丸めてポイ

芍薬甘草

丸めてポイ

 怖い話? ありますよ。


 前に私が住んでいたのは、築何十年経つのかわからない、壁が薄いボロアパートだったんです。

 彼氏に女子大生がこんなボロアパートに住んでいるのはよろしくないってずっと言われてました。私もそんなこと言われなくてもわかってたんですけど、お金がないのでしょうがないなって。

 先立つものがなければ引っ越しなんてできないし、そもそもお金があればボロアパートに部屋を借りたりはしないでしょう?

 それにしても本当にボロいアパートで、鉄骨が腐っていて、小さな地震なら耐えられても大地震がきたら潰れてしまう気がしてました。彼氏は建築科なんですけど、初めてドキドキしながら部屋に招いた時は、入室すら拒否されたくらいですからね。

 まあ結局、彼は己の性欲に負けて入って来たんですけれど。


 彼氏には、あちこち腐ってるからこことそこを細工すれば簡単に建物崩壊するぞ、とも脅されましたね。でもあんなボロアパートはテロリストにも狙われないですよ。


 けど最近、さすがの私ももう少しマシなアパートに引っ越したんです。地震が怖かったからじゃなくて、虫が怖かったんですよね。

 あ、私は田舎育ちですからね、都会の女の子みたいに虫ごときにキャーキャー叫んだりはしないですよ? ゴキだろうとカマドウマだろうと紙魚だろうと躊躇なく殺れますとも。

 だから、あの虫の怖さはまた別物だったんです。


 それは体長五ミリにも満たない様な小さな昆虫で、ある日私の布団の上をてけてけと歩いていたんです。私はカメムシじゃない事を確認すると、躊躇なくティッシュで丸めてポイしました。あ、丸める時にはギュって握りましたよ。女の子の中には潰すのが怖くてそのままビニール袋に入れる子もいるみたいですけど、そっちの方が残酷だと思うんです。ひと思いに潰して介錯してやれよって思うんですよ。


 まあここまではよくある話ですが、問題はここからなんです。


 次の日、同じ種類の虫が一匹、また私の部屋に入り込んでたんですよ。隙間風の多い部屋ですから、どっからでも入り込めるんでしょうね。私は昨日の奴の兄弟だったのかもなと思いながら、そいつも丸めてポイしました。


 ところが次の日も、同じ種類も虫が一匹部屋にいたんですよ。

 偶然にしては気味が悪いなぁと思いながらも、そいつも丸めてポイしました。


 で、もうわかったと思うけど、次の日もいたんですよ、その虫。

 さすがの私も潰すのが怖くなって、ティッシュでふんわり獲ったあと、窓から逃がしてやったんです。

 それなのに、次の日もその次の日も部屋に居るんですよ、そいつ。


 で、怖くなった私は大慌てで次のアパートを探したって訳なんです。

 アパートはすぐに見つかりました。まあ本気出して不動産屋をはしごして、全力で探しましたからね。すぐに引っ越す事にしたんですよ。


 ……あ、違いますよ。

 虫が新しいアパートについてきたんだろって思ったでしょ?

 そんなオチじゃないんですって。


 引っ越しの当日に、同じアパートの住人のおばさんにお別れの挨拶に行ったんですよ。四十代位の独り者のおばさんで、そのアパートに住んでた住人って私とそのおばさんの二人だけでしたからね。


 その時、あのおばさん言いやがったんです。

 ああよかった、これで静かに眠れるわ、この虫のおかげかしらって。

 そのおばさんの手の中にティッシュがあって、その中に件の虫が挟まれてたんです。


 あの行き遅れおばさん、私と彼氏のイチャつく声が嫌だったから、虫を私の部屋に毎日投げ込んでたんです。そんな嫌がらせするくらいなら口で言えよって話ですよ。

 あんぐり口を開ける私に満足したのか、おばさんは私の目の前で虫を丸めてポイしたんです。

 これはもう用済みねって言いながら。


 私は頭にきすぎて眩暈すらしてたけど、何も言わずに踵を返しました。こんな奴のいるアパートはさっさと出て行くべきだし、いい機会になったと思って。






 で、スカッとするのがここからなんですけど、私がアパートを出て行った翌日の夜に、震度3くらいの小さな地震があったんです。そしたらあのボロアパートは倒壊して、おばさん瓦礫の下敷きになったらしいんです。


 あれはきっと、潰され続けた虫達の祟りですよ。きっと私よりもあっちのおばさんの方を恨んでたんです。

 虫みたいな奴だったから、丸めてポイされちゃったんですよ。



 あはははは!



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