第155話 みんな俺によくしてくれて…本当に嬉しいな…

「や~!!りょうおねえちゃんとさよなら、や~!!」


「かなちゃん…」


「りょうおねえちゃんはかなだけのおねえちゃんなの~!!」




夕食も終わり、その後の片付けも涼羽、香奈、水蓮、永蓮の四人で仲良く楽しく終えることができ…


もう外は完全に暗くなってしまっている。




もう涼羽も帰らなくてはならない時間になってしまって、そのことを涼羽がぽろっと言葉にした途端…


それまでこの世の幸せを独り占めしているかのような幸せ絶頂の表情だった香奈が、一転してまるでこの世の終わりを迎えてしまったかのような表情になってしまう。




そして、その大きくくりくりとした、可愛らしい目にいっぱいの涙を浮かべながら、水蓮に着せられた女子学生の制服から、この日着てきた普段着に着替えた涼羽の胸にべったりと抱きついて、わんわんと泣きながら必死に涼羽のことを引き止めようとする。




もう香奈にとっては涼羽は、いてくれて当然で、いなくてはならない大切な存在であり、大好きで大好きでたまらないお姉ちゃんであるため、こうなってしまうのも当然といえば当然なのである。




「涼羽ちゃんはあたしだけの可愛い弟兼妹なんだから、ここにいなきゃだめ~!!」


「す…水蓮…お姉ちゃん…」


「お姉ちゃん、涼羽ちゃんのことこんなにも大好きなのに~!!」




そして、そんな香奈と同じようなレベルで泣き喚きながら、水蓮までもが涼羽にべったりと抱きついて涼羽のことを必死に自分の家に引き止めようとする。




大人と女性としての魅力に満ち溢れ、周囲からの人気も高い水蓮の、こんなにも誰かにご執心な姿。




しかも、その魅力的な美人が、自分の娘である幼い香奈と同じように、子供っぽく泣き喚いて駄々をこねるその姿は、結構なギャップがあり、それが妙な可愛らしさを生んでしまっている。




まあ、見る人が見ればドン引きするかも知れないが。




そんな二人に、涼羽は困った微笑みしか浮かべることができず、一体どうしようか、と思いながらも…


香奈はもちろんのこと、自分よりも年上の大人である水蓮までもが妙に可愛らしく思えて、二人の頭を優しくなでながら、なだめようとしている状態ではある。




そんな涼羽の甘やかしが心地良いのか、もっともっとと言わんばかりにべったりと抱きついて、ますます涼羽のことを離せなくなってしまう水蓮と香奈の母娘なのだが。




「ほら、二人とも。涼羽ちゃんが困ってるじゃない」




そんな状況を見かねて、永蓮が娘である水蓮と、孫娘である香奈をたしなめるように声をかける。


さすがにこの中では一番の年長者だけあって、落ち着きある雰囲気に見える。




だが、内心では永蓮も涼羽が帰ってしまうことに非常に抵抗感を覚えてしまっており、香奈や水蓮がこんな状態でなければ、自分が真っ先にこうなっていたであろうという確信を、持ってしまっていた。




