第202話 子供は大人に可愛がられるのも、仕事だよ

「ただいま…おや、その子がそうなんだね」


「あら、おかえりなさい。あなた」


「お父さん、お帰りなさ~い!」




涼羽が美鈴と美里の二人にこれでもかと言うほどに愛されて、もう涙目になりながら恥ずかしがっていた、まさにその時。


口調からして穏やかそうで、そして、その見た目や雰囲気からも、それが伺える一人の男性が、この柊家のリビングに入ってくる。




身長は175cmと、成人男性の平均よりも少し上くらいのもの。


娘である美鈴と違って太らない体質のため、体格は少しほっそりとした感じになっており、たるんだ印象を感じさせない。


狐のような細い目をしているが、目じりが垂れていて常ににこにこしているようで、鋭さよりも穏やかさを感じさせる。


無造作に下ろしている、少し白髪まじりの前髪がその目を軽く覆っており、それがラフな印象をかもし出している。


特別美形というわけではないが、それでも不細工ではない、至って普通の容姿。


年齢は当年とって四十五歳と、涼羽の父である翔羽よりも上の年齢。


そんな彼の名前は、柊 正志(ひいらぎ まさし)。


妻である美里、そして娘である美鈴のことを常日頃から愛している、ごく普通のお父さんである。




そんな穏やかに細められた正志の目が、涼羽を見た途端にぴくりと揺らぐ。


事前に美鈴から、涼羽のことは思わず嫉妬してしまいそうなほどに聞かされていたのだが、実際にその姿を見てみると、とても今年十八歳の男子高校生のものとは思えないほど、童顔な美少女然とした容姿であったから。


それも、ご近所や学校でも評判の美少女である、娘の美鈴と比べても遜色ないほどのレベルなのだから、さすがに驚きを隠すことなど、できなかったのだろう。




先ほどまで、ひたすら美鈴と美里に可愛がられて、その顔を恥じらいに染めていた涼羽だが、そんな正志の姿をその目に捉えると、おずおずとした様子でありながらもソファから立ち上がり、挨拶と自己紹介をしようと、正志のそばまで歩み寄っていく。




「初めまして、お邪魔してます…僕…美鈴ちゃんのクラスメイトで友達の、高宮 涼羽と言います…美鈴ちゃんには、いつもお世話になってます…」




おどおどとしながらも、初めて会うクラスメイトの父親に対して礼を失さないようにと、その頭を一度下げてから、自分よりも上にある正志の顔をじっと見つめながら挨拶と自己紹介をする涼羽。




少し緊張があるのか、口調はやや固くなってはいるものの、その表情は、誰の目をも惹いてしまうであろう、穏やかな笑顔となっている。


そんな、たどたどしくも一生懸命な涼羽の挨拶と自己紹介を見て、驚きの表情が浮かんでいた正志の顔に、すぐに優しげな笑顔が浮かんでくる。




「いやいや、これはこれはご丁寧にどうも。僕が、美鈴の父親で、柊 正志と言います。こちらこそ、娘がいつもいつもお世話になってます」




娘に話を聞いていた以上に、できた印象を感じさせる涼羽を目の当たりにして、思わずその頬が緩むのを自覚してしまっている正志。


そんな涼羽に対し、自らも穏やかに、それでいて礼を失さないように挨拶と自己紹介を行う。




「…しかし、娘からいろいろと聞かされてはいたんだが…」


「?は、はい?」


「正直、君が男の子だなんて言われても信じられない、としか言いようがないくらい、可愛い女の子にしか見えないんだよね」


「!うう…」


「ああ、これは失礼。別にそれが悪いとか、そんなことを言っているつもりはないんだ。ただ、本当に驚いているだけなんだよ」


「うう…そ、そうですか…」


「…こんなにも可愛らしい容姿で、お母さんの代わりに家のことをずっと一人でしてきたんだね」


「え?」


「それも、美鈴から少しは聞いているんだ。ずっと大変だったろう…本当にいい子だと思う」


「!ぼ、僕…それが僕の役目だと思ってやってきただけで…」




まじまじと涼羽を見つめながら、そのどこからどう見ても童顔な美少女にしか見えない容姿のことを、驚きを交えた声で素直に評価する正志。


そんな正志のストレートな言葉に、いつも通り精神的ダメージを受けてしまう涼羽。




そんな涼羽を見て、正志は別にそれが悪いと言っているわけではないと弁解するのだが、そのことに触れられること自体に抵抗を覚えてしまっている涼羽としては、やはりダメージを受けてしまっていることを隠せない。




