『Fire Emblem Engage』6章終了後について一言だけ言わせて/ルールはなんのためにあるのか

いや


 ケガの前に


   靴を履いてないことをなんとかせんか~~~~~~い!!!!


 ハーすっきりした。6章、「ノリノリ・ハッピー・大冒険!」ノリがかなりあって良かったです。では次の話をします(「本題」ではない)。


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 人間は太るべきではない。というのはルール(法)ではないが、まあ、そういうルールがある社会があるとしよう。なんか「デブ増税法」みたいなのができた場合、あるいは「ガリ減税法」ができた場合は、実質的にそういう法が出来たと言えなくもない。タバコなんてそんな感じスよね。なんだかんだ禁煙3年目に突入してしまったので、俺は受益者の方になっちまってるが、合法の嗜好品をモリモリ増税することとか、喫煙者をパブリック・エネミーにして特段それに疑問を抱かない風潮自体はムカついてはいますよ。いまだに。


 とにかく、ルールというものについて考えてみると、例えば「人を殺してはいけない」みたいなルールは存在意義が分かりやすい。基本的に殺したいなあと思うことはあっても、あんま殺されたくはないわけで、それを防衛するためにこういうルールがある。で、こういうルールは、まったく逸脱を許容しない。遵守のみ! いや、殺したのは一人だけなんで……つってもルール違反はルール違反なわけだ。


 一方で、「太ってはいけない」みたいなルールが仮にあったとして、これはなんでこんなルールがあるんすかというと、人間は太っている方が不健康になりやすく、以て社会負担をかけやすいので、その状態を抑制しようみたいな話である。となると、これはまあ適当なところでなんらか線は引くのであろうが(たとえばBMIとか?)、「ちょいデブ」くらいだと罰されないみたいに、多少の許容範囲があることになる。まあ、ていうか、あって欲しい。もう俺はたぶんどういう基準でも(このルールがあったら)増税不可避であるが――というような極端な仮定をせずとも、たとえば自費で健康保険に加入する場合、BMIによって、ほぼ同一条件で俺より軽い人よりは高額になるであろう――、BMI25から全アウトみたいにするのはあまりにキツイでしょ。


 ほんで、この二種類の、すなわち逸脱を許さないルールと、一定の範囲を持つルールはどのようにして区分されるのであろうか? っていうと、これは文言ではなくて、そのルールが守っているものの重要性みたいなことに依存する。


 というのは、「人を殺す」というのはめちゃくちゃ不可逆で侵害的なので、これを守ることは議論の余地ほとんどなく(安楽死はちょっとおいといてください)重要であろう。一方「太る」というのは、最終的な社会負担増への寄与率が、少なくともみんなが無差別に他人を殺しまくる場合に比べると低い。といいな。そう信じてる。なので、こういうのはちょっと「緩めて」おいて、まあ百パーセント健康状態からは多少逸脱しているかもしれないが、そんくらいはオッケーオッケーとしておきましょうという設計になる。はずである。


 というのは順を追って説明されると、「まあそりゃそうでしょう」と思うが、これその、なんか混同してしまうところがあって、というのは、なんか、「法」を構成する文言の解釈の余地によって規定されるような気がしちゃうんですよ。しちゃいません?


「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。」

 って言われると、まあ、なんか、解釈の余地もないんで、「絶対そうなんだなあ」と思う。一方で、

「この法律は、国民の適切な医療の確保を図るため、医療費の適正化を推進するための計画の作成及び保険者による健康診査等の実施に関する措置を講ずるとともに、医療について、国民の共同連帯の理念等に基づき、保険者間の費用負担の調整、適切な医療の給付等を行うために必要な制度を設け、もつて国民保健の向上及び増進を図ることを目的とする」(高齢者の医療の確保に関する法律を改変)

 とか言われると、なんか、まあ、結構緩いというか、抜け道があるのかなあみたいに思いません?


 ところが、実際はこの文言の解釈の余地の有無はあんまり運用に関係ない(場合もある)んですよね。というのは、例えば皆さん、なんか会社に提出しなければいけない書類があるとする。ここにはこう書いてある。


 「図表中の文字のフォントは、MS明朝8ptにしてください」


 この文章に解釈の位置ってほとんどないと思う。図表を用い、かつその中に文字を書く場合、MS明朝を選択し、8ptにしなければならないように思う。


 ハウエヴァ、良く考えて欲しいが、そんなもん多少は許容範囲があって当然なんだね。別に8ptが8.5 pになっても、図表が読めなくなるわけではない。MS明朝がMSゴシックになったって、明朝が読める人間はゴシックも読めるから、不都合なんてあろうはずはない。じゃあなんでこういう規則を設定するのか? というと、理由は二つあって、1つ目は、「決めてくれないと何もできないよぉ、ふええ」という幼女を救うため(幼い人間は年長者より、女性は男性より常に意思決定が困難な存在であるという主張ではありません)。2つ目は、「なんも決まってねーならWingdings5兆ポイントで出してもいいンすね?」というバカを抑制するため。


 というの、順序を追って説明されると、「まあ確かに」と思って寛大な心になるが、 「図表中の文字のフォントは、MS明朝8ptにしてください」 と書かれると、ああ解釈の余地のないルールだ!! 絶対に守らないといけない!!! ってなって、無駄に時間がかかってしまうということが昨日分かりました。皆さんもう知ってたんですか!?!?? 早く教えてよね~。


 これそのー、結構大きな発見で、俺は結構字義通り性が高いので、ルールがあると字義通りに解釈したくなり、そういう意味で解釈の余地のないルールは遵守する習性があるのだが、ちょっと「なぜそういうルールが制定されたか」にまで思いを馳せて、守るか守んないかを考慮してもいいのかなと思うようになりました。コールバーグの道徳的水準が1上がった。でもまだ普遍的な倫理が形成されてないから、運用基準がなくて怖いんですが。「いやまあ常識的に言えばここまでは許容でしょ」の範囲が人類間で共通だとはとても思えないという恐怖に似た感覚はある。


  2023年01月21日 12時07分の測定結果

 体重:107.00kg 体脂肪率:34.00% 筋肉量:67.00kg 体内年齢:50歳


 という思索……というほどでもないが、プチ「物心ついた」くらいの感覚はあった出来事とは無関係に、なんかめんどうくさくてご飯ほとんど食べなかったので体重が減りました。いやそんで、「糖質制限しろ」とかのルールはずぇ~んぜん守ってないからね。自分の倫理観、順法意識、そういうものを見つめなおしていきたいなと思いました。一応最後にダイエットっぽいことを言ってここに日記を書くことを正当化しようとしていますが、こんなことも必要ないのかもしれないな。


 いや、必要だよな。というか、ダイエットの話を書けよな。何? 「なんかめんどうくさくてご飯ほとんど食べなかった」って。それを追及せえよ。本当ですよね。次そういう日があったらそうします。それではまた。


 


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