第2話 咲埜


物心つく頃には、祖父はもういなかった。

墓参りも行ったことがない。

祖父の話など一度とても聞いたことがない。


祖母は健在だ。

だが私は、気づいたら祖母のいない環境にいたから、彼女のことをよく知らない。

祖母は私のことを常に遠ざけてるような気がしてた。

何となくだけど。

気丈で、寂しい目をした人だった気がする。


いや、覚えてる。

厳しい眼差し。

一時期、母が働きに出るとき、私を祖母の家に預けるため連れて行ったことがあるが、ひどく祖母は険しい表情をした。

嫌われてるのだと感じた。

祖母は必要以上に私に近寄ろうとしなかった。

踏み入れない何かを感じ、祖母と過ごす時間が子供ながらに不安だったのは。

その目に宿る言いしれぬ闇を読みとったからかもしれない。


そんな祖母が、入院することになったらしい。


「お祖母さんのところ、行ってくるね」


「うん、いってらっしゃい」


母は、私を見て、何かを迷ったようだが、結局口を開いた。


「一緒に行く?」


「行かない」


そうよね。という顔をして、母は、出かけようとしたが、ふと気付いたように言った。


「咲埜。あなた、アレ以来、黒い犬、見たことある?」


「犬?」


妙に引っかかるワードだった。


「あ、いいの。見てないなら」


踵を返し、靴のかかとをトントンやる母は、私の表情を仰ぎ見て複雑な表情をした。


「…私が出てる間、外に出ないでね」


「お母さん、私もう子供じゃないんだから」


「そうよね。わかってるんだけど」


釈然としない妙な間があって、母は、自分に言い聞かせるみたいにかぶりを振ると、


「行ってきます」


と出かけて行った。


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