しかし、涼羽がこんなに庇護欲を誘う可愛らしさに満ち溢れながら、ずっと母親代わりとして、自分の家の家事を全て引き受けてこなしてきたこと、妹の羽月の面倒を見てきたことなどを、可愛い娘である美鈴の口から聞いていた正志としては、本当に健気で、大変だったろうと、労いの言葉をかける。


そんな風に労われることがなんだか照れくさくて、涼羽はあくまで自分の役目だと思ってやってきただけと、照れ隠しの言葉を声にしてしまう。




しかし、そんな涼羽が正志には本当に可愛らしくて、健気で、護ってあげたくなるような…


そんな思いを感じてしまい、涼羽の頭を、まるでその手触りのいい髪を梳くかのようになで始める。




「え?…あ、あの…」


「高宮君…いや…涼羽君と呼ばせてもらっても、いいかな?」


「は、はい…そ、それで…あの…美鈴ちゃんの、お父さん…」


「いや~…君は本当に可愛くていい子だね」


「!あ、あの…僕、そんな小さな子供じゃ…」


「いやいや、僕からすれば可愛い子供なんだから」


「で、でも…」


「君は本当に可愛らしいね…僕のことも、お父さんって呼んでくれるかな?」


「え?…お、お父さん…?…」




褒められたり、小さな子供のように慈しまれることが苦手で、頭をなでられていることに居心地の悪さを感じてしまって、おどおどとしている涼羽がますます可愛らしく見えてしまう正志。


その父性をより刺激されてしまうようで、自分のことをお父さんと呼んで欲しいと言い出してしまう。




そんな正志の言葉に、きょとんとしながらも、素直に正志をお父さんと呼ぶ涼羽。




そんな涼羽が、実の娘である美鈴と同じくらい可愛く、愛おしく思えてしまい、正志はもう我慢ができなくなってしまったのか、まるで普段から美鈴にしているように、涼羽のことを包み込むかのように抱きしめてしまう。




「!!??え?え?…」




クラスメイトの父親に、いきなりそんなことをされてしまい、涼羽は何が何だか分からない、といった感じでおろおろとするばかりとなっている。




「涼羽君…君は本当に、なんて可愛らしい子なんだ」


「!!ぼ、僕…もうすぐ十八歳の男ですから…そんな…」


「いや~、そんなこと言われても信じられないくらいだよ、ほんと」


「!!うう…そんな…」


「涼羽君、君はまだ子供なんだから…子供は大人に可愛がられるのも、仕事だよ」


「!!あうう…」




涼羽の可愛らしさのみならず、その抱き心地といい匂いも思う存分に堪能しながら、ぎゅうっと音がするほどに、涼羽を抱きしめ、優しく頭をなでながら可愛がる正志。


よほど涼羽のことが可愛くて可愛くてたまらないのか、正志に涼羽を離す気配がまるで見られない。




しかし、普段から実の父である翔羽にされているようなことを、まさかクラスメイトの父親にされるとは思ってもいなかった涼羽は、小さな子供のように可愛がられることに激しい抵抗感と恥ずかしさを覚えながら、儚い言葉での抵抗を、その声に出してしまう。




普通に見ていると、親子のような中年男性と中学生くらいの女子の仲睦まじいやりとりのようで、非常に微笑ましいのだが、実際には中年男性と高校生男子という組み合わせだったりする。


仮に涼羽が見た目通りの女の子だったとしたら、それはそれで危険な香りがするやりとりにも見えるし、男子であったとしても、それはそれでまた、その手の属性を持つ女子、女性が頬を赤らめて狂喜乱舞してしまうかのような、背徳的な禁断の香りがしてしまう。




