第180話 お兄ちゃん…お嫁さんに、なっちゃうの?…

「専務!お待たせしました!」


「おお、高宮君。待っていたよ」




涼羽が花嫁担当のスタッフルームで、志郎が花婿担当のスタッフルームでそれぞれ、誰の目をも惹いてしまうであろう理想の花嫁と花婿に仕上げられている最中、幸介から連絡をもらっていた翔羽が、その場に到着した。




そして、自身にとって今は戦友とも言える上司である幸介に、きっちりとした挨拶をする。


それを見て、幸介もにこやかにしながら、嬉しそうに出迎える。




「こ…こんばんは」




翔羽の背中に隠れるようについてきた羽月も、おどおどとしながらも、父の上司である幸介に挨拶をする。


羽月は幸介とは、あの慰労会の時の一度しか会っておらず、その時もずっと兄、涼羽にべったりとしていて、あまり接することがなかったため、いまいち馴染めないでいる状態のようだ。




今では、外でいろいろな人と接することが多くなった涼羽よりも、人見知りが強くなっているのかも知れない。




「おお!羽月ちゃん!こんばんは。いつ見ても可愛いね」




そんな羽月を見て、孫にデレデレの好々爺のような感じになってしまう幸介。


自身の母親である水月にそっくりな、幼さの色濃い、整った美少女顔に、非常に小柄で小動物のような印象で、とにかく周囲の庇護欲をくすぐらせる存在である羽月。




おどおどとしながら、父である翔羽の背中に隠れてしまうその仕草がまた可愛らしくて、よりその頬を緩めてしまう幸介。


幸介にとっては涼羽は実の孫にしたいくらい可愛いのはもちろんなのだが、その妹である羽月も、同じくらい可愛い存在と、なってしまっている。




「おお!高宮君!よく来てくれたね!」




幸介と翔羽、羽月の二人がそんなやりとりをしている最中、この会社の社長である誠一が翔羽の存在に気づいて、嬉しそうに歩み寄ってきて、弾むような声をかける。


誠一にとっては、慢性的な人材不足状態である自身の会社を、その類稀な管理能力と指揮能力、そして圧倒的な処理能力で常に助けてくれている翔羽は非常にありがたい存在であるため、会う時はいつも、このように親しみをこめて、まるで幸介のような親友に会う感じになってしまっている。




「丹波社長!いつもお世話になっております」




そんな誠一に声をかけられて、ぴしっとした挨拶を返す翔羽。


この日は服装こそは比較的ラフな格好ではあるのだが、それでも社会人として根付いた礼儀というものは、無意識のうちに発揮できているようだ。


むしろ、それを息をするかのごとく当然のようにこなしている翔羽だからこそ、その圧倒的な能力だけで評価されているわけではないのだと、誠一も、幸介も十分に理解している。




「いやいや、お世話になっているのはこちらの方だよ、高宮君。君がここに応援に来てくれるようになってからは、いつもウチの会社は本当に助かっているのだから」


「いえ、こちらに応援としてこさせて頂いている以上、しっかりと働くのは当然のことですから」


「ははは、相変わらず謙虚だね、君は。だが、それがまたいい」




いつもながらの謙虚な姿勢の翔羽に、ついつい笑顔になってしまう誠一。


あの圧倒的な能力を持ちながら、決してそれをひけらかすこともせず、驕ることもなく、ただただ、謙虚に自己を向上させようと邁進している翔羽の姿勢を、誠一は最も高く評価している。


あれほどの能力を持ちながら、未だ満足することなく、さらに上を目指そうとする、というのは、本当に禁欲的(ストイック)であり、そしてそれを自分のためではなく、他のために惜しみなく使ってくれるのだから、誠一はもちろんのこと、この会社の、翔羽と一緒に仕事をしたことのある人間は常に尊敬の念さえ、向けている。




