第268話 花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき




 今、移動途中や時間の合間に新潮文庫の林芙美子「放浪記」を読んでいる。

 放浪する主人公(林芙美子)の生活苦をひたすら綴った貧乏小説といってしまえばそれまでだけど、日記のような短文から滲み出てくる悲嘆と絶望と、それ以上の強烈なパワーにとにかく圧倒される。なんだこれ。すごいなこれ。特別なことは書いてないのに、言葉で殴られるとはこういうことをいうのか……。感動とはまた違う衝撃がある。

 何かしら希望のある展開が期待できないのに、ついつい読んでしまう。


 林芙美子といえば「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」という名言があるけれど、正確にはこういうことらしい。


 風も吹くなり 雲も光るなり

 生きてゐる幸福は 波間の鴎のごとく漂渺とたゞよひ

 生きてゐる幸福は あなたも知ってゐる 私もよく知ってゐる

 花のいのちはみじかくて 苦しきことのみ多かれど

 風も吹くなり 雲も光るなり。


 きれいな詩である。悲しいけど前向きな詩である。

 生きているからこそ花の命も嘆くことができる。人生は太く短く雄々しく。

 小説家としては随分醜いところもあったようだけど、それでも彼女の紡ぎだすことばは力強い。 

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