魔王の称号
白神 怜司
Ⅰ 生贄の王国
Prologue
0-0 とある神の交渉
単刀直入に、限りなく簡潔に言おう。
――――キミには、魔王になってもらいたい。
何故かって?
あぁ、そうだった。説明してなかったね。
ボクのいる世界には、魔王や魔族といった者達がいたんだ。
あまりの残忍性、残虐性であらゆる人族を葬り、世界を我が手に収めようとした――そう、誰もが思いつく魔王そのものが、ね。
それはもう、キミの生きてきた世界で言うならばゲームの中の魔王像がピッタリだろうね。
そういう魔王が実在したんだよ、驚いたかい?
って、今のキミには「驚く」なんてできないね。
だって、もうキミはそういった記憶を全てリセットされてしまった存在だ。
知識はあっても、それは遠い世界の話みたいなものだ。
さて、事の発端は人族――あぁ、そうか。この辺りも説明しないとね。
色々な種族がボクの世界では生きているんだ。
例えば、キミの世界には人間しかいなかったけれど、こちらで言うなら〈
見た目は確かに同じだけれど、一緒ではないよ? 人間は魔法を使えないからね。
その他にも、〈
文化を築き、コミュニケーションが可能な者達を総称して、人族と呼称されているんだ。
もっとも、この辺りは対魔王として『人族同盟』に参加しているかしていないか、なんてのが判断基準になっているんだけどね。
まぁ、この辺りは向こうで聞くといいよ。
要するに、そちらの世界には実在していなかった空想の産物だけれど、ボクのいる世界では珍しくなんてないし、いて当然なんだ。
世界が違うのに共通するなんて、面白いと思うだろう?
ま、そういう風に世界が創られたのだから当然なんだけどね。
――おっと、話が逸れてしまったね、ごめんごめん。
さて、話を戻そうか。
魔王という存在について、だ。
最初の魔王は、世界の歪みが生み出したものだったんだ。
一般的には邪神が創った存在なんて言われているけれどね、それは違う。
神々にとってもイレギュラーな存在――それが魔王だったのさ。
人族よりも圧倒的な力を持った魔王は、自らの眷属を作り出した。
人族と同じように知能と知恵を持ち、魔王の力には及ばないものの、人族よりも圧倒的に強い存在として魔族を。獣を変質させた魔物という存在を創った。
とは言っても、魔物は獣とそう変わらない存在だから、魔族の言うことだけを聞くわけじゃないんだけどね。
魔族は魔王の残虐性を受け継ぎ、人族は滅びかけた。
対抗できる存在もいたけれど、そう簡単じゃなかった。
人族は誰しもが強いわけじゃないからね、魔族に比べれば有象無象だったというわけだよ。
そこで、神々は加護を与えた。
世界のバランスを崩す魔王という負の存在に対抗できる、正の存在として。
対の存在――勇者を生み出したんだ。
いくら魔王の眷属といっても、あらゆる種族によって作られた『人族同盟』と勇者を相手にするとなると、話は変わる。
徐々に魔族や魔物は狩られ、ついに勇者達は魔王へと辿り着いた。
永く続いた、人族と魔族との間で起こった死闘。
そしてついに勇者達は魔王を討伐し、神々は世界の歪みを修正できた。
そうして、ようやく戦いは終わりを告げたんだ。
これで終わり、めでたしめでたし――――
――――なんて。
そうはいかないのが、世界というものなんだ。
勇者と魔王の死闘から、すでに三〇〇年が経ったんだけどね。
世界は再び、戦乱に包まれている。
初代の――本物の魔王の跡を継ごうと台頭する魔族なんかもいたけれど、そいつが厄介な存在だった、ってわけじゃない。
加護を与えられた者達なら、ただの魔王を相手にするぐらいならどうって事はないからね。
理由は――キミのいた世界と似たようなものさ。
主義主張の違い、種族間の軋轢、資源の奪い合いであったりね。
人族同盟は今も残ってはいるけれど、そんなものは今や名ばかりさ。
他人族を奴隷として扱ったり、殺したり、ね。
神々は悩んだんだ。
自分たちが見つめ、愛する世界をどう守ればいいのかってね。
でも、直接的な介入は基本的には禁止されているし、それをしてしまえば世界はただの箱庭になってしまうだろう?
だから、劇薬を投じることにした。
イレギュラーではなく、予定された混沌の主たる魔王――つまりキミだ。
神々が望んだ魔王は、必要悪。
それでいて絶対悪であってもらわなくちゃ困るんだ。
だから、キミの記憶は消去させてもらった。
ん? 何故かって、それは簡単な話だよ。
人族に対して親近感を覚えられて、同盟なんて組んだりしたら目も当てられないからさ。
それに、あまりキミのいた世界の文明の力や故郷への思いに縛られて、技術を確立され過ぎるのも困る、というわけなんだ。
技術の進歩は往々にして火種となる。
それはキミのいた世界の歴史も、ボクの知るこの世界も例外なく当てはまる。
そもそも作物から人体の仕組みから、キミ達の世界とは大きく異なるけどね。
その差に苦悩されて心を壊されてしまっても困るというわけだよ。
ともあれ、だ。
せっかくの魔王が魔王としての役割を果たさないんじゃあ、神々だって報われない。
キミは人族の最大にして最強、最凶の敵で在らねばならないのさ。
だったら、何故人間であったキミを使うのか。
それも簡単さ。
神が悪を悪として創ってしまったら、神は神じゃなくなるんだ。
意味が解らないって?
そうだなぁ、絵の具を思い浮かべてごらんよ。
白の中に黒を一滴落としたら、真っ白じゃなくなるだろう?
例え白をどれだけ増そうとも、それは純白じゃなくなる。
つまりはそういう事なんだ。
神は完全な白でなくてはならないんだよ。
あぁ、抽象的過ぎて意味が分からなかったらごめんよ。
そういうものなんだ、と思ってもらえばいい。
悪意を持ちつつも、かつ最低限の良心を持った存在を生み出す。
それには、元人間――それも孤独で、多少歪みがあるぐらいの人間の魂を流用した方が、効率的なのさ。
それがキミ、というわけだ。
あぁ、安心するといいよ。
以前までのキミは悪そのものじゃないし、大罪人でもない。
ただちょっと――ほんの少し、綺麗に歪んだ平凡な青年だった、とだけ言っておこう。
世界のバランスを保つために創られるなんて、嫌になったかい?
……へぇ、そうでもないんだ。
ふふっ、ちょっと意外だよ。
まぁそんなわけで、神々は最初にボクを創った。
ボクという神もどきを、ね。
亜神という存在として、キミと共に裏側から世界を守る存在として、ね。
そしてボクは、キミという魔王を選んだんだ。
話は以上だよ。
改めて――もう一度キミに言おう。
――――キミには、魔王になってもらいたい。
……ふふっ、そうかい。
なら、これからよろしくね。
世界を敵に回し、剣と槍の切っ先を向けられながらも、共に踊ろうじゃないか。
魔王の称号を受け継いでもなお、ボクら神々の救世主である――魔王クン。
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