■私と私。 遠くの、星の王子さま
久しぶりに会う親戚のきららはずいぶん身長が伸びていた。長い癖っ毛を頭の天辺で一つに結わえてポニーテールを揺らしている。
長い足を強調したいのか白いサンダルはヒール部分が高くて、すらっとした生足を惜しげもなくさらして、短パンの裾がチラチラ見えるかどうかのゆったりとしたカジュアルなシャツとパーカー。流行りのキャラがぶら下がってるバッグ。
うん、オシャレには気を使ってるな。年相応に。うっすらメイクとかマニキュアとか、控え目だけどやってるし。
私が上から下までガン見のチェックをしている間に、きららは私と沙希を見比べて、沙希と二人きゃあきゃあとはしゃいでいた。
「久しぶりー。朱希は相変わらず無口だなぁ」
マイジャスティス。
「今日は付き合ってくれてありがとー。実は今日、沙希の初デートなの」
「は?」
天然の沙希が早速かました一撃に、きららは笑顔をひきつらせた。まぁ無理もない。
「一緒に遊園地に行くけど沙希たちはほっといて二人で楽しもう」
私が肩を叩くときららはがっくりとうなだれた。
沙希は私と顔だけ瓜二つ。どういうわけか中身は全くの別物で自他共に認める天然だ。明るいお馬鹿さん、と私は愛を込めて呼んでいる(心のなかで。
同じ年頃のはずなのに、オシャレには無頓着で今日着ている服も私がコーディネートしたくらいだ。初デートなのにいいのか。
デートの相手は隣のクラスの男子で先週告白してきたらしい。まだ付き合っていない、返事が保留のままの初デートと来た。
一緒に来てと頼まれたが、デートにくっついて歩くなんて私はごめんだ。そんなこんなできららを巻き込んだ。私の相手に相応しい。
「で?彼氏は?」
「まだ彼氏じゃないよ、きらら」
「遅刻だな、ヤブサワめ」
そう、名前は藪沢。字が難しいから書けない。
因みに。私はファッション雑誌などをマメにチェックしてはいるが、自分がオシャレをするためではない。私の趣味は漫画を描くこと。自分のキャラにオシャレをさせている。
今回の沙希のデートも漫画のネタになればいいと思って仕方なく参加した。沙希に本音は言ってない。
頭の回路が違うから、沙希にはきっと話しても無駄。イエス·ノーだけで会話はじゅうぶん成り立つし。
「どんなひと?」
「んー。おもしろいひとかなぁ」
(確かに。ヤブサワの顔は面白い)
私は心の中で賛同した。
とりあえず二次元の美男子ばかりを見て目がこえてしまった私には、同じ中学の男子などは到底素敵には感じられない。
遊園地の門の前にある噴水で待ち合わせをしたが、初デートで30分の遅刻はいただけないな。終わったなヤブサワ。
私はつい口元が緩んでフフフと笑いそうになったけれど何とか堪えた。
沙希ときららはずっとお喋りをしてるから待つのも苦痛じゃないんだろう。私は元より待たされるのは全然平気なタイプだけど。普段なら沙希が飽きてぶーぶー文句を言う頃だ、きららに救われたなヤブサワ。
私は無口だけど、心の中ではいつもこんな感じでなんやかんや話し続けている。一人遊びが大好きだ。沙希は飽きっぽい。誰かにかまってもらいたがる。誰かって主に私だが。他に誰かいれば簡単に生け贄になる。何故なら私は無口だから、沙希には他の誰かのほうが興味をひくし物珍しい。
ヤブサワ。あいつはどうだろう。生け贄として適性があるのかみてやらなければならない。
沙希の相手は疲れるぞ。
「渡里さん、ごめん。待った?」
やっとお出ましか。私は声のした方向を振り返る。ヤブサワは上下ダバダバの服を着て、キャップを後ろ前にかぶっていた。ジャラジャラとアクセサリーがウザい。
(え、マジかヤブサワ。ラッパーか?ボーダーか?ダンサーか?はたまたDJ?)
