■小さなしあわせ、ベイビートーク





 カラーン コローン …

 カラーン コローン …




 澄みわたる

 綺麗な空に

 鳴り響く鐘の音



 幻想的な

 森の中に建つ

 真っ白い小さなチャペル



 やわらかな陽射しが

 ステンドグラスを抜けて

 降りそそぐ中


 甘い花の香りに包まれ


 オレは



 愛する君を

 じっとみつめて言った。



「結婚しよう、琉依ちゃん」





 パーティードレスをまとう

 お姫さまみたいな君に


 オレのハートは

 もうドキドキしっぱなしだ。



 今日こそ

 いい返事を

 聞かせてくれるよね?



 オレの目を見つめ返す

 琉依ちゃんが可愛い。


 何を考えてるか

 まったく解らない

 深い瞳が神秘的だ。


 力の抜けた

 弛い口許は

 とてもやわらかそうだし


 透けてしまいそうな

 白い肌に

 吸い込まれてしまいそうだ。



「琉依ちゃ――」



 興奮しすぎて

 思わず抱きしめようとした

 この腕が虚しく空をかいた。



 スカッと

 音がしそうなくらい

 見事にすかされた。



「…わぁ…」



 琉依ちゃんの視線は

 ぜんぜん違う方に奪われ


 ついには

 求婚すら

 無視されてしまった。



 森のような小路を

 白いドレスを着た

 オレの姉貴·紀子が


 旦那やきららちゃんや

 ドレスの裾を抱えた

 介添人さんと一緒に

 こっちへ歩いてくる。



 琉依ちゃんは

 女の子だから


 やっぱ

 ウェディングドレスとか

 憧れるよね?


 ね?



 オレと結婚しようよ。





 挙式が始まるまでの間

 新婦は控え室にこもる。


 姉貴も例にもれず

 介添人さんと

 さっさと

 チャペルの小部屋へ消えた。



「…紀子さん綺麗…」



 微笑をたたえる

 琉依ちゃんこそが綺麗です、



「あれは『鬼にも衣裳』だし」



 本人がいないのをいいことに

 憎まれ口をたたくオレに


 琉依ちゃんは

 小さく言った。



「…泉谷は成長しないね…」



 そんなことはない!

 ……と思いたい。


 でも

 強く否定出来る要素が

 とっさに浮かばなかった。



 オレってきっと

 いつまでたっても

 ガキなんだ……。



 少なくとも

 琉依ちゃんの目には

 そう映っている。


 これは

 由々しき問題だ。



「お兄ちゃん」



 とてとてと

 慣れない足取りで

 きららちゃんがやって来た。


 今日は

 フリフリの

 ドレスを着ている。



「おー。可愛いね、きららちゃん」



 オレが褒めると

 きららちゃんは

 嬉しそうにニコニコと


 でも

 オレの足を踏んずけた!



「痛いよ!?なにっ?」


「かわいくないの!うがぁ」



 なんなんだ?

 なんなんだ、一体。



 隣で琉依ちゃんは

 クスクス笑うし


 オレ泣いてもいい?



「…髪の毛、くるくるカールにしてもらったんだ…」


「うん。もとこママにやってもらったの!」



 なんでオレだけ

 虐められたのさ。



「お兄ちゃん、さきちゃんは?」



 涙眼のオレを

 とことん無視して


 きららちゃんは

 オレの手を掴んで

 ぶら下がる。



「沙希ちゃんと朱希ちゃんはさっき、オレの母さんと親族の控え室にいたよ。きららちゃんみたいにドレス着てた」


「だってねぇ、きららたち、もとこママのヒラヒラしてるの一緒にもってくの」



 ドレスを着てても

 おかまいなしに

 ビョンビョンと跳ねて


 いつも以上に

 元気なきららちゃんに

 姉貴の旦那は

 苦笑いを浮かべた。



 ……いや


 止めてください、

 お父さん。



 オレは腕を掴まれてるから

 手が抜けそうなんですけど。



「…いいな、ベール持ち…」



 オレたちの結婚式も

 沙希ちゃんたちに

 手伝ってもらおうね!