それでも、無闇に駄々を捏ねて、涼羽を困らせてしまうことの方が心苦しいと思っているため、二人と同じようにしてしまうことのないように、と、振舞っている。




「だ、だってだって、りょうおねえちゃんが…」


「だ、だってだって、涼羽ちゃんが…」




母娘揃って全く同じリアクションになっていることに、思わず吹き出しそうになってしまう永蓮。


そこに、非常に困った様子の涼羽がいることもあって、余計にそうなってしまう。




そして、本当に涼羽が愛される存在だということを改めて実感させられることとなってしまう。




「そんな風に駄々を捏ねて、涼羽ちゃん困らせちゃって…」


「りょうおねえちゃんとさよなら、や~なの~!!」


「涼羽ちゃんより年上の水蓮まで、娘の香奈とおんなじになっちゃって…」


「涼羽ちゃんがいなくなっちゃうなんて、嫌なの~!!」




よほど自分達のそばに涼羽にいて欲しいのだろう。


水蓮も、香奈も、もうとにかく涼羽にべったりと抱きついて、離そうという素振りすら見せることがない。




本当なら永蓮も、そんな風に涼羽のことを離すまい、とべったりと抱きついてしまいそうになっているのだが…


涼羽には、涼羽の居場所があり、涼羽の帰りを待っている家族がいる。


そして、涼羽はこれから、自身に関わるであろう人間と触れ合い、その中で相手に本当に幸せを感じさせていくであろう、そんな存在だと思っている。




だからこそ、自分達だけのわがままで、そんな涼羽を縛り付けてあげたくはない。


そんな涼羽だからこそ、これからもっと、多くの人達と関わりを持って欲しい。


そして、その人達を自分達のように幸せに導いて欲しい。




そんな想いが、永蓮の中で芽生えているからこそ、名残惜しさと寂しさに満ち溢れてしまっているのをこらえて、涼羽のことを解放して、家に帰してあげたいと、思っているのだ。




