第253話 丹波社長!誠にありがとうございます!

「…ったく…志郎のバカ…」

「いや、悪い悪い…ってそれにしても…っははは…」

「もお!志郎!」

「だ、だから悪いって…やべ、思い出しただけで笑いが…」


涼羽が本当に食べる人のことを思って作った、最高級のレストランにでも行ったのかと錯覚してしまうほどに美味しい食事を終え、後片付けも終えて…

涼羽のことが大好きで大好きでたまらない子供達が、嬉しそうに涼羽と一緒に後片付けをして、みんなで風呂に入って一日の汚れと疲れを落としている。


涼羽が子供達に男であることを理解はしてもらえたものの、それでもあくまで『お姉ちゃん』だと断固として譲らず、結局子供達は涼羽のことを『涼羽お姉ちゃん』と呼び続けてることに、志郎はもう笑いが止まらず、腹を抱えて笑ってしまっていた。


そのせいで涼羽の機嫌を損ねることとなり、志郎はぷりぷりと拗ねたままの涼羽をなだめようとしてはいるのだが…

どうしても先程の光景が脳裏に強く焼き付いてしまい、それを思い出す度に志郎から笑いが漏れ出してしまうため、今のところ拗ねてしまっている涼羽の機嫌を回復するまでには至らず、むしろさらに悪化させてしまっている、まである。


「い、いや…それにしても、男だって分かってもらえたのに…『お姉ちゃん』呼びって…む、無理…あははははは!!」

「!も、もお!!志郎のバカ!!」

「はははははは…い、いや~、さすが涼羽というか、なんというか…」

「…なんで男だって分かってもらえたのに…『お姉ちゃん』なの…」


男なのに、『お姉ちゃん』で定着してしまう涼羽があまりにも面白くて、志郎からさらに笑いが漏れ出してしまう。

当然、それはすでに不機嫌な涼羽の機嫌をさらに損ねることとなってしまうのだが。


だが、涼羽自身も自分が男だと言い聞かせて分かってもらえたはずなのに、それでも子供達が『お姉ちゃん』呼びになってしまっていることに、思わずその小さく華奢な肩を落として落ち込んでしまう。


「…はは…涼羽君は本当に、誰からも愛される存在じゃのう…」


そんな涼羽を見て、誠一は優し気な微笑みを浮かべながら、いかに涼羽が誰からも愛される存在なのかを実感してしまう。

実際、誠一自身も涼羽のことは実の孫と言っても差支えがないほどに溺愛しており、最近では涼羽に会える機会を増やしたくて、ついつい無茶なスケジュールをこなしたりして時間を作ることも多々あるほど。


「…最近の志郎君は、どこか思いつめた表情を浮かべることも多く、心配することも多かったんです」

「!やはり、そうだったんですな…」

「ここでも、彼はそこまで食事にこだわることもなく、子供達に食べさせるために料理はするものの、自分が食べる分に関しては本当におざなりで…平気そうにしてても、やっぱりどことなく痩せてるのは見ていれば分かりましたし…思い切って問い詰めてみたら、聞いているだけでゾッとしそうなほどの労働をかなりの頻度でこなして、しかも昼食も摂らないなんて…」

「わしも、それを涼羽君から聞いた時には驚きましたし…何より心配でしたよ…」

「今の志郎君は、ただただこの孤児院のために、その身を粉にしてまで尽くしてくれてます…しかも、いつの間にか稼いでいた自分の貯金まで全て運営費に充ててくれ、なんて言い出して…それで足りないからといって、あそこまでの重労働を…」

