平等主義魔法少女は日本の学校教育を変えれるか?

明石竜 

プロローグ

「日本の学校はクラス分けと称して狭い教室にたくさんの生徒を押し込めて、毎日同じメンバーで同じ授業を決まった席で受けさせて、学力テストの点数や運動能力なんかで他人と競争させて優劣を付けて、連帯感をあまりに強く求め過ぎるからいじめが起きたり、学校生活に馴染めず不登校になっちゃう子が出て来たりするのよね」

「教科の学習内容については高水準な日本に倣うべきだけど、指導法については真似しちゃいけない面もたくさんあるとボクも思うよ」

「ねえあなた、娘達に日本の学校を視察させて、日本の学校教育方針に辟易してる子達への人助けをしてくるよう命じましょうか?」

「それはいい案だね。娘達には魔力もあるし、ほんの少しは協力出来るだろうし。ただ、日本もけっこう治安が悪い国だから、心配だけど」

 とある外国人夫妻の、ある晩夏の日の会話である。


     ☆       ☆       ☆

 

「平等(たいら)よ、やる気あるのか? 背泳ぎのタイム、夏休み前と比べて全然縮んどらんどころか伸びとるやないか」

「……」

 日本。大阪府内とある文教都市に佇む、府立桜豊(おうとみ)高校。

 九月一日に二学期が始まり、一週間以上が過ぎたある日の六時限目。屋外プールサイドの片隅で、先生に説教されている一人の男子生徒の姿があった。

「おまえの記録、同学年でビリの方やぞ。夏休み明けても色白いままやし、筋肉も付いとらんし、夏休み何して過ごしとってん?」

 厳つい表情、どすの利いた声でくどくど説教しているのは力丸という名の男性体育教師だ。年齢は四〇代後半。角刈り、彫りの深い顔つき、上背一九〇センチを越え筋骨隆々、日焼けした褐色の肌が特徴的で、まさに体育教師らしい風貌である。

「主に勉強です」 

 説教されている一年四組の平等耕平は、自分より二〇センチ以上背の高い力丸先生を見上げながら素の表情で臆することなく堂々と答えた。

「そうか。まあ、高校生の本分は勉強やねんけどなっ。この貴重な青春時代、勉強だけやのうて、スポーツにも打ち込まんと。まったく、わしの高校の頃の夏休みいうたら、毎日早朝から晩まで野球部員として汗水流して土塗れになって真っ黒に日焼けしてやなぁ、三年の時には甲子園にもうあと一歩のところまでいったんや。あの時はめっちゃ悔しかったぞ。おまえはスポーツの出来、他の子ぉらに負けて、悔しいとは思わんのか?」

「べつに、何とも。俺、運動部じゃないし、スポーツなんて出来なくてもいいじゃないですか」  

 次の質問には薄ら笑いを浮かべ、無気力そうな態度で答える。

「まったく、名前の通り競争心のない奴やな。おまえと同じ名前の内村航平とは正反対やのう」

 力丸先生が不機嫌そうに舌打ちし、厳つい表情のままこう呟いた。

その直後、

「力丸先生、危なぁーいっ!」

 背後から女の子の叫び声。

 ビーチボールが飛んで来たのだ。

 それは力丸先生の後頭部を直撃する。

 と思われたが、彼は寸でのところで素早く腕を後ろに回し、片手でキャッチした。

 首を一切動かさず、後ろを振り返らずに。

 なんつー反射神経だよ。

 耕平は少しだけ驚いていた。

「おまえらぁーっ! ビーチボールなんかで遊んどらんと、背泳ぎの練習でもせぇっ! 小学生みたいなことするなっ。高校の体育っちゅうもんを、舐めたらあかんで」

 力丸先生はくるっと後ろを振り向き、大声で怒鳴り出す。大勢のスク水女子生徒の姿が彼の目に映ったが、厳つい表情一つ変えることはなかった。

「ごめんなさい、力丸先生」 

 耕平と同じ四組の山鳥絵美(やまどり えみ)はびくーっと反応し、今にも泣き出しそうな表情で慌てて謝った。この子のトスミスが原因でビーチボールが彼の方へ飛んでいってしまったのだ。背丈は一六〇センチちょっと。面長ぱっちり垂れ目に細長八の字眉、丸っこい小さなおでこがチャームポイントな、おっとりのんびりとした雰囲気の子だ。今はスイムキャップを被っているが、普段はほんのり栗色な髪を小さく巻いて、アジサイ柄シュシュで二つ結びにしている。

