それはきっと花のせい

腹筋崩壊参謀

前編

 昔むかし、ある一軒家にPと言う名前の青年が住んでいました。


「おぉ、随分大きくなったなー」


 1人暮らしで友達も少ないPでしたが、植物を育てる事に関しては人一倍熱心でした。文句や悪口も言わず、愛情を注げばちゃんとその分立派に育ち、やがて大きく綺麗な花を咲かせる緑色の隣人が、彼にとって1番の友達だったのです。


 そんな彼が近頃力を注いで育てていたのは、ハート型の葉っぱが特徴のある、日本では見慣れない植物でした。


「早く咲けよ、頑張れよー♪」


 元々ネットで購入した別の花の鉢植えに偶然混ざっていたこの植物でしたが、葉っぱの形の愛らしさに惹かれたPは、別の鉢植えに移し変えてじっくりと育てる事にしました。こんなに可愛らしく面白い葉っぱを持つならば、花もまたとても愛らしいものに違いない。そんな信念の元、来る日も来る日もじっくり丁寧に育て続けたのです。学校へ行く時間も、ご飯を食べる時間も、果ては寝る時間までも費やしながら。

 やがて、植物は成長を止め、その茎の頂点に膨らみを作り始めました。


「……これはもしかして……!」



 そしてある日、とうとう彼の努力が報われました。朝起きたPが見たのは、ハート型の葉っぱが並ぶ植物の茎の頂点に、今まで見たことも無い大きな花が咲いている様子だったのです。



「おおお…やった、やったぞおお!!」


 大喜びしながら、彼はその花をじっくり見つめ、そしてそこから漂う香りを自らの鼻に入れました。オレンジ色の大きく綺麗な花から漂うのは、まるで夢を見ているかのような心地よい香りでした。それから毎日、彼はこの花の傍を通るたびにいつもその香りを嗅いでは自らの努力の成果を堪能し続けました。


 ですが、数日経つと花はしおれて汚い色になり、やがて匂いも一切出さなくなったのです。がっかりしたPでしたが、やがて花があった場所には、たくさんの種を含んだ大きな実が出来始めました。これを見て、彼はふとある事を思いつきました。自分だけ楽しむのは勿体無い、町中、いや日本中の人たちに、この花のよさを楽しんでもらおう、と。



 そして数ヵ月後。


「さ、大きく育ちなよー♪」


 散歩をしているPは、ふかふかで栄養が多そうな土や使われていない空き地を見かけるたびに、そこに何かを蒔いていきました。あの後、外国の植物に咲いた花は実を結び、たくさんの種をつけました。これを町中に蒔いて、あの良い香りを広めようとしたのです。

 育てている中で、彼はあの植物が意外と頑丈で生存能力が強く、少し水や肥料を減らしても十分に大きくなる事をつきとめました。そして、日本の寒い冬も、根っこの部分さえ残っていれば耐えることができるのも発見したのです。これなら、屋外と言う厳しい環境でものびのびと大きくなり、そして町中をほのかな良い香りに包んでくれるだろう、そう思いながら、彼は何百もの種を次々にあちこちに蒔いていきました。


 そして、彼の思惑は見事に的中しました。


「あれ、なんか良い香りしない?」

「見てみて、この花!」

「わー、初めて見るー。でも綺麗……」

「うんうん!」


 種から出た芽はやがて茎になり、葉を茂らせて日光や空気を受け取り、根っこを伸ばして栄養を吸収し、そしてオレンジ色の可憐な花を咲かせたのです。あっという間に、町中は彼が外国から持ち込んだ花でいっぱいになりました。そして、見た目や心地よい香りから、町の人たちからもこの植物は高い評判を得るようになったのです。

 地元のニュースにも不思議で可愛い植物と取り上げられるほどに人気になりましたが、Pは決して『自分自身が植えた』とは名乗り出ませんでした。


「これでいいんだよな、これで……ふふ」


 自分がその素質を見出し、外国から持ち込んだあのオレンジ色の可憐な花は、今や町中のアイドルとなったのです。自分の『愛』が町中のにもしっかり伝わっただけでも、彼はとても満足でした。



 どんな厳しい環境でも、花は頑張って可憐に咲き続けました。そして次の年、たくさんの新たな種から芽吹いた命は、栄養を吸収して同じようにどんどん大きくなり、再び街を花いっぱいにしました。やがてそれは町中を飛び越え、他の場所でも同じような光景が見られるようになっていきました。そして、気づいた時には、花は日本各地で見慣れた存在になっていました。土の中の栄養を吸い取り、太陽の光をどんどん得て、植物はどんどん増えていったのです。


~~~~~~~~~~~


 それから数年が経ちました。

 緑がかった不思議な雲が遠い空を覆っている、ある日の事。相変わらず植物を愛で続けているPの家の呼び鈴が、突然鳴りました。


「……ん?」


 一体誰が来たのだろうか、と自然にドアを開けたPは、そこに立っていた人物の姿を見て、一瞬言葉を失いました。


「こんにちは♪」


 満面の笑みを見せる1人の少女が、ドアの前に立っていたのです。

 髪の色は鮮やかなオレンジ色、瞳は青色に輝き、肌はまるで透き通るかのように美しい肌色に包まれていました。そして、その体は御伽噺に出てきそうな妖精の服――太ももや二の腕を存分に露出し、豊かな胸の谷間を見せつける、まるで葉っぱのような綺麗な緑色の服に包まれていたのです。


「き……君は誰だい?」


 笑顔を見せ、胸をぷるんと振るわせる少女に驚きながらも、Pは彼女に尋ねました。いくら植物が何よりも好きとは言え、彼もやはり人間の男性。妖精のような緑色の服の横から覗く横乳を見れば顔を真っ赤にしてしまうのも当然でしょう。そんな彼を見つめながら彼女は言いました。


「私は、貴方に育ててもらった『花の精』です♪」

「は、は、花の……せい?」


 「そうですよ。嘘だと思うなら、ほら♪」


 そう言うと、彼女は自分の髪をたなびかせました。すると彼女から心地よい香りが発せられ、Pの周りを包み始めました。まさしくそれは、彼がずっと育て、町中に種を植えたあの不思議な『花』の心地よい香りそのものだったのです。信じられない事ですが、彼女の言う事は全て真実であると言う事をPは認識し、そしてあっという間に綺麗な彼女の虜になってしまいました。


 お邪魔しても良いですか、と言う声に、にたにたした顔のまま頷いた彼に、花の精は大きな胸を揺らしながらキスをしました。顔を真っ赤にする彼を尻目に、裸足になって彼女はスタスタと家の中に入り――。


「……あ、あれ?」



 ――そして何故か、玄関に再び現れました……。

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