「…志郎君は、本当にいい子ですなあ…」

「いい子なんて…そんな言葉では足りないくらいですよ…どれほどこの孤児院を救おうとしてくれているのか…その思いだけでもありがたいのに、ここまでしてくれて…」


志郎にどれほどの負担をかけていたのかを思ったのか、蓮から懺悔のようにぽつりぽつりと、言葉が紡がれていく。

志郎自身が自覚無しとはいえ、やはりまともに食事を摂らないためどことなく痩せてきているのも蓮は知っていたし…

にも拘わらず、志郎がひたすらその身を粉にしてこの孤児院に尽くしてくれているのがありがたく嬉しい反面…

まだ高校生である志郎に、一体どれほどのものを背負わせてしまっていたのかを、蓮は痛感せずにはいられなかった。


そんな思いを、蓮は思わず言葉にしてしまっている。


そんな蓮の言葉を、誠一は柔和な微笑みを絶やすことなく聞いており…

志郎がどれほどにいい子であるのかを、改めて実感することとなっている。


「…そんな志郎君が、涼羽君の前ではあんなにも自然体でいられて、あんなにも自然な笑顔を浮かべて…よほど涼羽君に心を許してるのが、見てるだけで分かります」

「…涼羽君は、本当にそこにいてくれるだけで、人の心をほうっとさせてくれる…幸せにしてくれる…そんな子でしてな…わしもその一人でして、涼羽君に会える日をいつもいつも楽しみにしてるのですよ…」

「今の志郎君を見ていると、丹波社長のおっしゃること…とてもよく分かります…改めて、涼羽君が志郎君の親友になってくれて、本当によかった…」


涼羽と志郎のやりとりを見ているだけで、蓮は志郎が涼羽にどれほど心を許しているのかを実感してしまう。

蓮自身も、涼羽のそばにいるだけで、いいようのない安らぎのようなものを感じており、だからこそ余計に誠一の言葉を実感することができている。


そして、そんな涼羽が志郎の親友としてよき関係を築けていることが、本当に嬉しくて、ありがたくてたまらなかった。


「まして、まさかこの孤児院を、丹波社長のブライダルキャンペーンの会場として使って頂けるなどと…夢にも思いませんでした」

「今日はそのための事前調査の一環でここに来ましたが…教会としての装飾もあり、しかも敷地の面積も広く、庭の方も外での会食などに十分な広さがある…その上建物の内外も庭も綺麗にされていて…これは、と思わせて頂きました」


そう、涼羽の発案を土台に翔羽、幸介、誠一がしっかりと肉付けをしてきた蓮への提案は、今国内のみならず国外をも巻き込んで爆発的にヒットしている、誠一の会社のブライダルキャンペーンの会場の候補地にすること。


孤児院であるならば、教会としての設備、装飾などが残っているのではないかとふと思った涼羽が、『志郎の孤児院を、誠一おじいちゃんの会社のキャンペーンの会場にできたり、しないのかな?』とぽつりと言葉にしたのがそもそもの始まり。


さらには、教会としての名残があるならば、もしかしたら孤児院の院長先生に、牧師としての資格があるのではないか。

もし、そこで面倒を見られている孤児達だったら、新たな人生の門出を祝うコーラス部隊として活躍したりできないだろうか。

いざとなったら、志郎扮するキャンペーンモデルである『SHIN』を広告塔にすることもできるのではないか。

そうでなかったとしても、単純に誠一の会社のキャンペーン会場とは別に出張所のような拠点として使うことはできるのではないか。


などと言ったことを、涼羽が三人に相談した時にぽつりぽつりと言葉にしていった上で、提案したのだ。


ちょうど誠一の会社はキャンペーンの爆発的なヒットもあり、日に夜をまたぐ慌ただしさに追われて、早急な会社としてのリソースの確保が必須とされていた。

人材は幸介の会社からも応援を要しながらも、登録派遣も利用してどうにか頭数を揃えていく方針は立てていたが、本社だけではすでにキャパオーバー。

そのため、別に拠点が必要となってきていたのだ。


もちろん、一つとは言わず、可能な限り増やす算段ではあるものの、兎にも角にも最初の一つをどうにかしないと、と誠一が頭を悩ませていた問題に、涼羽の提案はちょうどフィットする形となったのだ。


