第156話 涼羽…お前は本当にすげえ奴だよ…

「…でさ、そんなことがあってよ~」


「そうなんだ、大変だったでしょ?志郎?」


「まあな…でも、それなりに面白かったけどな」


「そっか、それならよかったね」




休日も終わり、週明けの月曜日。


誰もが少し憂鬱になってしまう、週の初めの曜日。


だが、このクラスではそんな様子はまるでなく、誰もが終始充実していて、楽しそうな雰囲気に満ち溢れている。




その雰囲気を構成している中心となっているのが、今となってはすっかりこの学校のアイドル的存在となってしまっている、高宮 涼羽。


以前までは、研ぎ澄まされた真剣を突きつけるかのような、緊張感に満ち溢れた雰囲気を晒しだしていたのだが、今となってはそれがまるで嘘のように、周囲にいる人間をほうっとさせるやすらぎと穏やかさに満ち溢れており、そのためか、常にこのクラスは穏やかで楽しげな雰囲気に満ち溢れている。




それは、別のクラスの生徒であり、今となっては涼羽の親友と言って憚らない鷺宮 志郎にとっても同じであり、こうして涼羽と他愛もない話をしにくるのももはや日常茶飯事となっている。




特にその健気さ、優しさ、穏やかさに加え、どこからどう見ても可愛らしさに満ち溢れている容姿と雰囲気。


加えて、今年十八歳となる男子とは思えないほどの草食動物的な、異性に対しての欲望とは無縁な、女子に対してのやりとり。




それゆえに、むしろ女子達の方が、涼羽に積極的に絡んでくることが当たり前になってしまっており…


女子達も、涼羽のことを本当に女子であると認識してしまっているかのような節まである。




当然、今こうして志郎と他愛もない、それでいて楽しそうなやりとりをしている涼羽を、そのそばでとろけるような笑顔で見守っている。


もう、どんな涼羽も可愛くて可愛くてたまらず、どんな涼羽を見ていても癒されるし、幸せな気持ちになれてしまう、と公言してしまっているのだから、こうしてそばにいて、涼羽の仕草や表情などを眺めたりするのはもはや日常茶飯事となってしまっている。




「でよ~、うちの孤児院のガキどもがやたらわんぱくでよ~」


「あはは、志郎のところの子達も、俺のアルバイト先の子達と同じくらいの年代だよね?」


「そうなんだよ…それも、涼羽んとこみてえないい子ちゃんじゃなくて、とにかく俺を困らせることを楽しんでるかのようなところまであってな…ったく、毎日が面倒ごとばっかりだぜ」


「ふふ、それって、みんな志郎に懐いてて、志郎に構って欲しくてたまらないんだと思うよ?」


「そうかあ?ただ、俺が困ってんのを見て楽しんでるだけだと思うけどなあ…」


「志郎って、よっぽどその子達にとって、いいお兄ちゃんしてるんだと思うよ?」




かつて、志郎の父親代わりとなっていた、志郎の家となっている孤児院の院長。


その院長が理不尽な出来事が理由で亡くなってしまったこともあり、一時は存続そのものが危ぶまれていたのだが…


その孤児院の存続のために立ち上がってくれた人物が、いた。




その人物というのが、実は涼羽のアルバイト先である秋月保育園の園長である、秋月 祥吾その人なのである。




祥吾には、自分と同じように子供が大好きで、子供に関わる仕事をしたい、という人間のネットワークが非常に多く、さらには自分と同じように保育園など、幼い子供達のためになる仕事に携わっている人間との関わりが非常に多くある。




