第261話 【翔羽視点】本当に明洋君の存在は大きい!!

「…………」


今は平日の午前中。

職場に来て、指定のデスクの上でひたすら作業モード中。


丹波社長の会社で展開されている、最愛の息子である涼羽が花嫁に、涼羽の親友である志郎君が花婿にそれぞれ扮してモデルとなった、件のブライダルキャンペーン。


二人がモデルとなったイメージキャラクター、そして写真、動画含む宣伝媒体が空前の大ヒットを生み出し、キャンペーンの方は日に夜を継ぐ慌ただしさという、嬉しい悲鳴が起こっている。

そのため、そちらの業務応援もかなりの作業量が発生しており、うちの部署総員で全力で作業にあたっている。


…お父さんとしては、可愛くて可愛くてたまらない涼羽が、他の男共に下心丸出しの視線で見られていることが非常に不愉快でならないんだけどな!!


そして、それとは別に、志郎君の孤児院を丹波社長の会社の拠点、そしてキャンペーンの式場として使わせてもらうように提案し、それを快諾して頂けたという。

しかも、志郎君含む孤児達に職業訓練として、こちらからも技術系の社員を派遣し、孤児達が手に職をつけられるように応援していく、という提案も含まれている。


なので、そちらの方でも相当な業務量となっており、今は繁忙期中の繁忙期、といっても過言ではないほどに業務が集中している。


「………ふう…」


部長である俺自身はもちろんだが、この部署の社員…

つまり、俺の部下達にも相当な負荷がかかっている。


一日の作業量も、少し前とは比べ物にならないほど増えており、この部署が一丸となって仕事をこなしていっている。


だが…


「よっしゃ!!オレの方が多く終わらせてるぜ!!」

「なにい!!俺だって負けねえぞ!!」

「ボクだって!!」


直近の残業もかなり多くなっていて、ここ最近の一月平均の時間外が八十に達するか、というレベルになっているにも関わらず…

俺の部下達は、疲弊する様子を見せるどころかまるでその状況を心底楽しんでいるかのように、業務に勤しんでいる。


しかも、社員同士で楽しそうに切磋琢磨しながら。


「皆さん…こちらも終わりましたんで、確認お願いします!」

「マジっすか!早い!」

「沢北さん、ほんとに仕事早いっす!」

「…大丈夫です!ありがとうございます!」

「よかった…さあ、次の作業もお願いします!」

「沢北さん、マジ有能!」

「ほんとに沢北さんのサポートのおかげで、こんなに仕事こなせてます!」

「沢北さん、こっちもお願いします!」


最近、うちの部署は待望の新人が入ることとなった。


俺の最愛の子供達である涼羽と羽月を、その身がボロボロになりながらもチンピラ達の暴力から護り通してくれた、沢北 明洋君。

その怪我のおかげで、数か月以上もの入院生活を送ることになり…

もしかしたら、後遺症で歩けなくなるかも、とまで言われるほどの重症だったんだ。


でも、その入院生活の間に懸命にリハビリに取り組み…

自分の回復をどんどん促進させていくのみならず、他の要リハビリ患者の方々のモチベーションまで上げて、回復の促進におおいに貢献していたと、病院のスタッフさんから聞いている。


