第179話 わたし達…本当にすごいの、作っちゃったよね?

「…うん…多分こうなるかな~…とは思ってたけど…」


「…それにしても、すごいわよね」


「…わたし、これでも自分には自信ある方なんだけど…」


「…すごいわね、これは…」




花嫁担当のスタッフルームの中、嬉々として涼羽にメイクをほどこしていた先程までとはうって変わって、何かに打ちのめされたかのような声をあげているスタッフの女性達。




「うう………」




その彼女達の視界に映っているのは、涙目になりながら、懸命にその華奢な身体を覆い隠そうと、その華奢な両腕で抱きしめている涼羽の姿。




人をメイクして、美しくすることを生業としているメイキャッパーのその腕を遺憾なく発揮して、普段の童顔がなりを潜めるくらいにまで、大人びた印象を加えられたその顔は、もう耳の方はもちろんのこと、首のあたりまで真っ赤に染まってしまっている。


そして、そうするのが当然であると言わんばかりに、無遠慮に向けられた視線に対して、自身の視線を逸らしてしまっている。




なぜなら、今の涼羽はこの日着ていた衣類は全て脱いでしまっており、代わりに女性用の下着である、純白のレースの入った高級感溢れる、ストラップレスのブラと、お揃いのデザインとなるショーツのみの状態となっているからだ。




しかも、ブラには涼羽の肌の色に合わせた、精巧な造りのパットが入っており、本来ならばありえないはずの、女性としての象徴となる胸が、割と大きめなサイズで自己主張するかのように隆起している。


母性的で優しい、本当に女子力に満ち溢れている涼羽の胸に、まるで違和感なくそのふくらみがフィットしてしまっており、それがまた、スタッフである彼女達の視線を我が物にし、驚きを誘っている。




さすがにショーツの方には、涼羽が男であることを象徴するふくらみが、その中に納まる程度に自己主張しているのだが、それでもあまりにも自然で、それでいて女性として綺麗なラインを形作っているため、やはりどこからどう見ても男の身体には見えない状態となっている。


加えて、その女性として理想的な脚線美もあり、もうどこからどう見ても、綺麗さと可愛さが絶妙のバランスで共存できている、本当に理想的な美少女にしか見えない、今の涼羽なのである。