 きっと琉依ちゃん

 ウェディングドレス

 似合うよ。



 いいなぁ


 琉依ちゃんと

 結婚出来たら


 オレ

 絶対

 幸せにするんだけどな。



 今回の姉貴の結婚式で


 琉依ちゃんが

 私も結婚したい…的な、


 そういう気持ち

 芽生えてくれたら

 いいんだけどな。



 まだオレたち高校生だけど、

 いつかはホラ、


 沙希ちゃんや

 朱希ちゃんみたいな

 可愛いこどもも欲しいとか。



 そんな妄想に

 胸を膨らませていると、



 ホテルの方から

 チラホラと


 チャペルに

 移動してきた人影が見えた。



 まだ

 挙式までは

 少し時間がある。



「…沙希ちゃんたち来たよ…」



 琉依ちゃんが

 きららちゃんに言った。



「さきちゃーん!」



 パッと

 走り出したきららちゃんに

 オレは少しホッとした。





 きららちゃんが

 途中で転ばないか心配で


 オレは

 沙希ちゃんのほうへ

 駆けてく

 後ろ姿を見送った。



 だから

 気付くのが

 ちょっとだけ遅れたんだ。


 沙希ちゃんと朱希ちゃんの

 間に挟まれ

 手を繋ぐのが


 由紀さんだってことに。



「…あ…」



 琉依ちゃんは

 由紀さんを見て

 嬉しそうに笑った。


 オレもきっと

 自然と笑ってたと思う。



 久しぶりの

 お母さんとの再会で


 ニコニコ

 はちきれんばかりの

 二人の笑顔。



 最初は

 招待状にも

 欠席のハガキが

 返って来たって聞いたから


 少し心配してたんだ。



「…良かった…」


「うん」





 それから

 沙希ちゃん朱希ちゃんと

 きららちゃんと

 姉貴の旦那は


 リハーサルに呼ばれて

 チャペルに入った。



 朱希ちゃんと

 沙希ちゃんを見送って

 小さく手を振る由紀さんに

 オレたちは声をかける。



「こんにちは」



 この前は

 クリスマスのお願いで

 けっこう無理を言った手前


 ちょっと気恥ずかしい。


 由紀さんは由紀さんで

 何かを恥ずかしそうに

 小さく笑う。



「恭平くん、いつも沙希と朱希をありがとう。いっぱい話を聞かせてくれたわ」



 お母さんに会えて

 嬉しかったんだろう、


 二人は

 マシンガンみたいに

 ずっとお喋りをしていた。


 普段の何気ない毎日を

 話したくて

 仕方ないみたいに。



「朱希ちゃんも大興奮だったし」

「…すごく喜んでた…」



 にっこり笑って

 琉依ちゃんが呟くと


 でも由紀さんは

 少し視線を落とす。



 幸せなムードが

 途端に陰りだして

 だからオレは


 言わずにいられない。



「当たり前なことがすごく幸せだって、気付くのは難しい。でもそれを知っていると、小さな幸せを逃さないで済むんだ」



 驚いたように

 由紀さんと琉依ちゃんが

 オレをみた。



「オレは沙希ちゃんや朱希ちゃんに会えてほんとに良かった。自分が幸せなことも、誰かの幸せを守る力も、大事なことはたくさん教えてもらえたから」



 オレは

 沙希ちゃんたちも

 琉依ちゃんも


 幸せにしたいんだ。


 ひとつでも

 多く


 小さくても

 もっともっと。





「朱希ちゃんと沙希ちゃんが来てから、うちは前よりもっと明るくなった気がする」



 小さい子がいて


 気をつかうのや

 面倒みるのは

 大変なこともあるけどね、


 それでも

 これだけは確かだって思う。



「二人が笑うと、それだけでオレたちはみんな嬉しいし幸せなんだ」



 二人の笑顔が

 可愛くて仕方ないから


 その可愛さを見れることに

 幸せを感じる、


 お世辞なんかじゃない。



 絶句というか

 沈黙してた

 由紀さんの目から


 突然に

 ぽたぽたと

 雫が落ちだして


 オレは内心

 すごく焦った。


 なんか

 マズイこと言った!と

 青ざめてしまったんだ。



「あ、ら…?ごめんなさい、最近私泣き虫ですぐ泣いちゃうの」



