■小さな君と紀子の話



 私は

 こどもなんか大嫌い。


 だって

 煩くて我が侭で

 見てると苛々するじゃない。




「紀子くん、悪いね。日曜だっていうのに」



 休日出勤は

 電車もすいていて

 嫌いじゃない。


 仕事をするのも

 嫌いじゃない。


 残業なんかも

 嫌いじゃない。



「いいえ、気にしないでください部長」



 今時珍しく

 仕事の出来る女で通っている。


 口癖は

『仕事が恋人』、



 それが私、

 泉谷 紀子(イズミヤ モトコ)。

 22歳のOL。



 上司の

 木暮 誠一(コグレ セイイチ)は


 やはり

 仕事の鬼で堅物。


 私とは気があう。


 歳はよく知らないけど

 多分まだ30代後半。



「どうしても今日のうちに片付けておきたくてね」



 奥さんは

 三年前に他界、


 シングルファザーの彼は

 日曜は育児に逐われるらしい。



「安心してお仕事してください、きららちゃんは私が面倒見てますから」



 微塵も曇りのない笑顔で

 私は言ったのに。


 木暮部長が

 安心しても


 背広の裾を

 握りしめて離さない


 小さな女の子は

 落とせない。



 私は

 こどもなんか

 大っ嫌い。





 人気(ひとけ)も少ない

 休日のオフィスビルに


 似つかわしくない

 小さな女の子一人と、


 社内で珍しく

 私服のままの私。



 密室の応接間で

 しばらく相手を

 務めなきゃならないわ。



 優しい笑顔だって

 忘れたりしないわよ。



「さてきららちゃん。何して遊ぼうか」



 ところが、よ。



 こっちが

 気を使ってみたとこで

 こどもはそれに応えない。


 自分本位の塊で。



 ツンと横を向いて

 明らかに悪意さえ示す。



「お姉さん飴とか持ってるよ?何味が好きかな~」


「飴食べない」







 あっそ。





「向こうの部屋におっきなテレビがあるの。見てみたい?」


「別に」




 こどもが可愛いなんて

 どこの馬鹿が

 勘違いしたわけ?


 はっきり言って

 憎たらしいだけだわ。



 まぁ

 木暮部長は

 別室で仕事しているし


 私と

 きららちゃんしかいない

 この部屋で


 いつまでもニコニコなんて

 疲れるだけだわ。



 そっちがそういう態度なら

 私だって不機嫌モードに

 入ってやるんだから。




「保育所でもいっつもそうやって保育士さんを困らせてんの?」



 笑顔をやめたら

 私の声のトーンも下がって


 そしたらだんまり。


 もう

 返事もしたくないですか。



 馬鹿馬鹿しいから

 窓ガラスを掃除でもして

 時間を潰しますかね。



「お姉さんお掃除だから、何かあったら呼んでね」



 大人気(おとなげ)もなく

 だんまりさんは

 シカトして


 キュッキュッと

 いい音たてて


 窓ガラスを

 ピっカピカにしてやったわ。




 自分の仕事の完璧さに

 酔いしれて

 ご機嫌な私が

 すっかり満足した時


 不意に

 すすり泣いてる声が

 耳に入って我に帰ったの。



 あんまり静かだから

 すっかり存在を忘れてた

 きららちゃんは


 濡れた床に

 座り込んで泣いてる……




 え、

 なんで濡れてるのよ。




「やだ、お漏らし!?なんでトイレに行きたいって言わないのよ!?」



 私は慌てて駆け寄ったけど

 きららは泣いてるだけだし


 彼女の

 リュックをあさっても

 着替えなんか入ってないし



「どうすんのよ!」



 私はどうしていいか

 解らなかった。





 とりあえず

 床を拭いて掃除したけど


 着替えはどうするのよ。



「……もう、泣くな!悪いのは自分でしょ!?」



 苛々するじゃない、

 どうにかしてよ。



「とにかく、お姉さん服買ってくるからここでじっと待ってなさいよ?いい?何も触らないで!」



 キツく言って

 私はショルダーバックを

 ひっ掴むと

 足早に会社を出た。



 オフィス街に

 こども服なんか

 どこに売ってるのよ!?