見た瞬間光の速さで脳内をツッコミが駆け抜けた。駄目だ、ヤブサワ、ないわ。
「ぜんぜん待ってないよぉ?」
笑顔を振り撒く沙希の横ではきららが半笑いしている。
「あれ……一人じゃないんだ」
「私と彼女のことは気にしないで」
私はきららの手を引いてさっさと遊園地へ向かった。
「あ、待っ」
何か後ろで沙希が言ってたけど待たない。
「ちょっと思ってたのと違うの来たかな」
「私も。私服は初めて見た」
普段からアレなんだろうか。別にいいけど、似合ってはいなかったぞ。
「沙希のタイプなの?」
「どうかな。私のタイプではない」
きららはひそひそと話しながらも後ろの二人が気になるのかチラチラ振り返る。
「朱希はどんなタイプが好み?」
「…………二次元なら」
ここでアニメや漫画のキャラをあげて伝えても良かったんだけど、あいにくきららはそういうの疎そうだからやめておく。
二次元キャラに対する私と沙希の好みはバラバラ。私は頭脳派キャラが好きだけど沙希は熱血系が好き。
(え……まさかヤブサワは許容範囲か?)
沙希の彼氏がどんなタイプだろうと私には関係ないけれど。
「朱希は彼氏いるの?」
「いたらきららは呼ばれてない」
小さくよし!と呟いたきららにはもちろん彼氏がいないのだろう。
「きららは彼氏とか作らないの?」
いても不思議ではないのに。
「いや、ほら、なんていうか」
途端に落ち着かない様子できららはキョドりだした。
「……きららって昔から歳上好きだよね」
「っ!!!」
真っ赤になって絶句した。図星か。それじゃあ同じ中学生なんか恋愛対象にはなりにくいのか。
「ふ、二人はジェットコースターに乗るみたい!」
きららに言われて振り返ると、沙希たちはジェットコースターの順番待ちの列にいた。いきなりコースターか。
「じゃあちょっと観察でもしますか」
大して興味はないが。一応ね。
自分から誘って来たんだから、ヤブサワは乗り物には強いんだろうか。醜態はまさかさらさないだろう。――と思ってた矢先ヤブサワの大きな声が聞こえた。
「オレ、遊園地とかの乗り物って乗ったことなくてさ!」
「…………」
「…………」
沙希はヤブサワの隣でペチャクチャ喋っているけれど、私ときららは嫌な予感に包まれ沈黙した。
大丈夫なのかヤブサワ。絶叫マシーンだぞヤブサワ。
やがて沙希たちがジェットコースターに乗り込む。もう何を話してるかわからないがテンション高いヤブサワの様子はわかる。沙希は絶叫マシーンが大好きだから心配はいらないけど、気に入ったやつには何度も乗りたがるから初心者のヤブサワには荷が重いかもしれない。
ゆっくりと死の旅路が始まろうとしていた。カンカンと尖った音をたてて登っていくコースター。一番天辺まで到達したなら後は墜ちるだけ。
私たちはそんなカウントダウンをオープンカフェでシェイク片手に聞いていた。
途端に。ゴウと加速したコースター。乗客たちの楽しげな悲鳴の中にヤブサワの切ない悲鳴の片鱗が見えた。グッドラック、お前の死は無駄にしない。
「ここのコースター、三回転するみたいよ」
御愁傷様、という顔できららは呟いた。
失神寸前のヤブサワの隣で沙希は今頃愉快に笑っているだろう。前に絶叫マシーンに乗った時もお腹が捩れるほど笑っていたし。
「ここのシェイク美味しいね」
「ん、私の飲む?」
エスプレッソシェイクとベリーシェイクを交換した。ちょっと大人味、だが、それがいい。
大体どうして彼氏彼女など必要なんだろう。私にはわからない気持ちだ。人を好きになったこともないし、好きだと言われたこともない。一人でじゅうぶん楽しいし、私には沙希もいる。女友達は惚れたはれたとコイバナに夢中、けれど私の食指はまったく動かない。
本能的な部分が欠けているんだろうか。沙希は私とは違ってコイバナにも興味を示していた。
私だけが冷めてて、皆を離れて観察している。
好きになる、って何だろうな。
きららは、小さい頃からマセていたし、きっと恋多き乙女だろう。ただし照れ屋で話したがらない。
聞いても答えてくれないだろうし、きららの答は私の答にはならないだろうから、聞いても仕方ない。