「いやあ…本当に可愛いなあ、涼羽君は。ぜひ、うちの子になってほしいものだよ」


「!な、何を…」


「あら?あなたもそう思う?」


「うん。この子なら、むしろ美鈴がもらってくれないかな、って思っちゃうよね」


「そうよね!そう思うわよね!あなた?」


「うちの可愛い美鈴と、こんなにも可愛い涼羽君が、揃ってうちの子になってくれたら…もう絶対に残業なんかせずに毎日定時であがって、すぐに家に帰ってくるだろうね」


「でしょう!?特にこの子、こんな風に可愛がるとすぐに顔真っ赤にして恥ずかしがっちゃうから、もっと可愛がってあげたくなっちゃうのよね~」




正志も涼羽のことを心底気に入ったのか、自分の子になってほしいとまで言い出してしまう。


そこに、妻である美里が便乗してきて、夫である正志と、涼羽がこの家の子になってくれたら、という幸せしかないと言い切れる理想的な未来を、二人で言葉にしながら盛り上がっている。




そんな二人に包み込まれるかのように挟まれて、涼羽はもうどうすることもできずに、ただただ恥ずかしがりながら、じっとしているだけと、なっている。




「もお~!!涼羽ちゃんは私だけの涼羽ちゃんなの~!!」




父と母が、揃って涼羽のことを思う存分に可愛がっていて、まるで自分がのけ者にされてしまったかのような思いになってしまった美鈴が、とうとう抑えがきかなくなってしまったのか、父、正志と母、美里にサンドイッチにされている涼羽にべったりと抱きついてきてしまう。




そして、涼羽のことをいっぱい感じたいといわんばかりに、いつものように涼羽の露になっている左頬に頬ずりするなど、とにかく涼羽にべったりと甘えてくる。




大好きで大好きでたまらない涼羽に、いつものようにべったりとしているだけで、美鈴の心はどんどん幸せで満たされていく。


でも、それがもっと欲しくなって欲しくなって、もっともっとといわんばかりに涼羽のことを感じようと、ますます甘えては、その身をまるで溶け合わせてしまおうとするかのごとくに、ぐいぐいと押し付けては、べったりとしていこうとする。




「み…美鈴ちゃん…恥ずかしいよ…」




正志と美里の二人に、さんざん包み込まれるかのようにべったりとされて、もうこれでもかと言うほどに恥ずかしがっていたところに、さらには美鈴にまで、普段のようにべったりとされてしまって、もうその顔は熟れた林檎のように真っ赤に染まってしまっている涼羽。




いつまで経っても愛されることに慣れないその姿が、それを見た者の庇護欲や母性、父性をくすぐったり、その可愛らしさをより見たくなって、もっと可愛がりたくなったりしてしまうことに、涼羽はまるで気づく様子はない。


むしろ天然で無自覚に、そんな姿を見せているのだから、周囲は余計に涼羽のことを愛してあげたくなってしまうし、涼羽のことを知っている人間なら、もうめちゃくちゃに愛してあげたくなってしまうのだろう。




それほどに、愛されて恥ずかしがっている姿が可愛すぎる涼羽。




その姿を見ているだけで、もっともっと涼羽のことを愛してあげたくなる気持ちが大きく膨れ上がっていってしまう美鈴。


そして、それはこの日初めて会うこととなった正志と美里も同じで、美鈴にべったりされて、これでもかと言うほどに恥ずかしがっている涼羽があまりにも可愛すぎて、ますます可愛がってあげたくなる気持ちが強くなっていってしまう。




柊家の家族三人が、揃って涼羽のことを愛して可愛がって、それによりますます恥ずかしがる涼羽のその姿を見て、この世の幸せが全て来たかのような、ふにゃふにゃな笑顔を浮かべている。




「いや~…涼羽君がうちの子になってくれたら、僕は毎日でもこうして可愛がってあげたいね」




最愛の娘である美鈴にべったりとされて、その顔を真っ赤に染めて恥ずかしがっている涼羽を見て、正志はますます涼羽のことが可愛く思えてしまい、その頭を撫でてより一層可愛がろうとしてしまう。


もう本当に、美鈴と一緒になってくれたらという思いがどんどん強くなってしまっており、美鈴が涼羽のことをこんなにも好いているのだから、全力で応援しようと、心に決めてしまう。




「ふふふ…美鈴がこんなにもべったりと甘えてるなんて…涼羽ちゃん本当に可愛すぎて、私もめちゃくちゃに可愛がってあげたくなっちゃうわ~」




美里も夫である正志と同じ気持ちで、娘とここまで仲睦まじいやりとりを見せてくれる涼羽のことが、どこまでも可愛らしくて、どこまでも包み込んであげたくなっていってしまっている。


