Q7.この仕事の大変なところは? A.残業がハードすぎです(苦笑)①

 食事を終えて、軽トラの荷台から降り、空を見上げる。まだ空は青いが、遠くの暗い雲がこちらにまで伸びはじめていた。ゴミを捨て、今度は助手席に乗る。

 運転席に座った榊さんがさっそく無線機を取り、ダイヤルをいじりはじめる。


“こちら『異世界送り六号』。業務再開可能です。ドーゾ”

“こちら本部。除去班の準備がまだ整っていません。待機可能ですか?”

“可能です。ドーゾ”

“では、待機お願いします。除去班の準備が整い次第、除去班の方から連絡させます“


 無線機を置いて、こちらを見る。その目の色は、いつもより少し真剣なもの。

「まいったねぇ。待機だって。マサくんに何かあったのかなぁ」

「何かって、何があるんですか? 除去班ってそもそも何やってるんですか?」

「んー? まぁ除去班の仕事は人払いと、通行止めを一時的に作ったりとかね。あとは『異世界送りから守り隊』とか、同業者とか、その辺の追い払いかな。で、問題があるときっていうと、守り隊に襲われちゃった、とかね」

「襲われることもあるんすね……」


 首をコキンと鳴らして、肩を回す榊さんは、何かに備えているようだった。

「まぁねー。結構危ないのよ。この間の連中もそうだけど、結構過激でね。ヤバそうな連中と、そうでもないに分かれるけど、ヤバそうなら異世界送りよね。面倒だし」


 やっぱり怖いことをサラっと言う。しかし、襲いかかりたくなるのも分かる。なにしろ今日の最後の一人、佐藤さんは、数年を向こうで過ごして戻ったら一日分、なんて可能性もある人物だ。もし、自分がその立場だったとしたら……恐ろしくなる。


 昨日覚えたドラゴンスクリュー、シャイニング・ウィザード、そしてDDT。できれば使うような状況になりたくはないが、そうも言ってられないかもしれない。

 ……実際使うのは怖いな。異世界に送れなかったら、傷害事件になりそうだ。そんなことを考えながら、今は待つ。ただ待つのみ。除去班の準備ができない限り、仕事にはならない。


 ファイルを開いて、中身を確認。佐藤淳平さん(二四才)。一昨日前に見た書類と九九パーセント同じ。違うところといえば、依頼人欄に読めない文字が書いてあることくらい。

 

 この象形文字のようなものが、恐らく前回の送った先の神官だか巫女だかの名前なんだろう。他には、備考欄を見ても特になし。家族にも仕事の同僚とかにも、心配されていなかったのだろうか。だとしたら、悲しい。やっぱりファイルを見ると、つい同情してしまう。同時転送物の欄だけ見て、終わりにしよう。不許可転送物、なし。

 これでいい。


 ふと顔をあげると、窓の向こうのコンビニ店員と目があう。愛想笑いをしておく。

「あの、榊さん。何か飲みます? 俺、奢りますよ」

「え? いいよー。私、さっき買った水がまだ残ってるしね」

「店員さんに目ぇつけられそうなんで、俺だけ何か買ってきていいですか?」 

 ハンドルにもたれかかっていた榊さんも、店員と目があったらしい。わざとらしくニヘっと笑った。


「あー……あの店員、知らない子だわ。それじゃあ、悪いんだけど、私の分の水も一緒に買ってきてくれる?」

「ウス」

 また降りて、コンビニへ。


 こういうときは、なんとなく物を買っておけば上手くいきそうな気がする。探偵ドラマじゃないけど、金を払っているうちは客だ。棚まで歩いているうちに、どうせ長時間待つことになるなら、いっそ雑誌でも買ってやろうかと思ったりもしてしまう。流石に今日はしないが、慣れてきたらそういう風になりそうだ。


 棚から水を取り、カウンターへ。店員の目線が、俺の足の先から頭の上まで舐めるように動いて、笑う。どんだけ変なんだ、俺の格好は。

 流石にこれだけ色々な人に同じような反応をされると不安になってくる。でも、どう考えてもプロレスTシャツと、パンタロンの榊さんの方が、不審人物だろうに。田舎だと、あれが普通なんだろうか。