理不尽な出来事で志半ばにして亡くなってしまった院長のためにも…


そこに残されてしまった、行き場のない子供達のためにも…


どうにかしようと、自分が持てる人脈をフルに使って、片っ端から相談し、どうにかなるようにと模索していったのだ。




自身が経営する保育園の業務もありながら、どうにかしてあの孤児院を存続させたい、という…


ただそれだけの想いで、必死に動き回って、いろいろな人に頭を下げて…


そうして、どうにかその孤児院を継続して運営できる人間が、出てきたのだ。




人を見る目に関しては、本当に確かなものを持っており、さらには自身も本当に人格者として、多くの人に信頼され、慕われている祥吾。


その祥吾の熱い想い、そして願いを聞かされて、祥吾のことを信頼している人間がすぐに動き始め…


周囲から見れば、本当に驚くほどの早さで、後任の院長が決まり、そして、この件に関わった全ての人間の支援もあって、安定した運営に至るまで、そう時間がかかることはなかった。




ただ、この頃の志郎はどうしようもないほどに荒れ果てており、孤児院にいることの方が少なかったため、自分にとっては父である院長のためにここまでしてくれた、祥吾を始めとする多くの支援者の存在を知ることがなく…


そのことを、つい最近知ることとなったのだ。




まさか、親友である涼羽のアルバイト先の園長であり、自身も一度会ったことのあるあの人が、自分がいる孤児院のためにそこまでしてくれていたなんて…


そのことを知った志郎は、その日のうちにその足で祥吾の下へと向かい、人生で初めてと言えるほどに心の底からの感謝の思いを、祥吾に伝えることとなった。




そして、祥吾から他にもこの件で関わって、ずっと孤児院を支援してくれた人間のことを聞き出し…


すぐさま、その人間一人ひとりにも自らその足で動いて、その感謝の思いを伝えに行った。




ずっと破滅の道を歩んでいたところを、親友である涼羽に救われ、さらには、その涼羽がアルバイトをしている先の責任者にも、ずっと前から自身の家である孤児院を救ってもらっていた。




こんな自分をこんなにも助けてくれる人がいるんだ、ということが本当に嬉しくてたまらなくて…


志郎は、今後は自身が孤児院を経営していくことを決意する。


そして、自分のような境遇の人間を受け入れ、助けていけるような人間になっていこうと、日々、その目標に向かって、努力していっている。




そのためなのか、どことなくいたずら坊主な雰囲気を残しながらも、どことなく真っ直ぐで真摯な雰囲気を見せるようになってきており…


周囲からも、より関わりやすく、それでいて魅力的な人物と、なっていっている。




涼羽も、そんな志郎を見ていて本当に嬉しそうな、幸せそうな表情が自然と浮かぶようになっていて、いつも志郎が孤児院での出来事を話してくれるのを、非常に興味津々で楽しそうに聞いている。




「いや、でもやっぱお前はすげえわ」


「え?何が?」


「だってよ、秋月先生はお前があそこで働くようになってからは、あそこの子供達が本当にいい子になってってるて、常に言ってるからな?」


「!え…そ、そうなの?」


「おうよ、最近俺も秋月先生に相談しに、ちょくちょくあそこに行くけどよ…あそこの子供達、みんなお前のその性格や雰囲気がそのまま移っているんじゃねえか?って思えるくらい、いい雰囲気になってるからな」


「そ、そうなんだ…」


「おまけに、お前あそこで保育だけじゃなくて、給食の仕込みも手伝ったり、建物の中全部掃除したり、しかも、事務で使うパソコン関連まで使いやすくしたり、分からないことに対応したりとか…秋月先生だけじゃなくて、他の職員さん達まで、お前がいてくれるおかげで、自分達は本当に楽させてもらえてるって、ずっと言ってるんだからよ」


「え、だって、そうなってくれたら、俺本当に嬉しいって思ってるから…」


「…は~…こんなの聞かされたら、俺、本当にまだまだだって思えてな…お前みてえなすげえのが親友だなんてすっげえありがてえのと、俺、まだまだ全然足りねえって思うのがいつもあるんだよ」