 目星なんかないまま

 とりあえず

 デパートへ急いで

 適当に買い揃えたわよ。


 お祝い用だか

 知らないけど

 馬鹿に高い服しか

 並んでないし、


 でも

 サイズとか……

 よく解らないわよ。


 下着はなかったから

 紙オムツの

 一番大きいサイズを

 買うはめになったわ。


 袋が大きいのしかなくて

 もろオムツよ、


 街の中で

 こんなの持ってるなんて

 恥ずかしいわよ。




 散々苦労して戻ると

 きららちゃんの傍に

 困った顔の

 木暮部長がいた。



「……やぁ、そろそろお昼にしようと思ってね」



「すいません部長、着替えを買ってきたんですけど……」



 言葉にしないけど

 きららちゃんを放置した私を

 内心責めたいだろうな、とか


 言葉にされないから

 色々やなこと考えて、

 すっかり私は落ち込んだ。



 仕事は出来ても

 お世話は出来ない女――、


 きっと部長は

 私に失望しただろうな。





 ***



 それから

 何日か経ったある日、


 馬鹿弟の恭平が

 仕事から戻った私に

 開口一番に言った。



「ちっちゃい女の子が家に来るんだって」









「はぁ?」



 思わず

 いつにも増して

 目付きが悪くなったのは

 言うまでもないわね。



「ちょっとお母さ――」



「あらおかえりなさい。もうすぐ晩ごはんだからね」



 忙しそうに

 台所に立つ母を見たら


「私は反対よ!」なんて

 急に言えなくなった。



 今まで

 当たり前に過ごして


 もしかすると

 私の方が

 甘えていたんだろうか。



 ご飯作ってもらって

 洗濯物も任せきりで


 私は

 バリバリ仕事して

 一人前に

 自立した気分でいたけど。



 こどもと何も変わらない。




 小さな女の子が

 家に来るって


 どこか

 お母さんは楽しそう。


 だったら

 私が家を出れば

 それでいいんじゃない。



 考えたことなかったけど。


 そろそろ

 そういうのも

 必要なのかな。



 ***



「オレ、こどもの面倒なんかみたことないけど、姉ちゃんいるし大丈夫だよね?」



 お味噌汁を

 思わず

 ふきそうになったじゃない。



「なんでそうなるのよ……?」



 歳の離れたアンタの面倒を

 見ていた時期はあったわよ、

 えぇ確かに。



 でも


 私は


 こ ど も は

 嫌 い な の …… !






「馬鹿言わないで!」



 頭の中で

 ガッカリしてる

 木暮部長が見えた。



「私は仕事で疲れてるの!こどもなんか嫌いよ!アンタがきっちり相手して、私に近付かせたら噛み殺すわよ!?」



「そんな、相手はこどもだし」


「アンタを噛むのよ!!」



 憤慨してる私に

 きっとお母さんも

 ガッカリしてる。


 それを見ないように

 私は手早く食器を片付けて

 自分の部屋に向かった。




 ***



 はっきり言って

 こどもがいると

 自己嫌悪。



 仕事は完璧なのに

 駄目だらけの私が見えて。



 だから

 こどもは嫌い。



 あの時

 きららちゃんに

 ぶつけてしまった

 たくさんの言葉も


 優しく出来なかった自分も


 …全部嫌い…。



「……最悪」




 きっと

 部長にも嫌われちゃった。



 何故か

 ぼろぼろと

 泣けてきて


 私は自分の無能さを笑った。





 きららちゃんが

 もっと素直で

 可愛くしてれば


 私だってもっと

 優しく出来たわよ!