「リッキー、イズミンに今日が最後のプール授業やから遊んでいいって言われてん」

 同じく四組、絵美の幼友達でもある瀬木里乃(せき さとの)は、えくぼを浮かばせにこっと笑いながらこう伝えた。このプールでは一番浅い端っこでもかろうじて顔だけ出る一五〇センチに満たない背丈、丸っこいお顔、ちょっぴり垂れ目でつぶらな瞳、広めのおでこ、りんごのチャーム付きダブルリボンで飾ったほんのり茶色なおかっぱ頭が、まだ小学五、六年生のようなあどけなさを感じさせていた。

「こら瀬木ぃっ、教師をあだ名って呼ぶなっ! 和泉さん、生徒を甘やかしたらあかんで」

 力丸先生は厳つい表情のまま里乃に注意したのち、困惑顔へと変わる。

「まあまあ力丸さん、いいじゃないですか。生徒達にとって勉強の息抜きになりますし」

和泉先生は柔和な笑みを浮かべ、穏やかな声で言い返した。彼女は説明するまでもなく女子の体育を受け持っているお方だ。麦藁帽子を被り、長袖の白シャツと短パン姿でプーサイドのベンチに腰掛け生徒達を監視していた。

「イズミン、ナイス発言や。リッキー、ボールはよぅ返してー」

 里乃は両手を上に伸ばして待機。 

「誰が返すかっ!」

力丸先生は眉をくいっと曲げ、ビーチボールは返さずそのまま放り投げて、十数メートル先、プールサイド隅に置かれた籠に見事シュート。

「あーん、リッキーのケチィ。べぇーっ」

 里乃はこっそりあっかんべーのポーズ。

「耕平くん、力丸先生にまた説教されてかわいそう。耕平くん頑張ってたのに。耕平くんは、背泳ぎを二五メートル泳ぎ切れただけでもすごいと思うよ。私には無理だもん。絶対途中であぶぶぶってなっちゃう」

 絵美は耕平の方をちらっと見て、同情する。

「ワタシも背泳ぎで二五メートルもは泳げんよ。コウヘイくん一生懸命泳いどったのに、リッキーは鬼やで」

 里乃も同じような反応をしてくれた。

 この二人は、耕平の幼稚園時代からの幼馴染なのだ。幼少期、三人一緒に公園とかで遊んだ思い出はたくさんある。

「耕平、やはり説教食らったな。オレも見学まだ一回目やのに説教食らったし」

 男子生徒の待機列に戻っていく途中、耕平は小学一年生の頃から九年来の親友、今同じクラス出席番号すぐ後ろな谷森守也(たにもり もりや)に話しかけられた。

「守也は明らかにズル休みだからだろ。まあ力丸は本当に体調が悪くても根性が足りんとか言ってくるしうざいよな。体育なんて別に出来なくてもいいだろ」

 耕平は小さな声で愚痴を呟く。

「激しく同意。大学受験にも全く関係ねえし。あんなやつがオレらの入学に合わせるように赴任してくるなんて、悲劇としか言いようがないぜ。もっと偏差値の低い高校にいるべきだろあいつは」

 守也はちょうど今木の陰になっているベンチにどっしり腰掛け、うちわでパタパタ扇ぎながら暑そうだるそうにしていた。身長一八〇センチ、体重は百キロを優に越える恵まれ過ぎた体格が仇となってか、守也は耕平以上にスポーツどの競技も超苦手なのだ。水泳も未だクロール二五メートルすら泳ぎ切れないらしい。