「お、俺、そんなすごくなんか…」




志郎は、今となっては孤児院の運営のことにも積極的に関わるようになっており、その件で、現在の院長はもちろんのこと、この孤児院を救ってくれた存在である秋月 祥吾のところにも自ら出向いて、いろいろなことを相談したりするようになっている。




祥吾の方も、そんな志郎を見ていて本当に嬉しく思っており、志郎の姿を見る度に嬉しそうに目を細め、その相談内容を聞かされる度に、志郎が一つ一つ前に進んでいっていることを実感している。




何より、自分にとっては可愛い子供のように思っている涼羽の一番の親友ということもあり…


この二人がこんなにも仲良くしていることも、本当に嬉しく思っている。




志郎がそうして、祥吾のところに相談しに行く度に、涼羽がどれほどに秋月保育園に貢献してくれているのか、どれほどに子供達にいい影響を与えてくれているのか、というのを、祥吾はついつい話したりしているのだ。




祥吾としても、その持ち前の人を見る目が、この子は絶対にうちの保育園でなくてはならない人になる、という確信めいたものを感じ取ったからこそ、涼羽にアルバイトをお願いしたのだが…


それでも、自分の期待を遥かに上回る貢献度を、日々見せてくれている涼羽に、日々驚きを隠せないのと同時に、言葉には表せないほどの感謝の念を、抱いている。




そんな涼羽のことを聞かされる度に、志郎は自分の親友がそこまですごい人間なんだと思えるのと同時に、自分は全然足りない、という思いも感じてしまう。




とても同い年とは思えないほどに。




だから、ついついそんな涼羽が羨ましくなってしまうこともあり、ついついそれが言葉となって現れてしまったりすることが、最近増えてきているのだ。




志郎のそんな言葉を聞かされて、常に自己評価が低い涼羽は、当然ながら困ったような表情になってしまい、どうしても自分はそんなに凄くない、という思いが、言葉となって表れてしまうのだが。




「はあ…いいか?涼羽?」


「え?な、何?」


「これはお前がどう思ってるかなんて関係なく言うけどな…お前は、本当にすげえ奴なんだよ」


「え?」


「だってよ、腕っ節しか取り得のない俺と違って、お前は成績も優秀だし、できることも多いし、何より、いつだって周りの人間を嬉しそうな、幸せそうな表情にしてるじゃねえか」


「そ、そうかな?…」


「しかもお前は、何においても努力を怠らないしさ…俺、これからお前のようになろうと思ったら、俺、お前の何倍、いや、何十倍も努力しなきゃなんねえって、そう思ってるからよ」


「…志郎…」


「だから、俺の言ってることで居心地が悪くなったりしてるんだったら、そんな風にとらえねえでくれよ?」


「え?」


「俺、秋月先生もそうなんだけど、お前っていう目標があるおかげで、毎日努力すんのが本当に充実して、楽しくてさ」


「………」


「秋月先生とお前が、ずっと先に進んでくれてるから、俺もそれに追いつきたくて、並んで進みたくて、めっちゃ頑張れるんだからよ」


「志郎…」


「だから涼羽には、ずっと俺の目標でいて欲しいんだよ…お前がそうして俺にとっての目標でいてくれるおかげで、俺は今まで目も向けなかったことを頑張ることができるんだからさ」




涼羽のことを羨む気持ちはあるのだが、それ以上にこんなすごい人間が自分の目標となって自分のそばにいてくれている、ということを、常に有難く思っている志郎。




その自慢の腕っ節においても、結局はそれだけだと自分を戒め、今まで自分の腕っ節を磨く以外に何もしてこなかった志郎が、本当にそれ以外のことに取り組んでいくことができるのも、祥吾と涼羽のおかげであると、素直に言葉にすることができている。