 失敗した理由を

 全部

 相手のせいにしてしまう。


 つまりは

 私はこどもで。



 部長でも

 お母さんでもなく


 自分自身が

 そんな自分に

 一番ガッカリしていた。




 ***



 本当はもっと

 うまいやり方が

 あったのだろうか。



 何日も経ち


 気分が

 落ち着くにしたがって


 私は

 違う場合を

 模索していた。



 でも

 答えは見えない。


 どうしたら良かったんだろ。



 本当は

 きららちゃんとも

 仲良くなりたかった。




『今日帰り早いの?』



 珍しく

 お母さんから

 携帯に電話がかかって来た。



「もうすぐ帰るよ」



『今日から預かることになったのよ。今、恭ちゃんが公園に連れてってくれてるんだけど……あなた大丈夫?この間凄く嫌がってたでしょ』



「……うん、ごめんね。大丈夫だよ。疲れてただけだから」




 今度こそ


 ――上手くやるから。





 まずは

 自分の気持ちを

 なんとかしなきゃね。


 そうだ、


 久しぶりに

 美味しいケーキでも

 買って帰ろうかな。





 ***



 沙希ちゃんと朱希ちゃんが

 家に居候するようになって

 何日かしたけれど


 ひとつ


 解ったことがある。



 私にはやっぱり

 子育ての才能が

 ないってこと。



 馬鹿弟の恭平は

 多分その才能があって


 だから二人は

 恭平になつく。



 私に対しては

 明らかに

 温度差があって


 話す態度も

 遠慮しているのが解るの。



(遠慮……おチビなのに、そんなの出来るんだぁ)



 ぼんやりと思う。



(でも、遠慮ってつまりは自己防衛だから……当然かぁ)



 きっと

 こどもからしたら


 私は怖いんだろうな。


 不安にさせるんだろうな。


 よく解らない人として。



 仕方ない、


 恭平みたいに

 馬鹿面はさらせない。


 私だって

 守ってばっかり。



 ねぇ恭平?


 アンタどうやって

 壁を壊すの?




 ***



 その日は


 木暮部長が

 あんまり

 気難しい顔でいたから


 つい声をかけてしまったの。



 もう殆どの人は

 アフターファイブに

 消えた後、


 人の姿もまばらな社内で

 部長はでも

 デスクを睨んでいた。



 いつもなら

 テキパキ仕事をして


 時間には

 きららちゃんの

 お迎えにいく。


 だから

 何もしないで

 考えてる姿は珍しい。



 気になるじゃない。



「どうかしたんですか、部長」



 あの日以来


 どこか私がギスギスしてて

 部長と話すのは

 緊張してしまう。


 自分の失敗を

 いつまでも

 引きずっていた。



 そんな私に

 部長も気付いてたのか


 だから互いに

 仕事に関する

 必要最低限しか

 話さなくなっていた中で


 思わず声をかけた私を


 彼はホッと弛んだ顔で

 笑って迎え入れてくれた。



「いかんいかん、もうこんな時間か。ついボンヤリしてしまったようだ」


「ボンヤリなんて……けっこう恐い顔でしたよ」



 真剣だったのを

 少しだけ茶化す。


 そうでもしないと

 怖いから。


 部長も笑って

 ノってくれた。



「いやいや、専務に早く再婚しろと言われてね。下手すればお見合いの席まで用意されそうだよ」


「お見合い?!大きなお世話ですねっ」



 思わず毒舌になる私に、


 部長は苦笑した。



「本当は出張とか行けたらいいんだけどね、きららがいるから辞退させてもらってばかりだ。肩身が狭いよ」



 私は思わず

 あ、と


 言葉を飲み込んだ。



 会社が家庭の事情に

 口を挟むのも


 業務に支障があるからだ。



 視野の狭い自分が

 本当嫌になる。



「本社の会議に参加してほしいって言われてるんだ」



 本当は部長だって

 それに参加して

 バリバリ仕事をしたいはず。


 悲しそうな笑いを浮かべて

「見合いでもしようかな」と


 まるで

 今にも言い出しそうな


 そんな部長に向かって

 言っていた。




「出張中、きららちゃんの面倒を家でみますよ!」






 かなり咄嗟に出たことで

 内心大パニックの私は


 心の中で

 自分をマッハで責めた。



(バカバカバカバカ!このあいだ失敗したばかりの私に、部長が安心してきららを任せられるわけないでしょ!子育ての才能もないくせに何てことを言うのよ?!)