 外に出ると、ポツポツと雨が降ってきていた。最悪だ。

 車内に戻り、榊さんにボトルを渡す。

「ありがとー。こっちは動きなしだねぇ。全く連絡ない。雨降ってきちゃったし、もうちょっとしたら本部に連絡してみよっか」

「ウス」


 最初はまばらにポツポツと降り始めていた雨が、パタパタと窓ガラスを叩きはじめた頃に、無線が入った。


“本部より『異世界送り六号』へ、担当除去班と連絡がつきません。GPS情報ではそちらの次回担当ターゲット周辺で止まっています。目視確認をお願いします”

“『異世界送り六号』了解。緊急転送もありえるので、準備お願いします”

“本部了解。交信終了”


「さぁ、まずいことになってきたわ」榊さんはエンジンをスタートさせる。「もしかしたらマサくん。拉致されたか、あるいは同業者に異世界送りされたかも」車を勢いよくバックさせて、コンビニの駐車場を出た。


「マジすか? それ、俺たちだけで対処するんすか? 警察とか……」

「警察に言っても面倒なことになるだけ。無茶な仕事をやってるって、こういう時に自覚させられるのよね」

 榊さんの声にいつもの軽い調子はなく緊迫感すらあった。おそらく、本当に危険な状況を想定しているのだろう。またしても臆病な心臓が、鼓動を強め始めていた。


 雨の中を車が走る。前回、俺が失敗した地点を通り過ぎ、周辺の路地に行く。

 フロントガラスが真っ赤に染まった白いバンが止まっていた。マジかよ。マジで斎藤さん、やられた?


 近くに『異世界送り六号』を止め、俺と榊さんは白いバンに近づく。この赤さと滑らかさは、おそらく血じゃないな。一昨日散々見たから分かる。

「榊さん、これ、ペンキすか?」 


 車内を覗きこんでいた榊さんは、扉を引き、開かないのを確かめていた。

「多分ね。カギはないしドアは開かない。降りたところを拉致されたっぽいわね」

 斎藤さんをかよ。あんなデカくてゴツい人拉致するとか、バット持ってたって怖い。しかしあの斎藤さんが連絡もなく職場放棄とは考えられない。


「とりあえず、本部に連絡しましょう」

 車に戻り、榊さんが無線機を取った。

“こちら『異世界送り六号』。斎藤昭男が何者かに拉致、ないしは異世界転送にあった模様。周辺を捜索してみます。ドーゾ”

“本部了解。応援を手配。捜索状況は随時連絡してください。交信終了”

 

 捜索と言ったって、どうすればいいんだろうか。……俺に出来ることなんてたかがしれてしるし、榊さんに任せるしか……ん?

