第204話 美鈴ちゃん、本当に料理、上手になったね

「ほう、涼羽君はかなり運動神経もいいみたいだね」


「そ、そうですか?」


「ああ、初めてでこれだけ正確に投げ込んでこられるのなら、相当にコントロールがいい証拠だし、しかもこのコントロールで、ちゃんとしたスピードボールになってるからね」


「そうですか…僕、こういうこと全然したことなかったので、なんかすごく新鮮です」




ひとしきり涼羽を可愛がり終えた正志が、涼羽を連れてリビングから庭の方に出て行った。


そして、外に出てから、二人とも左手に野球で使うグローブをはめている。


その二人が今、庭の方でしているのは、キャッチボール。


学校の授業でも野球というものは行われなかったため、まるで経験のない涼羽が、正志に手取り足取りで投げ方などを教わり、それから改めてキャッチボールをしてみるのだが、正志が驚くほどにライナー性の速球になっている。


しかも、正志がグローブを構えたところに、しっかりとコントロールされてボールが投げ込まれてくるのだ。


野球のグローブすら、その手にはめたことのなかった涼羽が、最初にちょっと教えたとはいえ、これだけしっかりしたキャッチボールができることに、正志は驚き半分、嬉しさ半分となっている。




自宅そのものもかなりの広さを誇っているのだが、敷地面積そのものもかなりものがあり、当然、庭の広さもかなりのものとなる。


ボールが外に行かないようにと、高さ、幅それぞれ二メートルほどのネット式のケージが二つ、距離を置いて向かい合わせに設置されていて、その距離もちょうど、野球場の投手版と本塁より少し後ろまでのものと同じ距離となっている。




正志は結構な野球好きで、会社の方でも草野球のチームに所属しているほど。


ポジションは捕手で、打順は四番、しかもチームのキャプテンという、まさにチームの大黒柱となる存在となっている。


そんな正志であるがゆえに、子供が、男の子ができたらぜひ、一緒に野球をやりたいと思っていていたのだ。


だが、生まれてきたのは娘である美鈴。


しかも、それ以降は子供もできず、一人娘である美鈴を可愛がってはきたものの、やはり子供とキャッチボールということを諦めきれなくて、ごくたまに美鈴にお願いして、キャッチボールに付き合ってもらったりはしてきたのだ。


左利きである美鈴のために、わざわざ左利き用のグローブまで用意して。




美鈴本人は、意外にもキャッチボールそのものは嫌いではなく、割と楽しんでやってくれるのだが、美里の方が、『女の子にこういうことはさせないで!』とおかんむりになったりするのだ。


可愛い娘である美鈴の手が、ごつごつのタコだらけになったり、キャッチングで肌が荒れたりしたらどうしてくれるんだと、ものすごい剣幕で迫ってくる妻に、正志は何も言えず、泣く泣く子供とのキャッチボールを諦めさせられたりしてきた。


それでも、そんな母である美里の目を盗んで、美鈴の方からキャッチボールをしようと言いにきたりすることはごくまれにあったのだが。




それゆえに、男の子である涼羽がここに来てくれて、しかも自分から見ても本当に可愛がりたくなる存在であり、いざやってみると、山なりボールでコントロールもめちゃくちゃな美鈴と比べるのが失礼なほどに様になっていて、もっと本格的に練習すれば、本当にいっぱしの選手になれそうなほどのものだということを見れた。


実の子供ではないものの、正志からすればもう、未来の息子と言える存在である涼羽と、長年の夢であるキャッチボールを、こんなにもちゃんとした、楽しい形で行なうことができて、今はもう、本当に楽しくて楽しくてたまらない状態となっている。