「…ねえ、涼羽ちゃん」


「うう…な、なんですか?…」


「…涼羽ちゃんって、本当に男の子なの?」


「!お、男ですよ…」


「…いや、だってこれ…」


「…確かにもんまりとはしてるんだけど…でも…」


「…これ、世の女の子から見たら…」


「…どこからどう見ても、綺麗になりたい女の子の理想にしか、見えないわ…」


「!そ、そんなこと…」




偶然にも、今は亡き母である水月と同じサイズとなっている、女性らしさと母性を象徴するその胸。


加えて、すとんとまっすぐになっているのではなく、綺麗なくびれがあるその腰。


さらには、少し小さめではあるものの、丸みを帯びて柔らかなそのヒップライン。




それら一つ一つが、スタイリストとして美を追求する彼女達の目から見ても、女性としての理想像として映っているのだから。


しかも、その理想像として、恥じらいに頬を染めながら立ち尽くしているのが、高校三年生の男子だというのだから。




一体、何の冗談なんだ、という心境に彼女達が陥ってしまっても、無理のないものと、なってしまっている涼羽なのである。




「うう…そ、そんなにじろじろ…見ないで…ください…」




そして、彼女達の驚きに間の抜けた表情から向けられる、無遠慮な視線に、自らが溶かされてしまいそうな激しい羞恥をずっと感じさせられてしまっている涼羽。


目立つこと、注目を浴びること、じっと見られることが本当に苦手であるため、どうしても、こんな反応が飛び出してしまう。




ましてや、今は着ていたものを全て脱がされ、女性用の下着のみとなっている状態なのだ。


根っからの清楚で、貞淑で、恥ずかしがりやな涼羽が、そんな状態で人の、ましてや異性の視線に晒されている状況で、平常でいられるはずなど、ないのだから。




「…わ~…なんていうか…」


「…わたし達…本当にすごいの、作っちゃったよね?」


「…しかも、これで男の子だなんて…」


「…恥ずかしがってる顔とか仕草とか…何から何まで可愛すぎ…」




女性の美を追求する彼女達が、その手で作り上げてしまったもの。


確かに、女性としての理想像と言っても過言ではないほどに、素晴らしいものだと、いえる。




だが、その素材となる人物が、今年で十八歳となる、大人の仲間入りを目前に迎えている男の子だということに、さすがに驚きと戸惑いを隠せない状態と、なってしまっている。


そのことに、なんだかいけないことをしてしまったかのような、妙な背徳感を感じてしまっている彼女達。


ましてや、当のモデル本人である涼羽が、本当に恥ずかしそうにしながら、儚い抵抗の姿を見せていることもあって、なおさらそんな背徳感のようなものを強く感じることと、なってしまっている。




「ううう……恥ずかしい……」




儚い抵抗も空しく、今、同じ空間にいる彼女達の視線を独り占めすることとなってしまっている涼羽は、その視線にもうどうしようもないほどの恥ずかしさを感じさせられ、その目を潤ませながら、必死になって、背筋はもちろんのこと、その華奢で儚げな全身を襲う、ぞくぞくとした感覚に耐えようとしている。




自らを締め付ける感覚を与えてくる、女性ものの下着に、生まれたままのその身を包んでいるだけのその姿。


同性に見られても、恥ずかしすぎてたまらないその姿を、ましてや異性に見られていることが、涼羽の恥ずかしさを際限なく、どこまでも膨れ上がらせていく。




女性として理想的な身体つきとなっており、清楚な雰囲気はそのままでありながらも、妙な色香を感じさせるその姿。


そんな涼羽の姿に、花嫁担当スタッフの女性達も、思わず生唾を飲み込んでしまう。




「…ああ~!もうだめ!」


「…涼羽ちゃんったら、ほんとに可愛すぎ!」


「…なんだか、見てるだけでほんとにいけない気持ちになってきちゃう!」


「…こんな可愛くて、色気のある女の子なんて、そうそういないもの!」




もうすでに、目の前にいる、無理やり女性ものの下着に身を包まされることとなった、恥ずかしがりやな男の娘である涼羽のことが、男なのか女なのかが、定かではなくなっていっている彼女達。


むしろ、自分達と同じ女の子だという認識の方が強くなっていっている。




なのに、本来ならば同性に対して、感じてはいけないはずの、いけない気持ち。


そんな気持ちが、芽生えつつある。




もうこれ以上、いろいろな意味で目に毒な、涼羽のその姿を目の当たりにしていることに妙な危機感を覚え、そそくさと次の段階に入ろうと、完全に固まっていたその身体を再起動させ、行動に移り始める。




「さあ!可愛い可愛い涼羽ちゃん!」


「お姉さん達が、もう男なら誰もが欲しくなっちゃうような…」


「もう女なら誰もがなりたくなっちゃうような、そんなお嫁さんに、してあげる!」


「むしろ、お姉さん達がもう、涼羽ちゃんのことお嫁さんにしたくなっちゃってるんだから!」




必死になって、その露になっている艶やかで綺麗な肌に注がれる視線、そして、際限なく膨れ上がる恥ずかしさに耐え続ける涼羽に対して、もうその頬をゆるゆるに緩ませながら、いよいよドレスの着付けに入ることとなる。




まるで精巧に作られた、自分の理想の着せ替え人形にそうするかのように、恥ずかしがりながらも抵抗らしい抵抗すらできなくなっている涼羽に、女の子なら誰もが憧れるであろう、生涯に一度のその衣装を、わいわいとはしゃぎながら着せていく、彼女達なのであった。








