第112話 たまには、一緒に外食にしないか?

「で、涼羽」


「な、なあに?お父さん?」


「いったい、何の用事で、わざわざここまで来たんだ?」




自身が属している会社のエントランスにて展開されている、親子三人の仲睦まじいやりとり。


ひたすらに父、翔羽は最愛の息子、涼羽と最愛の娘、羽月をぎゅうっと抱きしめ…


羽月は羽月で、ひたすらに最愛の兄、涼羽にべったりと抱きついて離れようとせず…


そんな二人に、思う存分可愛がられて、さらにはその様子をこの会社の受付嬢二人にじっと見られて…


ただただ、ひたすらに恥らっている涼羽。




ひとしきり、可愛すぎる息子を可愛がって落ち着いてきたのか…


ここで、ようやく涼羽と羽月がわざわざ自分の会社まで来た理由を問う。




ただ、その問いかけをしている時も、二人の子供をぎゅっと抱きしめ…


その整った造りの顔をだらしないほどに緩ませている状態ではあるのだが。




「あ、ああ…はい、これ」




そんな父にたじたじになりながらも…


ここに来た目的を果たすために、父に、自身が持ってきたバッグの中にある…


自分が作った、父の弁当の包みを、差し出すのだった。




「?お?」




その包みを目の当たりにした翔羽は、なんでこれがそこにある?と言わんばかりの…


分かりやすいほどの疑問符をその表情に浮かべて…


そのまま、きょとんとしてしまっている。




「もう…お父さん、せっかく作ったお弁当、忘れていったでしょ」


「そうだよ、お父さん。せっかくお兄ちゃんが作ってくれたお弁当なのに」




そんな父を見て、可笑しそうに笑いながら…


その包みを忘れていった父を責めるかのような言葉を放つ涼羽と羽月。




ただ、あくまで責めている感じなのは言葉だけで…


二人とも、表情や口調にはまるでそんな感じがないのだが。




「うわ~…マジか…俺、せっかく涼羽が作ってくれた弁当、忘れてたのか」


「今日、珍しく二度寝しちゃってたからね、お父さん」


「ハハ…休日出勤なんて、本当に久しぶりだったからな…つい二度寝しちゃってな」


「で、二回目に起こしにいって、慌てて出て行っちゃったから、朝ごはんも食べてなかったし」


「ハハハ…すまんな、涼羽」


「だめだよ、お父さん。ちゃんと食べないと、身体に悪いよ?」




自分のことを心配して、可愛らしく怒ってくれる最愛の息子、涼羽。




そんな涼羽の姿が、今は亡き妻、水月と重なって見えてしまう翔羽。


水月が生きていた時にも、こんなことがあったな、と思い…


しみじみと、その思い出に浸ってしまう。




そんな水月も可愛くて、愛おしくて…


怒られているにも関わらず、べったりと抱きついてしまっていたのだが。




抱きつかれた水月の方も、口調こそ怒ってはいるものの…


その顔は、最愛の夫に抱きしめられて、ゆるゆるに緩んで、非常に嬉しそうな顔になってしまっていた。




今、その相手が妻から息子になっているとはいえ…


その妻に瓜二つと言えるほどそっくりな容姿の涼羽にそんなことをされると…




「ごめんな~、涼羽~」




かつての妻と同じように、ついつい、改めてぎゅうっと抱きしめてしまうのだ。




「!ちょ、お父さん!」




そんな父の行為に、口調がきつくなってしまい…


離してほしい、と言わんばかりに身じろいで抵抗する涼羽。




そんな涼羽の抵抗も可愛いのか、余計に力をこめて息子を抱きしめてしまう父、翔羽。




「俺は本当にバカだ~、こ~んなに可愛い息子が作ってくれた弁当を忘れるなんて~」


「お父さん、そんなことよりも、離して…」


「な~、お前にあんな風に怒られて、本当にだめなお父さんだよ、俺」


「だ、だから離してってば…」


「あ~、ごめんな~、涼羽~」




涼羽が作ってくれた弁当を忘れてしまったことで、ひたすらに涼羽に謝る翔羽。


ただ、口調とそのデレデレとしただらしない顔からは、とても悪いとは思っていないように見えてしまうが。




口では離してほしい、といいながらも、結局は強い抵抗に出られず…


ただ、ちょっと身じろぐ程度で、思い切ったことができない涼羽。




そんな涼羽がますます可愛く見えてしまい…


よりぎゅうっと抱きしめて、思う存分涼羽自身を堪能していく父、翔羽。




「もう…ほら、朝ごはんも食べてないんだし、もうすぐお昼なんだから!」




そして、半ば押し付けるように父に弁当の包みを渡して…


どうにか、父の愛情からくる拘束から逃れる涼羽。




「それ食べて、昼からもお仕事、頑張って。お父さん」


「そうだよ、お父さん。頑張ってね」




