檻と自由

 男は嫌がる千夜を乱暴に抱き、財布からお札を抜いて出て行った。

 遠ざかる車のエンジン音。しんと静まり返った真夜中の部屋。千夜の頬は乾いた涙で突っ張っていた。ただただ呆然とへたりこんでいる。


 俺が側に舞い降りると、彼女は力なく言う。


「ああ、外に出ちゃったの。ごめんね、うるさかったよね。やきもちやきじゃなければ、優しくて良い人なのにね」


 良い人だなんて、そんなわけあるか。こんなときまでインコの心配をするお人好しだから、変な男につけ込まれるんだ。俺はやり場のない怒りで大きく体を揺らす。


「怒ってくれるの? 私のために?」


 千夜が驚き、じっと俺の青い羽を見つめた。


「あんた、青い鳥よね。私でも幸せになれると思う?」


 俺は返事の代わりに、鳥かごに自分から入った。自分が千夜から決して逃げない、ずっとそばにいるという証だった。


 それを見た千夜の虚ろな目に小さな光が灯った。


 数日後、彼女は引越し業者と大家を見送っていた。そして最後に、車にスーツケースと俺が入っている鳥かごを乗せた。


「さあ、これで自由だ」


 彼女は檻にいた不自由な鳥だった。いや、もともとないのに、自分で檻を作ってもがいていた。

 かたや俺は檻の中にいながら、心は自由な鳥になった。千夜のことを想い、傍にいられる限り、俺は自由な鳥なのだ。


 でも、人間も鳥も、心の在り方なんて同じじゃないのかい? この世は本当は人が思うよりシンプルなはずなんだ。


「チッチッ、チッチッ」


 俺の声が彼女に届けばいいのに。檻があるから自由もあるんだ。そう言ったのさ。

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千の言霊 深水千世 @fukamifromestar

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