それほどに、涼羽の右腕から放たれるボールは、正志にとって将来性を感じさせるものと、なっているのだ。




「いや~、楽しい!涼羽君とこんな風にキャッチボールができて、僕は本当に楽しいよ!」


「!えへへ…僕も、なんだか楽しいです」


「そうかそうか!やっぱり涼羽君も男の子だね!」


「はい!」




今まで、ここ最近を除いてずっと一人で家事に、妹の世話にと勤しんできたため、こんな風に誰かとキャッチボールをする、などということもなかった涼羽。


それゆえに、人生で初めてとなるキャッチボールが、涼羽にとってはすごく新鮮で、しかも正志が構えたところにしっかりと投げ込めると、それがまた楽しくなってしまう。


もともと身体を動かすことが嫌いではなく、むしろ好きであるために、もっともっとこういうことをしたいとさえ、涼羽は思っている。




互いに投げたボールが、相手のグローブに納まるキレのいい音が、柊家の庭に鳴り響く。


涼羽も正志も、お互いに楽しみながら、キャッチボールをしているその光景は、まるで本当の父子のような雰囲気さえ、かもし出している。




二人はしばらくの間、そんな楽しさに満ち溢れた雰囲気の中、キャッチボールを続けていた。








――――








「涼羽ちゃん!お父さん!お昼!」


「うん、ありがとう。美鈴ちゃん」


「おお、もうそんな時間か。ありがとう、美鈴」




庭で楽しげにキャッチボールをしている涼羽と正志のところに、お昼ご飯ができたと言って呼びに来る美鈴。


大好きで大好きでたまらない涼羽に、自分が母親と一緒に作ったご飯を早く食べてもらいたいというのが、美鈴のその天真爛漫な笑顔からも分かってしまう。




そんな美鈴に、涼羽はいつも通りの優しげな笑顔と声で応え、正志は可愛い娘に可愛い笑顔で呼ばれたことにデレデレとした表情を浮かべている。


そして、二人共左手にはめたグローブを外して、正志の野球道具専用の置き場となっている、庭の隅にある倉庫の方に置いてくると、その足でそのままリビングへと戻ってくる。




「えへへ~♪涼羽ちゃん♪」




リビングに上がってきた涼羽のところにそそくさと駆け寄ると、いつものように、そうするのが当然と言わんばかりに涼羽の左腕を抱きしめて、べったりと寄り添ってくる美鈴。


そして、その露になっている左頬に、そうするのが当然と言わんばかりに、鳥が餌をついばむかのように親愛の情を表す口付けをしてくる。




「!み、美鈴ちゃん…だからこんなこと…」




もはやいつものことであるにも関わらず、当の美鈴がいくら言ってもやめてくれないにも関わらず、涼羽はその顔を赤らめて恥ずかしがりながら、またしても無防備な娘を心配する親のようなことを言い始めてしまう。




「だあめ♪涼羽ちゃんが可愛すぎて、大好きすぎるから、こんなことしちゃうんだもん♪だから、涼羽ちゃんがいけないの」


「!そ、そんなの、言いがかりだよ…」


「そんなことないもん♪涼羽ちゃんこそほんとに、自分がどれだけ愛されて、可愛がられちゃうのか、もっと自覚した方がいいよ、絶対」


「!ち、違うよ…そんなこと…」


「もお~♪ほんとにわからずやさんなんだから~♪でも、そんな涼羽ちゃんも可愛すぎて、だいだいだいだいだあ~い好き!」


「!~~~~~~し、知らない…」




涼羽に無駄な抵抗をされればされるほど、その溢れんばかりの愛情を、さらに膨れ上がらせられてしまう美鈴。


涼羽が可愛くて可愛くて、大好きで大好きでたまらなくて、いつの間にか左腕ではなく、涼羽のその華奢で抱き心地のいい身体をぎゅうっと、まるで独り占めするかのように抱きしめている。




いやいやをするかのように恥ずかしがって、顔を逸らしてしまう涼羽のことを逃がさないとばかりに、涼羽を抱きしめるその両腕にもっと力を込めて、美鈴のその自慢のスタイルを誇る身体を押し付けるようにぐいぐいと迫りながら、涼羽の左頬にキスのシャワーを降らせ続けてしまう。




涼羽も美鈴も、道を歩いていれば人の目を惹いてしまう美少女な容姿であるため、まさにそんな美少女同士のいけない恋愛のように見えてしまう。




「ほ~ら、美鈴。涼羽ちゃんが可愛すぎて、大好きすぎるのは分かるけど…せっかく作ったご飯が冷めちゃうわよ?」


「そうそう、美鈴。涼羽君に、美鈴が作ったご飯を食べてもらいたいって、言ってただろ?」




そんなゆりゆりしさ全開の涼羽と美鈴の姿を、幸せそうに頬をゆるめながら見ていた美里と正志が、このままだとご飯が冷めちゃうから、と声をかける。


美鈴は、日頃から涼羽に自分が作ったご飯を食べてもらいたいとずっと言っていたこともあるため、美里も正志もなおのこと美味しい状態で、涼羽にご飯を食べさせてあげたいと思っている。




「は~い!涼羽ちゃん!早く!早く食べよ!私が作ったご飯、涼羽ちゃんに食べて欲しいの!」




そんな両親の声に、素直にはいと答える美鈴。


そして、自分がべったりと抱きついて、ぎゅうっと抱きしめたままの涼羽を急かすように、涼羽のことを引っ張って、そのまま美鈴と美里が作った昼食が所狭しと並んでいるテーブルのところまで進んでいく。