「高宮さん!いつもいつもお世話になってます!」


「高宮さん!この間も、お忙しい中、こちらに応援に来てくださって、本当にありがとうございます!」


「高宮さん!またいろいろと、業務のことで教えてください!」




自社では常に部下のことを気にかけ、部下に無理のない仕事配分をしている翔羽。


その管理能力を遺憾なく発揮し、さらにはその人情味溢れる姿勢で常にここの人間に無理のないような作業の配分をしていることもあって、誰もが翔羽のことを慕っている。


そのため、翔羽の姿を見たここの社員達が、本当に嬉しそうに翔羽の元へとそそくさと寄ってくる。




「いえいえ、お世話になっているのはこちらですから」




そんな彼らの言葉に対し、少々苦笑いを浮かべながらも、翔羽は柔らかに対応する。


そんな対応がまたいいのか、社員達はますます笑顔で翔羽に接していくこととなる。




「ははは……ん?おや、君は?」


「!っ……」




そんな中、誠一が翔羽の背中でびくびくとしながら隠れようとしている羽月の存在に気づく。


そして、その小動物的な雰囲気と、その整った容姿による可愛らしさに目を細めながら、声をかけてみる。




誠一に声をかけられた羽月は、この日初めて会った、知らない大人にいきなり声をかけられたことで、びくりと萎縮してしまい、またしても翔羽の背後に隠れてしまう。


幼さの色濃い可愛らしさに満ち溢れた美少女である羽月のそんな様子に、誠一はついつい、その頬を緩めてしまっている。




「ああ、丹波社長…紹介させて頂きます。この子は、私の娘で、羽月といいます」


「!おお、高宮君の娘さんなのか、この子は」


「はい、そうです…ほら、羽月。みんなにご挨拶しような」


「う…うん…」




羽月に声をかける誠一を見て、羽月のことを紹介する翔羽。


その可愛い女の子が翔羽の娘だと分かり、ますますその頬が緩んでいく誠一。


普段からいろいろなことで世話になっており、親しみも深い人物の娘だと分かると、よりその可愛らしさも増してしまうのだろう。


それは他の社員達も同じようで、見ているだけで癒されるような、涼羽と同類の可愛らしさに満ち溢れている羽月が本当に可愛くて、ついついその頬を緩めてしまっている。




そんな周囲の人間に自己紹介をするように、羽月に促す翔羽。


そんな父の声に、おずおずとしながらも頷く羽月。




「…あ、あの…た、高宮 羽月…です…」




もともと人見知りの傾向があり、加えて男嫌いの傾向もある羽月なので、大人の男性にじろじろと見られているこの状況は、やはり怖気づいてしまう。


だが、今は父である翔羽がそばにいてくれているから、どうにかみんなの前に立って、自己紹介をすることができるようだ。




ただ、その自己紹介も非常におどおどとしていて、ようやくといった感じで自分の名前を告げられたと思ったら、すぐに父、翔羽の背中に隠れてしまう。


そして、翔羽の背中から少し顔を出して、周囲の様子を伺おうとする。




そんな仕草や雰囲気が、その容姿のこともあって非常に可愛らしく見えてしまい…


もう、ゆるゆるを通り越してデレデレとした感じで、誠一や幸介を含む周囲の人間は、羽月を見てしまっている。




「…いや~!可愛いね!君の娘さんは!」


「ははは…人見知りな娘でして…すみません」


「いやいや、こんなにも可愛い娘さんがいて、可愛くてたまらないのだろう?」


「はい、この子は本当に可愛くて、ついついべったりと可愛がってしまいます」




非常にご満悦な様子で、羽月のことを可愛いと言ってくる誠一に、恐縮だといわんばかりの雰囲気で、羽月の人見知りを苦笑いしながらも謝罪する翔羽。




しかし、手がかかるどころか、自分の方が面倒を見られているとさえ思ってしまう涼羽と比べると、羽月はその容姿相応に幼げな、手のかかるところが多々ある。


だが、それが、本当に生まれた時からそばにいてあげられなかった翔羽からすれば、まるでその頃からやり直すことができているかのような思いになることができる。


そのため、羽月の手のかかる部分なども、全て含めて可愛いと、愛していると断言できるほどに、翔羽は羽月のことを可愛らしく、愛おしく思っているのだ。




そして、羽月は本質的には甘えん坊なのだが、決して人に何かをしてもらうのが当たり前だとする子ではなく、できるところはちゃんと自分でやろうとは、する。


その範囲が、これまで兄である涼羽が過保護なほどに面倒を見てきたこともあって少ないのだが、それでもその範囲だけでもきちんとしようと、努力はするのだ。


羽月のそういうところもしっかりと見ているからこそ、翔羽は余計に羽月が可愛くて可愛くてたまらなく、長男である涼羽が父である自分に頼ったり甘えたりするどころか、自分にもできないことをしていろいろと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたりするからこそ、余計に羽月のそんな手のかかるところが愛おしく思えてしまう。




