勇者レベル99

ゆまた

勇者の決意

 強くなりすぎた……そう思い始めてからもう随分経つ。俺達は魔王の居城の近くの森でたき火を焚きながら夜を過ごしていた。仲間のイビキを聞きながら、俺は旅に出たあの頃のことをふと思い返していた。




 俺は勇者。自分ではごく平凡な一般人だと思っていた。いや、それどころかどちらかと言えば落ちこぼれの部類だった。しかし国王の側近の占い師が俺を勇者だと言ったらしく、ある日国王に呼ばれた俺は勇者として魔王討伐の旅を命じられた。いきなりそんなことを言われてもと、当然最初は断ろうとしたのだが、既に国民中に俺のことは知れ渡っていた。両親も、まさか自分の息子が勇者だったなんてと、涙を流して喜んでいた。まったく勝手な物だ。結局断れる雰囲気などではなく、なし崩し的に俺は勇者となった。


 さすがに一人ではと、護衛としてつけられたのが、筋骨隆々でたくましいが頭が悪い戦士、美人だが性格が悪く金の亡者の女僧侶、よぼよぼの爺さんの魔法使いだった。正直不安だらけだったが、旅は何とか軌道に乗った。俺自身は戦いどころか喧嘩すらまともにしたことがなかったのだが、経験豊富な仲間のおかげで俺は死ぬこともなく徐々に力をつけていった。


 道中、いろいろな町に立ち寄り、いろいろな人達と出会った。悪党や、魔王の手先のモンスターに苦しめられている人達もいて、俺達はその問題を次々と解決していった。


「ありがとう!勇者様!」


 救った村人の何気ない一言だった。ありがとう……なんていい響きだろう。俺は今までの人生でこんな風に誰かに感謝されることなんてなかった。俺はこの時誓った。必ず魔王を倒して、世界に平和をもたらしてみせると……。


それからというもの、俺は勇者としての才能を開花させていった。自分がどんどん強くなっていくのがわかる。強敵に出会っても、仲間と力を合わせれば負けることはなかった。そして俺達は遂に魔王城へ辿り着いたのだ。しかし、魔王城の外からでもわかる、魔王の魔力の波動を感じて俺は思った。今のままでは勝てない、と。


「この辺りは強力な魔物が出る。ここらでもう少し修行しよう」


 俺のこの意見に反対する者はいなかった。筋肉馬鹿の戦士は当然大賛成。女僧侶はこの辺の魔物は金をたくさん持っているからという理由で賛成。魔法使いも万全を期すに越したことはないとのことで、満場一致となった。そこから俺達の狩りは始まった。魔王城の近くというだけあって、さすがにこの辺の魔物は強い。だがその分、俺達も物凄い勢いで強くなっていった。誰もみたことのない魔法を習得したり、貯まった金で強力な装備でパーティ全員の全身を固めた。既に魔物の群れも俺達の敵ではない。俺は思った。


「勝てる…!今の俺達なら魔王にもきっと勝てる!」


 恐らく8割…いや、9割方勝てるだろう。遂に俺達の手で平和を取り戻す時が来たのだ。明日…そうだ、今日ゆっくり休んで、明日魔王城に突入するぞ。今夜は久しぶりに宿屋に泊まった。野宿では疲れがとれないかもしれないから。俺は仲間を自分の部屋に呼び出した。


「ちょっとぉ、重大発表って何よ~?あたしさっさとシャワー浴びて寝たいんだけど」


 未だにこの女僧侶の性格は好きになれないが、苦楽をともにしてきた仲間だ。こんなことでいちいち腹を立てていられない。


「まあ聞けって。明日なんだけどさ…」


 ………………?どうした?早く言えよ俺。明日魔王を倒しに行くぞって。……緊張してるのか。いや、違う。何か嫌な予感がする。何か、取り返しの付かないことになってしまう気がする。それが何なのか、その時の俺には分からなかった。


「……明日は狩りの拠点をもう少し北の方に変えよう。今の拠点付近は狩りすぎて、魔物が少なくなってきていて効率が悪いからな」


「おう、そうだな!同じ魔物ばっかり狩ってても修行にならねえしな!俺はいいと思うぜ?」


「まあ、別にいいけどぉ。お金が手に入るんならね」


「…わしも異論は無い」


 結局言えなかった。まあいい、魔王なんてもういつでも倒せるんだ。それにしても扱いやすい連中で毎度助かる。戦士は単純だし、女僧侶はムカつくが自分に得があればついてくるから分かりやすい。魔法使いは俺に何か口出しすることはない。さっきは何か言いたそうだったが、まあ気にすることはないだろう。そのままその場は解散となった。


 翌日、俺達は北へと歩を進めた。この辺りは大きな森が広がっていて、昼間だというのに不気味に薄暗かった。前の場所よりも更に強い魔物が群れで現れた。巨大なドラゴン、トロル、オーガ、デーモン……これは狩り甲斐がありそうだ。再び狩りという名の修行が始まった。


 修行、修行、修行、修行、修行、修行。俺達はあれから更に強くなった。はっきり言ってやり過ぎだ。もう充分過ぎる。それでも、誰もこの台詞を言うことはなかった。


「まだ魔王を倒しに行かないのか?」


 と。しかし、戦士と女僧侶は修行と金集めに夢中で、特に気にしている素振りは無かった。魔法使いだけは何を考えているのか分からないが。そしてある時、俺は自分の強さの限界を悟った。頂点を極めたのだ。そういえば聞いたことがある。人間の最高到達点、それを「レベル99」というらしい。本能で分かった。俺はレベル99に到達したのだと。


 俺だけじゃない。恐らく他の3人も既になっている。戦士は馬鹿だから気づいてないようだが。つまり、これ以上の魔物狩りはただ金が貯まるだけだ。しかし装備も既に完璧だ。金の使い道など、カジノぐらいしかない。それでも俺は魔王を倒す気にはなれなかった。それが何故なのか、あの時は分からなかったが、今ならはっきり分かる。


 勇者は、魔王あっての勇者なのだ


 魔王を倒せば、確かに俺は世界中の人々の英雄だ。宴やら凱旋やら、それはもう世界中がお祭り騒ぎになるに違いない。だが、その後はどうなる?戦士はその怪力でいくらでも力仕事にありつけよう。女僧侶はこの旅で新たに会得した回復魔法で稼ぎ放題。魔法使いの魔法も様々な場面で役に立てる。俺はそのどれもが中途半端だ。総合力では4人の中で最も強いのは俺なんだが、強いだけだ。平和な世の中でこの強さをどう生かせばいいのだ。もちろん、この世から悪が無くなることはないが、例えば盗賊団の討伐などは城の兵士達で事足りる。勇者はこの世界に必要なくなるのだ……。それに、心配事はそれだけじゃない。ここまで強くなってしまうと、逆にそれが……。いや、考えたくもない。




「どうした?寝付けんのか?」


 魔法使いの声で、俺は回想から我に返った。たき火はもう消えかけていた。


「爺さん起きてたのか。いや、もう寝るさ。気にしないでくれ」


 そう言って俺は寝袋に入った。明日も金集めだ、早く寝よう。しかし、この状態ももうそろそろ限界かもしれない。人々は俺達に不信感を抱き始めている。魔王城に一番近い町に着いてからもう何ヶ月も狩りを続けている。その姿を旅人や商人に何度も目撃されている。勇者達は本当に魔王と戦うつもりがあるのか?そんな声を町で何度か耳にした。このままでは、痺れを切らして別の誰かが勇者として現れないとも限らない。最悪、先を越されることもあり得る。もう、やるしかないのか………。


「お主が今何を考えているのか、何となく想像がつく。何か困った事があれば、わしに相談してくれ」


「……」


 分かった…分かったよ。俺は覚悟を決めた。俺は勇者だ。勇者には勇者の役目がある。その役目を果たそう。



 明日……魔王を殺る。

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