そして、優しい笑顔で父にしっかりとお昼を食べるように促す涼羽。


その涼羽に合わせるように、父に励ましの言葉を贈る羽月。




もう、目に入れても痛くないと豪語できるほどに可愛い二人の子供からそんな風に言われては…


普段、この会社でしか翔羽と会わない人間には絶対に見られないような…


非常にだらしなく、嬉しそうな顔をしてしまっている翔羽。




「わ~…あの部長があんなにだらしない顔するなんて…」


「よっぽど、あの子供ちゃん達が可愛くて可愛くてたまらないのね~」




そんな、普段からは想像もつかないような顔をしてしまっている翔羽を見て…


二人の受付嬢は驚きを隠せない。




しかし、だからといってそれで翔羽に対して幻滅などすることなく…


むしろ、それだけ子煩悩で、子供を大事にしているということが垣間見えて…


なぜか、彼女達の中でより評価が上がってしまっている状態となっている。




「それにしても、あんな風にお弁当作ってくれて、あんな風にお父さんのこと心配してくれるなんて…」


「それに、すっごく可愛らしくて、どう見ても中学生くらいの美少女にしか見えないなんて…」


「あの息子ちゃん、本当に可愛くていい子よね~」


「娘ちゃんの方も、お兄ちゃん?大好きでずっとべったりしてて、本当に可愛いわ~」


「あんな子供達がいてくれる家庭って…」


「すっごく幸せそう~」




そして、本当の奥さんみたいに、父親のことを心配して…


わざわざ、職場にまで忘れた弁当を持ってきてくれて…


しかも、男の子とは思えないほどに可愛らしい美少女な容姿で…




彼女達から見ても、本当に本当に可愛らしく…


翔羽があんな風になってしまうのも無理はない、と思えてしまう。


そう思えるほどに可愛い息子である涼羽。




そして、その涼羽にべったりとくっついて、ひたすらにお兄ちゃん大好き!な想いに満ち溢れていて…


幼さの色濃い、本当にちっちゃくて可愛らしい娘である羽月。




あんな二人が、家で自分の帰りを待ってくれているなんて。


あんな二人を、家に帰ったら思う存分に可愛がってあげられるなんて。




そう思うと、コブ付きであることなど、まるでマイナス評価になどならず…


むしろ、より翔羽と結ばれたい、などと思ってしまう…




あの三人の中に、自分も家族として加わったら、本当に幸せになれそう…


もう、本当にそんな感じしかしない。




そんな未来図を思い描いては妄想してしまい…


こちらもだらしなく、その整っている美人顔を緩ませて…


ただただ、可愛らしいやりとりを繰り広げている三人をじっと見つめる彼女達。




「じゃあ、お父さん。お弁当渡せたから、俺、帰るね」


「うん!わたしも帰るね!」




そんな二つの温かい眼差しが見守る中…


用は済ませた、ということで、自宅に帰ろうとする涼羽と羽月。




「え?もう帰るのか?」


「だって、お弁当は渡せたんだから、もういても仕方ないでしょ?」




最愛の子供達が家に帰る、ということで、あからさまに寂しそうな表情を見せる翔羽。


そんな父に苦笑いしながらも、もう用はないから、と告げる涼羽。




もう昼休憩も始まっていることもあり…


自分達がいると、父がいつまでも昼食を始められない、という涼羽の思いもあって…


早く、妹である羽月と一緒に、自宅に帰ろうとしたのだ。




「お兄ちゃん!わたし、早く帰ってお兄ちゃんのご飯食べたい!」


「はいはい」




特に羽月は兄、涼羽の手作りが食べたくてたまらない様子で…


早く帰ろうと、せかすように兄の腕をぎゅっと抱きしめ、そのまま帰ろうとする。




そんな妹に少々あきれ気味な感じの涼羽だが…


それでも、表情そのものは穏やかで優しい笑顔ではある。




やはり、妹である羽月のことは、可愛くて可愛くてたまらないようだ。


特に、自分の手作りを本当においしそうに食べてくれるその姿を見てるだけで、自分も本当に幸せな思いに浸ることができるからだ。




そんな風に仲睦まじい、自分の子供達が帰ろうとしているのを…


あからさまに寂しい、と言わんばかりの表情で見ている父、翔羽。




「わ~…部長ったら、あんなあからさまに寂しそうな顔しちゃってるわ~」


「なんか…普段なら絶対に見れないあんな部長の顔…見てたらちょっと可愛く思えちゃう」




そんな背中に哀愁漂う翔羽の姿を見て…


受付嬢達は、普段なら絶対に見られないであろうそんな姿に、ちょっと可愛らしさを感じてしまっている。




「りょ、涼羽!それと、羽月!」




今の自分に視線を向けている受付嬢達にそんな風に思われていることなど、まるで気づくこともなく…