 ドアミラーに、傘をさしてこちらを見ている男の姿。見た事のある顔。


「榊さん。佐藤淳平です。後ろにいて、こっちを見てます」

 振り向かずバックミラーで確認した榊さんは、唇を噛んだ。

「判断に迷うわね。でも、仕事は仕事。送ってから考えますか」

 車はゆっくりとバックし、向きを変える。


 正面に佐藤淳平が見えるようになった。既に後ろを向いて、歩きだしている。

 加速。佐藤淳平が振り返り、何か投げた。

「ヤバ!」


――ブジャ


 フロントガラスが真っ赤に染まった次の瞬間には、榊さんはハンドルを切り、サイドブレーキを引いていた。


 水に濡れた路面の上を車がスピンしはじめる。同時に――


ゴワッシャ


 後ろから強烈な衝撃。体ごと前につんのめり、頭をダッシュボードに強打した。

「エアバッグついてねぇのかよ!」

 あまりの痛みに思わず口から出たが、当たり前だ。人をハネ飛ばすための車に、そんな保安装備がついているわけがない。


 車は変な滑り方をして止まり、エンスト。

 ドアウィンドウに目を向けると、ガラスの向こうに、バットを振り上げる男。  

 咄嗟に自分の顔を腕で隠す。


――ガバッシャン


 ドアウィンドウからバットが飛び込んできやがった。

「コンくん! ドア蹴って!」

 榊さんの言葉に反応。ドアハンドルを引き、左足で思いきり蹴り開けた。

「ブァ!」

 ドアの凹むバゴンという音ともに、外で男が倒れる。しかし、すぐに立ち上がろうとしはじめていた。


 俺の体は勝手に外に飛び出していた。何をやりたいのか、自分でも分からない。

 男が右膝を立てた。俺の身体は『異世界送り六号』を後ろ手で押すようにして、強引に加速を始めていた。

 

 異世界送りなんて出来るかどうかわかりはしない。しかしやるなら今しかない。

 どうやればいいんだ――。

 脳裏に、髭を生やした禿げ頭のマッチョなおっちゃんが浮かぶ。どっかで見たことがあるはずなのだが、分からん。誰なんだ、あんた。

 

 口が勝手に動きはじめるような感覚。

「いせかぁい!」

 男の立てた右膝を足場に、昨日散々練習したシャイニング・ウィザード。


――ゴワッシャ


「シャイニング・ウィザード!」

 そのまま地面に叩きつけられる俺。クソいてぇ。受け身の練習は絶対必要だと、痛感した。技かける方も受け身がいるとは、知らなかった。


 なおも体は自然に動き、両手がそれぞれ狐のポーズを作り、腕を横に広げる。脳裏に浮かぶおっちゃんと同じポーズ。なんだこれ。なんなんだこれ。

 背後から、ぱわゎゎあっと音が聞こえて驚き振り向く。男はバットを残して、消えていた。出来たよ。出来ちゃったよ、俺。異世界送り。


 自分のやったことに呆然としていると、榊さんの声が聞こえた。

「コンくん! 乗って!」

 慌てて振り返り、車に飛び乗る。走りだす車。


「出来ましたよ! 榊さん! 異世界――」

「それはあと! 守り隊と佐藤淳平が合流してる!」榊さんは頭をドアから突き出し、車を走らせる。「マサくん拉致したのあいつら! 追跡するから無線連絡!」

「えぁ、あい!」

 慌てて無線機を取った。


“こちら『異世界送り六号』! 斎藤さんが守り隊に拉致された模様! 追跡中!”

“本部了解。そちらをGPSで追尾。応援を派遣します”

 無線機を叩きつけるように戻して、前を向く。真っ赤なままだ。体が震えているような気がする。前が見えないまま走り続ける車って、こんな怖いのかよ。


 右隣では首を突き出し、運転し続ける榊さん。速度が思ったより上がっていない。

 真似をして、割れた窓から首を突き出してみる。雨がバチャバチャ顔にかかり、正直言ってほとんど前が見えない。こんな中で運転し続けるとか、彼女の頭のネジはやっぱ抜けてる。


 前を走るバンがこちらに何かを投げた。水風船? 

 車がキュラキュラと音を立てて回避し、追跡が続く。見ていてもしょうがないので、顔を引っ込める。車の後部からバゴバゴと音がしていた。おそらく、荷台に追突されたことで、後輪付近がおかしくなっているのだろう。


 追跡を続けながら、榊さんが叫ぶ。

「コンくん! フロントガラス破って!」

「はぁ!?」

「いいから早く! 走りにくすぎ!」

 どうやって? とりあえず、蹴ってみるか。


 背中をシートにくっつけ、足を上げ、思いっきり、両足で、蹴る。


ベゴリ


 ……足いってぇよ! 何だよこれ! 割れねぇってこんなの!