ならば、ただの出張所的な拠点のみならず、ブライダルの会場としても使えるようなら使いたい。

それが両立できるような場所ならば、言うことなどあるはずもない。

そうして実際に来てみたところ、そんな誠一の希望を最高の形で満たしてくれる場所だった。


しかも、涼羽が何気なしに想像した通り教会としても使え、院長である蓮は牧師の資格も持っていた。

事務所としての空間は今後拡張する必要はあるものの、今の急場を凌ぐには十分なキャパは持っている。

蓮の話では、ここにいる子供達は蓮の教育もあって讃美歌の合唱などもしており、その光景を志郎が面白がってスマホで撮影し、それを簡単な編集で動画として投稿してみたところ、結構な再生数と高評価を稼げるほどのものとなっている、とのこと。

なので、子供達にブライダルの讃美歌合唱部隊を依頼することも、誠一は視野に入れている。


この孤児院の所有者は当然、院長である蓮の名義になっているため、その蓮を家主とし、オフィス物件として賃貸する契約を、誠一は最初に持ち掛けたのだ。

もちろん、教会となっている施設の部分も含めて。

なので、蓮にはこの拠点専任の牧師として、ブライダルの担当をお願いすることも、誠一は契約に含めており、当然牧師としての仕事が発生した場合はその度に相応の料金を支払う内容になっている。


さらには、今後の話にはなるものの、誠一の会社の従業員を受け入れ、職場として使わせてもらうこと。

そして、もし志郎や子供達さえよければ、社会見学の、そして今後の人材育成の一環として、従業員として働いてもらうこと。

すでにアルバイトを始めており、向上心に満ち溢れている志郎はそう時間もかからず戦力となる見込みであり、加えて、今後増えていくであろう親のいない孤児達を自立させ、社会に送り出すための職業訓練としての意味合いも含んでいる。


この職業訓練の中で、コンピュータなどの技術系に興味を持つ子供がいれば、幸介の会社から派遣される人員に、作業の手伝いと称して技術系の教育を施していく狙いも含んでいる。

そうして、十分な訓練で下地を作ったところで、就職先としての受け入れ体制を作って迎え入れることで、今後の人員不足も解消の目途が立っていくだろうし、何より親を失うという境遇の子供達の将来を明るいものにできる。

その将来の方向が誠一の会社だろうと、幸介の会社だろうと、そのどちらでなかったとしても、要は孤児となってしまった子供達がちゃんと自立して、社会に飛び出してくれればそれでいい、という誠一、幸介、翔羽の願いのようなものが一番大きい。


「丹波社長から一通りお聞かせ頂いた時は、本当に驚きしかありませんでした…しかも、素案とは言えこの提案を出したのが涼羽君だと聞いて、二度驚きました」

「正直、このわしも涼羽君がこの案を出してきた時には本当に驚きましたわい」

「…どれほど涼羽君が志郎君のことを…そして志郎君が関わるこの孤児院のことを思ってくれていたか、それを実感させて頂きました…でなければ、このような案は絶対に出ないと思います…ましてや、ここにいる孤児達の未来にもつながる提案…お断りする理由なんて、微塵も見当たらなかったです」

「わしのような経営者視点でも、今後を担う人材の育成までできる提案ですからのう…むしろ乗らない理由なぞかけらもなく、この案に乗らないなら経営者失格とまで思いましたわい」


蓮も誠一も、涼羽がこの提案を出したことに驚きを隠せなかったことをお互いに笑顔で言葉にする。


自身が牧師の活動をすることで、どうにか孤児院の運営費を稼いでいたのだが、それも孤児の受け入れが増える度に圧迫されていった。


しかし、この提案を受けることで定期的な収入を得られるのはもちろんのこと…

親のいない孤児達が、実際の職場で職業訓練を行うことができ、しかも協力会社の応援で技術を身に着けることもできる。

まして、蓮自身の牧師としての活動の幅が広がり、確かな報酬も約束されるとなると、子供達のためにもこの提案を断るという選択肢は微塵も考えられなかった。


「わしの友人である協力会社の役員も、ここを拠点にすることができたなら、技術畑の人間を派遣して、我が社の業務の応援と同時に未来を担う人材の育成にも携わってもらう、と言っておりましたわ」

