「おいしいベランダ。」刊行記念書き下ろしショートストーリー
富士見L文庫
番外編 まもり、夏の終わりにエイリアンを食べる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
──ひどいものを見つけてしまった。
栗坂まもりは、ベランダで声を張り上げる。
「あ、あ、亜潟さーん!」
しばらくして、ジャージに黒縁眼鏡の家主──亜潟葉二が、難しい顔つきでやってきた。
「なんだいったい。虫でもいたのか?」
「それどころじゃないですよ。もっとやばいものに寄生されてますよこのベランダ! 未知との遭遇で遊星からの物体Xでエ、エ、エイリアーンって感じで」
「すまん、本気で意味がわからない」
「いいから見てください、アレ!」
まもりはベランダの、天井近くを指さした。
このベランダは、彼が育てている野菜の鉢でいっぱいだ。窓際にはネットで這わせたニガウリの蔓が伸び、室内への陽光を遮るグリーンカーテンを作っている。
「……どれ?」
「だからアレですよ。あの、皮が気色悪いオレンジ色で、中から真っ赤な内臓はみ出させてる、クリーチャー的な」
緑色の葉っぱが茂る中で、反比例するかのようにどぎつい色を垂れ流す物体は、嫌でも目立った。
「もう夏も終わりですからねえ……弱ったところを寄生されたって感じでしょうか」
「何言ってんだ。これもニガウリだぞ」
「へ?」
長身の葉二は、まもりでは手の届かない高さにあるブツでも、簡単に触れてしまう。
「緑のニガウリが、熟れるとこの色になるんだ。ほら、こっちのニガウリも、ちょっと色が変わりはじめてるだろ」
「あ……確かに、ちょっとお尻の方が黄色っぽい」
残っていたニガウリと、比べて説明をしてくれた。
「ってことは、そのグロい内臓は……」
「種だ。熟しすぎて割れて、勝手に中身が出てきた」
まもりは呆然としてしまった。
「……か、変わり果てるにも程がありませんか……」
「まあそう言うな。これはこれで食うとうまいんだぞ」
「ええっ」
「せっかくだから昼飯に使おう」
嫌だやめてとお願いしたのに、葉二はオレンジ色の爆発エイリアンと、ややエイリアンになりはじめたニガウリの、両方を収穫してしまった。
──なんかもう、絶対まずいと思っていたのに。
実際に食卓に上った野菜サラダは、もともと使うはずだったレタスや赤パプリカに加え、エイリアンのオレンジや、なりかけエイリアンの、グリーンや黄色のグラデーションで、カーニバルのような色合いを見せていた。
陽気でカラフルな、にぎやかサラダ。
しかも思い切って食べてみたら。
「……マイルド。ぜんぜん苦くないんですね……」
「熟すと、苦みが抜けるからな。炒めるには物足りないけど、サラダには悪くないだろ」
「嫌いな人はむしろこっちから攻めるべきでは……」
「あとな、デザートもある」
そう言って冷蔵庫から取り出してきたのは、硝子の器に入った、真っ赤な粒だった。
まもりは青ざめた。
「ま、まさかそれ」
「正解。さっきの種だ」
まもりはちょっと泣きたくなったが、葉二に勧められるまま、種を口に入れた。
「嘘……すっごい甘い」
野菜というより、完全にフルーツだ。メロンの種の周りを食べているような甘みがある。
「完熟して爆発しかけのニガウリなんて、普通売ってないからな。育てた奴だけの、ボーナストラックだ」
そう言う葉二の、満足げな顔ときたら。
まもりは食卓の上のサラダと、完熟種の皿をじっと見つめた。
「亜潟さんに似てる」
「……は?」
葉二は「俺は異星人か」と眉を跳ね上げるが、そういう意味ではないのだ。
──苦いと思ったら、結構甘かったりして。
ええ、これがわたしのおいしいごはんと、大好きな人です。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
こんな二人の出会いや食生活が巻き起こす賑やかな日々は、
富士見L文庫の5月新刊『おいしいベランダ。』でお楽しみ下さい!
「おいしいベランダ。」刊行記念書き下ろしショートストーリー 富士見L文庫 @lbunko
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