 案の定

 部長は私のバカな申し出に

 困惑するように

 目を見開いていた。


 呆れてるのかも。



 やっと口を開いて

 彼は言葉を返す、


 びっくりして

 いつものキレはない。



「えっ…と、……でも大変だよ。君にそんな迷惑をかけるわけには」



 そうですね、

 でしゃばりです。


 ただの上司と部下の関係に

 それはお節介すぎます。



 頭では解っていても

 何でこんなに

 必死になっちゃうんだろ、


 失敗をした

 名誉挽回の為?


 自分が解らないよ。



「今うちに親戚の女の子が居候しているんです。母も弟もこどもの世話はなれているし、きららちゃんもきっと楽しめると思いますよ!」



 私じゃなく

 母や弟ってのが

 挽回に繋がるとは

 到底思えないけれど、



 部長が安心して

 やりたい仕事に

 打ち込めたら


 それで私は

 きっと満足だから。



 非常識で

 デリカシーがない

 立ち入った申し出を



 彼がどう思うかまでは

 解らないけれどね、


 私は

 自分が止められなかった。





 殆ど

 私の勢いに圧される形で


 部長は

 私にきららちゃんを預けて

 本社の会議に

 出席することになった。



 一度出席したら

 次からは断れない、


 これからも

 頼めるのかい?とか


 かなり念をおされたけれど


 私が

 揺るがなかったからだ。




 時々

 そんな自分のハイパーさに

 舌をまく。



 ***



 部長が出張に出た日の夕方、

 私はきいていた

 きららちゃんの保育所に

 お迎えに行った。


 事前に部長が

 話を通してくれてるから

 安心していたのだけれど。



 そこで見たきららちゃんは

 この前とは別人で


 保育士さんに甘えて

 ニコニコと

 笑顔を振り撒いていた。



 私にはあんなに

 ツンケンしていたのに、


 そう思うと

 さすがに傷付いた。



「きららちゃ~ん、お迎えのお姉さんが来てくれたよ~」



 若い保育士さんが

 きららちゃんを呼ぶ。


 こちらを見て

 きららちゃんの目付きが

 サッと変わった。



 それまで一緒に遊んでいた

 一人の保育士さんの足に

 ガッチリとしがみついて


 私を威嚇する。



 そりゃそうだよね。


 嫌われてるんだよね、私。



「きらら、パパが来るまで帰らない!」



 アンタのパパは

 今日は帰らないわよ


 こどもなんか

 ワガママで大っキライ!



 私は怒ってるのか

 それとも泣きたいのか、


 本当は怒鳴り散らして

 引きずってでも

 連れて帰りたい。



 でも

 その場にたちすくんで

 何も言えない自分がいた。





 そんな

 暗雲の立ち込める

 空気の中で


 年配の保育士さんが

 ニコニコと姿を現した。



「あら、きららちゃんはまだ遊びたりないのね。ゆっくり遊んでなさいな?貴女まだ時間に余裕があるなら一緒にお茶でもいかが」



 さすがに年の功、

 その配慮恐れ入るわよ。



 私は

 保育所の事務所に通され


 紅茶を

 ご馳走になることになった。



 年配の保育士さんは

 ずっとニコニコ、


 貼り付けたような笑顔で

 話を続けた。


 それは

 恭平がいつも

 沙希ちゃんに向ける


 わかりやすいスマイル。



 四六時中

 そんな笑顔でいたら

 顔が疲れるわよ。



 こども相手の

 プロだからなのか

 一向に崩れない。


 私にまで


 笑顔

 振りまかなくても

 いいのにな。



「長いことこの仕事をしてると色んな子に出会うの」



「はぁ」



 私は特に

 気のきいたことも言えず

 ただ相づちを打つだけ。



「こどもは三人生んで育てたけれど、三人ぽっちじゃ全然解らないことだらけだったわ」



 でも

 朗らかだからか


 この人、

 何だか話しやすい。



「そんな、……三人も育てたなんて立派じゃないですか」



 私なんか

 ただのしがない

 小娘ですよ、


 ただの半日も

 育児なんか出来ないです。



「こどもの個性は同じ家庭の兄弟でも全然違うの。ましてここでは違う家庭の子が集まるでしょ。その子その子にあったやり方がある、だから正しい育児は何人育てたところでなかなか身につかないわ」



