第3話 理解と問題
「財布、持ってます?」
サトシはこの状況を認めるには早いと目の前の人物に声を掛ける。
「ええ、レシートも有ります」
部屋にいたサトシという人物も頭の回転は同じである事を感じたサトシはいよいよ不安になる。実は俺たちは複雑な事情を持った双子なのではないか。サトシはそんな希望的観測を抱きながら話を進めた。
「大抵のレシートにはモノを買った時間や担当の名前が書いてある。だから俺たちが同じものを買っていても全く同じ時間に買っていることはまずないはず」
「つまり、俺があなたより先に家にいたから俺のレシートに明記されている時間はあなたのより早いことになる。たとえ同じ時間でも担当の名前は違うはず」
そう、こいつはドッペルゲンガーな訳ないはず、とサトシは頭の中で続けた。
ズボンの左のポケットに二人して手を突っ込み同じ形をした黒い財布が出て来た。この黒い財布は大学祝いに親父が買ってくれたものだった。お互いに苦い顔をして、目を合わせ、取り出したレシートをもう片方に見せる。
「買った物の並びが同じ」
「購入時間も違わず同じ」
「担当の名前も佐藤さん」
「レシートの折れ具合も」
もう一度互いに瓜二つの顔を見合う。
ほくろの位置やニキビをつぶして跡になってしまった頬のくぼみ、眉毛の手入れをしていない具合といい、見慣れた顔である。
しばらくそうした後、部屋にいたサトシと遅れて入ってきたサトシは吹っ切れた。
「もう敬語無しな」
サトシは染めたせいでギシギシになっている前髪を掻き上げて言う。
「ああ、俺も思った」
髪をかき上げるサトシを見て、部屋の中にいたサトシはスウェットのジッパーを首元まで上げて返答した。
「んじゃあ、お前も思ってるだろうけど、質問をしていこう」
「順番を決めるにあたって、じゃんけんだと決まらなそうだから」
「「あみだ、だな」」そして二人して行動に移そうとした時。
「あ、待って、名前を決めよう。恰好だけ少し変化があっても、どっちがどっちか分からなくなっちまいそうだ」
ジッパーを首元まで上げているサトシがもう片方に提案する。
「そうだな、俺も混乱しそうだ。それに本物であることを互いに証明する前になんて呼べばいいか分からない」髪をかき上げたサトシはガシガシと頭をかく。
「俺が先に部屋にいたから数字は?」
首元までジッパーを上げたせいか息苦しそうにジッパーをいじるサトシ。
「俺が二番ってこと? 嫌だなそれ」
「俺も数字はモルモットみたいで嫌だ」諭されて自分の意見を否定する。
「色はどうだ」
「好きな色は?」ふっ、と微笑し質問するサトシ。
「「青」」
「愚問だったな」「ああ」
二人はくだらないことで笑えた所為か肩の力が少し抜けた。
「特徴はどうだ」
おでこが出ているサトシは自分の額と相手のジッパーを指さす。
「思ったけど解決はしない」
だってすぐに変える事が出来るじゃないか、と付け加えて反論する。
「確かにな。そうだな、新たに印をつけるのはどうだ」
「……体に傷をつけるのか」
「……痛そうだな」
二人は台所にある、淵が錆び始めている包丁に目をやった。
「「ないな」」
二人は体に印やアイテムを付ける事は出来ても互いを呼ぶのにプライドに支障が出ることを話し、しばらく思案する。
二人は何か思いつくものは無いかゴミだらけの部屋を見渡した。しばらくそうしていた所、おでこを出してるサトシは何か思いついたのか「あ」と、言ってテレビ台のほうに向かっていった。そして「これで決まりだろ」と言って、意気揚々ともう一人のサトシの方に戻ってきた。
「どうした、なんか見つけたか」
首元までジッパーを上げているサトシが期待の面持ちで声を掛ける。
「どう?」
そう言ってサトシが差し出したのは一枚のDVD。表紙にはサトシが大好きな映画の一つ『Mrs.Doubtfire』。表紙には太った女性が笑顔で箒を持っている。内容は主人公が家政婦に女装する話だったはずだ。昨日見た作品でもあった。
