第186話 こんなにも素晴らしい光景を、自分のカメラに収めることができるなんて!

「いいです!!すごくいいです!!二人共!!その表情!!」




日常の幸せを思い浮かべて、まさに天使のような笑顔を浮かべて、理想的な花嫁姿となっている涼羽。


そして、そんな涼羽と見つめ合うことで、自然と幸せそうな笑顔が浮かんできており、こちらもまさに理想的な花婿姿になっている志郎。




まるで、その場が本当に、二人の人生の共同生活の門出を祝福するかのような雰囲気になっている。


まるで、ここが本当に今、二人の門出を祝う式場になっているかのような錯覚さえ、ここにいる人間は覚えてしまう。




そんな、撮影者である光仁が思い描いていた、理想の光景の一つが、まさに今、目の前で映し出されている。


その光景の一コマ一コマを一つでも逃したくない、と言わんばかりにシャッターを切っていく。


さらには、そんな光景を一瞬でも逃すまいと、光の加減などを計算されつくした配置で設置されたカメラが、動画としてその光景を記録していく。




「(かなちゃん、今度はどんなことしたら、喜んでくれるかな…香澄ちゃんも、またい~っぱい甘えさせてあげたいな…ふふ…幸せ…)」




そして、その瞬間瞬間を、カメラに切り取られる側となっている涼羽は、自分の今の姿のことも、その姿が全て、写真や映像として撮影されていることなどもまるで意識になく、ただただ、自分が幸せだと思うことを思い浮かべては、そのあまりにも綺麗で、あまりにも可愛くて、あまりにも幸せそうな笑顔を浮かべ続けている。




ただただ、どうしたら自分の親しい人が喜んでくれるのか。


ただただ、それだけを考え、思い浮かべている。


ただただ、それだけで本当に幸せそうな笑顔が次々と浮かんでくる。




「(涼羽…またこいつ、自分の知り合いとかにどんなことをしたら喜んでくれるのか、ずっと考えてるんだろうな…ほんとにこいつのそんな姿を見てると、こっちまで幸せになってくるよな…)」




そして、そんな涼羽の笑顔をじっと見つめているだけで、志郎自身もその幸せをおすそ分けされているかのように、穏やかで幸せそうな笑顔が浮かんでくる。


まるで、自分が本当に生涯の伴侶を迎えて、幸せ絶頂の状態になっているかのような感覚にまでなってしまう。




「お、おいおい…あの子達、今日初めてなんだよな?モデルって…」


「あ、ああ…そう聞いてる」


「なのになんだ?こうやってカメラ向けられて、しかもこれだけギャラリーがいる中で、こんなにも自然で幸せそうな笑顔を浮かべられるなんて…」


「それだけじゃなくて、自然と本当の花婿と花嫁になっているような雰囲気まであるよな…」




周囲の男性スタッフ達は、そのあまりにも自然で幸せそうで、まるで自分達の前で本当の結婚式が行われているかのような光景に、驚きを隠せないでいる。




その光景を、今まで人に見られるモデルという仕事に縁のなかった二人が作り出していることに。




「わあ~…わたしもあんな結婚式、したい~…」


「本当に二人共、美男美女って感じで…お互いがお互いを本当に想いあってるみたいで…」


「あんなにも自然に、幸せそうな笑顔が浮かんでて…」


「いいなあ~…わたしもあんな風に幸せになりたい~…」




周囲の女性スタッフ達は、そのあまりにも幸せそうな結婚式の光景を目の当たりにして、自分達もあんな幸せそうな結婚をしたいという願望が膨れ上がってきている。




あんなにも理想の花婿となっている志郎に、幸せそうな笑顔と眼差しを向けられる涼羽が羨ましくて。


あんなにも理想の花嫁となっている涼羽に、幸せそうな笑顔と眼差しを向けられる志郎が羨ましくて。




花婿である志郎のことを、自分が迎えたいと思いながら、花嫁である涼羽のことも、自分が迎えたいとまで、思ってしまっている。




仕事に人生を捧げていて、プライベートにまるで楽しさと幸せを見出せていなかった彼女達が、本気で結婚というものを意識しはじめた、その瞬間となったのだ。




「だめだ!だめだぞ!涼羽!お前を嫁になんて行かせるつもりはないぞ!お父さんは!」


「涼羽君!君はこのおじいちゃんの目の黒いうちは、絶対に嫁に行かせるつもりなど、ないぞ!」


「この誠一おじいちゃんが、涼羽君のことをうんと可愛がってあげるから、嫁になど行かないでおくれ!」




まるで本当に結婚式が行われしまうかのようなその雰囲気に、本気で焦りを覚えたのか、父、翔羽は全力で最愛の息子である涼羽のことを、自分のところに引きとめようとし始めている。