 あったかい

 紅茶のカップに触れる

 指先が


 次第に私を

 リラックスさせたのか、


 頭に浮かんだ疑問を

 ボンヤリと口にしていた。



「……きららちゃんにあったやり方って、……私はどうしたらいいんでしょう。私育児の才能ないんです」



 思わず本音が出た。


 それは

 弱音でもあって


 ほんとなら

 誰にも知られたくはない

 私の駄目な部分。



 自信もないくせに


 それでも

 引き受けたのは私だ。



 母や恭平に

 押し付けて

 逃げる気でいたのに


 家まで連れてくことさえ

 私には出来ない。



 追い詰められていた。



「そうね、きららちゃんの場合はお母さんがいないから、甘えたりないの。でもお父さんは仕事で忙しいから迷惑はかけたくなくて、だからここでせんせいにだけ甘えてるのね、とってもいい子」



 その『いい子』を

 でも私には発動しない。


 明らかに拒絶されてるのが

 伝わってくるんだもの。





「保育所に来た最初の頃はムッとして黙ってたわ。どう関わっていいのか、きららちゃん自身が解らないのよ。だから距離をおく。それだけのことだから、貴女は気にしなくていいのよ。貴女が駄目なわけでも、貴女を嫌いなわけでもないの。ゆっくり付き合ってあげてほしいわ。そのうち心を開いてくれるから、ふて腐れてたら笑ってあげたらいいのよ」



 まるで

 魔法にかけられたみたいに


 私の心は軽くなって


 何を言われたのか

 よく解らなかった。



 でも途端に

 涙が溢れて来ちゃって


 私はしきりに



「あれ?……あれ、なんで私、泣いちゃってるかな?」



 笑いながら

 指先で涙を拾っていた。



 ぽろぽろぽろぽろ

 止まらない、




 あぁそっか、



 私


「大丈夫」って


 誰かに

 認めてもらいたかったんだ。





 さんざん泣いて

 スッキリした私は


 その年配の保育士さんに

 お礼を言ってから


 ホールで遊んでいる

 きららちゃんを

 迎えに行った。



「おっしゃ!帰るぞ?きららちゃん」



 飾らない私で

 ありのままに行こう、


 そう思った。


 そう思えた。



「保育士さんだってお仕事なんだよ?時間外労働させちゃダメでしょ。これからはお姉さんがママがわりの時間だよ」



 嫌そ~うな顔で

 ダンマリしちゃうきららを


 でも負けない、



「ホラきららの荷物、取っておいでよ?もう行くよ」



 さらにへの字に

 きららの口が曲がる、


 なんだか

 それを見て

 可笑しさが込み上げる。



 ついさっきまでなら

 イライラしかなかった。



 私は

 きららの前にしゃがんで

 その可笑しい変顔を

 覗き込んでやった。


 ついでに

 ほっぺをツンツンしてやる。



「荷物、場所解る?なに?一緒に行ってあげようか」



 ニヤニヤと

 かなり意地悪、


 でも楽しいからいいや。



「自分で持って来れるもん!」



 怒って

 カバンを取りに

 走りだしたきららに

 思わずニンマリした。



「ホラ、保育士さんにご挨拶だよー」



 玄関で私が言うと


 きららは

 不満いっぱいに言った。



「ほいくしって何!」



 あ?