「ロビン・ウィリアムズ! なるほど!」
「我ながら妙案だな。お前は先に部屋にいたからロビン、俺は後から入ってきたからウィリアムズだ」
「文句なし。英名だからあまり順番は気にならないしな。ウィリアムズも名字としてはありきたりではあるけど、ロビン・ウィリアムズ。お前も好きなんだな」
「ああ、二○十四年に亡くなった時はショックだった」
サトシは目の前の人物が「そうだな、あの時は出演作品を見返したよ」そう言ったものだから、少し気持ちが上向いた。
とりあえず部屋にいたサトシをロビンとし、鍵を折ってしまったサトシをウィリアムズとすることで、二人の名称問題は落ち着いた。
ウィリアムズは部屋に転がっているペンを拾い上げ、もう一方のロビンはスーパーのチラシを拾い、ちゃぶ台の上にあるゴミを畳に払いのけチラシを置く。そしてちゃぶ台に置いたチラシを目の前にして二人は座った。
「おし、ロビン、じゃあ線は二本でいいな」
サトシ、もといウィリアムズは呼び慣れなていない英語の名前を自分の分身の様な人物に言うのは何だか奇妙な気がした。が、背に腹は代えられない。おでこでペンの先を押しだして言う。
「そうだな、ウィリアムズ、ペンを持っているのはお前だから、あみだの線はお前に任せるとしよう」
ジッパーを少しだけ下げたサトシもといロビンが譲る。
時間が惜しいとばかりにウィリアムズは線を二本書き、適当に梯子をかいていく。最後に質問権を得るだろう一本の上に丸を書いて隠すように丸の部分を何回か折っていく。
「これで見えないはずだ。丸を書いたのは俺だからお前が線を選べ」
「わかった。じゃあ右だ」待っていたロビンは疑われない様に即答する。
「おっけ、俺が左な」
ウィリアムズは自分の線を持っているペンでなぞっていく。何度か折れた後に、最後まで行きつく。それを見ているロビンはズルをしていないかを横で確認し、二人の間には不正がないことをお互いに了解した。
「どうやら俺から質問するみたいだな」
ウィリアムズはまるで他人事の様に述べる。
「おっけ」ロビンはうなずき腕を組んだ。
またしても二人の間に神妙な空気が漂い、ウィリアムズは前髪をいじりながら最初の質問を考える時間が流れた。
「……最初の質問だ。俺はどうして鍋を買ってきた」
髪をいじるのをやめてジッパーが首元から少し下がっているロビンに聞く。
「それは、今日昼間にコウからの電話で起きて、鍋パ、しかも闇鍋をうちですることになって買う必要があったから」
言葉が抜けない様ゆっくりと、しかしはっきり回答する。
「じゃあなんでうちでやる必要があったのか」
「ちょっと待て、今度はこっちだろ」
「そうだな、わかった」
ウィリアムズは自分が少し熱くなっていることに気付かされた。何でこいつは知っている。この部屋に盗聴器でもあるのか。トリックがあるはずだ。夢なら大抵すぐに起きるはずだ。家族や住所なんて誰でも手に入る情報は質問しても意味がない、次の質問はどうする。
思考が脳内で目まぐるしく回る。
「……俺が今、好きな人は誰だ、そして何時からだ」
ロビンは顎を触りながら質問をする。
「二つかよ」
「照れるな、答えろ、ウィリアムズ」
ウィリアムズはロビンの言葉にうっ、とうろたえる。
「今好きなのは小林リカ。同じ旅行サークルで同学年。何かと気を使ってくれるし、かわいいから」
ロビンはリカという言葉に驚き、マジかよ、とつぶやいた。その後に畳みかけるように言葉を加えた。
「いや、待て俺が好きになった理由はそれだけじゃない」
「ぐっ、確かに、いや恥ずかしいからやめておこうじゃないか」
ウィリアムズは痛いところを指摘されながらも答えようとしない。
「ぐぬぬ、確かに言葉にするのもあれだな。わかった次はお前だ」
