【読者参加企画受賞作】お題:桜の下で待ってるあの人

 桜舞う木の下で愛の告白を受ける。……それも、最高の美少女から。少々古臭いシチュエーションかもしれないが、それでも至福の喜びである事に間違いはない。


 それは、卒業式を迎えるちょうど一週間前。いつもの何気ない動作で下駄箱を開ける俺の視界に入ったのは、三年間履きなれた上靴。そして……。


【~佐藤京介くんへ~『卒業式が終わったら、後者裏の桜の木の下で待っていてください』~黒川優希~】


 黒川優希……。学校のマドンナとも称される美少女からの恋文だった。そう、俺は生涯初となる、そしてなんともロマンチックなラブレターを受け取るに至ったのだ。


 そして今日。まさしく卒業式を終えた今、俺はそのラブレターに導かれ、この桜の木の下で彼女を待っている。はらはらと舞い落ちる 桃色の花弁……。そっと肌を撫でる春風……。小鳥たちの囀り……。それら全てが、今までまるで華のなかった青春の、最期の瞬間を心から祝福してくれている ように思えた……。


 ただ……一つだけ、本当に一つだけ引っかかるのだ……。


「あの、そちらは……どうですか?」


「いや、まだかな……。そっちは……?」


「……ま、まだです」


「そ、そっか……」


 紹介しておこう。桜の木にもたれかかり、俺とこうして背を向けるようにして立つ彼は、同じ卒業生の鈴木くん。ちなみに面識はない。


 どうして、今まさしく人生の絶頂期を生きているこの俺が、全くの初対面の鈴木くんなどという男と呑気におしゃべりなのか、というとだ。聞くところによると彼は、俺と同様ラブレターを貰い、俺と同じようにこの場所を指定されたのだとか。


 ……そう。同じ日、同じ時、同じ場所で、赤の他人と愛の告白現場がダブったのである。なにコレ? 桃園の誓い?


「そ、そういえばまだ聞いてなかったけど」


 だから、俺は黒川さんがくるまでの間、こうして鈴木くん(男)などと気まずい会話を交わさざるを得ないのだ。


「鈴木くんは、一体だれから?」


「僕は……後藤さんから」


「後藤さん!? あの後藤さんでしょ!? すごいね!」


 後藤さんといえば、ファンクラブが発足しているとも噂される後藤咲さんか……。黒川さんとも一、二を争うほどの学校の美少女……。やるなコイツ。


「ちなみに、佐藤くんは?」


「俺は……その、黒川さん」


「黒川さん!? い、いやそれ……佐藤君もなかなかですよ……」


「そ、そうだよね。やっぱり……」


「…………」


「…………」


 俯きがちに、俺たちはお互いの身の上を白状する。なんだこの謎の気まずさと恥じらい……。なんでこんなよく分からない所で、野郎同士で疑似告白みたいな気分になっちゃってんの……!? は、早く雰囲気を変えなくては!


『『そ、そういえば!!』』


 被るなよ鈴木もう!!!


「あ、お先どうぞ……」


「あ、じゃあ……。黒川さんで思い出したんだけど、実はすごい面白い話があるんですよ!」


 鈴木くん、やけに嬉しそうだな。個人的には見ず知らずの人提供の笑い話をどんなノリで聞けばいいのかよく分からんところだが。


「へ、へえ……」


「実は先週なんだけど、僕たちのクラスの何人かで、ちょっとしたドッキリを仕掛けたんです!」


「ドッキリ?」


「そう! 学校のアイドルの黒川さんの名前を使って、誰かの下駄箱に偽ラブレターを入れてやろうってね!!」


 …………ん? 俺は微かに眉をひそめる。


 なんだろう。この話、なんかデジャヴ……。


「それで、今日の卒業式終わりに呼び出したんですけどー……やっぱり来るわけないですよねー」


「あ!! 思い出した!!」


 俺が思わず叫ぶと、鈴木くんは驚いて目を見開いた。


「な、なにが?」


「何か引っかかると思ったけど、俺も似たような事、先週やったんだよ!!」


「と、言うと?」


「こっちも、俺のクラスの仲間同士で、後藤さんの名前を使って偽ラブレターを作ったんだ!! で、適当な奴の下駄箱に入れたんだっけ!!」


 しかもまさしく先週の出来事だ! いや、なんという偶然だろうか。なんだかここまでダブると、鈴木くん(野郎)と言えど、奇妙な縁を感じざるを得ないな……!


 彼も同じような気分なのだろうか。少しばかり顔を紅潮させ、先程より興奮気味に言葉を話すようになる。


「本当に!? いや、まさか僕と同じレベルのイタズラをしてる人がいるとは……」


「ホントにねえ……。あ、ちなみに、鈴木くん」


 そして、俺はとうとう。先程から一番気になっていたことを口にする。


「それって誰の下駄箱に入れたんだい?」


「確か、佐藤京介っていうヤツの下駄箱に入れました!」


「へえ! ちなみに俺は、鈴木亮一ってヤツの下駄箱に!!」


「…………」


「…………」


 ◆


 翌日。俺の携帯に一本の着信があった。それは同じクラスメイトで、特に仲の良かった友人からだった。


『うっす京介!! お前この前ラブレター貰ったんだろ!? なあ、結果どうだったんだよ!!』


「ああ。桜舞い散る木の下で殴り合って、友情を深めたよ」

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