さらには、かなり自分で調べて、効率的に使えるレベルになっていた俺でももう追いつけないほどのレベルになっていた涼羽とほぼ対等に技術系の話ができていた、とか。

それも、お互いに足りない知識を共有しつつ、どんどんトータルに伸ばしていっていたと聞いて、彼は間違いなくうちの即戦力になれると確信。


懸念点だった、人とのコミュニケーションも涼羽や他の患者さんと触れ合うことで大幅に改善され、部署内でのコミュニケーションなら十分だと俺は判断。


藤堂専務にその旨を申し上げて、彼の退院からすぐにこちらに出社できるように手配。


入社初日はさすがに明洋君も緊張を隠せなかったけど…

俺が涼羽と羽月をその身を挺して護ってくれたことや、入院中の振る舞いなどをみんなに話すと…


高レベルの技術を持つ涼羽と対等の技術を持っているところはもちろんだが、何よりも涼羽と羽月をその身を挺して護り通してくれた、という点が部下達の心に刺さったらしく…

全員が明洋君のことを大歓迎して、親切丁寧に業務を教えたりしていた。


そこから明洋君もじょじょに緊張が解けていき、涼羽に近いレベルのプログラミング技術を含む技術力をいかんなく発揮してくれて…

この部署の業務に役立つツールをいくつも開発し、自らがそれを使うばかりでなく他の社員用にも開発して使わせてくれる、などと非常に貢献してくれている。


さらには、自分ではコミュニケーション下手という自覚があるのか、それとも無意識でそうしているのか…

彼は徹底して他の社員のサポートに回り、縁の下の力持ちとして全力でこの部署を支えてくれている。


しかも、他の人に成果が出るのを、まるで自分の事のように喜んでくれて…

決して自分からしゃべる方ではないが、人の他愛もない話を穏やかな雰囲気で聞いてくれたりと、その人の好さがにじみ出ている。


そんな明洋君に、部下達は好印象だけでなく尊敬の念まで抱くようになっている。

気が付けば、明洋君はこの部署にとってなくてはならない、非常に得難い存在にまで、なってくれている。


「……(ほんとに明洋君は、即戦力どころの話じゃないくらいに貢献してくれている…この縁も、涼羽と羽月がもたらしてくれた、本当に良き縁だよ…)」


そう、本当に明洋君との縁は、涼羽と羽月がもたらしてくれた素晴らしき縁。

これからも、この縁を大切にしていきたい。


そして、その良縁は明洋君だけでなく、明洋君の父親である和洋さん、母親である明子さんもそうだ。


和洋さんは社の大手取引先の役員。

以前は俺は関わることはなかったんだが、明洋君との出会いをきっかけに、仕事の訪問や打ち合わせ、さらにはプライベートでも良き関係を結ばせてもらっている。


明子さんは専業主婦かと思いきや、なんと趣味的であるとはいえ、カフェを経営している。

しかも、そのカフェの場所が職場から近いこともあり、一度俺も明子さんのカフェに訪れてみたことがある。

どちらかと言うとやや暗めの室内だが、シンプルな内装で雰囲気もよく…

非常に落ち着ける空間として、何気に客は多い。

メニューも、料理を趣味であり特技としている明子さんがかなりの品目を用意しており、しかもコーヒー一つとってもお値段以上、と言えるほどに美味しい。

あくまで趣味的な営業の店舗なので、不定休もちょこちょこあったり、営業時間も短かったりするのだが…

むしろ店舗のクオリティが高いためか根強いファンが多く、営業時間中は常に客がいる。

スタッフも明子さん以外では二人と少ないが、その二人が容姿よし、器量よしの妙齢の美人さんということもあり、ウエイトレス目的で来る客も多いとか。

涼羽と羽月のことを心底気に入ってくれていて、本当の孫のように接してくれており、休日には明子さんのカフェにも二人はよく招待されているらしい。

俺にも招待の声はかけてくれるのだが、今の俺は非常に多忙なのでかみ合わず、泣く泣くお断りをすることとなっている。


その和洋さんと明子さんが、やはり人生で初めての就職となることもあり、明洋君のことを割と高頻度で聞いてくる。




――――せがれは、ちゃんと仕事しているのかね?――――




――――あの子は、ちゃんと仕事できているでしょうか?――――




今後の健常のみならず、命すら危ぶまれたこともあり、親として当然の心配を見せてくる二人に、俺は最初の方は無難にこなしていることを伝えていたのだが、直近ではこう返している。




――――明洋君は、もはや私の部署…いえ、弊社にとってなくてはならない、非常に得難い存在となってくれていますよ――――




電話のやりとりでそれを伝えたら、耳元で歓喜の嗚咽が漏れているのが聞こえてしまったのが、今でも耳に残っている。


今までが今までだったこともあり、家族間のやりとりもギスギスしたところが多かったとは思うが…

今となってはあの家族は家庭円満となっていることが、容易に想像できてしまう。


「(…………さて、俺も負けてはいられないな)」


和気あいあいと、それでいて真面目に仕事に取り組む部下達を見ながら、俺は業務に集中する。


明洋君が俺の方にも便利ツールをいくつか開発して、俺のPCにセットアップしてくれたので、俺自身もさらに業務の効率が上昇している。


湯水が湧き出るかのように増え続ける仕事を、一つたりとも残さない。

完璧に仕上げる。

その思いで、俺は仕事をこなしていく。


「……うは…すげえ……」

「……高宮部長、いつ見ても凄すぎる……」

「……沢北さんのツールのおかげで、あの反則級の早さが、さらに向上してるよな……」


なんか、部下達が俺の方を見ているが…

なんだ?