「!ああ…私は今日と言う日をどれほど、神様に感謝すればいいのか…丹波社長!誠にありがとうございます!」

「何をおっしゃいますか!こちらこそ社のリソースの拡張に加え、未来の人材育成にまで携われるのです!今回の提案を受けて頂き、ありがとうございます!」


これからの孤児院、そして誠一の会社の展望を思うと、それだけで活力が湧いてくる蓮と誠一の二人。

今後よきパートナーとしての関係を結ぶことができた二人は、熱く固い握手を交わす。


「りょうおねえたん!」

「りょうおねえちゃん!」

「涼羽お姉ちゃん!」

「涼羽お姉ちゃん!」


大人組が今後の明るい未来について話し合い、良き関係を結ぶことができたその直後。

風呂に入って、一日の汚れと疲れを落としてきた孤児達が涼羽の元へとやってきて…

志郎と共に蓮と誠一のやりとりを笑顔に見つめていた涼羽にべったりと抱き着いてくる。


「ふふ…ちゃんとお風呂入ってきたんだね」


風呂上りのほっこりとした身体でべったりと抱き着いている子供達を見て、涼羽は母性と慈愛に満ち溢れた優しい笑顔を浮かべ、それを子供達に向ける。

そして、一人一人を優しく包み込むように抱きしめながら、よしよしと頭を撫でてあげる。


「りょうおねえたんのなでなでとぎゅ~、らあいしゅき!!」

「涼羽お姉ちゃんがぎゅってしてくれるの、すっごく幸せ!!」

「涼羽お姉ちゃんがよしよししてくれたら、めっちゃ嬉しい!!」

「りょうおねえちゃん!もっとぎゅ~となでなで、ちて~!!」


涼羽に優しく包み込まれて、本当に幸せそうな、嬉しそうな笑顔を浮かべながら、涼羽にこれでもかというほどに懐く子供達。

子供達が喜んでくれて、涼羽も本当に嬉しいようで、その顔からにこにこ笑顔が絶えることなどなく、子供達に喜んでもらおうともっと優しく包み込むように抱きしめてしまう。


「ははは…お前ら、本当に涼羽のことが好きなんだなあ」


そんな幸せいっぱいの弟妹達を見て、本当に可愛かったのか…

志郎も、嬉しそうな笑顔を浮かべながら、涼羽もろともその大きな身体で子供達を包み込むように抱きしめる。


「えへへ~、しろうおにいたんもらあいしゅき!!」

「志郎お兄ちゃんがぎゅってしてくれてる!!嬉しい!!」

「しろうおにいちゃん、もっと!!」

「志郎お兄ちゃん、大好き!!」


涼羽だけでなく、志郎にまで優しく包み込むように抱きしめてもらえて、子供達はより幸せそうに嬉しそうにしている。


「ふふ…よかったね、みんな。志郎お兄ちゃんにもぎゅってしてもらえて」

「はは…そっかそっか。俺もお前らのこと、大好きだからな~」


涼羽も志郎も、自分が包み込むように抱きしめている子供達が喜んでいるのを見て、いいようのない幸福感で心が満たされているのを感じる。

子供達が本当に可愛くて、こんなことならいくらでもしてあげたくなってしまうのか、涼羽も志郎もより子供達をぎゅっと抱きしめてしまう。


「ああ…なんて可愛らしい…そしてなんて尊い光景なんでしょう…」

「涼羽君と志郎君に抱きしめられている子供達も、子供達を抱きしめている涼羽君と志郎君も…可愛くてたまりませんなあ…」

「こんなにも幸せな光景を届けてくれた涼羽君には、本当に感謝しかありません…まさに涼羽君は、神様がこの世に遣わしてくれた天使だと言われても、おかしいなんて微塵も思えませんね…」

「その通りですな…涼羽君は本当に行く先行く先で、出会った人達を幸せにしてくれる、そんな存在ですからのう…」


涼羽と志郎と、子供達のやりとりを見て、誠一と蓮の顔にも幸せそうな笑顔が浮かんでいる。


そして、これからの展望、そして子供達の未来を思うと、蓮も誠一も明るい未来しか見えなくてより幸福感が満ち溢れてくる。

その幸福感を感じながら、蓮と誠一はこれからの孤児院、そして会社の展望を思い浮かべながら熱く語り合い、話に花を咲かせていくので、あった。

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