      □

 授業終了後、女子更衣室にて。

「プール、二学期は結局一回だけで終わっちゃったね」

「雨続きで二回流れたもんね」

 絵美と里乃はびしょびしょのスクール水着を脱ぎながら会話を弾ませる。二人とも首下から膝上にかけて、サイズは違えどお揃いの女児向けっぽい可愛らしいコアラさん柄ラップタオルを巻いてしっかり隠していた。

「力丸先生って、一学期に男子がバスケの試合やってた時、負けたチームは腕立て伏せ五〇回とかやらせてたね。球技大会の時も負けたクラスの男の子に罰ゲームさせてたし、かわいそうだよ」

「そういうことさせたがるの、まさに体育会系の思考やね。リッキーの終業式の諸注意と始業式の後の頭髪爪服装検査もめっちゃ鬱陶しかったわ」

「私は何もしてないけど、睨まれてるようですっごく怖かったよ。和泉先生は得意不得意は人それぞれ、人の能力に高いも低いもない平等主義的な考え方だから大好き♪」

「ワタシもー。リッキーもイズミンをちょっとは見習って欲しいわ。リッキーって、絶対女子更衣室こっそり覗いとるよね。背泳ぎの練習せぇっなんて言ってたけど、きっと胸のふくらみを観察するためやで」

「里乃ちゃん、私も力丸先生怖いから嫌いだけど、そういう根も葉もないことは、言わない方がいいと思うな」

「エミちゃん、心優しい。次の授業からはバレーかぁ。嫌やわ~」

「私もバレー嫌だなぁ。中学でやった時突き指したから……あっ、あの、里乃ちゃん、床、床っ!」

 絵美はあることに気付くと瞬く間に顔を蒼ざめさせ、ラップタオル一枚姿で同じ格好の里乃にガバッと抱きついた。

「どないしたん? エミちゃん……って、ゴキブリやん。この子、どこから入って来たんやろ?」

 里乃はやや驚くも、わりと落ち着いた様子だ。

 ロッカーのすき間から這い出て来たその六本足と二本の触角を持つこげ茶色の物体は、二人のいる近くをカサコソ周回する。

「いやぁっ、いやぁっ!」

 ぎゅぅっと抱きついたまま、カタカタ震えつつ大きな悲鳴をあげる絵美。

「エッ、エミちゃーん、パニくらんでも噛まれへんって。むぎゃぁっ!」

 里乃は絵美との体格差から押し潰されそうになっていた。さらにタオルがずれて、ぺったんこな胸がぽろり丸出しに。

「あああぁぁぁぁっん、私の水着の上通りそううう!」

 絵美は里乃よりもゴキブリの這う進路の方を心配してしまった。

「きゃぁぁぁっ!」「ひゃぁっ!」「いやあああああっ!」

 当然のように、ゴキブリの姿に気付いた他の女子生徒達からも甲高い悲鳴が上がる。

「皆さん、落ち着いてね」

 そんな時、救世主が混沌とした女子更衣室に入って来た。

外から騒ぎ声を聞いたらしい。

 和泉先生だった。右手に持っていたゴキブリ用の殺虫スプレーを対象物目掛けてぶっ掛ける。

 凍らせるタイプのもので、ゴキブリは一噴き数秒で動かなくなった。

「ありがとうございますぅ、和泉先生」

 絵美は深々と頭を下げて礼を言う。まだ若干震えていた。

「いえいえ、どういたしまして」

 和泉先生は謙遜するようにそう言って、凍り付いたがまだ辛うじて生きてはいるであろうゴキブリを幾重にも重ねたティッシュペーパー越しに掴んでビニール袋に移し、手に持って女子更衣室から出て行った。

