forever cream soda

蒼舵

それでも誰かの「死にたい」は

 十代の頃好きだったバンドの曲を聴きながら、遠く起きた停電の影響で、絶賛遅延真っ最中の電車を待つ。

『もうすぐ夏がくる』なんて歌うその歌は、十代で飛び降り自殺した女の子への忘れられない気持ちを詞にしたもので――なんて、こんな言い方じゃあ随分と安っぽく聞こえることは承知しているのだけれど、それでもこの歌を聴くと、十七の夏に飛んだあの娘のことをどうしても思い出してしまう。

 ようやくやってきた満員電車に「中央線かよ」と苦笑いしながら、非日常と日常と、現在と未来に苦悩する十五歳の少女の小説を読み終える。

 焦燥の弾丸はいつだって、未だ青臭さの抜けない二十一の心臓を貫いていく。

「きっと何者にもなれないお前たち」とか「大人になれない僕ら」とか、そんな感じの人間に容赦なく分類されてしまうぼくは、いとも容易く青春小説に共感なんかしちゃったりして、「自由」とか「将来」とか「夢」とかに「希望」を抱いて、「現実」と「不条理」に片手ではたき返されるのだった。


 連日続いた雨はすっかり上がって、嫌になるほどの快晴に思わず「初夏だ」と呟いて、一時間遅れの大学講義に顔を出す。

 お昼を挟んで、来たる〝シュウショクカツドウ〟のためのインターンシップ説明会。「インターン生が実習終わりに社員全員に手作りお菓子をプレゼントして、お返しに会社が意識高いビジネス書をプレゼントし返す」なんて地獄めいたエピソードにサルトル謂うところの嘔吐、最終面接まで残ったのは全員インターン生でした。社会。

 退屈しのぎに短文投稿SNSを立ち上げる。「女子高生がビルの屋上から飛び降りようとしている」なんて投稿が、画像と一緒に回ってくる。


 制服の少女は、どこか憂いを帯びて、でも確かに凛として、屋上の縁に立っていた。

 テレビアンテナは真っ直ぐ空に伸びて、空は突き抜ける青色で。


 別の角度から撮られたもう一枚では、少女は屋上の縁に腰掛けていた。空はほんのり淡い水色で、ぽつりと写るその少女の、美しい孤高。画面越しに、勝手に抱く、その孤高。


 画像を投稿したアカウントは、彼氏とのツーショットがアイコンの、どこにでもいるような、ありふれたティーンの少女だった。その投稿に寄せられるのは、友人知人からの言葉たち。

『危ない、止めなきゃ!』

『俺が止めにいってやりたいところだが生憎コーヒーブレイクの時間なんだ』

『自殺はいただけない』

『止めろよ(笑)』

『パチンコ行ってくる』

『ちんこ』

『キャッチしてあげなよ』

『てか今度遊び行こうよ』

『早く免許取ろ』



 誰かの「死にたい」なんてお構いなしに、呆気なく日常は廻る。


 世界は、快晴の下で、確かに進む。


 少女は無事保護されて、日常に戻る。

 少女は地元の仲間たちと、拡散された投稿の上で、戯れる。


 ぼくは何故だか、微笑ましくて、愛おしかった。


 日常って言葉と、非日常って言葉を、擦り切れるほど吐いて、穿いて、掃いて、もうすぐ二十二歳になって、十代が終わったのだってたった二年前なのに、あっという間だったって言ってみたり、もう歳だなんて二十代が気取るのなんて死ぬほどダサいって言ってみたり、死にたいって言ってみたり、生きたいって言ってみたり。


 ぼくの日常も、どうしようもなく廻る。

 小さな幸せと、弱いつながりと、漫画みたいなフジョーリと、

 アニメみたいな夢と、映画みたいな伏線と、小説みたいな非日常と、

 現実みたいな現実と、

 ぼくは歩く。


 十代の頃好きだったバンドの新曲を聴いて、十五歳みたいな気持ちになって、訳も分からず駆け出して、ものの数秒で息切れして、そういえば運動なんてもうずっとやっていないなんて思い出して、初夏の快晴の下で思い詰めた制服の少女が、空に近いあの場所で、一生分の「死にたい」を、そこまでいかずとも高校卒業くらいまでの「死にたい」を、空に送り還すことができたのならいいなって、信号待ちで青空を仰いで、やっぱり「初夏だ」って呟いた。

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