夢みるBOY ~なんちゃってSF短編集~
いぐあな
夢見るBOY
チチチチチ……。小鳥達の鳴き声が聞こえ、朝日が薄いレースのカーテン越しに淡い日溜まりをキッチンに作る。
『……陽気なSunday 憂鬱なMonday……』
目覚まし代わりのポップスが、ゼネッペ爺さん愛用のラジオ型のミュージックレコーダーから流れる。
AM.8:00ちょうどに起きた僕は、今朝の朝ご飯を作り始めた。
今日はステラおばさんの、もっちりヨーグルトフレンチトースト。
昨日焼いた、アリスさんのブリオッシュをカットして、ボールに卵を割り入れ、お砂糖とバニラエッセンス、戻したラムレーズンに、牛乳代わりのヨーグルトを混ぜる。これをよーくブリオッシュに絡めて……。
チューン……。バターを溶かしたフライパンに入れると、甘い香りが立つ。一緒に、トムくんが大好きなリンゴも焼いてしまおう。キツネ色に焼けたブリオッシュとリンゴを、メリーおばさんの嫁入り道具の白いお皿に盛って、僕はメープルシロップをたっぷり掛けた後、ロゼッタさんが庭に植えたローズゼラニウムの若葉を飾った。
次にカフェ・オ・レを作る。深煎りコーヒー豆20グラムの中挽きを丁寧にドリップして、濃いコーヒー液を100cc。次いで、同じ分量のミルクを温めて……沸騰直前に火から下ろす。この開拓村で喫茶店を営む、マスター・ナカオのお店のレシピ。200ccたっぷり入るカップにコーヒーを入れ、ミルクを注ぐ。勿論、口当たりを考えて、茶漉しを通してミルクに張った膜を取るのも忘れない。それに今日はマイクくんの大好きなマシュマロも二つ浮かせてしまおう。
僕はフレンチトーストとカフェ・オ・レをレイコさんの銀のお盆に乗せた。
『……どんよりThursday ときめくFriday……』
歌はリピートしながら続いている。僕はゼネッペ爺さんがやったように、そっと優しくスイッチを押して、レコーダーを切ると、お盆を持って玄関から外に出た。
庭に出る。
「ワンワン!!」
鳴き声がしてラッシュが犬小屋から駆けてくる。光の加減で金色にも見える、ぎゅっと身体を伸ばすと2メートルを越えるゴールデンレトリバー。
僕はお盆を庭のベンチの上に置くと「よしよし」と飛び掛かってきたラッシュを撫でた。ついでにケイン兄さんがやったように、鼻の濡れ具合を確かめ、口を開けて歯の具合も見る。うん、健康だ。
「にぁ~ん」
甘えた鳴き声がして、トラとミケの二匹もやってくる。オレンジに茶色の縞の入った、大きな虎猫と鼈甲色に茶色、黒、三色の斑が白い毛並みに散った小さな三毛猫。スリスリと体をこすりつけて甘えてくる。
「おはよう。トラ、ミケ」
僕は二匹の滑らかな毛並みを撫でながら、ラッシュと同様に健康状態を見る。ナナコ姉さんに教えて貰ったように、顎の下を撫でると、ゴロゴロと喉が鳴る。よし、良好、ご機嫌も良好だ。
「じゃあ、朝ご飯が冷めるといけないから、届けに行くよ」
僕は三匹と共に歩き出した。
綺麗に晴れた青い空。高く浮かぶ、薄く千切った綿を浮かべたような雲。暑くも寒くもない気温の中、柔らかな日差しが、強化プラスチックで出来たボックスのような家々に注ぐ。
カラン、その中のマスター・ナカオの喫茶店の下げた看板が風に鳴る。薄い茶色の擬木に焼き鏝で押したような、コーヒーカップの絵が描かれた看板。あれを描いたのはリーさんだ。
道は、住宅街と開拓施設が連なる地区から出て、商業地区に移る。
AM.9:00。開店準備に向けて、沢山の従業ロボット達が、店の開店準備を始めている。スーパーの入り口では、背の高いロボットが店先の掃除をしていた。
「おはよう!」
返事は無いけど、声を掛けて、僕は道を進む。
農業地区に出る。こちらもハミングバード型のロボットで溢れている。ハウスの窓を気温に合わせて開けたり、閉めたり。シャワーのように降り注ぐ水が朝日に綺麗な虹を作っている。ドミトリーおじさんのハウスは真っ赤なトマトが沢山なっている。今日はアレを使って、トマトソースを作ろう。マリラおばさん秘伝のソース。寒くなる前に沢山作って、保存しておかないと。
「おはよう! 今日も頑張って!」
僕は彼等に声を掛けると更に道を進んだ。