「……そっか、いつも『保育士さん』とは呼ばないか。えっと……『せんせい』かな?」



 前に

 会社でも

 保育士、って

 言った気がした。


 通じてなかったなら

 返事がないのは

 当たり前だよねえ。



「せんせい!さようならっ」


「はぁい、きららちゃんさようなら。また明日ねー」



 そっか、


 そっかそっかそっか。



 帰り道

 綺麗な夕焼けを

 二人で見ながら


 私は

 おだてるでも

 媚を売るでもなく


 心から言った。



「きららちゃんはいい子だよね」





 家に帰れば


 きららちゃんと

 沙希ちゃんは

 ずいぶん気があったのか


 こども同士で

 楽しくやってて


 全然ちっとも

 手がかかることなんて

 これっぽっちもなかった。



 恭平が

 二人の餌食になってて


 私はソレを

 カラカラ笑ってた。


 朱希ちゃんももっぱら

 私の隣で傍観して

 たまにケラケラ笑ってた。



 私のこども嫌いは


 こうして

 終わりを遂げたんだ。


 終わってみると

 なんだか随分呆気ない。



 悩んでたのが

 バカみたいに思うの。



 ***



 三日後、


 私は休日で

 のんびり自宅待機。


 すっかり

 きららちゃんや

 沙希ちゃんと

 遊べるまでになっていた。



 普通に話が出来るし

 きららちゃんの態度も

 前とは変わって


 時々抱っこをせがまれる。


 ちょっとこそばいわね、


 仕方ないなぁ、とか

 ボヤクのは照れよ。



 けっこう重いわよ、

 食べ過ぎじゃないの?



 まぁそんな

 傷付けるかもしれないこと


 わざわざ

 言ったりはしないわ。



 ***



 夜、


 部長が

 きららちゃんを迎えに来た。



 お別れが寂しいとか

 今までならあり得ない、


 でもそんな

 おセンチな気持ちに

 浸る余裕はなかったの。




「結婚してくれないか」



「は?」





 場所は家の玄関、


 ムードも

 ヘッタクレもないわ。


 きららちゃんもいるし

 朱希ちゃん沙希ちゃんも

 こっちを見上げてる。



 ていうか

 挨拶に出てきた母さんが

 ノレンを掻き分けたまま

 凍りついたわよ、


 何よバカ恭平

 アンタどっか行きなさいよ

 命令よ!


 なんでこんな日に


 彼女とか連れ込んで

 ギャラリー

 増やしてくれてるのよ、


 つうか

 丁度今帰るのに

 部屋から出て来たとか

 タイミング悪っ!



 見るな見るな見るな!


 全員ちょっと

 席を

 外してくださらない???




「色々考えたんだがね、いつもいつも世話になるばかりで――だからちゃんと、それを返せる立場に立ちたいと思うんだよ。返事は急がなくていい、ただ気持ちを伝えておきたかっただけだから」



 部長はそう言って

 小さな箱を取り出した。



「渡しておくから、迷惑だったら返しに来てくれていいし、そうでなかったら君につけてもらいたい」



 完全に思考回路が

 どうにかなっちゃった私に

 手渡して


 さっさと帰ろうと

 きららちゃんを促した。



 きららちゃんの靴を

 モタモタ

 煩わしいみたいに、


 でも部長の手だって

 焦って

 上手く履かせられない。




 私はバリバリ


 本当

 ロマンの欠片もなく


 バリバリと音をたてて

 箱の包装紙を破り


 中から取り出した

 可愛い指輪を

 薬指にはめた。



「ホラかして。靴下がたるんでるから履きにくいのよ」



 唖然としてる

 部長の視線は無視して


 私は

 きららちゃんの靴を

 手早く履かせた。



「途中まで一緒に行こ」


「うん!沙希ちゃん朱希ちゃんバイバイ」


「バイバイ」

「バイバイきーちゃん」



 家を出て


 私と部長の間に

 きららちゃんを挟んで

 三人で手を繋いで歩いた。



 赤い顔で

 無言の二人を


 きららちゃんが

 不思議そうに

 何度も何度も

 見ていたのが印象的。



 びっくりし過ぎて

 まだよく解らないけど。




 たぶんずっと

 大好きだった人だから。





    ―――― Love You …




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