【2000字縛り】お題:神社で不思議な出会いをする

 消えてしまった。


 賽は投げられた……もとい、投げられた賽銭の五円玉は宙高く浮いた後、消失した。見間違いではない。

「…………」

 罰当たりかと躊躇いつつも、試しにシャープペンシルを投げてみる。

 ぱっ。

 消える。

 一月もとうに半ば。会社帰りの、遅れ馳せながらの初詣だった。中二ハート全快に折角だからと、足も踏み入れたこともないボロ神社に入ったのがよくなかったのか。こんな妖術めいたアクシデントに見舞われるとは。

「ふーむ」

 消しゴムを投げる。付箋紙を投げる。小型ハサミを投げる。

 ぱっ。ぱっ。ぱっ。

「うわ全部消える!!」

 恐怖より興奮が高まる俺。妖術上等である。いよいよ本格的に鞄の中身を漁り出そうとした……その時。はたと、視界の端に映る物に気づく。

 足下に一枚の付箋紙が貼られている。そこには何度も書き直したように掠れた汚い文字が刻まれていた。

『ク チヨ  コセ』

「おぅふ……」

 唐突なホラー展開である。

 しかしここは寒気を抑え思案しよう。クチヨコセ……口寄こせ? さっきのようにして今度は『口』を投げろとでも?

「でも、口なんてどうやって……あ」

 口元に手を当てて気づく————。



『アアァー、アアー……』

「声が聞こえるようになった……!」

 そう。たまたま装着していたマスク。それを投げた結果がこれだよ!! すごい!

『アアーー……。アガァァ……』

「しかし会話ができないじゃないか」

 原理や理由はともかくとしても、だ。ペンと付箋を投げれば文字が現れ、マスクを投げれば声が聞こえるようになった……。

「仮説が正しければ……」

 石畳に投げ出した鞄の中から電子辞書を取り出し、投げ込んだ。

 ぱっ。

『なかなか察しがいいようで助かったぞ』

「うわああ喋った!!」

 やはりそうか……! つまり、この見えない声の主……もしかしたら神のような存在かもしれないこいつは、投げ入れてもらった物を元に成長しているんだ。ペンを用いて筆談を。マスクを用いて会話を可能にしたのがその証拠!

『「筆記」を暗示した物。「会話」を暗示した物……そして「知識」を暗示した供物を捧げられた事で、我はこの世に降臨するための依り代を得たのだ』

 裏付けサンキューです!

『ところで。汝は何の用で……』

「面白い! じゃあ、これは?」

 俺は履いていた革靴をおもむろに脱ぐ。

『いや、面白くはない。要らん事はするな』

 ぱっ。

『要らん事をするなと!』

 すると、ぷんすかとお怒りの声を引き連れ、賽銭箱を起点に石畳に足跡が連なった。

「おお!? 移動できるようになったのか!? 面白い!!」

『面白くはない。何も』

「え、ちょっと待ってじゃあこれは!?」

『試すな。試すんじゃない』

 すっかり興奮した俺は文庫サイズの小説を放り込む。

『試すなと!』

 ぱっ。

『もおっ! お兄ちゃんったら、ダメだって言ったのにぃ!』

「こ、これはっ!!」

 そうか! 今投げ込んだのは確か妹物のライトノベル……! 帰りがけに表紙買いしたばかりで内容はサッパリだったが……!! これはもしかして、妹ラノベを捧げた事で、神に妹属性を植え付ける事に成功したとでも言うのか!?

『むぅ~。でも、お兄ちゃんだから許しちゃうもん!!』

「うわああ!! ありがとう妹ちゃん!!」

 ……何だこの俺は。いやいや冷静ぶってる場合じゃない!! こうなってしまってはモタモタしてはおれん!!

「ちょ、ちょっとこれを試してみような!?」

 言うが早いか、俺は即座に内ポケットからある物を取り出していた。

「こいつは布教用なんだが……」

 俺が取り出したのは、世間一般の言う……所謂美少女フィギュアと言うヤツだったのだが、それを賽銭箱めがけて思い切り投げ込む。

 ぱっ。消失。

 よし……。それでいい……! これで……これで妹ちゃんは、『体』を手に入れたのだ!! つまり、美少女が現実の世界に……!!

『……』

「……」

 あ、あれ?

 何も変わっていない? 目の前に、妹属性の美少女が全裸で現れな……い?

『ねえ。プレゼント、受け取ったよお兄ちゃん……。それで、聞きたいんだけど……』

 ……何やら不穏な空気だ。一体どういう事だ?

『お兄ちゃん……。この可愛い女の子は誰なの?』

「……え?」

『ねえ、お兄ちゃん。なんで私っていう妹がいるのに、他の女の人を連れて来たの? ねえ、どうして……?』

「ちょ、ちょっと待て! それは誤解で……!」

『うるさい!!』

 ざくっ。

「……え?」

 見下ろせば、足下にはいつの間にか俺の目の前にまで連なっていた黒い足跡。そして……。

「は、ハサミ……?」

 俺の腹部に突き立っていたのは……。見覚えある小型ハサミだった。

「あ、ああ……最初にあげたっけ……?」

 遠のいていく意識の中、最後にもう一つ思い出していた。俺が捧げたライトノベル。あまりに長過ぎて忘れていた、その陳腐なタイトルを。

「け、献身的な妹が実はヤンデレだったと発覚して……こ、殺されそうなんだけど、俺はもうダメ……かもしれ、ない……」

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