『初恋』

 衝撃的な展開の連続だった。

 ――まさかあそこで死んだ筈のトラ猫、ミケランジェロが助けにくるなんて……。ラストも捨て猫について深く考えさせられるものになっていて風刺物としても良い出来だった。

 僕はすっかり捨て猫のバラッドにはまってしまって、一気に読み切ってしまった。

 満足して、本の表紙をもう一度確認する。尻尾しか映っていない表紙も含めて、良い作品だった。

 飲みかけのコーヒーを一口、溶けた氷が味を薄めていた。

「どうだった?」

 声に反応して横を見ると、初日が僕の本を見つめていた。

「タイトルの印象で選んだんだけど、凄く良かった」

「当たりだったね。そうやって選んで好きな感じの本に当たると嬉しい、よね」

「そうそう、表紙だけにつられて読むのもいいけど、気になるタイトルって中身も良い作品な事が多いっていうか」

「引っかかってたタイトルが、実は作品とリンクしていたりとかするよね」

「そうそれ! この本なんかまさにそれでさ、捨て猫のバラッドってタイトルが――」

 話し始めると本の感想を含め、次々と話題が出てきた。

 初日も楽しそうに話してくれて、お互いに長い間話すことを貯め込んでいたみたいに話が途切れる事はなかった。

 まるで、ずっとこうなるのを待っていたようだった。

 同じタイミングで飲み物を飲んで、一瞬の間が出来る。

 チラッと初日の表情を確認すると、薄く微笑んでいる。いつの間にか体を向い合せるようにして座っていて、距離が近く感じた。

 ふと、本を読みだす前に思いついていた話題が浮かんできた。

「今日は、どうしてここに?」

「ん? えーとね」

 初日はそう言って、一階を見下ろした。僕もつられて目を移す。椅子に座って一冊の本を懐かしむように読んでいる老夫婦が目についた。穏やかな雰囲気が伝わってくるみたいだ。

「響くんって、いつも本を読んでたから」

「確かによく読むけど、学校だとそんなに読んでないと思うんだけどよく分かったね」

「学校でじゃないよ……」

「それなら、どこで?」

 初日の視線が宙を彷徨う。

「えーとね、うちの、待合室」

「待合室? ……あー、歌音がカウンセリング受けている時か」

「そう、響くん、いろんな本を読んでるなーって、気になって。本が好きなのかなって、ずっと思ってたから。私が本を好きになったのも、響くんの影響なんだよ」

 初日は頬を紅くしていた。

「じゃあ、僕の為にここに?」

「えーと、私もここが好きだし、響くんならきっと気に入ると思ってて、一緒に来たいなって……それだけなの。ごめんね、初めてのデートだから、それらしい所に行くべきかなと思ったんだけど――」

「いや! よかったよ、また来たい」

 僕がそういうと、初日は嬉しそうに笑顔になった

「また来ようね」

 初日の言葉に頷いて、その後もしばらく会話を楽しんで、夕方が来る前に図書館を出て電車に乗った。

 図書館から出てから、ざわめきが大きくなり、電車の中はまるで図書館とは世界が違っているようにも感じた。

 二人並んで座っていたけど、特に会話はなかった。電車のイスは狭くて、左肩に感じる初日の体温に、僕はイスに座った事を後悔していた。

 最寄駅について、電車を降りると日が沈みかけていた。

「送っていくよ」

「ううん! 大丈夫、私の家近くだし、響くんはここから自転車でしょ? 暗くなっちゃうよ」

 気遣ったつもりが、逆に気遣われてしまった。ここで、いやいや送っていくよと言っても、多分初日は送らせてくれない。

「分かった、じゃあここで……」

「あ、待って。渡したいものがあるの!」

 別れようとすると、初日は持っていたハンドバックから、図書館のカフェのロゴが入った袋を取り出した。

「これ、読んでみて」

 初日はそう言って袋を僕に差し出した。

「開けてみていい?」

「うん」

 袋から本を取り出して、本を確認する。


『初恋』


 表紙には少年少女がどこかに腰をかけていた。背景は一面水の青色に染まっている。波の白が入っていないから、二人がいるのは大きな湖だろうか。

「これって……」

 僕はこの本に見覚えがあった。

「うん、今日私が読んでた本。ちょっと考えたんだけど、読み直してみてやっぱりこれだなって思ったから、プレゼント」

 やっぱり初日が読んでいた小説だった。僕が読んだ方の感想は話したけど、初日が読んだ本の話にはならなかったから、少し気になっていた。

「ありがとう、じっくり読むよ」

 歌音以外の女の子からプレゼントを貰うのなんて初めてだった。

「……うん、ちゃんと読んでね。それじゃ、また明日」

 そう言って初日は手を振った。僕も手を振って別れて、初デートは無事に終了した。

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