自分たち

 この世には無限の可能性があり、この現実というものは、あくまでも一種の形態に過ぎない。われわれの想像は、いくら飛躍してもしすぎることはない。いずれ全てが判明する。それまでの人類は、ただ今の世界のみを知覚し、そこに生き続けるほかはないのである―――。


 関龍之介は、徹夜のカラオケに疲れのとれないまま高校へ行ったとき、友達から不思議なことを言われた。それによると、自分が昨夜、コンビニで深夜にシフトに入り、かいがいしく働いていたという。彼には心当たりがない。だが友人も、中学生以来の付き合いであるから、見間違えのはずはない、あれは絶対にお前だったと熱弁する。結局その話は、チャイムが鳴って教師がやってきたためにうやむやになってしまった。

 翌日、今度は別の友人から、彼を昨日の夕方にA公園で見たということを聞いた。彼は昨日、あまりの疲れに学校から帰った途端に、今朝まで死んだように眠りこけていたのだから、そんなはずはない。きっと見間違えだろうといったが、相手はいつになく熱心に、いや、あれは間違いなくお前だよ、なんせお前の左頬を撫でる癖をしきりにやってたんだしさ、と言って聞かない。そのとき彼は、ははあ、さてはこいつら、俺を嵌めようとしているな、大掛かりに全員で協力してまで、ご苦労なことだな、と思い至り、その後も何人かの同級生が彼を昨日見たと言ってきたが、軽く生返事をしてあしらった。

 ところが、一週間たっても悪ふざけはやまない。それどころか、友人から自分のあまり知らない人間までもが、昨日自分を見たと言い、しかもそれが全て自分の行動と食い違っているのだから、彼は不気味に思い始めた。そのうち、同日同時刻に、全く距離の離れた別の場所で彼を見たという証言まで出始めた。彼は青ざめ、学校を早退して駆け足で帰り、その日は家に一日引きこもり、周囲の人間にメールで、「俺はこれから一日中家にいるから、俺みたいなやつを見かけたとしても、それは人違いだからな」と言った。それでも、やはり矢継ぎ早にメールや電話で、彼を見たと報告してくる人間が後を絶たない。彼は神経をすり減らし、食欲もわかなくなり、一週間後には見違えるほどゲッソリして生気の感じられない顔つきになった。もはや自分が何者なのかも分からなくなり、自殺を図ったりもした。が、名状しがたい何者かが、彼をすんでのところで押しとどめるのだった。周囲の人間は心配して見舞いに来たが、中には健康そのものの関を見たから、まさかそんなはずはないと思い、見舞いにやって来なかった者もいた。

 ある晩、関は夢を見た。そこは突兀としたビルの屋上だった。周りにはたくさんの人間がいる。怒っている顔、悲しむ顔、喜んでいる顔…様々な顔があった。そして、それは皆、関龍之介だった。彼もまたそこに立っていた。そして、暮れなずむ西の夕焼けの茜の雲を、ただ茫然と眺めていた。

 翌日の朝四時に、彼はベッドから飛び起きて、軽い身支度を整えて外に飛び出した。数日の疲労のせいで、脚はもつれ、ときどき転んでは膝などを擦りむいたが、それでも彼は走った。そして、あの夢に出てきたビルの屋上へと登り、まだ誰も歩いていない道のど真ん中へと、飛び降りた。落下の最中に、彼は自分と同じ顔をした人間が何人も飛び降りるのを見た。果たしてそのうち何人が関龍之介として認められたか、そこまでは資料にはない。

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