死についてのとある考察
寛くろつぐ
A.存在否定の結果
―『死後の世界』って、何だろうか。『死ぬ』って、何だろうか。『死にたい』って、何だろうか―
この世界に、私は存在しちゃいけないんだ。少女は、自分にそう言い聞かせていた。誰もいない、寂れた屋上で。そして、
さよなら。
少女が心でそう言った時だった。
「そこの君さー。…自殺するの?」
えっ?
思わずゆっくりと後ろを振り向く。少し眠そうな顔つきをした少年がいた。
「そこからじゃあさ、死ねないよ」
…何を言ってるんだ…この人…。…ああそうか。止めるつもりなんだ。よくドラマでそんなシーンを見かけるけど、そんなんであの世界に戻されちゃたまらない。
顔を戻して、高さを再確認する。そのまま少年に向かって言葉を吐いた。
「どうしてあなたにそんなことが分かるの」
…私って、こんな声、出せたんだ。
「いや…そう思っただけ。実際に落ちたことは無いけど」
…自殺を止めるにしては、焦りというものが無い。止めるつもりは無いのだろうか。…どうだっていい。
「落ちようって思う度に、死ねなかったら嫌だなって思っちゃうんだよね」
!この人…
「俺も一応、自殺願者なんだ」
気付けば視線はまたその少年を捉えていた。
「ねぇ、君は死後の世界ってあると思う?」
何を聞いてくるんだ、この人は。…何がしたいんだ?
「知らない。…あろうとなかろうと…ここから離れられるならどっちでもいい」
「ふーん。…俺はね、あると思うんだ。あ、いや、正確に言うと無いってことなのかな」
どういうこと?
「つまりね、イメージの世界ってこと」
…私今、声に出してたのだろうか。
「人は死んだらさ、魂はどうなると思う?肉体を離れて来世に行く?そん時記憶はどうなる?俺は、この世の思い出がほぼゼロになって新しい人生を送るなんて考えられない。だからさ、死んだらきっと魂だけ『無』を彷徨ってさ、考えると思うんだ。魂はあるんだから意識はある。それで、五感が無いから想像するんだ。様々な世界を。それってつまり、どんな世界をも構築できるってことじゃないか?想像と言う名の無限の世界を堪能できる。それが死後の世界だと俺は思うんだよね。だから、俺は死にたい。…まあ、死ぬ勇気は無いんだけどね」
少年は笑っていた。少女はそれに少し不気味さを感じながらも、その言葉にはある程度納得できた。
…なるほど、ね。でも、そんな甘いもんじゃないだろう。あの世は。
「あなたも、この世が嫌いなの?」
「嫌いな時もあれば、好きな時もあるよ」
本当に自殺願者なの?
「そうだよ。この世は俺を縛ってる。それに付き従うのは嫌だね。でも、自由がありすぎると退屈してだるくなる。そうした空虚な思いに耽っているとき、何度も思うんだ。死にたいって。…でさ、」
また思ってたことを口に出してしまったのか。さっきから思ってたけど、何でそんなこと私に話すんだろう…
「君は、何で死にたいの?」
ああ。結局そこに行くんだ。いいよ、私は、思いとどまりはしないから。
「この世界に、私は必要の無いものだから」
………
「ふーん。苦労したんだね。俺よりは数倍死ぬ資格があるよ。でもまあそんなこと考えるとさ、世界中にもっと苦労してる人間はいるだろうし、それでいて生きたいって思ってるやつもいるだろうし、俺なんかが死にたいなんておこがましいんだけどね。あ、そもそも『死にたい』なんて考え自体おかしいか」
…私より苦労して、それでも生きたい人…か…
少女は、どこかの国の幼い子供が、飢えに悶え苦しみながらも手を伸ばす光景を思い浮かべた。
…それでも…それでも、
「それでもやっぱり死にたいんだよなぁ。どこかの誰かよりも、君よりも恵まれてるとしても」
…何故こんなに、自身の負の部分をさらけ出せるのだろう。この人はそういう人なのだろうか?それとも、やはり自殺を止めるための嘘だろうか?…分からない。でも、少し話してみようかな。私も。どうであれ、私は落ちる。言葉で変わるような思いじゃない。
「死ねばこの世界とは関係が無くなる。だからそんなことは考えなくてもいいんだ。そもそもこの世界は俺の視界から見えてるものだから、世界自体が消失―」
あっ。
視界が落ちてく。少年の姿が建物に隠れ、蒼い天井が眼球の中心に映ると、少女は気付いた。
私、落ちてる。…まだ少し、生きててもよかったのにな。せめて私が話すまで。でもまあ、いいや。これで抜け出せる。ようやく、この世界から。あいつらから。…そういえば、まだ、名前聞いてなかったな。あの人、何てなま―
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