そして、そうして努力して取り組んで、これまでと違う自分になれていっていることに、本当に楽しみと喜びを感じることが出来ている志郎。


その自分を、その行動と結果で引っ張ってくれている二人の存在が、本当に有難くてたまらない、と、常にそう思っている。




そんなにも素直に、真っ直ぐに自分の目標に向かっていっている志郎。


そんな志郎が、自分のことをそんな風に言ってくれているのが、本当に照れくさくも、嬉しくてたまらなくなってくる涼羽。




「…ありがとう、志郎。俺のこと、そんな風に思ってくれて」


「!な、何言ってんだよ、涼羽…」


「でも、俺も志郎と一緒だよ?」


「?え?」


「俺も、園長先生とか、うちのお父さんとか、本当に凄いと思える人がいて…そんな凄い人に追いつけたらって…ずっと思いながら頑張ってるから」


「!!…」


「志郎のことだって…志郎は、俺にはないいいもの、いっぱい持ってるもの」


「!え?そ、そうなのか?」


「だって、志郎はこんな風に誰とでも気さくにお話できるじゃない。俺、人見知りだから、そういうことできないから」


「!!…」


「それに、孤児院の子供達も、志郎が本当に好きで懐いてるから、そんな風にしちゃうと思うし…俺は、たまたま来てくれる子達が本当にいい子に恵まれてるだけだと思うから…」


「そ、そんなことは…」


「ううん、だって、志郎は自分と同じ境遇の子供達を相手にしてるんだよ?俺は、普通に両親のいる子達しか相手にしたことないもの」


「りょ、涼羽…」


「そんな子達が、そんな風に明るく楽しくしてくれてるって、本当に志郎がその子達のために接してあげてるってことでしょ?それって、凄いことだと思うんだ」


「………」


「だから、志郎が俺のこと、そう思ってくれてるのと同じで、俺も志郎のこと凄いって、いっつも思ってるからね」


「涼羽…」




ひとしきり、自分の思っていることを告げた志郎に、ぽつりぽつりと返ってくる涼羽の言葉。




涼羽自身も、自分と同じように目標とする人物に追いつけるように、日々努力をしていっているということ…


そして、その対象に、志郎も含まれているということ…




そんなことを、ぽつりぽつりと優しい笑顔で話してくる涼羽。




そんな涼羽の言葉が、まるで砂が水を吸うかのようにじんと心に染み渡っていく。


そんな涼羽の言葉が、本当に有難く思えてたまらなくなってくる。




志郎が、いつもいつも涼羽に対して思っていること――――








――――俺は、こいつの親友になれて、本当によかった――――








それが、この時も溢れんばかりに出てきそうになる。




二人のやりとりを見て、話を聞いていた女子達は、その心温まるやりとりに思わず、涙を流している者までいる。


こんなにも、本当に親友と言えるような関係を構築することができている涼羽と志郎が、本当にまぶしく見えてしまう。




いつもいつも仲がよく、常に互いを思いあっている二人の関係が、本当に羨ましく思えてしまう。




志郎自身も、涼羽の自分を認めてくれる言葉に、思わず目頭が熱くなってしまう。


そのくらい、大切な親友が言ってくれる言葉が、嬉しくて嬉しくてたまらない。




「…なあ、涼羽」


「?なあに?志郎?」


「…俺、本当にお前が親友でいてくれて、よかったよ」


「…俺もだよ、志郎」


「!涼羽…」


「ふふ、いつも志郎が俺のところに来てくれて、いつも楽しくて、面白い話してくれて…だから志郎が親友でよかったって、いつも思ってるから」


「~~~~~~~……」




なんでここでそんな優しい笑顔で、そんなことを言うんだよ。


ちょっとでも気を抜いたら、溢れかえってくるじゃねえか。




今の志郎の思いは、まさにそんな状態となってしまっており…


こみ上げてくる感動が、形となって零れ落ちないようにするので、必死の状態となってしまっている。




いきなり顔を伏せて、言葉を発さなくなってしまった志郎を見て、ついついきょとんとした表情になってしまう涼羽。




そんな涼羽を見て、周囲の生徒達は、本当に癒されるかのような思いに浸ることと、なるのであった。

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