二人は、「サークル仲間数人で行った温水プールで、溺れていたところをリカが助けてくれたから」なんて、言えるはずもなかった。しばらく二人で赤面した後に、ウィリアムズが次の質問をした。
「初めての自慰行為はどこで、オカズはなんだ」
にやりとして、ロビンに聞く。
「おまっ、それ持ってくるとか卑怯だろ!」
ロビンはウィリアムズを叩こうとして手を振るった。
「ははは、お前がきわどい質問するからだ、ロビン。もう回りくどいのはいいだろ。このこと知ってるのは俺だけだ、墓まで持ってくつもりだったんだからな」
ウィリアムズは頬の横をかすめた平手をつかみ笑う。「っ、離せ」バッと手を振り払い、ちっくしょーと言いながらロビンは答え始めた。
「うおっほん!えーとだな、あれだ、カッちゃんの家でだな、その、あれだ、なんだ、ふたり、エッチ……というマンガで、だな」
ぷくくくくくっとウィリアムズは腹を抱えて笑い始める。
「おい!何笑ってんだ!お前だってそうなんだろ?!カッちゃん知ってるだろ!」ウィリアムズを赤鬼の形相で怒鳴る。
「あっはっははっは! うんうん知ってる知ってる、でさカッちゃんが部屋に帰って来て「あれなんか臭くね?」って言ってさ」
「くっふ、あっはっはっは! そうそう、で「え?何が?何のこと?」って裏声で答えたんだっけ」怒っていたロビンも釣られて笑い始める。
しばらくゴミの中で笑い転げた後、ふー、笑った、笑った、と二人して爆笑の余韻に浸った。
「おい、じゃあ互いのモノを見せ合うのはどうだ」
ロビンは悪いことを思いついた顔で言い出す。
「はっ、ばかばかしい、もう確認する必要ないだろ」
涙目でウィリアムズが却下する。ウィリアムズは得体のしれない人物を警戒はするも、思考のベクトル、レベルが同じことに心地よさを感じていた。
大学では一生の友人を見つけるために行け、と誰かが言っていたけれど、サトシは今まで興味を惹かれるような友人は得たことがなかった。まさか気の合う人物が自分である事なんて思いもよらなかった。サトシはそう思い、もう一方にバレないよう、はにかんだ。
そこで、
ジリリリリリリンッ、ジリリリリリリンッ。部屋の隅で充電器が刺さった携帯に電話がかかってきた。
「「コウだ」」
二人がロビンだ、ウィリアムズだ、モノの見せ合いだ、と騒いでいる内に時間はもうすでに六時を回っていた。
二人の体の温度はグッと下がり脳みそが冷静さを取り戻していく。
「おい、ロビン、次の質問権、お前だよな。譲るよ」
「ずるいな。まぁいい、ここで問答しても仕方ない」
ロビンが部屋の隅に向かう途中、ウィリアムズは電話を譲ったことを後悔していた。友人と一度は思ったものの、質問権とコウとの電話を天秤に掛けたのだ。もし、ロビンが仮に、コウからの話をこちらに伝える際に嘘を言ったらどうなる。いや落ち着け、コウはそこまで重要な内容を話すだろうか?そもそも、ここに二人いる状況は変わらないのだから協力するべき方向に向かうはずだ、ロビンが本当に俺の分身ならば。
ウィリアムズはそんなことを頭の中で悶々と考えていた。そして、その間に、ロビンは電話を終えた様だった。
「……これからこっち向かうって」
同一人物が二人いるこの状況をまだ何も解決出来ていない事に気付いたロビンは具合が悪そうにそう言った。
「なにそれ、急すぎるだろ」
「コウはいつだって急だよ」
「そうだったな。他には何か言ってたか」
ウィリアムズは疑心が相手に伝わらない程度に探りを入れる。
「得には……いや、ヒトミさんが埃アレルギーだから掃除しとけ、だって」
「そうか」
二人で部屋の汚れ具合を見渡す。カップ麺のタワーや、ペットボトルのボーリング場、ティッシュの山脈が広がっている。
「「とりあえず掃除しよう。二人なら早い」」
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