農業地区を抜けると、畜業地区に入る。遠くに淡く霞む山の麓まで続く、緑の草原。ミルクやバターが取れる、この惑星の野生動物を家畜化したギューが、のんびり草を食べている。この子達は、さっきのハミングバード型のロボットが朝、畜舎から出し、夜は自分達で畜舎に戻る。
時々、カウボウイの真似をして、ケンタくんがポニーに乗って追うけど。
そのポニーもギューに混じって草を食べていた。
道は、ゆっくりと登り坂になっている。低い丘が、いくつも連なる平原。それを僕は、お盆を手に登っていった。
「あっ!」
キャタピラに小石が絡んだ。カタンと体が大きく揺れる。慌ててカフェ・オ・レを見ると……こぼれてない。ほっと息を付く。
一緒に歩いていた、ラッシュとトラとミケが心配そうに、僕を見上げている。
「大丈夫だよ」
僕は小石を外した。
「タナカの親父さんに、僕達の体のことは全部教わったから」
親父さんは、僕達のブラックボックスとされている箇所も、全部全部教えてくれた。お陰で僕は僕自身も、さっき動いていたロボット達のメンテナンスも完璧に出来る。その上、この星在来の野生動物に襲われたときを考えて、抵抗出来るように、生体反応があるものに反撃出来ないように組まれている、セーフティプログラムも外してくれた。
『俺達の分も『生きてくれ』』
と笑って。
緑の丘を越える。ざぁ……。風が流れる。眼下に広がる平原には、開拓民の人達が最初に造った建物である古びた教会がぽつりと立って、とんがった影を草原に伸ばしている。でも、教会は半分壁が壊れて飛んでしまっている。
その隣は、墓地。何百、何千……万を越える白い十字架が朝日を浴びていた。
僕はゆっくりと、キャタピラが滑らないように気を付けながら、坂を下り、十字架達の中に入る。『ステラ=メイスン』と書かれた墓標の前に「今朝はおばさんに教わったフレンチトーストにしたよ」ヨーグルトフレンチトーストを置く。
キュラキュラキュラ、キャタピラを回し、『エイジ=ナカオ』と書かれた墓標の前にカフェ・オ・レを置く。「マスターのカフェ・オ・レだよ」
そして、『アリス=オード』と書かれた墓標の前に昨日供えた、ブリオッシュの皿を下げる。皿は空っぽ。多分、野生動物が食べちゃったのだろう。途中、『ドミトリー=チェスノコフ』と書かれた墓標の脇に生えた草をむしる。おじさんの畑は、いつも雑草一本無かったからね。
僕はBOY。Basis-Life-Support Operating-Robot Y-SⅢ。通称BOY。
宇宙歴4××年。資源開発や食料不足の問題で、次々と宇宙に散らばり、新しい惑星の開拓する、開拓民の人達の日常生活をサポートする為に造られた、コミュニケーション機能付きロボット。
この星は、以前は優良惑星として、他惑星からも視察が来る、開拓惑星だったんだ。数万人という開拓民が、主に農業と鉱業に従事して、豊かにのんびり暮らしていた。
でも、そこに変わった風邪のような病気が流行り出した。ドクター・モーリーの話によると、在来生物に寄生していたウイルスの一種が、増え続ける開拓民の人達も、自分達の増殖の土台にしようと、進化したものらしい。開拓民の人達の故郷でいうと、インフルエンザって呼ばれる病気に良く似ているんだって。
ただ、多分ウイルスにも誤算だったのは、開拓民の人達は、彼等が元寄生していた野生動物ほど強くなかったこと。
コンコンと咳込んだら、数日で寝込み、高熱を出して熱痙攣で死んでいく。感染は飛沫による空気感染。あっという間に病院の隔離病棟は満員になり、患者が街に溢れ出た。罹ったら最後、有効薬も無く、治療のしようが無い死亡率100パーセントの新病。
それに銀河保険機構がとった最後の手段は、この星の宙域、半径10億キロメートルの、他惑星住人の立ち入りの禁止。所謂、惑星封鎖だった。
朝日に、教会のてっぺんの十字架が光る、半分壊れた壁を見上げる。
あの教会の向こうには以前、開拓民の人達が、この星にやってくるとき乗っていた宇宙船があった。それに乗って、この星から離れようという案が開拓民の人達から沸き起こった。
リーダーのジョンさんは、すっごく反対してたけど、それに反発して、僕が通った農業地区と農業に携わっていた人達が住んでいた地区の反対側、北の鉱業地区の人達が、こっそり船に乗って、自分達だけこの星を出てしまったんだ。
