流転

窓の月

第1話

「五月蠅くって、眠れねえよ。」

マサキは無数のカエルの鳴き声で目を覚ました。

時計を見ると夜中の2時頃だった。


身体はぐっしょり汗をかいていて、

せんべいのような薄い布団には、マサキの汗の形がくっきり染みついていた。


マサキは、半立ち状態の股間に目をやる。

なんかすげえエロい夢見てた気がするのに思いだせねえ。必死に思い出そうとするが、カエルの鳴き声が邪魔する。

遠くの方でデカいカエルが、おっさんの呻き声みたいに鳴く。


窓を閉めたら少しはカエルの鳴き声に悩まされずに済みそうだが、閉めるとイライラするほど蒸し暑い。

マサキはあきらめて目を瞑った…。


マサキは産まれも育ちも東京の下町だ。

それが今、滋賀の単身者用の社宅に住んでいる。周りは山と畑しか見えない。

今まで、カエルがこんなに不気味な声で鳴くなんて知らなかった。

最悪だ、こんなクソ田舎には来たくなかった。


あいつと出会ったばっかりに俺はこんな片田舎にいるのだ。

「クッソ、何でこんな事になったんだ!」


「帰りてえ、東京に…。」

マサキは昔からケンカっ早く生傷が絶えない子供で、母親には「気が短いのを何とかしろ!」と言われて育ってきた。

相手にナメられるのが嫌で、因縁をつけてくる奴には、勝とうが負けようが、ひたすら相手になってきた。


高校には受かったが、1ヶ月程で退学処分になった。退学になった理由は、たまたま暴力沙汰の側にいたからだった。

とんだとばっちりだったが、別に構わないと思った。どうせバカばっかりの高校だ、未練など無い。


それからは、仲良い奴等とつるんで、カツアゲやったり、バイク乗り回して馬鹿騒ぎしたり、オッパイのでかい女と付き合ったり。

わりと楽しく日々をやり過ごしていた。


そう、7年前アイツに出会うまでは…。


俺はその日パクられたダチの代わりにバーで働かされていた。

ヤクザみたいな厳つい社長に頼まれ、ダチが出てくるまでの間だけの条件で仕方なく料理を作っていた。


俺はこう見えて手先が器用なんで、料理は得意中の得意だった。

それに客と適当に喋るのも結構楽しい。

俺目当ての客もいたから、ここで社員にならないかと誘われる事もあった。


今日もまた、厨房で料理をする。

オーダーがあったタコライスを仕上げるとすぐそれを流した。


その直後、店長が厨房に入って来て、「マサキ!客のスープにビニールの切れ端が入ってたぞ。謝りに行ってこい!」とキレ気味に言われた。


俺は今日のバイト代がパアになるのを覚悟して店長の指示通り、客いるカウンターへ出た。


アイツはそこにいたのだ。


「すいませんでした!」一礼して頭をあげる。どんな奴かと、マジマジと見る。


女だ!俺と同い年の18歳くらいか?

肩に掛かるくらいの艶やかな黒髪。

白いシャツから覗く柔らかそうな肌につい目を奪われる。


俺は女を花に例える趣味はないが、彼女だけは蓮華の花みたいだと思った。


にっこり微笑む顔が上品で、育ちの良さを感じる。いかにも清楚系で俺のドストライクだった。


俺は「何か代わりにご馳走させて下さい。」と言った。別に下心からじゃ無い、この店ではそうする。


すると彼女は、恥ずかしそうにしながら「代わりに、話し相手になってくれませんか? 実は1人飲みがしてみたくて、バーに入るの、あの、初めてなんです。」と頬を染めた。


まさかそんな返事が返ってくると思ってもみなかったから、俺は正直驚いて心臓がバクバクしはじめていた。


コレって上手く行けばオトせるんじゃねえか?俺は「うしっ!」と、心の中で気合いを入れ、この時だけは、パクられたダチに感謝した。

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流転 窓の月 @lovefool

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