 由紀さんは

 笑いながら

 指で必死に

 涙をすくうけど


 次から次から

 こぼれて止まらない。



 涙って

 こんなに綺麗に

 どんどん

 溢れてくるものかな、って


 ちょっとオレは

 驚いていた。



「…お母さんが笑えば、沙希ちゃんたちもそれだけで幸せ…」



 ハンカチを差し出して

 琉依ちゃんが言った。


 なんでか

 琉依ちゃんも泣いてた。


 でも

 すごく綺麗に

 笑ってた。





「もー!二人ともどうしたの!?まだ挙式これからだよ?」



 オレはパニックして

 すっとんきょうに叫び


 琉依ちゃんと由紀さんは

 涙を拭きながら


 オレを見て

 笑い声をあげた。



 なんなのさー!?



 そのあとは

 他愛ない話ばっかしてた。



 二人は恋人なの?って

 由紀さんが聞くから


 琉依ちゃんが

 未だに

 付き合ってくれないとか、


 なんかそんな話を。





 挙式が始まって

 オレたちは

 讃美歌を聴いたり

 神父さんの話を聞いたり


 なんか

 いつもとは違う

 夢みたいな時間を過ごした。



 心が洗われた……みたいな

 そんな気持ちになって、


 オレは式の最中に

 琉依ちゃんを盗み見る。



 後でもう一度、


 琉依ちゃんに

 プロポーズをしよう。



 オレに出来ることなんて

 たいしてないかもしれない、


 それでも


 オレは

 琉依ちゃんのために


 ずっといたいと思うから。





 チャペルの前に出て


 オレたちは

 カゴにいっぱいの花びらを

 それぞれ手にして並んだ。



 これから出てくる

 新郎新婦に

 フラワーシャワーで

 祝福するんだ。



 沙希ちゃんや

 きららちゃんは

 特別喜んで


 小さな両手に

 たくさん花びらを欲張った。


 ちょっと

 待ち時間もあったから


 朱希ちゃんの頭に

 花びらを乗せて

 遊んでたようだった。



 そうしてようやく


 鐘が鳴り響き


 扉が開くと

 始まりだ、


 空に向けて

 彩とりどりの花びらを

 高く放つ。



 歓声と拍手の中で

 にこやかに進んだ二人は

 足を止めて一礼すると


 ベールをなびかせた姉貴が


 生花で作った

 まあるいブーケを

 逆光に高く掲げた。



「いくよー!」



 年配の人間は

 気をきかせて下がる、


 弧を画いて

 飛んできたブーケが


 ぽすりと

 琉依ちゃんの腕に。



「…あ…」





 オレのテンションは

 いやがおうにも上がった。



 花嫁のブーケを

 受け取った女の子は

 次の花嫁になるって

 ジンクスがあるからね!



 みんなが

 拍手してるのを

 きょとんとした目で

 琉依ちゃんは見てた。


 そして

 なんと琉依ちゃんは



「…あげます…」



 隣にいた由紀さんの腕に

 ブーケを押し付けたんだ!


 なんでー!?



「え?でも」



 困惑してる由紀さんに

 琉依ちゃんは

 にっこりと笑って


 オレの手をひくと


「行くよ、泉谷」



 なんと置き去り!


 ポカーンとしてる

 由紀さんを放置して

 オレを犬みたいに連れて

 琉依ちゃんは軽やかに!?



「どこいくの!?」


「…沙希ちゃんたちのお父さんが来てる。結婚式には遅刻だけど、…二人にはまだ間に合う」



 言われてオレは

 由紀さんを振り返った。


 ちょうど

 おじさんが

 声をかけてるとこだった。



「……じゃあブーケは」


「…次に結ばれてほしいのは、あの二人だから…」



 いたずらっ子みたいに

 琉依ちゃんが言った。



 オレは

 琉依ちゃんの手を

 握り返す。



 手を繋げただけで

 幸せだからいっか……、



 でもね


 やっぱりオレと結婚してよ。




      ―――― Marry Me ?




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