のろまな男の物語

 勇作は、生まれながらにして愚鈍で、頭の働きが鈍く、周りにいつもからかわれていた。脳に障害のあるわけではないのだが、なぜか、彼はいつもどんくさかった。針が刺さっても気が付かず、不快な虫が体を這っても、眉一つ動かすことがなかった。

 ただ彼は、手先がひどく器用で、紙や木材や粘土を渡し、なにか作ってほしい形を言うと、瞬く間に作り上げるのだった。それはまさしく神的な領域で、まるで彼の全てが指先に集約されているかのようだった。周囲は彼に、何かのコンテストに参加したり、何かの賞に応募することを勧めたが、彼は決まってニコニコと笑い、そのようなことは決してしないのであった。だから、周囲はそんな彼に好意を持ったりしたが、彼が何を考えているのかが分からず、気味悪く思うような人間もいた。

 ある晩、彼は夢を見た。女が一人立っていた。それは見たこともないほど美しくて、また優しそうな女だった。彼女は手を膝の上に重ねて、茶色い木製の椅子に、やわらかに腰掛けていた。彼は彼女を見て、思わずひざまずいた。そこで目が覚めた。

 翌朝彼は、近くの店で紙を大量に買い、そして朝から晩まで折り続けた。学校で授業を受けている時にも、登下校時にも、食事中にも、彼は紙を折り、そうして嘆息し続けた。

 それは翌日になっても続いた。周囲は最初はそれを面白がって、彼をからかったりしていたが、さすがにその状態が一か月も続くと、気味悪がって、だんだん誰も彼と積極的に関わろうとしなくなった。彼はそんな事実には目もくれずに、ただ目の前に積みあがる白い紙に、全神経を集中させていた。

 ある朝、彼が紙を折りながら登校していると、不注意にも、地元で有名なチンピラに肩をぶつけた。相手は「いってえ!」と叫んだが、彼は何も聞こえないかのように、紙を折り続けた。激情したチンピラは、彼の目の前に再度立ちふさがり、持っていた紙を取り上げて、ぐしゃりと握ってぐしゃぐしゃにした。そうして彼は何か口上を述べようとしたが、それよりも速く、彼の左頬を、勇作の拳が撃ち抜いていた。チンピラは吹っ飛んで暫く転がったのち、ぴくぴくと痙攣したが、やがて動かなくなった。勇作は紙を折り続けた。

 そのニュースは瞬く間に地域の高校生の間に広がり、また周囲は勇作のもとへ集まり始めた。彼らは口々に褒めあげたが、勇作は何も聞こえないかのように、無心に紙を折り続けた。今度は周囲は、何か自分でも手伝えることがあれば言ってほしいと言い始めた。彼は何もないと言ったが、それでも彼の無心に紙を折り続ける姿を見て、周囲はそこに何か神聖不可侵な力を感じ取り、彼の周りから離れなかった。彼はまぎれもなく、その己の真摯なる態度を持って、周囲の尊敬を得た。彼の一心不乱な態度は、彼を嘲笑する人間でさえも、敬服させずにはおかなかったのである。

 そうして一年後に、ついにそれは完成した。夢に出てきた女のそっくりそのままの写生だった。男は誰もがその紙で造られた女性に憧憬を持ち、女は誰もが彼女に対する親愛と畏敬の念を持った。

 勇作はそれを造り上げ、自分の部屋に戻った。そうしてそれをボーっと眺めているうちに、やがて彼は紙の模型と化し、彼の女の子供になった。



 今私の目の前には、紙で造られた巧緻極まる美女の模型と、血が通っているかのように生々しい男の紙の模型が並んでいる。それを見ると、彼らは本当に親子なのではなかろうかと思わずにはいられないから、不思議である。

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