「わ…分かったからそんなに引っ張らないで…」




そんな美鈴にべったりとされたまま強制的にテーブルまで連れて行かれている涼羽は、とにかく困っていると言わんばかりの声と口調で、はしゃいでいる様子の美鈴をなだめるような言葉をかける。


しかし、そんな美鈴が可愛いと思っているのか、声に反して顔には、まるで幼い子供が初めて遊園地に連れて来てもらって、何もかもが初めてで楽しそうなその光景にものすごくはしゃいでいるのを見て喜ぶ母親のような、母性と慈愛に満ち溢れた笑顔を浮かべている。




どんなに困らされても、どんなに意地悪されても、やはり美鈴のことは、涼羽にとってはとても可愛らしい女の子で、優しく包み込んであげたくなる妹のような存在なのだろう。


だからこそ、今こんな状態でも、ついつい美鈴の頭を優しくなでてあげたくなってしまい、そんな思いをついつい行動に移してしまっている。




「!えへへ~♪涼羽ちゃんだあい好き!」




幼い子供のように頭を撫でられて喜ぶ美鈴の姿は、まさにこの世に舞い降りてきた、無邪気な天使のようになっている。


一人っ子で兄弟姉妹がいない美鈴にとって、涼羽はまさに大好きなお兄ちゃんであり、お姉ちゃんでもあるからこそ、ここまで無邪気に、無防備に甘えてしまうのだろう。




「あらあら、美鈴ったら。涼羽ちゃんのこと、どれだけ好きだったら気が済むのかしら」


「はは。涼羽君がまるで美鈴のお兄ちゃん…お姉ちゃんみたいだね」




そんな美鈴と涼羽の二人のやりとりが本当に可愛らしくて可愛らしくて、美里と正志の二人も心の底から幸せそうな笑顔を浮かべている。


本当に、この世の幸せがいっぺんに来たかのような幸福感に満ち溢れた笑顔を浮かべながら、涼羽にべったりと甘える美鈴が可愛くて…


そんな美鈴に困ったような表情を見せながらも、結局は優しく包み込んで甘えさせてしまう涼羽が本当に可愛くて…


そんな二人が、自分達と同じ空間でこんなにも仲睦まじいやりとりを見せてくれることが、本当に幸せで嬉しくてたまらないと、美里も正志も思っている。




そして、長方形となる黒のダイニングテーブルの長い辺の側に、正志と美里が隣り合わせに並んで座り、その反対側に、美鈴と涼羽が隣り合わせに並んで座る。


ちなみに、美鈴と美里は左利きであるため、右利きである涼羽と正志の左側に座っている。




テーブルの中央を陣取るかのように、大皿に盛り付けられているきのことベーコンのクリームパスタが置かれている。


その脇を固めるように置かれているのは、バター醤油ソースの鮭のムニエル、彩りのいいじゃがいもとマカロニのサラダ、中が詰まっていて、汁気たっぷりで美味しそうなロールキャベツ、豆腐を使ったヘルシーな印象のグラタンとなっている。


どちらかと言えば和風の料理が食卓に並ぶことが多い高宮家の普段からすれば、涼羽にとってこの洋風メインのランチの取り合わせは本当に新鮮な印象を受ける。




しかも、娘である美鈴の、かつての料理オンチっぷりからは想像もつかない美里の料理上手さと、その料理オンチだった美鈴がどれほどに上達したのかが一目で伺えるものとなっている。


女性の比率が高い柊家では、ヘルシーさを意識した料理が出てくることが圧倒的に多く、今でも野球に打ち込んでいて身体の新陳代謝もよく、年齢の割には結構がっつり食べる方の正志としては、少々物足りなさを感じたりすることもある。


だが、やはり味がいいのと、そんな正志のために量を用意してくれることもあって、わざわざ口に出していうほどの不満にはなってはいないようだ。




「うふふ、普段からいつも家事にアルバイトにお勉強にと忙しい涼羽ちゃんには、お母さんがいっぱい食べさせてあげるからね~」


「お母さんだけじゃないもん!私も涼羽ちゃんにい~っぱい食べさせてあげるの!」




テーブルに置かれた料理を見て、思わずと言った感じで目を輝かせている涼羽。


普段、自分があまり作ることがないレパートリーが所狭しと並んでいるのを見て、もう興味津々となっている。




そんな涼羽が本当に可愛らしく見えるのか、美里はまさにわが子に向けるかのような、母性と慈愛に満ち溢れた笑顔を浮かべている。




美鈴は、いつも涼羽の家に行った時に、いつも涼羽の美味しい手料理を食べさせてもらっているからこそ、涼羽に教わって、見違えるほどに向上した料理の腕で、涼羽のために作った料理を食べさせてあげたいとずっと思っていた。