すごい爆音と教会の壊れる音に、当時ジョンさんのサポートをしていた僕も、ジョンさんと一緒に飛び立つ宇宙船を見送ったけど、ジョンさんはとても悲しそうな顔をしていた。
『馬鹿だな……。惑星封鎖をうけるような星の住民を、誰が助けてくれるものか。見つかったら最後、封鎖宙域に連れていかれて、船の中の最後の一人が死ぬまで監視され、最後は恒星に船ごと投棄されるのに』
「ワフン……」
ラッシュが『ケイン=アボット』と書かれた十字架の前で、うなだれている。
「みゃあー」
トラとミケが『ナナコ=コバヤシ』と書かれた十字架の前で、十字架に体をこすり付けて甘えている。
それからもパニックは続いた。街から離れて、どこか安全な場所へと、旅立った人達も沢山いた。そういう人達がどうなったかは、僕は知らない。この星のどこかで、生きていれば良いけど。
そして最後に街は、病人を看病しながら、静かに死を受け入れる人達だけが残った。
そんな彼等のしたことは、僕に自分達のことを、覚えさせることだった。
美味しいヨーグルトフレンチトーストの作り方、カフェ・オ・レの作り方、自慢のブリオッシュのレシピ、大切に育てたバーブの管理と育て方。置いていくラッシュとトラとミケの世話の仕方。
『どうして、皆こんなことするの?』
僕はジョンさんに聞いたことがある。ジョンさんは、開拓民の代々の人達を映した記録映像の倉庫で、目録や保管方法を、僕に教えながら答えた。
『『人』っていうのはね、命が途絶えれば、そこで『死んだ』ってことじゃないんだ。全ての人の記憶から消えてしまったとき、本当に『死ぬ』んだよ。だから、皆、これから残る君に、自分の生きていた証を、託そうとしているんだ』
ジョンさんは、僕の頭を撫でて微笑んだ。
『君が覚えていれば、その中で私達は『生きている』』
「ラッシュ、トラ、ミケ。覚えてる? ケイン兄さんとナナコ姉さんが、結婚式を挙げたこと」
「ワン」
「ニャー」
三匹が僕を見上げて鳴く。二人は、この教会で、病気で倒れる一週間前に結婚式を挙げた。ジョンさん達と、僕とラッシュとトラとミケの前で。ケイン兄さんも、ステラおばさん、マリラおばさん、メリーおばさんの手作りのウェディングドレスを着たナナコ姉さんも、すごく幸せそうだった。きっと三匹は覚えているだろう。だから、二人はこの子達の中で『生きている』。
隣の『ケンタ=ミズカミ』と書かれた十字架の前に行く。
「ケンタくん、ポニーは元気だよ。今日もギューと一緒に草を食べていたよ」
ポニーはケンタくんがいなくなってから、元気が無くなって、草を食べなくなってしまった。でも僕がケンタくんの、ポニーへのメッセージを見せたら、また食べるようになったんだ。今でも、ケンタくんを背中に乗せて走ったように、夕方になると走ってギューを追っている。だから、ケンタくんはポニーの中で『生きている』。
沢山、沢山、並ぶ、白い十字架を見回す。
トムくんの好きだったゲーム。メリーおばさんのパッチワークの作り方。マイクくんのかくれんぼ必勝法。レイコさん自慢の銀食器のコレクションの手入れの仕方。
「皆の教えてくれたこと、僕、全部覚えているよ」
だから、皆、きっときっと僕の中で『生きている』。
今日も良い天気。真っ青な空には、触れれば溶けそうな淡い雲が浮かんでいる。
「ねえ、ラッシュ、トラ、ミケ。いつか、いつか惑星封鎖が解けたらね……」
あの空の向こうから、宇宙船がやってくる。そしたら、僕、その人達に皆から教わった料理を御馳走してあげるんだ。その為に、毎日練習しているんだから。
そしてジョンさんの記録映像を渡す。それを見れば、きっと、その人達の中で、皆は『生きる』ことになるんだ。
「いつか、きっと」
ざぁ……。風が十字架の間を流れる。
「……陽気なSunday 憂鬱なMonday……」
僕は、ゼネッペ爺さんの好きだった歌を歌いながら、ラッシュを脇に、トラとミケを抱いて、青い青い、宇宙に繋がる空を見上げた。
遠い遠い宇宙の辺境の惑星で、一体のロボットが今日も、青い空の向こうからやって来る『誰か』を夢見て、待っている。
夢見るBOY END
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