特にいつもと変わりなく仕事をこなしているだけなのだが、何かあったのか?


…まあ、何かあるなら言ってくるだろうから、問題ないか。

今はとにかく、仕事仕事。


「……高宮部長は本当にすごい人ですね」

「本来業務に従事する立場の僕らよりも遥かに高い処理能力なのに、僕達の状況も把握した上でしっかり仕事を割り振ってくれてますから…管理能力も極めて高いですよね」

「さすが、涼羽君の御父上だと思わされてしまいます」

「ほんとですよね、沢北さん」


む……


この作業、俺ならこのままでも問題はないが…

やはり新人の一般社員を基準に考えると、何か効率化を考えた方がよさそうだな。


「…明洋君、ちょっといいかな?」


俺は思いついたことを相談してみようと、明洋君を呼ぶ。


「!は、はい!すぐ行きます!」


元気のいい二つ返事で反応してくれた明洋君が、軽快な足取りで俺の元まで来てくれる。


「高宮部長、どうされました?」

「実は、この作業なんだがな…」

「?はい」

「普通に通常の操作でも十分できるんだが、やっていることは同じことの繰り返しになるからな…この作業を自動化などは、できないだろうか?」

「!なるほど……そうですね、通常の手順となっている部分に関しては自動化は十分に可能です」

「!そうか!」

「手動操作によるデータ集合と組み合わせならミスも起こりがちですが、条件のみを定義して、その条件を元に結果を出すようにすれば、作業は大幅に簡略化できるかと。もし条件の指定を間違えたとしても、条件を修正定義して再度実行、でミスからの復帰も簡単にできると思います」

「いいな、それ。元データを直接加工ではなく、別ファイルとして加工データを出力することも、できるかな?」

「はい、可能です。僕もその方針で考えていました」

「さすが明洋君だな…それでは、この件を君に任せたい。頼めるか?」

「はい!お任せください!」


ちょうど手操作による表の組み換え作業があったので、それを自動化できないかと明洋君に相談したところ、自信をもって可能だと、彼は返してくれた。

やはりすぐそばに技術力のある人間がいてくれると、こういうことも相談しやすい。


一通り話を進めて、彼にお願いをする。

彼は、任せてもらえることに喜びを感じているような、そんな笑顔を浮かべつつ元気のいい返事を返してくれた。


「ありがとう。なるべく早くできるとありがたいが、君もいろいろ作業を抱えているだろう…だから、君に無理の出ないレベルで進めてくれたらいい」

「承知しました。お気遣いありがとうございます!」


明洋君のおかげで、俺の部署全体の作業効率がどんどん上がっていく。

入社してまだ半年も経っていない、三十過ぎのオールドルーキーのおかげで。


こうやって俺が作業の効率化、自動化の関して相談すると、彼は即座に具体的な返答をくれる。

その上で、俺と自分の意見をすり合わせて、すぐに作業に入ってくれる。

そうしてできたツールを作業ごと部下に仕事として割り振っていくことができるようになったため、少しずつではあるものの、俺の負担も減っていっている。


本当に明洋君の存在は大きい!!


「沢北さん、すげえなあ…」

「ああ、ここに来てからまだ日が浅いってのに…」

「なのに、もうあんなに高宮部長に頼りにしてもらえてるもんな」

「私も、沢北さんのおかげで高宮部長からお仕事を割り振ってもらえるようになりました!」

「沢北さんの作ってくれたツール、ほんとに使いやすくて、お仕事がすっごく捗るんです!」

「沢北さん、すっごく頼りになります!」


部下達も、明洋君のことを尊敬の目で見てるな…

女子社員達の好感度も、かなりいいんじゃないのか?


しかし、俺は部下達みんなを頼りにしているんだが…

そんなに俺が誰かを頼りにしている印象は、ないのだろうか?


確かに明洋君のことは本当に頼りにしているのだが…

それと同じくらい、みんなのことも頼りにしているんだぞ?


まあ、他のギスギスした雰囲気の部署と違ってウチの部署は本当に和気あいあいと…

それでいて仕事に真剣に取り組んでいてくれるから、すごくありがたいな。


これからも、このチームで社に貢献していきたい…

俺はそう思いながら、目の前の仕事をこなしていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る