「無理ッス! 榊さん! 窓ガラス、割れないっすよ!」

「ああ、もう!」ハンドルが急に切られ、体が揺さぶられる。「ハンドル持って!」

 えええええ!? 言われるままに、とりあえず横からハンドルを握った。

 榊さんは半身を外に乗り出したまま、左足をあげていく。マジか。蹴るのか。


 フロントガラスに向かって、風切り音すら聞こえそうな蹴り。

バギャリ

 運転席側のフロントガラス、その端にひびが入った。どんだけだよ。

 

 そのままガスガス蹴り続け、とうとうブギャっと、ガラスが少しめくれた。

「コンくん左に切って!」

 言われるままに左に切る。

 車が曲がりだし、遠心力に振り出されて、そのまま榊さんの尻に衝突した。硬い。


「バカ! 次、右!」必死にハンドルを持つ手を上げ、今度は左に振られた。 

 運転席を見ると、榊さんが態勢を戻して、顔を出して運転を続けていた。

「ほら! 蹴り破って!」

 指示に従って、とにかく蹴りまくると、とうとうひびだらけのフロントガラスが前に落ちた。同時に車内に吹きこむ大量の雨。


「ぶぁ! 榊さん! 状況変わってないっすよ!」

「さっきよりは楽! 踏んでくわよ!」

 グングンと加速し、小さくなりつつあったバンに追いすがっていく。田舎道を走っていたはずが、いつの間にか山道じみたものになっていた。

 

 地面がぬかるみ、『異世界送り六号』のパワーが却って邪魔になっているようだ。

 一体どこに向かっているのだろうか。このまま進んでいっても、逃げ場所なんてなさそうなものだ。


 前を走るバンが、泥をはね上げながら、左に曲がる。

 榊さんもそれに合わせてハンドルを切る。しかし、ぬかるんだ地面にタイヤを取られ、車は半回転スピンし、エンスト。

「ああもう!」

 エンジンを再スタートさせて、もう一度追跡を続行。曲がりくねった道を迷いを感じさせないハンドルさばきで、抜けていく。


 そしてカーブを曲がった瞬間、バンが止まっていた。ヤバい――


ゴシャ


 俺の身体が宙を舞った。

 シートベルトをしていなかったせいだ。恐ろしくスローな風景。迫る地面。両手が無意識の内に、顔を守った。


グッチャ


 地面に衝突し、そのまま泥の上を滑る。口の中に泥が入って、超くせぇ。

 体を仰向けにして、泥を吐き出す。息ができない。胸が痛んで酸素が足りない。空は真っ暗だし、体中が痛い。冗談じゃない。なんだこれ。


 視界に榊さんの顔が入る。

「コンくん! 大丈夫!?」

 大丈夫なわけねぇだろ、と言いたいが、額から血を流している姿を目にして、言えなくなった。まぁ酸素が足りなくて、声も出せない。


 榊さんが後ろに回り、上体を強引に起こされる。背中に膝の感触。顎の下に手が入り、上を向かされる。何してんだ。苦しいんだよ。いてぇんだよ。

 両肩が後ろに強く引っ張られる。

「息吐き出して、強く吸って!」


 だから、いま、息できねぇって――

「ごっぶぅはぁ!」

 むせた勢いで下を向く。しかし、すぐに顔は上に。おお吸える。息が吸える。

「ぶはぁ、ぐぅは」喋る余裕まで出てきたぞ「なんだってんだクソ!」


「おっけー! 良かったぁ!」

 背中から抱きつかれ、耳元で聞こえる榊さんの嬉しそうな声。マジかこの人。俺、今初めて怒鳴ったのに、そこはノータッチか。まぁいいさ。背中の二つの感触だけは忘れまい。


 すぐに前に出てきた榊さんが、手を差し出してきた。

「立てる? あいつら、追うわよ」

 また無茶苦茶な。体が痛いし、今やっと呼吸できるようになったところだ。でも、仕方がない。ここぞと言うときのスキル、『思考停止』発動だ。


 俺は榊さんの差し出した手を掴む。頼もしさすら感じる力で、引き起こされた。

「……うす」

 さぁ、斎藤さん救出だ。ついでに佐藤淳平、絶対異世界に送ってやる。

 止まったバンの先を見ると、赤さびに塗れる閉じられた鉄門。門の向こう、微かに見えるのは、廃工場……だろうか。

 

