清だら(ずんだら)爺さん奮戦記

里岐 史紋

第1話 現金輸送車ねらわれる。

 現金輸送車から現金が消える。いつもの時間に銀行に現れた現金輸送車から顔見知りの警備員が下りてくると、決められた手順で現金を輸送車に運び入れ、決まりにしたがって銀行員が一名車に乗り込み走り去った。

 それから十分後、先ほどとそっくりの現金輸送車が銀行に到着し、先ほどとそっくりの警備員が下りてきて、先ほどとそっくりの銀行員が迎える。

 男性の支店長と女性の現金輸送係が出てきて「どうしたんですか?」と、聞く。

「いつもの通り、現金を輸送しにまいりました」と、警備員が不思議そうな顔で応える。担当の銀行員も不思議そうな顔をして支店長を見る。

 銀座みゆき通りにあるA銀行の支店から、この大事件の幕が開けた。 

 

 この事件が起きた当初は、事件だとは思っていなかったようだ。

 何かの勘違いなのだ。車に積み込んだ十億円は車のどこかに落ちているに違いないなどと思っていた。

 重さにして百キロぐらい。運転手は運転席の椅子の下まで這いつくばって探したけれど見当たらない。その代わり運転手が結婚の約束をしている彼女からもらった安全祈願と家内安全のお守りが落ちていた。

「あった!」と、大声で叫んでしまった。

支店長をはじめ、銀行頭取、警備保障会社社長、地元の交番のお巡りさんの顔が一斉に明るく、運転手のほうを向いた。七秒後に運転手を見つめるそれらの面くり玉が鬼の尖ったマナコに変わった。

 支店長が車に乗りこんだ銀行員を呼んで、

「だってあんた車に乗ったじゃないの」

「乗っていませんよ。だって便所に入っていたし」

「だって、あんた防犯カメラに車に乗り込むあんた写っているよ」

「確かにね。そうなると便所に入っていた自分ってだれなの。アッそうだ。便所の防犯カメラも見てください」

「ないよそんなの。あんたがしゃがんでるのなんかみたくないし。最近食欲不振で朝飯食ってきてないし。そんなの見て、昼飯も食えなくなったら、あんた責任とれる」

 支店長が銀行員を睨みつける。

 結局この不可思議な事件は、本当に十億円を現金輸送車に乗せたのかどうか、さらに本当にそんなお金が存在したのかどうかということまで疑問が拡がった。

 秘書のワカメ嬢と、ジロウラーメンに行く約束をしていた、頭取の

「ちょっと様子をみようではないか」

 の一言で、一旦解散となった。

 しかし、ことはこれで治まらなかった。

 銀座みゆき通り支店の銀行から、それから一ヶ月間に全く同じ事件が七回起こり、被害総額は百億を超えた。

 しかも、七回目は現金輸送車に護衛のパトカーが

四台も付いたにも係わらず、その現金輸送車が四台のパトカーに付き添われて走り去った後十分後に、四台のパトカーに付き添われて本物の現金輸送車が現れたのであった。

 犯人からの声明文は、警視庁と銀行の頭取と、警備保障会社の社長宛には届けられていた。

「ごめん。もらった。ありがとう  犯人より」

といった、金額の割には、簡単すぎるとても思いやりに欠けたものだけに、三通ともクチャクチャと丸められて、直ぐにゴミ箱に捨てられた。

 この事件の犯人逮捕に向けて、警視庁に特別捜査本部が設けられ、その担当責任者に警視庁の敏腕刑事、居眠狂五郎巡査部長があてられた。

 居眠狂五郎巡査部長は発想の奇するところ、訳が分からず、さらに当たりかまわず、仕事をまるなげしてもなんとも思わない大家であった。

 居眠狂五郎巡査部長がこの事件の対処を依頼したのが、われらが清だら(ずんだら)爺さんであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る