否定形の姫君

高久

否定形の姫君

 きみが初めてわたしの前に姿をあらわしたのはいつだったか。

 それはたしかまぶしい日差しの中だった。光を受けて真っ白な雲を背に、きみはまるで影そのもののようにわたしの目の前に立っていた。一瞬で解体されてがらくたになった機動兵たちに見向きもせず、手を差し出してくれた。


***


 機械の城の女王は、独裁者を殺して国を乗っ取り、機動兵によって未だ周囲の国を取り込もうとしている。

 優しい女だったのだと、老人たちは言う。諦めたような顔つきで。女王の目指す理想郷は、法や統治の全てが機械によって効率的に公平に行われる世界だ。人が治めるよりも優しい世界のはず、だった。

 当然のように反発が起こり、そのたび明文化された「法」にのっとって機動兵が出撃し、鎮圧する。

 反逆した肉親をかばって共々死んでしまう人、あおりを食らって仕事や家族、すみかを失う者が多く貧富の差は大きい。そして弱い人、貧しい人ほど、手を汚さざるをえなくなるのだ。

 わたしは、今日もきみの腕から流れる血液を拭い、錆止めと包帯を巻き、手足の調整を施しながらため息をつく。「近頃は、休む暇もないんだね?」

 今日も。

 わたしが目をさましたときには、きみの姿はなかったのだ。

 きみは歳をとらないままで、他人のために走り回ってはぼろぼろになり、毎日のようにこうして修復と改良を重ねる。

 声が聞こえるんだ、と、言う。

 貧民街のかたすみに義肢職人として居をかまえたわたしの家を拠点に、きみは国中を縦横に走り回るようになった。

 きみはわたしだけのヒーローではなかった、それだけなのだ。

 わたしの声が一番近くで聞こえたから、きみは目をさましたのだと。きみが壊した機動兵をいじりながら、ひさしく自分が笑っていないことを思い出した。

 はたと。見開いた目の先にさっと影がさした。

 正体不明にして自分の「法」に逆らう機動兵。それをかくまうわたしが女王に目をつけられる可能性は十分にあったはずではないか。

 機動兵の硬い腕を視界にとらえてようやく、そう思い至った。


***


 きみはもともとこの機械の城の女王を取り巻いて護衛する機動兵のひとつであった。そう、きみの手は手袋の上からでもわかるほど冷たくて、きみの肌は隠しようもなく鉄の色をしていて、継ぎ目はところどころさびついているのだった。

 きみの体には、たくさんの人間のパーツが使われていて。目玉と、脳の一部と、それから各部人工筋肉を支える繊維、それらは天然の、そう、人体の組織だ。女王が、死んだ我が子に姿を似せて作らせた少年型の機動兵が行方をくらまして三年ばかりになる。

 特別な体を与えられたはずの機動兵。きみを作ったのはほかでもない、わたしの父だ。

「ぼくは」

 照れくさそうに、きみは目をそらす。

「捨てられたんだよ。ぼくは、女王の求めた女王の子供とは別人として生まれてしまったようだから」

 さみしげな目が、自分の手を見つめていた。

 にぎりしめたきみの手は、さびて間接できしきしと音を立て、容易には開かなかった。

「君の悲鳴で、目をさましたんだ」

 気がついたら体が動いて、君の前に立っていたんだ。

 きみは、自分でも困惑しているような声で、それでもって一度足を止めて、まっすぐに、わたしの顔を見つめてそう言った。

 父は、きみを「希望」と言って、わたしを城から追い出したのだ。だから、わたしはきみの手を握り返した。万感の思いを込めて。私の放逐した希望を探して頼れ、父の言葉を思い返し。

 追いつめられたわたしの声を聞いて、さびつき朽ち果てるままになるはずだったその目が開いたというのなら。

 ただ一言。ただ一言だった。

 きみがわたしのヒーローになるにはその一言と、まっすぐにこちらをむいた屈託ない笑顔だけで十分だった。


***


 動きのおかしな機動兵たちを蹴りつけ、殴り倒して、きみはひた走る。焦燥と、困惑とをその目にたたえ。そこは機能の大半を停止した機械の城の狭い通路だ。

 機銃がねらえば機動兵を盾に弾をくぐり抜け、黒いオイルを浴びて汚れながらたった一本のドライバーを片手に。国を走り回っていた異端の機動兵、歓迎されながらもどこか突き放されるそのみずぼらしい戦い方。派手な武器を使うわけでもなく。バトルスーツに身を包んでいるわけでもなく。鉄錆色の少年がただドライバー、優れた身体能力と機動兵としての知識のみを頼りに屈強な機動兵を解体し、無力化し、ひた走るきみの姿を見るのがたまらなく好きだ。

 斧を持たせた機動兵が不可解な動きで背後に回ると、さしものきみも一瞬遅れ、振り返りざまに肩をたたき壊されて右腕が飛んだ。すんでのところで頭への一撃から逃げて左手でドライバーを拾い上げ、前をふさぐ機動兵の隣をすりぬけ。後を追う大斧が機動兵を一体叩き潰した。

 つぶれた頭を蹴りつけて跳躍し、斧をふる腕を踏みつけ、右肩の間接にドライバーをねじこむ。下から足をつかんだ左腕に振り回され壁にたたきつけられたきみの背中はいやに甲高い音を立てる。表面のプレートが割れたかもしれない。一つせきこんで、踏みつぶされそうになるきみをさすがに見ていられなくなったので。

 わたしはそっと、その機動兵の動きを止めた。


 人間嫌いの女王は死んでいた。

 だから、わたしがきみの壊した機動兵を作り替えて、自分の都合のいいようにいじくって、こっそり城へ送り返せば、そのシステムは簡単にわたしのものになった。誰に知られることもなく。

 だってだいたいの法整備はもう終わっていたのだ。お城には機械しかいなくて、だから女王の死は誰に知られることもなく。

 ステンドグラスからはあの日と同じようにまばゆい日差しが差し込む。逆光をあびて、わたしはきっと影そのものみたいに君の目に映っていることだろう。

 きみは、いま、空の玉座を前にただ茫然としている。

 きみの戦う姿が好きだ。

「……君の声が、急に聞こえなくなったんだ」

 震えるきみの声が届いた。

 わたしはお姫様がするみたいに白衣の裾を持ち上げてみせる。わたしの前に、きみを城の外へ投げ出すための機動兵がずらりと立ち並ぶ。

「一緒にいた頃はずっと、どうしてか君が叫ぶような、痛々しい声がずっとずっと聞こえていたのに、助けてって、けど誰から危害を加えられてるわけでもなくて、なのに――

 なのに連れ去られたとたん、君の声だけが、聞こえなくなったんだ!」

「迷いながら、困惑しながら、それでもわたしを助けようとして来てくれたきみが好きだ。

 囚われのお姫様になったなら、きみはきっと城に乗り込んででも助けに来てくれるって思ってたんだ」

 声が聞こえなくなったのはきっとわたしが苦しくなくなったからだ。こうして自分もきみと同じ舞台で踊れる方法を見出した。殴り倒され、蹴って突き放される機動兵の間をぬうように近づいたわたしにきみはドライバーを振り上げた腕をおろせないまま、機動兵に捕まった。

 取り上げたドライバーを迷わずきみの側頭部、記憶端子のあるあたりに突き立てて、ねじこんだ。


***


 そして、

 機械の城の女王は、独裁者を殺して国を乗っ取った。機動兵によって未だ周囲の国を取り込もうとしているそぶりで、ずっときみを待ち続けている。

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