ようやく戻ってきたコースターからグロッキー気味のヤブサワがフラフラと降りてきた。沙希はそんなヤブサワにもう一回乗ろう、とか無邪気に追い討ちをかけている。どうやら断り通したみたいだ、男らしいぞヤブサワ(駄目な意味で。
次々ハードな乗り物に乗りたがる沙希をなだめながら、ヤブサワは恐怖の館へ向かった。恐怖の館……一見お化け屋敷だけどアレもコースターなのを私は知っている。暗く狭い施設内を滑走する分、違う意味で恐い。沙希の大好物ではあるが。
「わぁ、私、あそこ苦手~」
きららが身震いする。確かこどもの頃一緒に乗ったのを思い出す。当時は身長制限で乗れない乗り物が多かったけど恐怖の館は身長制限がない。
「ヤブサワは無事生還なるか」
神のみぞ知る。
「このままじゃ彼死んじゃうよ?向こうに水族館もあるしプラネタリウムもあるって教えてあげたほうがいいんじゃ……」
「きらら。デートの邪魔はしちゃいけない」
誘って来たのはヤブサワだ。自分で何とかしろ。
だいたいプラネタリウムなんて行ったら沙希が寝てしまうおそれがある。
ヤブサワは、はたして沙希のどこらへんを見て好きだと思ったのだろう。私と沙希の違いは外見だけならさほどない。学校では同じ制服を着ているから度々間違われる。
沙希を好きで私を好きじゃないという違いは何だ。沙希がお前に何をしたわけでもないのに。話したこともない相手に、好きだなんて何故言える。
(謎だ)
「もういいや。私らはプラネタリウムでも行こう」
「え?いいの?ほっといて」
こっちのエリアにいるうちは問題ないだろう。鈍感で絶叫マシーンに強い沙希のことだから、完膚なきまでにヤブサワを叩きのめすことだろう。
昔、私たちをプラネタリウムに連れてきてくれたのは恭平お兄ちゃんだった。
「懐かしいね」
私と沙希ときらら。それに琉依さん。
私がチケットを渡すときららははにかんで笑う。
「うん……懐かしい」
沙希ときららが恭平お兄ちゃんを引っ張り回す後ろを、私と琉依さんが手を繋いで歩く。どこに行ってもそんな感じだった。
「元気かなぁ二人とも。最近会ってない」
「うん……」
誰とは言わなかったけれどきららはすぐにわかったみたいで、聞き返したりしなかった。
中学生になって、きららはだいぶ落ち着いたみたいだけど沙希はあんまり成長ないな。あの頃と変わらないや。……私も変わらないといえば変わらないけれど。
そんなふうに思ってから、もう一度きららを見た。何だろう、この違和感は。
「……誰かを好きになると成長するのか?」
「え?何!?」
頭の中の思考がつい口から出てしまった。
「いや、ごめん、つい」
「ななな何よ?」
何でもない、とは言ったけどきららは赤い顔で黙り込んでしまった。無邪気に走り回ってた頃とはやはり違う。
そうか。だから人は恋をするのか。
私にはまだしばらく必要ない気もするけど。
(あれ……もしかしたら沙希もそのうち大人になるのかな)
沙希に限っては、なさそうな話だ。単に私の想像が追いつかないという意味で。
少なくともその相手がヤブサワではないだろう。
***
プラネタリウムを出て、携帯の電源を入れると沙希からのメールが届いていた。
「ヤブサワ、やっちまったな……」
私の呟きにきららが首をかしげる。
「吐いたらしい。今日はもう帰るといっている」
「げ。……じゃあ沙希と合流して水族館行こうか」
離脱した憐れなヤブサワに手を振って、満面の笑みのまま沙希がやって来たのは言うまでもない。
「沙希お腹すいちゃったなぁ。美味しいパスタ食べたい」
「はいはい。水族館終わったらね」
「笑い疲れちゃった」
時に背伸びは残酷だ。そうは思わないかヤブサワ。誘う相手は慎重に選ぶべきだ。未だ恋愛に到底なりえない沙希などはもってのほかだろう。
今日一番疲れただろうヤブサワに黙祷を捧ぐ。今はただ安らかに眠れ。
―― Wait a little longer.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます