サムライ・ロリィタ・ランペイジ

御倉院有葉

序章:とある田舎村にて

第1話

 どこの国も土の味は変わらぬものだ。

 男はそんなことを考えて、乾いた砂の街路を引っ掻いた。瘦せぎすで、顔色は悪い。人相も決して良くはない。

 否、悪い。旅装束と相まって、酒場で見たなら迷わず距離を置くだろうという風貌である。

 そんな彼は空っ風が吹き荒ぶ中、地面に突っ伏していた。


「おい、馬鹿者。この愚か者め。倒れている場合か」


 ふと鈴の音のような声で、何者かが男を罵倒した。

 べたりと大地に張り付いた男の横、編み笠を目深に被り緩く脚絆を巻いた少年がぶっ倒れていた。

 その声と図体を見るに、年は若い。ちらりと覗く生白い首筋は白木のように滑らかであった。

 男はふん、と鼻を鳴らして答える。どうやら彼らは喧嘩をしているようだ。匍匐した状態で。


「ああ、済みませんね。俺だって動けるものなら動きますとも、ええ」

「なら動くのだ。貴様、弓を持っているな? そうだろう。そのはずだ。無いとは言わせん」

「そら、ありますがね」

「それで兎の一匹でも獲ってこい」

「矢がありませんぜ」


 そう言って彼は自分の腰にある矢筒を叩いてみせた。小気味のいい音が鳴ったが、つまり中身が入っていないということである。

 大体弓など苦手なのだ。

 男、東堂弦之助は内心で呟いた。


「この役立たずめ。肝心な時に使えないでどうするのだ」

「済みませんねぇ、俺は弓が得意じゃなくて」

「素直に下手と認めるがいい。何、責めはすまい」


 弦之助の眉が寄った。図星である。

 下手なので練習がおざなりになる。上達が遅れる。結果また指摘を受ける。負の螺旋であった。

 何となく小物臭漂う拗ねた瞳で、彼は少年を舐めつけた。


「そういうおたくはどうなんですか。ええ? 路銀は節約しなくちゃあいかんのに、あれよあれよと贅沢な飯ばかり」

「ケチ臭いことを言うものでない。貴様、面が悪く腕も悪く、この上に金のまわりも悪いと来れば嫁のアテがなくなるぞ」

「だからその金を食い潰したのはおたくでしょうが! 持たせた弓もダメにしちまって」

「弓が脆いのが悪い。安物を寄越しよって、わらわのせいにするでないわ」


 この鈴千代とくれば体格は本当に子雀の如くこぢんまりとしているのに、どういうわけか矢鱈と腕の力だけが強く育っている。

 せっかく城の蔵から持ち出した弓を引いた拍子に圧し折るのだから笑えない。

 弦之助は溜息を吐いた。


「大体ね、盗賊が暴れているというので俺は来たんですぜ? 金がないからと矢ぁ射って何か獲ってこいと仰ったのは鈴千代どのではないですか。3日前に矢玉のある限りやってこいと。もし盗人どもが現れたらどうするつもりだったんで」


 命令通りに矢を使い果たしたのだから、この男も中々の間抜けであるが、本人は気にしないことにしているようだ。

 すると鈴千代は馬鹿にしたように鼻を鳴らした、


「その時は貴様が切り捨てよ」

「鈴千代どのは」

「愚か者め。妾のために働けるのだ、喜び勇んで頷くのが礼儀であろうが」

「へえ、まぁ、そりゃあ否定しませんがね」

「……とはいえ、手遊びに手伝うてやらんではない。何、貴様が情けないことに斃れたとしても安心せよ。下賤の輩、妾の民に害なす背理不遜の塵芥など物の数ではないわ」


 ならばいいのだが。

 弦之助は地に伝わる僅かな振動を察知した。

 これが盗賊であれば一貫の終わり、鈴千代との旅もこれで終いと相成る。それは御免被りたい。未だ二十と五という齢である。

 そろりと彼の右手が腰の刀にのびていく。刀身二尺半、飾りのない黒鉄の鞘から音もなく鈍色の刃が抜かれる。

 しかし、どうやら足音はその主が1人であると示しているようだった。

 多数よりも断然易い。

 抜き身の刃を弦之助は体の陰に隠すように身をよじった。

 立ち上がるよりも相手が身を屈めたところを狙う。腹が減って一歩も動く気力がないので仕方がない。何にせよ、たかだか野盗1人ならば苦戦するつもりもなかった。


「もし、そこのお二人さん。大丈夫かい?」


 彼の予想を裏切って、かけられた声は明るく柔らかい女性のものだった。

 いかにも田舎娘、というような格好である。粗末な麻の衣服を、袖を襷掛けにして捲り上げている。顔は武家でもなければ、十二分に美人の部類だといえよう。


「ああ、かたじけない。済まぬがお手を貸してはいただけぬか。我らはこの地に賊が悪さをしておると聞き及び、都より参上したものだ」

「おや、というと……よいしょ。あんたがた、あいや、御前様方はお侍かね」


 外向きの口調で弦之助は娘の手を借りて立ち上がると、今一度気合を入れて鈴千代の体を持ち上げた。

 立ち上がりさえすれば動けないではない。要は意気の問題だった。

 普段はすれた破落戸のような言葉遣いであるが、弦之助も本国ではよく知られた侍の家系の者である。察するに一通りの礼儀作法は心得ているらしい。


「ふん、まあその通りだ。しかしな、娘よ。わたしは」

「鈴千代どの、ここは拙者が」


 任せておくと何を口走るか知れない。民草の協力が得られるというのに、それをほうり捨てるような真似は勘弁願いたいものだった。

 弦之助は咳払いを一つ、


「……とにかく、済まぬが村まで案内を頼みたい。こちらは鈴千代、拙者は東堂弦之助と申す」


 と頭を下げた。武家の人間としては、百姓にまで礼儀を払うのは少々珍しい部類である。

 ははあ、と娘は頷いた。


「あたしはコウといいます。どうぞよろしくお願いします。それで、どうしてこんな場所で寝ッ転がっていらっしゃったんで?」


 肩を組んだ2人の腹の虫が喧しく鳴き出した。

 コウは小さく笑い、村へと彼らを先導し始めた。

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