お告げ

 女性はゆったりとした着物に身を包み、羽衣をまとっていた。その手には琵琶を持ち、豊かな黒髪を結い上げている。目には慈愛がたたえられ、口元に浮かぶのは穏やかな笑みだ。神々しく、この世の者とは思えぬ美しさだった。

 一番早く口を開いたのは二匹の獣のうち、黄金色のほうだった。

「久しいな、小僧。本日は弁財天様をお連れした。粗相のないようにな」

 三匹の猫は言葉を失った。

 弁財天はじっと澄んだ目で猫たちを見つめる。それだけで体がすくむようだった。彼女の背後には目に見えない宇宙にも似た巨大な何かが潜んでいる。漆黒の闇のようでもあり、目映いばかりの光にも見える、不思議な気配なのだ。

 すうっと蛇が頭を垂れ、弁財天を猫に近づける。すると桃色の唇が動き、音楽のような声がした。

「頼みがあって来ました。もうすぐ、この家に赤ん坊が産まれます。お前たちには、その子を守って欲しいのです」

 弁財天が手の平を広げると、ぽわんと淡い光の玉が浮かび、やがてそれは三つの丸い銅板になった。一円玉ほどの大きさだ。銅板はすうっと宙を滑り、菊千代たちの首輪の金具にくっついた。

「うわわ!」

 思わず腰を浮かした菊千代に、白い獣が口の端をつり上げる。

「それは人の目には見えぬ。だが、人ではない者には一目で弁財天様の加護を受けているとわかるだろう」

 三匹の猫たちは互いに顔を見合わせていたが、一番先に口を開いたのは年長のロッキーだった。

「おたずねしたいんですがね。赤ん坊を守るって、何からどうやって守ればいいんです? それに、どうして弁財天様がお力を貸してくださるんで?」

 そして、言いにくそうに声を潜めた。

「この家の者は『えびす講』に毎年お詣りしてるんで恵比寿様がお力を貸してくださるのなら話はわかる気もしますが、同じ七福神とはいえ、あなた様はこの家にはなんのご縁もなさそうですがね」

 ふっと弁財天が柔らかい笑みを浮かべた。

「いずれわかるでしょう。この者たちがお前たちに力を貸してくれます」

 その言葉に二匹の獣が進み出る。

 黄金色の獣がまず口を開いた。

「我が名は時雨」

 次いで、白い獣が続く。

「我は秋野という。我らは桐生天満宮の狛犬。その銅板の力については、しかるべきときに教えるとしよう」

 桐生天満宮は菊千代がエミさんと出会った場所だが、そこに祀られているのはもちろん菅原道真である。やはり、弁財天にはなんの関係もなさそうだった。

 三匹の猫が呆気にとられているうちに、弁財天の蛇が頭をもたげ、音もなくうねるように動き出す。

「頼みましたよ」

 弁財天の声が響いたかと思うと、闇と共に弁財天と蛇が一瞬にして消えてしまった。気がつけば、辺りはすっかり、いつもの光景に戻っている。

「……夢じゃないわよね」

 マリアが誰に言うでもなくぼやき、寝室に残された狛犬たちを見つめていた。

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