涼羽のことを、涼羽に甘えるかのようにべったりと抱きついている美鈴もろとも、正志と美里が挟んで包み込むように、ぎゅうっと抱きしめている。




最愛の家族に包まれて、最愛の男の子にべったりと抱きついて、美鈴はもうとろけてしまいそうなほどの幸福感を感じており、それがまるで天使のような無邪気で可愛らしい笑顔にも、現れている。


涼羽の方は、いつものように美鈴にべったりと抱きつかれるだけでなく、その美鈴の両親である正志と美里に包み込まれるように抱きしめられて、くすぐったくて恥ずかしくて、自分が溶けてなくなってしまいそうな感覚に陥ってしまっており、それは、その恥じらいに染められた、非常に困っていると言わんばかりの表情が物語っている。




「み…美鈴ちゃん…」


「えへへ、なあに?涼羽ちゃん?」


「い…いつも言ってるけど…」


「けど?」


「…こんな風に、気安く男にべったりしたら、だめ…」


「も~、またそんなこと言ってる~」


「…だって…」


「じゃあ聞くけど、私が涼羽ちゃん以外の男の子に、こんな風にべったりするなんて、したことあったの?」


「!…そ、それは…」


「いつも言ってるよね?私、涼羽ちゃんだけって。涼羽ちゃんだから、こんなことできるんだよ、って」


「…うう……」


「涼羽ちゃんが私のこと心配してくれるの、すっごく嬉しいんだけど…でも、それが私にべったりさせなくするだけの言い分だったんなら…そんなの絶対に、や!」


「み…美鈴ちゃん…うう…」


「涼羽ちゃんこんなにも可愛くて、大好きすぎて…こんな風にぎゅ~ってしてるだけで、ものすごく幸せになれるんだもん」


「は、恥ずかしいよ…」


「涼羽ちゃんだあい好きって、いつもいつも私、言ってるのに…こんな風に行動でも、それをい~っぱい伝えてるのに…涼羽ちゃんい~っつも恥ずかしがってばっかり」


「うう…」


「だから、だあめ。涼羽ちゃんのこと離してあげたりなんか、ぜ~ったいにしてあげないもん。涼羽ちゃんって、ほんとにお兄ちゃんって感じで、でもそれ以上にお母さんって感じで、ほんとに頼りがいがあって、甘えたくなって、一緒にいると幸せしか感じないんだもん」


「も、もう…いいから…」


「だあめ。涼羽ちゃんにどんなに伝えたって、次から次に私の中で涼羽ちゃんが大好きな気持ちが溢れてくるんだもん。涼羽ちゃんのこと、愛してるっていう気持ちが、止まらないんだもん。だから、涼羽ちゃんにもっとも~っと、私の気持ち、伝えたいんだもん」




まるで自分の身体を捧げるかのように、べったりと抱きついたまま、鼻と鼻がぶつかるかのような距離で、抑えることなどとうにできなくなって、思うが侭にその想いをぶつけ続ける美鈴に、涼羽は恥ずかしくて恥ずかしくて顔を逸らしたいのに、距離が近すぎてそれもできず、ただただ、美鈴の想いをぶつけられて迫られ続けることとなっている。


幼げな子供っぽい口調が、美鈴をより可愛らしく見せることとなり、加えて、そんな美鈴に困らされて恥ずかしがらされて、どうすることもできないでいる涼羽がまた可愛らしく見えて、正志と美里は、まるで自分達の子供がこんなにも仲睦まじく触れ合ってくれているかのような思いになってしまい、もうその顔をゆるゆるにしてしまうほどの笑顔を、浮かべている。




「ああ~もお!美鈴も涼羽ちゃんも、ほんとになんて可愛いの~~~!」


「いや~、今日は本当に幸せな日だな。こんなにも可愛い二人を、こんな風に可愛がることができて」




自分達の懐の中で、あまりにも可愛すぎるやりとりを繰り広げている涼羽と美鈴の二人が、可愛すぎて可愛すぎてどうしようもなくなり、正志と美里はその心に従って、思う存分に二人を可愛がり続けるので、あった。

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