そして、それは翔羽だけではなく、よほど涼羽のことを気に入ったのか、まるで涼羽の実の父である翔羽と同じように、幸介や誠一まで涼羽のことを嫁になど行かせないと、身を乗り出そうとしている。




「ちょ、ちょっと待ってください!落ち着いて!」


「あれは撮影!あくまで撮影ですから!」


「本当に涼羽君がお嫁さんになっちゃうわけじゃないですから!落ち着いてください!」




それをギリギリのところで、撮影の邪魔にならないようにと、幾人かのスタッフ達が、その身体を張ってバリケードを作って、どうにか抑えている。


撮影の邪魔にならない程度に声を張り上げては、今目の前で展開されている光景が、本当の結婚式ではなく、ただの撮影であることを懸命に主張しながら。




「や!お兄ちゃん、お嫁さんに行っちゃやだ!」




そして、父、翔羽がこんな状態になってしまっているのだから、当然、妹、羽月も兄、涼羽が本当に花嫁として、もらわれてしまうかのようなその光景に自分を抑えきれず、必死になって涼羽のところへ行って、涼羽を自分のところに連れ戻そうとする。




「は、羽月ちゃん!落ち着いて!落ち着いて!ね!」


「そうそう!あれは撮影!撮影だから!」


「そう!お兄ちゃん、本当にお嫁さんに行っちゃうわけじゃないから!ね!落ち着いて!」




そんな羽月のことを、繊細なガラス細工を扱うかのように慎重に、撮影現場に飛び込まれないように抑え込む女性スタッフ達。


幼さの色濃い容姿である羽月が、こんなにも必死で兄、涼羽のことを求めている姿があまりにも可愛すぎて、ついついその表情がゆるゆるのデレデレになってしまっているのは、ご愛嬌と言える。




「さあ!そのまま、ゆっくりと前に歩き出して行ってください!」




隅っこの方で、そんないざこざが行われていることなどに、まるで意識を向けることなどなく…


それどころか、本当にそんなことがあること自体、認識できておらず、ただただ目の前の、自分の思い描いた最高のシャッターチャンスに意識の全てを向けている光仁は、幸せ一杯の笑顔と雰囲気を浮かべている涼羽と志郎に、次の指示を出す。




その指示に、涼羽と志郎はお互いを想いあうかのような笑顔を向け合い、寄り添ったまま、静かにゆっくりと、その足を動かし始める。




二人で新たな門出を歩いていくかのようなその光景も、光仁は一瞬たりとも逃すまいと、ひたすらに必死で愛機であるカメラのシャッターを切り続ける。




「(ああ…すごい!こんなにも素晴らしい光景を、自分のカメラに収めることができるなんて!こんな素敵な光景、一瞬たりとて逃すわけにはいかない!)」




この空間に配置されている、動画撮影用のカメラの邪魔にならないように、角度や向き、さらには二人の左右を行ったりきたりで、ポイントを変えながら、続けざまに理想的な花婿と花嫁を、この現実の光景として描き出している涼羽と志郎の二人にカメラのレンズを向けて、そのシャッターを切り続けている。








――――








「(ああ!今日はなんて幸せな日なんでしょう!こんなにも…こんなにも素敵な光景をカメラに収めることができるなんて!)」




バージンロードを二人で、即興ながらも非常に精巧に作り上げられた、教会の内部を再現したセットの祭壇まで歩くところを一通り撮影し終えると、今度は花嫁である涼羽を、まるで繊細な造りの宝物を扱うかのように、横抱きに抱え上げている志郎、という構図を撮影している光仁。