「香奈」


「?おばあちゃん?」




穏やかな笑顔ではあるものの、真剣な雰囲気が見え隠れしている永蓮の、孫娘を呼ぶ声。


そんな声が耳に届いたことで、涼羽の胸にべったりと顔を埋めていた香奈も、思わず永蓮の方を振り返ってしまう。




「だめよ、そんな風に涼羽ちゃんを困らせたら」


「で…でも…」


「涼羽ちゃんはね、香奈のこと本当に好きだから。香奈が嫌いで、お家に帰るとかじゃ、ないのよ」


「え?」


「涼羽ちゃんのお家もね、香奈みたいに涼羽ちゃんのことがだあ~い好きな家族がいるの」


「………」


「もし香奈が、誰か知らない人に涼羽ちゃんのこと独り占めされたら、どお?」


「!そんなの、や!りょうおねえちゃんとられるなんて、や!」


「そう…そうよね。でも、今香奈がしてることって、その香奈が嫌って思ってることと、同じじゃない?」


「!…はう…」


「その香奈が今してることって、涼羽ちゃんの家族が嫌って思ったり、することじゃない?」


「………」


「どお?香奈?」


「…そうなの…」


「ふふ…やっぱり香奈はいい子ね。じゃあ、後は分かる…わね?」


「…はいなの…」




本当に優しく、それでいてきちんと言い聞かせる口調の永蓮の言葉に、香奈も思うところがあったのか…


しぶしぶとしながらも、あれほどぐずって涼羽にべったりと抱きついていたのが嘘のように、ぱっと離れて、涼羽の足元に降り立つ。




「いい子ね…香奈」




そんな聞き分けのいい香奈が本当に可愛らしく思えて、優しい笑顔で、香奈の頭をなでる永蓮。


この日一日で、本当に香奈がお利口さんになってくれて、永蓮としては、そのきっかけを作ってくれた涼羽には、感謝の思いしかない。




「りょうおねえちゃん…」


「?なあに?」


「…また、かなのおうちに、きてくれる?…」




本当に名残惜しそうにしながらも、しっかりと涼羽とさよならしようとする香奈。


そして、次もまた、来てほしいと、本心からのお願いを言葉にする。




そんな香奈が本当に可愛くて、優しい笑顔が自然と浮かんでくる涼羽。




「…うん。かなちゃん大好きだから、また来るね」


「!ほんと!?」


「うん、ほんと」


「わ~い!りょうおねえちゃん、ゆびきり!ゆびきり!」


「ふふ…うん、約束だね」


「えへへ!ゆ~びき~りげ~んま~ん、うそついたらはりせんぼん、の~ます♪ゆびきった♪」


「ふふ、ゆびきった♪」




こんなにも可愛らしく、自分を求めてくれる香奈が可愛いから、また会いたいと思える涼羽。


そんな涼羽の言葉が本当に嬉しくて、約束の指きりまで求めてくる香奈。




そんな香奈に目線を合わせるかのように身をかがめて、本当に楽しそうに幸せそうに、指きりを交わす香奈と涼羽。


そんな二人のやりとりも、永蓮が見ていて本当に心温まり、思わず抱きしめてしまいたくなるほどに可愛らしいものと、なっている。




「ふふ…ほら、水蓮も…ね?」


「…うん…」




まだ四歳の幼子である香奈が、最後にはこんなにも聞き分けよくしてくれているのを見て、水蓮もさすがに今の自分がみっともない、という自覚が芽生えてくる。




そんな水蓮の様子もしっかりと見ていた永蓮が、水蓮にそっと、それを促すかのような言葉を音にする。


そして、そんな母、永蓮の声に、水蓮も素直に頷く。




「…涼羽ちゃん」


「?は、はい?」


「…今度は、あたしにもお料理、教えてね?」


「え?」


「…また、涼羽ちゃんとこんな風に遊んだり、お料理したり、しようね?」




娘同様に、本当に名残惜しそうにしながらも、涼羽に次の約束を促す水蓮。


大人びた美人な容姿でありながら、こんな風にしおらしく、それでいて子供のように可愛らしくおねだりをするような水蓮が、なんだか可愛らしく思えてしまい、また、笑顔が浮かんでくる涼羽。




「ふふ…分かりました」


「!ほんと?」


「次は一緒にお料理、しましょうね?」


「うふふ!だから涼羽ちゃん大好きなの!」




誰の目をも惹いてしまうような、涼羽の眩いばかりの笑顔と言葉。


そのおかげで、しおらしかった水蓮の顔にも、笑顔が浮かんでくる。




水蓮の場合、学校でも会えるのだから、別にいいのではないか、とは思うのだが…


やはり、学校で会うのと、こうしてプライベートで会うのとは、違うものとなるらしい。




「じゃあ、僕もう行きますね」


「ええ、今日は本当にありがとうね、涼羽ちゃん」


「いえ、僕の方こそ、本当にありがとうございます」


「何を言ってるの、今日は私達、一日本当に幸せで、本当に楽しかったわ」




にこやかとした笑顔を浮かべたまま、自宅の方へと足を向ける涼羽。


その涼羽に、本当に感謝の思いで言葉を贈る永蓮。




永蓮の言葉に、逆にお礼の言葉を返す涼羽に対し、本当に幸せで、本当に楽しかった、と伝える永蓮。


その幸福感に満ち溢れた笑顔が、その想いを表している。




「涼羽ちゃん、また一緒に遊ぼうね!」


「りょうおねえちゃん、またかなとあそんでね!」




そして、水蓮と香奈の二人も、今から涼羽とまたこんな風にできるのが楽しみでたまらないのか…


本当に楽しそうな笑顔を浮かべながら、涼羽に次を促すような言葉をかける。




「ふふ、また今度、一緒にお料理しましょうね」




そんな二人の笑顔が嬉しいのか、涼羽も笑顔で、二人の言葉に応える。




そして、水神家の女性陣三人に見送られながら、涼羽はその場を後にした。






――――








「ふふ…おばあちゃんがあんな風に喜んでくれて…水蓮先生も、かなちゃんも、あんな風に喜んでくれて、本当によかった」




水神家のあるマンションを後にし、ゆっくりと歩きながら自宅を目指していく涼羽。


その合間に、この日水神家であったことを思い出し、そして、永蓮、水蓮、香奈の三人があんなにも喜んでくれたことが本当に嬉しくて、ついついその童顔で可愛らしい美少女顔に、嬉しそうな笑顔が浮かんでくる。