羽月としては、父、翔羽が兄、涼羽にないところである、『自分ができないことを、一緒にやりながら教えてくれる』ところが、本当に嬉しくて、楽しくてたまらないからこそ、兄、涼羽が一番でありながらも、そのすぐ次に来るほどに、父、翔羽のことが大好きで大好きでたまらない。


そうして、本当に少しずつではありながらも、これまでずっと自分の面倒を見てきてくれた兄、涼羽のことを手伝うことができるようになっていっていることが、羽月は嬉しくて、幸せを感じることができている。


それを少しずつでも、できるようにしてくれているから、父、翔羽のことも大好きなのだ。




「…しかし、我が社は本当に君に助けられてばかりだよ、本当に」


「!そんな…私の方がここの風土のことも含めて、いろいろと勉強させて頂いているくらいです」


「いやいや、今回なんか、この社運を賭けた一大プロジェクトの危機を、君のご子息に救ってもらうことになってしまってね…君ばかりでなく、君の子供にまで、と思うと…どれほど我が社にとって君はなくてはならない存在となっているのか、と思うばかりだよ」


「そんな風に言っていただけるとは…ありがとうございます」




同じ会社の人間ではないにも関わらず、翔羽がどれほどに自分の会社に貢献してくれているのかを、素直な言葉として翔羽に贈る誠一。


そんな誠一の言葉に、恐縮しながらも、素直に感謝の言葉を返す翔羽。


普段の関係こそは、一企業の代表と、一企業の社員なのだが、本当にそれだけではない、一対一の人間として本当に良好な関係を築くことができている、この二人なのである。




そんな二人のやりとりを見ていて、幸介も非常に嬉しそうな笑顔を浮かべている。




「しかし、私の息子が今回のプロジェクトのキーマンとなるとは…一体、どのような役割で、息子は何をするのでしょうか?」




いかに、どこに出しても恥ずかしくないと言えるほどにできた子供であるとはいえ、実際にはまだ現役の高校生であることに変わりはない涼羽。


その涼羽が、一企業の重要プロジェクトを左右するほどのことに関わるのだから、一体何をするのか、と思い、それをそのまま口に出す翔羽。




「ん?ああ…あの子には、プロジェクトの看板になる仕事を、お願いしているんだよ」


「?看板、ですか?」


「ああ、あの子には、このプロジェクトのイメージキャラクターとして、そのモデルに、なってもらうんだ」


「!りょ、涼羽が…私の息子が、ですか!?」




翔羽の何気ない言葉に対して、さらりとその事実を述べる誠一。


そんな誠一の言葉に、翔羽はさすがに驚きを隠せず、表情にも、声にもそれが表れてしまう。




引っ込み思案で、目立つことを非常に嫌う涼羽が、まさかそんなことをするだなんて…




まさに、父である翔羽のその時の思いとしては、それがそのまま当てはまることとなった。




「そうなんです!高宮さんの息子さんが、普通に見てもそうはいないほどの美少女で、可愛らしい容姿だなんて!」


「初めて見た時は、本当に女の子としか思えなかったので、本人が男だ、なんて言った時は、何の冗談なんだって、思っちゃいましたよ!」


「もうあんな子が、ウエディングドレスに身を包んで、綺麗に着飾って、天使のような理想の花嫁になってくれるなんて思うと、待ちきれなくて!」




その話題に乗っかるかのように、周囲の社員やスタッフ達が、その顔をだらしがないと言えるほどにデレデレと崩しながら、涼羽のことを嬉しそうに翔羽に話してくる。


どこからどう見ても、童顔で幼げな、清楚で儚い美少女にしか見えない涼羽のことが本当にお気に召したようで、男であると知りながらも、理想の花嫁になってくれるという確信しかない状態なので、ある。




「!え…じゃあ涼羽がするモデルって…」


「そうです!息子さん…涼羽君には、我が社のイメージとなる、『理想の花嫁』のモデルをしてもらうんです!」


「もう花嫁のメイク担当やスタイリストのみんなは、めちゃくちゃテンション上がってて、男の子だって言われてるのに、そんなの関係ない!と言わんばかりにやる気になってましたよ!」