せっかく最愛のわが子達がここまで来てくれたのだから…


もっと一緒にいたい、という思いから、二人を呼び止める声が、発せられる。




「?なあに、お父さん?」




そんな父の声に二人とも立ち止まり…


妹である羽月にべったりとされたまま…


その可愛らしさ満点の笑顔を惜しげもなく振りまきながら…


涼羽は、父の方に振り返る。




「せ、せっかくここまで来たんだ!どうせなら、お前達もここで昼飯にしたらどうだ?」




子煩悩で、わが子大好きなお父さんである翔羽の、必死さが丸出しになっているその提案。


よほどわが子と離れたくないのだろう。




その様子には、仕事の時ですら見せることのない必死さが、前面に思いっきり出てしまっている。




「え?ここで?」




いきなりと言えばいきなりな父の提案に、思わずきょとんした顔を見せてしまう涼羽。




「え~…お兄ちゃんの手作りがいい~」




兄と二人っきりで、兄の手作り料理を食べたいと思っていた羽月からは、翔羽のそんな提案に思わずブーイングの声が出てしまう。




そんな娘の声に、翔羽の方から、思わず苦虫を噛み潰したかのような声が漏れ出てしまう。




「たまには外食もいいだろう、な?ここの食堂はかなりレベルが高くて、しかも値段も割とリーズナブルだしな」




娘のブーイングに若干精神的ダメージを受けながらも、めげずに子供達との食事をあきらめない翔羽。


そんな父の言葉に、羽月はますます膨れた顔をしてしまうが…




「…そうだね、たまにはいいかな」


「!?お、お兄ちゃん?」


「!おお、そうか!」




ここの食堂のレベルが高い、というその言葉に…


一家庭の台所を預かっている料理人としての好奇心をくすぐられたのか…




あっさりと、父の提案に乗ろうとする涼羽。




そんな兄、涼羽に羽月は思わず驚きの声を上げてしまい…


父、翔羽はそんな息子の声に、ぱあっとした笑顔を見せる。




「いつもいつも俺の手料理ばっかりだから、たまにはそういうのもいいかもね」




実際、涼羽が台所を預かって、しっかりと料理をこなしていることで…


家族で外食に行く、ということがまるでないこの高宮家。




ゆえに、涼羽自身、一時期からは自分以外の人間が作った料理を食べることがなくなっており…


たまには、自分の作ったものの味と比較する、という意味合いで…


こういう、外食に行く機会も持ちたいと考え始めていたのだ。




そうすることで、もっと自分の料理もレパートリーが増えるだろうし…


もっと味付けや盛り付けなど、料理のことを勉強できると、思っていたその矢先に…


父、翔羽からのこの提案。




それは、今の涼羽にとってはまさに渡りに船。




大手企業の上層部に位置する管理職である父の収入も多いことで、家庭の金銭事情は、一般の平均よりは上と言える状況であり…


さらには、自分自身でもアルバイトを始めたこともあり…


それもあって、こういう外食の機会も持ってみよう、と、思っていた。




そして、それが今、ちょうどいい機会で実現することとなるのだ。




「え~、なんで~?帰ろうよ~」




そんな兄の思いなど分かるはずもない妹、羽月。


どうしても兄と二人っきりになりたいらしく…


心底、帰りたくてたまらない様子で、兄の腕をぐいぐいと引っ張ろうとする。




「たまには、外食とかもして、もっと料理の勉強したいと思ってたから…」


「え?」


「ほら、そしたら、お父さんや羽月にもっとおいしい料理、作ってあげられるからさ」


「!お兄ちゃん…」


「!涼羽…」




どこまでも家族思いな涼羽の言葉に…


妹、羽月も、父、翔羽も…


本当に嬉しくてたまらない、といった表情が浮かんでくる。




「だから、お父さん。今から一緒に食堂に行こうよ」


「ああ、一緒に昼飯にしようか」


「うん。羽月も一緒に、たまには外食にしてみよ?」


「…うん」




大好きで大好きでたまらない兄からそんな風に言われては、これ以上嫌だといえるはずもなく…


むしろ、自分達のためにもっと料理の勉強をしたい、なんていう兄のことがもっともっと好きになってしまう羽月。




翔羽も、そんな可愛いことを言ってくれる最愛の息子、涼羽のそんな言葉に…


本当に幸せそうな笑顔が浮かんでくる。




父、翔羽が単身赴任から帰ってきてから初めてとなる、親子三人での外食。




その温かなやりとりを二人の受付嬢が見守る中…


父である翔羽の先導のもと、親子三人で、社内の食堂に向かうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る