「よかったね、エミちゃん」

「うん、和泉先生は女神様だよ」

「あの、エミちゃん、もうワタシから離れても大丈夫やで」

「あっ、ごめん里乃ちゃん」

 里乃と絵美は半袖ポロシャツ&水色スカートの完全夏用制服に着替え終えると、速やかに女子更衣室から出て一年四組の教室へと戻っていく。

 その途中で、

「山鳥よ、たかがゴキブリが出たくらいできゃあきゃあ騒ぐなっ! 何十メートル先まで轟かすねん。まったく。そんなもん足でぐしゃっと踏み潰せばいいがな」

 力丸先生から呆れ顔でお説教された。

「ごめんなさい、でも怖かったので」

 絵美は言い訳しながらもぺこんと頭を下げて謝った。

「おまえらがあそこで菓子なんか食うとるから出るねん」

 力丸先生から険しい表情で言われ、

「私は食べてません」

 絵美はややふくれっ面で、

「ワタシもあそこでは一度も菓子食ったことないで。エミちゃんとワタシは真面目な良い子やから」

里乃は笑顔で主張するも、

「それなら食うとる子ぉらに注意して止めさせんかい。今度プールの女子更衣室にゴキブリが出たら、連帯責任でおまえらにも大掃除させるからな」

 力丸先生は二人にダメ出しし、こんなことを宣告してくる。

 里乃と絵美は彼からじゅうぶん距離を置いたあと、

「連帯責任って、リッキーは昭和脳の人間やな」

「そうだね。昭和生まれだもんね」

「乙女心も全然分かってへんし。女の子にとってゴキブリはお化けよりも恐ろしい存在やのに」 

「うん、うん。力丸先生は残酷な悪魔だよ。ゴキブリさんは気味悪いけど、ゴキブリさんなりに日々必死に生きてるのに轢死させようと教唆するなんて」

 やはり女の子らしく、陰で悪口を言い合った。

一年四組の教室。帰りのSHRが始まってほどなく、

「それでは、呼ばれたら取りに来てね」

 クラス担任で国語科の大八木先生からこう伝えられた。始業式翌日に行われた課題テストの個人成績表が返却されることになったのだ。

大八木先生はまだ二〇代後半の若々しい女性。背丈は一五〇センチくらい。ぱっちりとしたつぶらな瞳に卵型のお顔。色白のお肌。濡れ羽色の髪の毛はサラサラとしており、花柄の簪で束ねている。いわば小柄和風美人だ。そんな彼女はクラスメート全員に返却したあと、

「皆さん結果に一喜一憂せず、自分の苦手分野を把握し今後の学習に活かしましょう。大学受験に向けた勉強は、今から意識しても早過ぎではありません。大学受験というのは、高校入試よりも遥かに厳しい競争試験ですから。誰かが受かれば誰かが落ちます」

 こう伝えた。それに対し、

受験は個人の戦いであって競争でもないだろ。

 耕平はこう考えていた。

解散後。

「エミちゃーん、ワタシ、やっぱり順位落ちてしもうた。三一四人中二六三位や。やばいやばい。ママにめっちゃ叱られる」

 里乃は苦笑顔を浮かべ、結果を報告しに来た。

「里乃ちゃん、大ピンチだね」

「まあワタシ、夏休み遊んでばかりやったから自業自得やわ。エミちゃんは総合何位やったん?」

「一五位だったけど、順位は関係なく一学期よりも学力が上がったことが実感出来て嬉しい♪」

 絵美は満面の笑みを浮かべて答えた。

「めっちゃ羨ましいよぅ」

「里乃ちゃんもこれから毎日しっかりお勉強頑張れば、学力をぐんぐん上げられるよ」

「ワタシはエミちゃんみたいに頭良うないから、この学校じゃ学年平均越えも無理や。コウヘイくんは総合何位やった?」

「三七位」

 耕平は素の表情で答える。

「コウヘイくんもすごいやん」

「そうかな? まあ、一学期末よりは上がったけど」

「もっと嬉しそうにしなよ、その順位なら阪大だって狙えるねんよ。モリヤくんは何位やったん?」

「シークレット」

守也は俯き加減で答えた。彼は里乃に限らず、三次元の女の子をよほど年上でもない限り苦手としているのだ。

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