 電気は来ているのか、あるいは発動機でも回しているのか、数カ所から光が漏れている。その光のおかげでおぼろげに見える外観は、二階建ての古ぼけ、ところどころ壁面が剥がれ落ちているようだった。

「中に入ったんすよね、多分」

 榊さんは頷き、再びフロントがベッコリいってしまった『異世界送り六号』に身体を突っ込み、無線機をいじりだした。


“こちら『異世界送り六号』。本部、応答願います” 

 無線機は音を返さず、不快なノイズだけを鳴らし続けていた。


「やっぱり衝撃と雨で壊れたっぽいわね。しょうがない、本部は私達の位置を把握してるだろうし、私達だけで行くわよ」

「あの、応援よこすって言ってたし、待った方がいいんじゃ……」

「いつになるか分からないし、あいつらがマサくんになんかしてたらマズいじゃない。同業者絡みなら異世界送りになるだけで済むけど、守り隊相手だと、何をされるか分からないわ」


 後部がグニャグニャに潰れた、連中が乗っていたバンを見る。考えてみれば、斎藤さんを襲うのにこんな車を用意し、俺が送った一人以外にも複数人集めたわけだ。暴行や殺害ではなく、拉致を選択したということは、何か目的があるはず。まさか身代金を要求しようなんて話ではあるまい。となれば……。


「何かを聞き出すために、拷問したり、とかすか?」

「そういうこと。特に、異世界送りの方法を聞き出すのが目的、なんていうのが、ありがちよね。結局、私達の仕事の肝って言ったら、送る方法とノウハウだからね」

 

 ザシザシとぬかるんだ道を歩き、門を開くためか手をかける榊さん。俺もそこに手を貸した。錆が手につき、ざりざりとした感触。

「いい? せーのっ」


ガギャゴ


 動かない、錆ついた門。よく見ると敷地側でチェーンが巻かれている。

「チェーンで止められてます。乗り越えるしかないっすね」

「ああもう、腹立つわね! 守り隊!  ……と、佐藤淳平」


 門の上に手をかけ、乗り越える。幸い筋肉痛の痛みは、地面に投げだされた痛みで上書きされた。どうせもう全身痛いなら、といった具合だ。つまり、我慢するならどうでもいい。痛みなんて、無視してしまえば感じなくなる。


 俺は泥だらけ、榊さんはびしょ濡れで……青と白のボーダーのブラが透けとる。なんで今日はスポブラじゃなかったんだ。まぁいいんだけど、○ルティモドラゴンのマスクが青と白で変わった雰囲気になっている。……エロさが足らん。

 パっと手で胸を隠す榊さん。


「ちょっと、今日は見ないでよ。恥ずかしいから」

「……うす」

 ……基準が分からん。なんでスポブラとか、肌密着とかは良くて、今日の微妙に子供っぽいブラはダメなんだ。子供っぽいからか?


「ちょっと、仕事に集中」

「えぁ!? あ、う、ウス!」

 微妙に榊さんの顔が赤い気がする。なんでだよ、本当に。

 周囲の暗闇とぬかるんだ地面のせいで、めちゃくちゃ走りにくい。しかも気温が下がり始めて、濡れた衣服は体温を奪わっていく。


 建物の中に入っても、それは変わらない。むしろ、冷えたコンクリートの外壁のせいで、外よりも寒く感じた。体がかじかみ、筋肉が強張る。

 ふっふっ、と隣で呼吸音、そして衣擦れのような音。

 振り返ると、榊さんがヒンズースクワットをしていた。なんでだよ。


「あの?」

「体っ、動かさないとっ、ケガっ、するからっ、ねっ」スクワットを止め、もも上げのような運動、ついで肩をぐるぐると回しはじめる。「コンくんも多少は体を動かしておかないと。冷えきってると、体壊すわよ?」

「あ……俺は大丈夫っす」


 そこまで元気ないし、榊さんと違って、こっちは緊張感が凄すぎて、ダメだ。

「じゃ、ちゃちゃっと送りまくって、終わらせますか」

 なんでこの人は、こんなに元気な上に、余裕なのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る