そして、ついにそれが実現することとなり、本当に嬉しそうな、幸せそうな笑顔を浮かべている。




「ははは…さあ、美里と美鈴が作ってくれた昼ご飯を、頂くとしようか」




そんな三人を見て、正志も心を穏やかにさせられるのか、柔和で人のよさそうな笑顔を浮かべて、みんなに、テーブルの上に並んでいる美味しそうな料理を頂こうと、促してくる。




「ええ、そうね」


「うん!」


「はい」


「それじゃ…」








「「「「いただきます」」」」








正志の言葉に促され、美里、美鈴、涼羽もそれに続いていく。


そして、四人全員で、食事を頂く際の言葉を、揃って声にする。




「はい!涼羽ちゃん、あ~ん」


「!え…美鈴ちゃん?」




食事が始まると同時に、美鈴が左手に持った箸を使って、真っ先に鮭のムニエルを適度な大きさに切ってつまむと、それを涼羽の方へと差し出して、可愛らしい声と笑顔で食べてくれるようにと促す。


そんな美鈴に、涼羽はいきなりのことで驚いてしまい、何が何だか分からないといった感じの表情となってしまう。




「これ、私が作ったの!」


「!そうなんだ…これを、美鈴ちゃんが…」


「うん!だから、一番に涼羽ちゃんに食べてもらいたくて、涼羽ちゃんに美味しいって言って欲しくて作ったの!」


「………」


「だから涼羽ちゃん!早く!早くあ~んして?」




初めて、自分が作った料理を、大好きで大好きでたまらない涼羽に食べてもらえると思いながら、本当に幸せそうな笑顔で作っていた、鮭のムニエル。


家では、美鈴も一から一品一品をまかせられるほどになっており、その味は父である正志も、母である美里も太鼓判を押している。


そして、その料理を今日は、他でもない涼羽に食べてもらえるということが、美鈴の幸福感を際限なく膨れ上がらせ、それがその可愛らしい美少女顔に、とびっきりの笑顔として、浮かんでいる。




「…美味しそう…美鈴ちゃん、本当に料理、上手になったね」




初めて交流を持ち、一番最初に涼羽の家に訪れた頃は、本当に何もできないと言っても過言ではないほどに料理が駄目だった美鈴。


その美鈴が、今となってはこんなにも美味しそうな料理を、一人で作れるほどになっていると思うと、涼羽の顔に本当に嬉しそうな笑顔が、浮かんでくる。




そして、美鈴が涼羽に食べて欲しくて、涼羽の目の前で差し出している箸でつままれた鮭のムニエルを、涼羽は嬉しそうな笑顔をそのままに、口に含む。


そして、しっかりと味わうように咀嚼していくと、美鈴が本当に心をこめて作ってくれたことがすぐに分かる美味しさに、その嬉しそうな笑顔が、ますます嬉しそうになっていく。




「ど~お?涼羽ちゃん?」


「…うん、すっごく美味しい。美鈴ちゃん、こんなに美味しい料理、作れるようになってたんだ」


「!ほんと?ほんとに私の作った料理、美味しい?」


「うん、美味しい。ありがとう、美鈴ちゃん。こんなにも美味しい料理、俺に食べさせてくれて」


「!わ~い!涼羽ちゃんが私の料理で喜んでくれた~!」




美味しそうに自分の作った料理を食べてくれる涼羽を見て、本当に無邪気で天真爛漫な笑顔を浮かべて喜ぶ美鈴。


そして、涼羽が自分に向かって言ってくれた言葉がまた嬉しくて嬉しくてたまらなくて、その幸せが美鈴の中を本当に満たしていく。




嬉しさのあまり、食事中であるにも関わらずに涼羽にべったりと抱きついてしまう美鈴に、涼羽は一瞬驚きの表情を見せると、すぐに恥ずかしさに満ち溢れた表情になり、食事中だからと、美鈴にまるで母親のように注意してしまう。




そんな二人のやりとりが本当に可愛らしくて、正志も美里も、幸せに満ち溢れた笑顔を浮かべながら、この日の昼ご飯に舌鼓をうちながら、食していくのであった。

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