自分にとっての幸せな日常を、本当に素直に正直に、光仁の指示通りに思い浮かべ続けている涼羽は、その誰をも魅了してしまうであろう笑顔を、惜しげもなくここにいる全ての人間に披露し続けている。


そして、そんな親友の笑顔を見て、志郎もその幸せを分け与えてもらえているかのような感覚になり、同じように自然と笑顔が浮かんでくる。




そんな笑顔を向け合いながら、これから本当の伴侶として生きていくことを、神の前で宣言するかのような雰囲気の二人。


あくまでも、撮影のモデルとしての役作りとしてのものなのだが、まるで本当にそうであるかのような、本当にそうなってしまうかのような光景を描き出している。




本来ならば、人の目に触れることが苦手で、女装も苦手なため、その両方が揃っているこの状況ではひたすらに恥ずかしがってしまって、どうすることもできなくなってしまうはずの涼羽なのだが、よほど自分の幸せな日常や光景を思い浮かべることに集中できているのか、普段なら間違いなく出ているであろう、恥じらう様子などもまるで見せることなどなく、その笑顔を絶やすことなく撮影に取り組むことができている。


さらには、自分の顔を覗き込むかのように見つめて、それで幸せそうな笑顔を、目の前の親友である志郎が浮かべていることにさえ、本当に幸せを感じてしまっているため、今は完全にその幸せで嬉しいという気持ちが、恥ずかしさに勝っている状態だ。




「(はは…涼羽のやつ、本当に幸せそうな笑顔だな…男だって分かってんのに、めちゃくちゃに可愛いよな…まったく)」




そんな笑顔をずっと浮かべていて、しかもそれを自分に惜しげもなく向けてくれる涼羽があまりにも可愛くて、ついつい自分も笑顔になってしまっていることに自覚が出てくる志郎。


今は撮影の一環として、自分がその華奢で儚げな、羽のように軽い、ウエディングドレスに包まれた身体を横抱きにしている状態であり、それにより、否応なしに感じてしまう、涼羽のそのスレンダーなボディラインと抱き心地。




それらを感じることで、よりこの腕の中の儚げな存在を護ってあげたくなってしまう。


そんな思いが、それまでよりも少し、涼羽を抱きかかえる志郎の腕の力を強めてしまう。


特に何を意識してそれをやったわけではなく、本当に無意識に、そんな風になってしまっていた。




「はい!今度は一人ずつで撮って行きますので、一旦離れてください!」




そんなところに、次の光仁からの指示が入る。


ここからは、花婿と花嫁をそれぞれ単体で撮影していくことを含めて伝える光仁。




その指示にも、すぐさまに応えようと、志郎は抱きかかえていた涼羽の身体を、そっと壊れ物を扱うかのように下におろす。




「ふふ、ありがとう、志郎」


「!お、おう」




ずっとその幸せそうで、嬉しそうな笑顔を浮かべている涼羽から、さりげなくお礼の言葉を贈られ、一瞬戸惑いを見せながらも、反応を返す志郎。


普段の右半分が完全に隠れてしまっている髪型ではなく、真ん中で分けられてすっきりとしていて、その顔の全てが露になっている涼羽の顔。


しかも、この日は花嫁としてのメイクまで施されており、いつもの幼げな可愛らしさに、大人びた綺麗さが加わっていて、余計に女の子らしい顔立ちになってしまっている。




そんな顔で、そんなにも嬉しそうに、幸せそうに笑顔を浮かべられると、志郎は本当に涼羽が女の子で、見たまんまの理想が服を着ているかのような花嫁であると錯覚してしまいそうになる。




「さあ!まずは涼羽さんから撮っていきますね!」


「はい、分かりました」




自身の人生の中でも、涼羽と志郎は最高の被写体という認識になってしまっている光仁から、まずは涼羽を単体で撮影していくという旨の声があがってくる。


その声に、おっとりとしていて、優しげな声で反応する涼羽。




そして、志郎から離れて、光仁の指示通りに、指定の場所にその足を進めていく。


その場に着くと、そんな涼羽を待ち構えていたかのようにしていた女性スタッフの一人から、花嫁としてのアイテムである、ブーケを渡される。




そのブーケを、笑顔で受け取ると、涼羽は指示された通り、その笑顔を絶やすことなくブーケを両手で臍下丹田のあたりで抱きかかえるように持つと、その姿勢でじっと撮影されることを受け入れるかのように、モデルとしてたたずむ。




