第19話6か月(噛みながらカミングアウト)-7
「……失礼します」
「多田先生、まずは私の方からお話がありますが、よろしいですか?」
校長は少し機嫌が悪かった。
「はぁ……」
ここまで来て少し決心が鈍ってきていたので渡りに舟だった。
「最近また多田先生の受け持ちのクラスが騒がしいそうじゃありませんか!授業の進みも相変わらずゆっくりの様ですし、生徒の中からは先生はメタボだ、メタボだと囃し立てる生徒も多くて落ち着いた授業が出来ていないと聞いていますよ!そりゃあ、太ってはいけないという決まりなどはありませんけどね、やはり自己管理がなってないと言われればそれまでじゃないですか?!」
「あ、いや太ったっていうのとは少し違っててですね……」
「今、私が聞きたいのは言い訳じゃないんですよ!事実の確認とこれからどうするかという事なんです!」
「その、太ったんではなくてですね……」
「多田くん!まだそんな事を言ってるんですか!」
さっきまで黙って校長とのやり取りを横で聞いていた教頭がいきなり大声で怒鳴った。
「教頭先生、血圧が上がりますよ。……良いですか?多田先生。教師というものは生徒のお手本にならなくてはいけないのです。いくら自己管理を怠るなと生徒に言って聞かせても、先生自体が急に太るなど、自己管理がなっていないと聞く耳を持たなくなってしまうでしょう?わかりますね?」
「今日お話したい事というのはその、このお腹の出てきた理由についてですね……」
「この期に及んでまだそんな事をっ!」
「教頭先生、血圧が。多田先生、これからは生徒の手本となるように自己管理を行ってくださいよ」
「あの……実はですね……」
「っっっ……!」
「教頭、血圧!」
教頭の血管は今にも切れそうだったが、もう黙っている訳にはいかない。
「どうしたんですか、多田先生。あなた最近少しおかしいですよ?何か言いたい事があるんなら、この際はっきり言ってくださいな」
もう覚悟は決めた!後は野となれ山となれだ。
「実は!俺、妊娠したんです!」
校長室がしんと静まり返った。あまりの衝撃の告白に校長と教頭は言葉を失っていた。
少し間が開いて、校長の言葉が静寂を打ち破った。
「……多田先生……、あなた……大丈夫ですか?国語の教師として恥ずかしくないのですか?」
校長のリアクションに俺は面を食らった。
「は、恥ずかしいとは……?」
「妊娠したのは奥さまでしょう?!何ですか、今の言い方ではあなたが妊娠したみたいじゃないですか!」
「ええ、ですから俺が妊娠して……」
「冗談だとしたら笑えません!悪い冗談です。良いですか?男のあなたが妊娠するなんて事は有り得ません!せっかくの喜ばしい出来事を性質の悪い冗談で報告するなんてっ……」
校長は怒り心頭だった。
「校長、落ち着いて聞いてください。その冗談のような事が現実に起きているんです!……妻の勤務先の実験……いえ、治験に協力していて……」
「多田くん!」
教頭の血圧が上がり叫んだその時、俺は服を捲り上げて妊娠で大きくなったそのお腹を二人に見せた。
「これは……」
太ったにしては少し不自然に突き出たお腹を二人はしげしげと見つめた。
「もしや何か悪い病気なんじゃあ……」
「いいえ」
「最近流行りの特殊メイクとか……」
「いいえ、違います」
「それじゃあ……」
「本当に俺が妊娠したんです」
「…………」
「本当に?」
「本当に」
「あなたが妊娠?」
「そうです」
「その事は親御さんとかは……」
「昨日話しました」
「その……妊娠という事はやっぱり出産も……」
「もちろんです。ですから今後の産休の事とかも相談に乗って貰おうと……」
「産休っ?!」
横から教頭が素っ頓狂な声を出した。
「あ、あ、あ、有り得ないでしょう?!い、い、育児休暇ならまだしもっ!男のキミが産休なんてっ!」
「ですから、お願いしているんです。もちろん普通分娩出来ない訳ですから帝王切開になります。そうするとやはり入院期間も長くなりますし、復職までの期間……」
「あああ、有り得ない!!」
大声で奇声を上げる教頭の側で校長は静かにこう言った。
「それで、予定日はいつなんですか?」
「校長っ?!」
今にも血管の切れそうな教頭がさらに叫ぶ。
「それが……経過を見ないとはっきりした事が言えないんだそうです。普通の妊娠と同じなら三月頃には……」
少し考えて校長は言った。
「……わかりました。前向きに検討しましょう。ところでこの事はマスコミには?」
「今のところバレていませんが……。場合によっては白日の下に晒される事になるかと……」
「そうでしょうね。もしそうなった時の事を考えるとその前に保護者会を開いた方が良さそうですね。さっそく今週末にでも開きましょう」
「え、ちょっと、え?」
一瞬耳を疑った。
「いったい何をお考えなんですか!校長!」
「教頭先生、こういう事は後からわかるから、いったいどうなっているんだと保護者から叩かれるんです。だから先手を打つんですよ。多田先生、保護者会での説明、お願いしましたよ」
正直なところ保護者に何て説明したら良いのかわからなかったが、いつまでも隠し切れないだろう。それより他に方法は無い。
「わかりました。では産休の件、よろしくお願いします」
部屋を出る時に、教頭は声にならない声で叫び、状況を把握出来ずにパニック状態だった。それを校長がたしなめていた。
校長室を後にした俺は、果たして保護者がすんなり納得するのだろうかと一抹の不安に駆られていた。
週末、保護者会が開かれた。参加者はあまり多いとは言えなかったが、それでも教育熱心な保護者がまさかこんな話を聞かされるとは思いもせず、集まってきた。
「本日はお忙しい中、お集まりいただき誠にありがとうございます。早速でございますが今日お集まりいただいたのは……」
一通り校長の挨拶があった後、俺は事の一部始終を多少言葉をオブラートに包みながら説明した。
意外にも反感を持つ保護者は少なかった。中には気を失う保護者もいたが、そのほとんどが男親だった。やはり子供を産んだ女性の方が強いという事か。それとも男の方が保守的という事なのだろうか?ただ、受験生を受け持っているという事もあって、質問は受験に関する事に集中した。産休に入る頃には内申書も書き終わっているだろうし、もちろん早めに書く事を前提にしているという事で保護者は一応納得してくれた。
それよりもマスコミ対策のお願いの方が重要だった。
「いつかマスコミに知れる事があるかも知れません。その時生徒や保護者の皆様にご迷惑をお掛けするかも知れません。そういう事も考慮した上で、皆様にはこの事をどうか内密にしていただきたく……」
保護者会が終わると校長と週明けの朝礼の話になった。
「やっぱり生徒にも話さなきゃいけませんかねぇ……」
「当たり前です。このまま生徒に黙っていてもいつかはバレます。保護者同様、後になってわかった場合の方が信頼関係は崩れます。それより多田先生」
「はい、何でしょう?」
「他の教職員のみんなにも話してませんでしたよね?今から連絡を回しますか?それとも週明け朝礼で一度に済ませますか?」
正直説明するのに疲れていた俺は、
「週明け、一緒で」
と答えた。
(マスコミにバレなければあと一回の説明で終わるかなぁ……)
そんな事を考えながら、疲労困憊で帰宅した。
翌週の朝礼では、やはり男子生徒や男性教諭の方が倒れる数が圧倒的に多かった……。
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