もうすっかり日が沈んでしまって、暗くなっており、もともと人通りが少ない自宅への帰り道。


辺りには誰も歩いておらず、文字通り人っ子一人いない状況と、なっている。




そんな道をただ一人、笑顔を浮かべながら歩き続ける涼羽。


そんな涼羽を誰かが見ていたとしたら、まず間違いなくその笑顔に目を惹かれて、足を止めているだろう、ということが確信できるものとなっている。




涼羽にとって、香奈は本当に妹のような存在であり、甘えん坊でありながらも、ちゃんと聞き分けのいい、本当にお利口な子供ということもあって、ますます可愛くて可愛くてたまらなくなってしまっている。


だから、香奈と会うことは、涼羽にとっても嬉しく、楽しいことであり…


保育園での保育士というアルバイトをしている涼羽にとっては、何だか香奈が自分のしたことで喜んでくれるのが本当に嬉しくてたまらない。




自分にこんなにも可愛らしく甘えて、懐いてくれる香奈。


そんな香奈だからこそ、もっともっと可愛がって、甘えさせてあげたい。


その上で、自分が知っているいろんなことを教えてあげたい。




水蓮はちょっと意地悪なところもあるけど、それが自分に対して本当に愛情を注いでくれて、可愛がってくれているということが分かってしまうので、嫌な感情を持つことなどなく、むしろ本当に有難いと思えてしまう。


それに、香奈と同じようなレベルで、こんなにも自分に懐いてくれているようなところもあり、そんな水蓮が何だか可愛らしく思えたりもしてしまうため、ついつい年上の女性であるにも関わらず、香奈のような幼子みたいに扱ってしまうこともある。




永蓮が言うように、涼羽がしてくれることがきっかけで、周囲に本当にいい影響が出てくる。


この日は、香奈と水蓮に、まさにそれが出ていた。




涼羽のおかげで、香奈が料理のお手伝いをすることができ、それを通して料理を教わることができた。


涼羽のおかげで、あんなにも家ではズボラな水蓮が、自分から家事のお手伝いに取り組むようになってきた。




涼羽からすれば、それは嬉しいことではあるが、そんなに大したことではない、普通のことだと思ってしまうのだが…


永蓮からすれば、それは自分が本当に望んでいた光景であり、そして、ずっと叶わなかった光景であるのだ。




だからこそ、永蓮は涼羽が周囲にどれほどにいい影響をもたらしてくれるのかを、知ることが出来た。


だからこそ、そんな涼羽を自分達のわがままで束縛するのは、非常にもったいないことであり、涼羽本人にとってもよくないことだと、思うことが出来た。


だからこそ、涼羽の家族が本当に涼羽を求めていることが容易に想像できてしまい、いつまでも自分達が涼羽を拘束していると、涼羽のことが大好きな家族が、本当の意味で寂しがってしまうだろう、ということが嫌と言うほどに分かってしまった。




別にこの日で終わり、というわけではない。


むしろ、涼羽からも次のことを口にしてくれたからこそ、永蓮だけは素直に涼羽のことを帰してあげる意識になることができたのだ。




そして、そこまで自分のことを大切に思ってくれる永蓮が、本当に大好きな涼羽。


まるで、本当の祖母のように、自分のことを可愛がってくれる永蓮。


その愛情表現が恥ずかしくなることが多々あるのだが、それでも、それよりも喜びの方が大きくなっている。




「お婆ちゃんも、水蓮先生も、かなちゃんも、本当に俺によくしてくれて…本当に嬉しいな…」




何だか、自分にもう一つの家族ができたかのような気持ちになってしまう。


それも、自分の本来の家族である高宮家と同じくらいに、自分を愛して、求めてくれる家族。




そんな家族なら、本当にみんなの喜ぶ顔が見たくなってしまう。


本当に、みんなの喜ぶことをしたくなってしまう。




涼羽がそんな風に想いでも、行いでもそれを表してしまうからこそ、水神家のみんなもこれでもかと言うほどに涼羽のことを愛してあげたくなってしまう。




この日、永蓮に教えてもらえた料理に関すること、そして、水神家のみんなにもらえた、自分に対する愛情。




それらを自分の中にしっかりと受け止めながら、涼羽はその足で父、翔羽と妹、羽月の待つ自宅へと、足を進めていった。

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