――――








「おお~…すごいね、これは」


「服着てる時は、本当に細い感じだったんだけど…」


「実際、細いことは細いんだけど、がっしりとして、本当にアスリートって感じだね」


「鷺宮君…だっけ?君、これ相当に鍛えてるでしょ?」




ところ変わって、今度は花婿専用のスタッフルーム。


ここでは、その上半身を露にしている志郎に対し、担当のスタッフ達が、その細いながらにとことんまで鍛え上げられたその肉体に、感嘆の声をあげている。




しかも、ただ筋肉を膨らませてがちがちに鍛え上げているのではなく、しなやかで柔軟性が高く、本当に無駄がないと言えるもの。


モデルとしても相当に映えるであろうその志郎の肉体を見て、相当に鍛え上げられているであろうことも、容易に想像がつくようだ。




「そうですね。基本的にトレーニングは欠かさないようにしてます」




担当スタッフのちょっとした問いかけに、変に口ごもることなどなくさらりと答える志郎。


無闇に喧嘩などして、人を傷つけることのなくなった今でも、その身体をまるでいじめ抜くかのように鍛え上げ続けている。




ほっそりとした印象だが、胸板はしっかりとした厚みを持っており、胸から腰にかけて見事な逆三角形のラインを作り上げている。


腰のあたりもスリムな感じで、本当に無駄がなく、それでいてしっかりと割れている腹筋。




長身で顔も小さく頭身も高いため、磨けば本当にモデルとして絶対に成功するであろう原石なのである。




スポーツジムに行って、専用の機器で鍛え上げるのではなく、本当に己の身と、身近にあるものだけで鍛え上げているので、本当にしなやかで無駄のない、見栄えのする体型になっている志郎の身体。


これまで、担当スタッフの彼らが見てきたモデル達と比べても、見劣りするどころかこれほどのものには出会ったことがない、とまで言えるほどに見栄えのするものであり、そんなモデルとして理想的な肉体を持つ志郎を、これから自分達が理想的な花婿にできることに、言いようのない楽しみを覚えてしまっている。




「いや~、トレーニングを欠かさない、って程度の鍛え方じゃないでしょ、これ」


「もうね、一年三百六十五日、とことんまで身体いじめ抜かないと無理、って言えるくらい鍛え抜かれた身体だよね、これ」


「おまけに背高くて頭身高いし、顔立ちも整ってるし」


「お兄さん達、君くらい見栄えのいいモデルさんに出会ったのなんて、本当に数えるくらいしかないよ。いや、これマジでね」




やはり美を追求する職業についていることもあり、自らもその身体を鍛えて、見栄えのいいものにする努力を惜しまない彼ら。


その彼らから見ても、志郎の身体は並のアスリートなどおよびもしないほどに鍛え上げられていることが、分かってしまう。




ここまで鍛え上げられているにも関わらず、決してその均整を失わず、ましてや整った顔立ちに長身、頭身の高さ、日本人離れした長い脚など、見ていて溜息が出てしまうくらいなのだ。




そんな志郎ほど見栄えのいいモデルなど、本当に彼らにしても数えるほどしか会ったことがなく、素直な称賛としてそれを、志郎にそのまま伝えるスタッフの一人。




「え?そ、そうなんですか?」




そんなスタッフ総意とも言えるその言葉に、本当に驚いたという表情を浮かべ、そんな声をあげてしまう志郎。


これまでの人生の大半を喧嘩に捧げてきた、殺伐とした生き方だったため、一般的なおしゃれなどに疎く、自分の容姿に関してもあまり自覚がない。


最近はその人懐っこさで、学校でも多くの友達が出来ているのだが、それはあくまで、涼羽のような可愛らしさではなく、単に話していて楽しいか、というものだと、志郎自身は思っているからだ。




実際には、女子からはその容姿のおかげで結構な人気を誇れるようにはなっているのだが、基本的に男子とのやりとりが多く、恋愛の対象として意識してしまうと、どうしても積極的に話しかけることができないという初心な女子が多いのと、普段から涼羽のところに行って、嬉しそうに他愛もない話をしたりすることが多く、そうなると積極的な女子でも声をかけるのをためらってしまうため、志郎がその容姿を意識できる機会というのは、必然的にない状態なのである。




そんな志郎からすれば、今ここで言われた、自分の容姿に対する称賛の言葉などは本当に意外なものであり、どうしてもこんな反応になってしまうのは、仕方のないことだと言える。


ましてや、見せることを生業としているモデル達と比べても、そのモデルを多く見てきた彼らから見れば志郎は本当に数えるくらいのレベルで整っている、などというのだから、その驚きもまたひとしおなのである。




「あ~…君は自分の容姿に自覚がないタイプか~…」


「そういうの…よく分からないです…」


「こんだけ整った容姿なんだから、女の子から言い寄られたりすることも多いんじゃないの?」


「…確かに、たまに女子が話しかけてきたりはしますけど…でも、それも必要な会話だけで、なんか遠くから見てるだけ、ってのが多いらしいです」


「?らしい?」


「なんか、俺とよくしゃべったりする男友達が、そういうのをよく見かけるって言ってて…なんか、そんな風に俺を見る女子の目が、よく分からないんですけど…ほうっと溜息をついてたり、とか…」