「すでにいろいろなところで実績のあるスタッフ達ですから、ただでさえ目を惹く容姿のあの子が、彼女達の手にかかったら…一体どんな花嫁さんになるのか…もう見たくてたまりません!」




自分の息子が、まさか花嫁のモデルを…


それも、一企業の看板となる、イメージキャラクターとしてのモデルをすることになるだなんて、まるで思いもよらなかった翔羽。


涼羽のことは、その容姿のこともあるのだが、このプロジェクトの危機を救いに来てくれた、まさに救世主のような存在として、本当に純粋に好意と敬意を、抱いているスタッフ達。


そんなスタッフ達が、涼羽のことを嬉しそうに話すのを見て、呆気に取られてしまう翔羽だった。




「え…お兄ちゃん…お嫁さんに、なっちゃうの?…」




この世で最も愛していると断言できる、大好きで大好きでたまらない兄、涼羽が花嫁になる、と言うところを強調して聞かされることとなった羽月。


そんな羽月が、おそるおそると言った感じで、父である翔羽の背後から、その可愛らしさ満点の顔を覗かせるようにしながら、現在進行形で花嫁にされている兄のことを伺う言葉を、声にする。




「!羽月…」


「うわ~…この子も本当に可愛い~…うん、そうだよ!」


「お兄ちゃんね、本当に可愛くて綺麗なお嫁さんになるんだよ!」


「もう誰が見ても欲しくなっちゃうくらいの、すっごく綺麗で、すっごく可愛いお嫁さんに、なっちゃうからね~!」




そんな羽月が本当に可愛くて、ついつい頬を緩ませながら、嬉しそうに涼羽が理想の花嫁としてのモデルになることを話すスタッフ達。


羽月の容姿が本当に幼げで可愛らしいこともあり、ついつい幼子に語りかけるような口調になってしまっている。




「…や…」


「ん?」


「…お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんなんだもん…」


「え?」


「…お兄ちゃんは、わたしだけのお兄ちゃんなんだから…だから、お兄ちゃんは、わたしだけのお嫁さんに、なるんだもん…」




単純に、涼羽が理想のお嫁さんになる、というところだけを強調して聞かされてしまった羽月。


だから、涼羽が本当に誰かのお嫁さんになってしまうと思ってしまい、ついつい、兄、涼羽は自分だけのものであり、自分だけのお嫁さんになる、などと言ってしまう。


しかし、それも父の背に隠れながら、おどおどとした口調で儚くつぶやくような感じになっている。


だが、その独占欲と、お兄ちゃん大好きな想いが非常に強く現れており、羽月がどれほどに兄である涼羽のことが大好きで大好きでたまらないのかが、周囲の人間に嫌と言うほどに伝わってくる。




「…な、なにこの子!めっちゃ可愛い~!」


「…あ~んもお!お兄ちゃんの涼羽君も可愛いけど、妹のこの子も可愛い~!」


「…もお!兄妹揃って天使みたいに可愛い~!」


「…こんなにもお兄ちゃん大好きな妹だなんて!見てて本当に可愛い~!」




そんな羽月のことが本当に可愛すぎるのか、周囲の女性スタッフ達はもう、身悶えしてしまうほどの状態になっている。


そして、父の背に隠れたままの羽月のそばまでそそくさと寄っていくと、びくりとしてしまう羽月の頭を優しく撫で始める。




「羽月ちゃんだっけ~?もう本当に可愛い~!」


「うふふ、お兄ちゃん本当に可愛い可愛いお嫁さんになっちゃうからね~!」


「だから、お兄ちゃんのこと、羽月ちゃんがもらってあげないとね!」




もう頭を撫でているだけではおさまらなくなっているのか、半ば強引に羽月を自分達の元へ引き寄せると、ぎゅうっと、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめるかのように、羽月のことを抱きしめてしまう。




「うわ~、お兄ちゃんの涼羽君も可愛いし、妹ちゃんの羽月ちゃんもめっちゃ可愛いな~」


「あの兄妹が二人揃ってるとこ、めっちゃ見てみたいよな~」




女性陣にもみくちゃにされている羽月を見て、男性陣はそんな羽月と、兄である涼羽が一緒にいるところを見てみたくなってしまう。




そんな羽月の愛されっぷりを、父である翔羽は苦笑いしながら…


幸介と誠一は頬を緩めながら、見守っているので、あった。

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