分の月。その灯りに照らして見るが、それは光らず暗闇に溶けてしまいそうだった。


 そもそも何の鍵なのか? どうにも思い出せない。


 辺りを見渡すと、ここは自分の背丈の何十倍とある木々が立つ森だ。灯りの無い森というのは不気味で、聞こえて来るフクロウの鳴き声に、身の毛を弥立たせる。


 私の服装は、白のワンピース。震える肌と合わさって、少し寒い。


 後ろを振り向けば、館が見えた。赤い屋根に白で彩られた洋風の館は薄気味悪い。ここから見える窓の様子も、人が住んでいるとは思えない。


 少し近付くと、木製の大きな観音扉が見える。そこには、背の高い男の姿があった。


「やっぱり鍵が掛かっているか……ん?」


 どうやら男は、私に気付いた。近付いて来る男の姿は、茶色の短い髪。目の丸みは、悪い人では無さそうだ。半袖のポロシャツは、白と黄緑のストライプを描き、足はデニム生地の長ズボンを穿いている。肩には、バッグのベルトを掛けていた。


「お嬢さん、こんな所で何をやっているのかな?」

「貴方は誰?」

「こっちが質問しているのだけど……。僕は音木おとぎ 祐介ゆうすけ。君は、ここの家の人?」

「……わからない。私は誰で、ここは何処なのか」

「記憶喪失?」

「そうみたい」


 私の言葉に、男 祐介は、溜息を吐いた。


「こんな所に、一人では危険だし……そうだな。暫く一緒に行動しようか?」

「貴方は危険ではないの?」

「傷つくな……心配しなくても、襲ったりしないよ」


 男は苦笑する。その表情は、信じて見てもいいと思った。祐介は何かに気付いて私の腕を見た。


「君もミサンガをしているのかい?」

「ミサンガ?」

「これだよ」


 祐介は手首を見せた。それは水色の糸で紡がれた腕輪だった。


「昔は、プロミスリングって言って、糸が切れたら願い事が叶うってね。子供の頃、流行ったのさ」


 自分の腕を見ている、男と同じ水色のミサンガだった。


「水色にはね。美しさと笑顔の意味があるんだ。美しい笑顔を持った大人になってほしい。そう言った意味で妹にも送ったのだけど……」


 男は言葉を詰まらせた。不安を振り切る様に、首を振ると口が開く。


「妹の行方はわからないまま。……丁度君ぐらいの年の子なんだよ。茶色い髪で、肩まで伸びていて。人懐っこい性格をしているんだ。見てないかな?」


 私は、首を横に振った。自分の事も分からないのに、人の事等、もっても他だ。


「知らないか。ここが怪しいと思っているんだけどなぁ。鍵がかかって入れないし……」

「鍵ってこれ?」


 手の平を広げて、それを男に見せる。


「——この館の鍵?」

「わからない」

「……借りても良いか?」

「どうぞ」


 祐介に鍵を渡す。それを持って観音扉の鍵穴に差し込んで、捻った。


「……開いた」


 開かれる扉の向こうは、暗くて何も見えない。祐介はバッグから懐中電灯を取り出す。


「鍵を持っていたという事は、君はここの家の人……何だよね?」

「わからない」

「そっか……何か思い出すかもしれない。僕は、この館を探索するけど、君も一緒に来ると良い」


 私は考える。持っていた館の鍵と、私の事情を知るべきなのだろうと。もしかしたら、何か思い出せるかもしれない。


「ええ、それではよろしくお願いするわ」

「君の名前は?」


 記憶喪失で、思い出せるわけがないのに。でも、そう言われて何かしら言葉が頭に浮かぶ。


「……そうね、四宮しのみや? だったかしら? 呼ぶのに不便ならそう呼んでくれて構わないわ」

「そうか、では四宮。よろしく」


 男は私の手を繋ぎ、この館へと一歩を踏み出した。


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