「…あ~…じゃあやっぱりモテモテなんだね」


「え?そうなんですか?」


「そうそう、女子が遠目からそんな風に男見てるってことは、その男に気があるってことだよ」


「…マジですか…」


「でも君、高校生だろ?彼女とか、欲しくなったりしないの?」


「…今は、とにかく自分を向上させていくことしか頭になくて…なんか、彼女と、っていうのが全然イメージ沸かなくて…」


「うわ、今時珍しいくらいのストイック発言」


「だからこんな風に身体も表情も引き締まってるし、浮ついた感じもないわけか」




志郎の反応を見て、自分の容姿に自覚がないタイプだということを悟るスタッフ達。


そんな志郎に、女子からの反応について聞いてみるが、志郎自身がそれに対する自覚がなく、自分以外の男子が、周囲で自分を見つめる女子を見かける、といった程度のものでしかない、という言葉が返って来る。




しかし、それを聞いただけでも、スタッフ達からすれば、志郎がかなりのレベルで異性の目を惹く男子だと分かってしまう。


だからこそ、彼女が欲しくないのか、と聞いてしまうのだが、今、自身を向上させることしか頭にない志郎からすれば、そういうことは全然イメージが沸かない、という発言しか返ってこなかった。




「…そうですかね…俺よりも、涼羽の方がよっぽど…」


「え?…あ、あ~…さっきの話聞いてたら、確かに凄いよね」


「あの子、そんなに凄い子だったんだって思ったくらいだし」


「そうなんですよ。あいつ、本当に凄いやつなんすよ。俺よりもずっと前に進んでて、なのに全然その歩みを止めることを知らなくて…」




ふと、志郎がぽつりとその名前を出したことで、話題が涼羽のことになっていく。


先程、幸介が話していたことを思い出し、涼羽に対する認識が本当に凄い子だというものになっているスタッフ達。


そんなスタッフ達の反応が嬉しいのか、自分でも無自覚に、それまでの控えめだった表情と雰囲気が嘘のように嬉々として、子供のように嬉しそうな表情で涼羽のことを語りだす志郎。




「(…あ~…なるほど…)」


「(他の女の子は、いつもこんな表情を見せられてるわけだ…)」


「(男の娘のこと話すのに、こんな表情してるんだもんな…)」


「(まあ、あの子ならこんな表情になっても仕方ないっちゃ、仕方ないんだけどな…)」




そんな志郎を見て、志郎の周囲の女子がなかなか志郎に話しかけられない一番の理由を理解してしまうスタッフ達。


確かに、本物の女の子から見ても溜息が出るであろうほどの美少女な容姿の涼羽のことを、こんな表情で話したり、本人としゃべったりしてたら、ある種の誤解を生んでしまっても仕方がない。


志郎本人としては、涼羽はあくまで男として親友であり、決して女子として見るようなことはないのだが、周囲はそうはいかないのだから。




「…よし!今日はもう、思う存分楽しませてもらうぞ!」


「君のこと、女子なら誰もが欲しくなるような花婿にしてやるからな!」


「こんだけの素材持ってんだから、絶対になれるなれる!」


「俺らの腕、とくと見せてやるからな!」




そんな無自覚な雰囲気で、異性に対してバリアをはってしまっている感のある志郎が不憫に思えてきたのか、元々うなぎ上りだったモチベーションが、さらに漲ってくるのを感じるスタッフ達。




目の前に、これだけ自分達のやる気をそそる素材がいるのだから、この素材を女子ならば誰もが言い寄ってきたくなるくらいのものにしてやる。


まさに、そんな気構えになったのだ。




涼羽のことを話す志郎のように、子供のように楽しそうな嬉々とした表情で、志郎にそんな宣言をしながら、そそくさと作業に取り掛かるスタッフ達。




そんな彼らに、驚きの様子を見せながらも、やはり一つのスキルを生業としている人間は違うんだな、と、おおいに感心し、尊敬の念すら向ける志郎なので、あった。

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