ブーケを手渡した女性スタッフは、あまりにも可愛くてあまりにも綺麗な花嫁姿の涼羽に、あんなにも素敵な笑顔を向けられたことで、思わずその顔を赤らめてしまっている。


そして、本当にあれが高校生の男の子なのかと思いながらも、もう自分のこの手で思いっきり可愛がってあげたい、などと思い始めてしまっている。




「(ああ!涼羽さんは本当に素敵で、最高の被写体です!こんな素晴らしいモデルに出会うことができたことに、僕は神に感謝しても仕切れないです!)」




まさにこの世に天使が舞い降りてきたと言っても過言ではないほどに、花嫁姿が様になっている涼羽を見て、光仁はずっと写真家としての自身の本能が、ひたすらにこの最高の被写体を撮影させろと、うなりをあげて暴れ狂っていることに自覚を持ち始めている。




しかし、だからといってそれを理性で抑え込む、などということをする選択肢など、今の光仁にあるはずもなく、むしろその本能の望むままに、目の前の最高のモデルである涼羽の、現実の光景の一コマ一コマを余すことなく撮影し続けようと、愛機のカメラを構えて、まるで昔のシューティングゲームの達人が得意とした連打を彷彿させるかのような勢いで、シャッターを切り始める。




にこにこと、ふんわりとしていて優しく、幸せそうな笑顔を浮かべたまま、正面を向いてじっとたたずんでいる涼羽を、光仁は一瞬たりとも逃さない、と言わんばかりに撮影し続ける。




正面、斜め、バストアップ、そして、本来は男子であるため、控えた方がいいであろう下のアングルからの顔の撮影までしてしまっている。


いくら涼羽の喉仏が、普通に見ても気づかれないほどに目立たないものであるとはいえ、加えて純白のレースをふんだんに使ったチョーカーを巻いているとはいえ、普段の光仁ならまずしないであろうことをしてしまっている。




それほどに、光仁は今、自分の目の前に舞い降りてきてくれた天使とも言うべき存在を撮影することしか頭にない様子で、ただただ、その自身の中で暴れ狂い続ける、写真家としての本能に全てを委ねてしまっている、ということなのだろう。




もう今の時点で、本番の撮影を始めてからの枚数が四桁に届いてしまっているにも関わらず、まだまだ足りないと言わんばかりに、撮影の手を休めることをしない光仁。


正確には、できないという状態となってしまっている。




「(ふふ…羽月や、かなちゃんや、香澄ちゃんや、保育園の子供達が、み~んな俺にべったりと甘えてくれてる…すっごく嬉しい…どうしたら、もっと喜んでくれるかな…幸せ…)」




当の撮影されている側の涼羽は、妹の羽月を始めとする、いつもいつも自分にべったりと甘えてくれる子供達が、いつものように自分にべったりと甘えてくる光景を思い浮かべている。


そして、そんな子達に、どうしたらもっと喜んでもらえるのかをただただ考えている。


それだけで、自分の中の幸福感が天井知らずに大きくなっていくのを感じる。


その幸福感が、誰の目をも惹く笑顔となって、その美少女顔に浮かんでくる。




そんな涼羽の笑顔に、周囲のスタッフ達はもうメロメロにされており、これが撮影の時でなければ、誰もが真っ先に涼羽のそばまで近づいて、思いっきり可愛がってしまっていたことだろう。


当然ながら、妹、羽月もそんな兄、涼羽の笑顔に、まるでその幸福感を与えてもらえているかのような感覚になって、同じように笑顔を浮かべている。


父、翔羽と、幸介や誠一も、その涼羽の笑顔に、もう今すぐにでもそばまでいって、めちゃくちゃに可愛がりたくなってしまっているのを、そばのスタッフ達に止められている。




まさに天使と言えるであろう、その笑顔と雰囲気で周囲の人間を魅了している、そんな涼羽の姿を、光仁は自身の中で暴れ狂う、写真家としての本能にその身を委ねながら、その現実に存在しているその光景の一コマ一コマを、思うが侭に撮影し続けるので、あった。

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