第29話 その発泡酒の名は『薩摩ゴールド』編

ぜぇぜぇ、はぁはぁ―――真幸駅構内を全速力で走り抜けた中年夫婦二人は、指定席に座り込むなり肩で息をした。


「……何、この信じられない乗り継ぎの短さ!歩いてたら絶対に間に合わないじゃん」


 私は息を整えつつ窓側に座った旦那に文句を垂れる。とにかく『いさぶろう・しんぺい』から『はやとの風』への乗り換えは全くもって余裕がなかった。

 どうやら『いさぶろう・しんぺい』の到着が少々遅れてしまったらしい。それ故乗り継ぎ時間に余裕が無くなってしまったのである。列車外観の写真さえ撮れずに『はやとの風』に乗り込んだ私達だったが、それだけに喉の渇きは尋常ではなかった。


「喉乾いた~!ビール飲もうよ、ビール」


 空きっ腹にアルコールを入れると酔いが早く回るのは百も承知だが、こんな時でもなければ堂々電車内で昼酒なんか飲めやしない。そんあ私の訴えに旦那も同調し、丁度やって来た車内販売のお姉さんに声をかけ、ビールを注文した。


「申しわけありません。ビールじゃなくて発泡酒なら扱っているのですが」


「それで構いませんのでよろしくお願いします」


 喉の渇きが収まればビールだろうが発泡酒だろうが問題ない。私達は売り子のお姉さんに勧められた『薩摩ゴールド』という、ピルスナータイプの発泡酒を購入した。因みにこの『薩摩ゴールド』は黄金千貫という名のサツマイモを原料の一つとして使用している。


「サツマイモの発泡酒・・・どんな味がするんだろ?」


 芋焼酎であればあのほんのりとした甘さがアクセントになって美味しく感じる。だが苦味が命のビールに、あの甘さが合うのだろうか?一抹の不安を感じずにはいられないが、既に購入してしまったのでこれで喉の渇きをどうにかするしか無い。

 私と旦那は意を決して購入した『薩摩ゴールド』を飲んでみる。するとビール特有の苦味がまず最初にやって来て、その後仄かにサツマイモの後味らしきものが感じられた。


「そこそこ高級な発泡酒、ってところかな?で、サツマイモは微かに気配を感じる、って程度で。そんなにサツマイモは主張してこないよね」


 そんな私の感想に、旦那も頷く。


「うん。何となく後味にサツマイモっぽい感じが残るような残らないような……」


 つまり『中にサツマイモが入っている』と言われなければ全く気が付かない程度にしかサツマイモは感じられないと言うことである。

 きっと開発者はこの繊細な味を表現するのに苦労したんだろうなぁ、とは思いつつものどが渇いている中年夫婦にそんなことは関係ない。高級発泡酒『薩摩ゴールド』は10秒で中年夫婦の乾いた喉に流し込まれ、後には小洒落た空き瓶だけが残されたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る