第98話 あっちいって!!

「え~…なんでわたしが~…」




食事を終え、今から涼羽が後片付けに入ろうとするところ。


そのタイミングで、自分にべったりと甘えて離れようとしない香澄。




さすがに、こんな風にべったりとさせたままで洗い物に取り組むのは危ないと思い…


その香澄の世話を、妹である羽月にお願いしているところなのだ。




「そんなこと言わないで…ね?羽月…」




だが、羽月にとって香澄は、自分の大好きな兄を横取りしようとしている…


いわば、敵のような存在。




食事中も、ずっと大好きで大好きでたまらない兄にべったりと甘えて…


さらには、あ~んもいっぱいしてもらっていた香澄。




本当なら、自分がそうしてほしかったのに…


この最愛の兄の愛情は、自分だけのものなのに…




なのに、それを全部持っていかれたような気がして…


そんな香澄には、どうしてもいい感情を向けることができないでいる羽月。




自分でも子供っぽすぎるとは、思ってはしまうのだが…


やはり、兄への想いと天秤にかけるとなると、どうしても気に入らない、という思いの方が勝ってしまう。




羽月自身は気づいてはいないが…


香澄は、羽月と同じ境遇の子供であることもあり…


そのうえ、同じ人間に母親としての愛情を求めている状態。




それが、その一点が、まるで磁石の同極のような反発の心を生んでしまう。




今この状況では、羽月は本当に…


後から生まれてきた子供に、自分の大好きな母親をとられてしまっている。




まさに、そんな心境なのだ。




それだけでも気に食わない思いでいっぱいなのに…


さらには、その気に食わない存在の面倒を見てくれ、だなんて。




頭では、こんなのよくない、とは分かってはいても…


どうしても、感情がいうことを聞いてくれない。




「香澄ちゃん、お…姉ちゃん今からお片づけしてくるから…こっちの羽月お姉ちゃんと遊んでてくれる?」


「あい!わかった!」


「ふふ、香澄ちゃんはいい子だね」


「えへへ~♪」




さすがにこれ以上の時間は惜しいと思ったのか…


半ば強引な形で、羽月に香澄を預けるように仕向ける涼羽。




自分のことを『お姉ちゃん』と呼ぶことに非常に抵抗感を感じてしまい…


どうしても、その部分がぎこちない口調となってしまってはいるが。




そんな涼羽の言うことを、素直に聞いてくれる香澄が可愛くて…


ついつい、頭を撫でてしまう。




香澄の方も、そんな涼羽のなでなでが嬉しくて…


本当に天使のように愛らしい笑顔を、惜しげもなく見せてくる。




「!お、お兄ちゃん…」


「羽月…ちょっとの間だけだから…ね?」


「…む~~~~~…」




本当に申し訳なさそうに、頭を下げてまでお願いしてくる涼羽に、それ以上は何も言えなくなってしまう羽月。


それでも、どうしても反発心の方が強く…


せっかくの美少女顔には勿体無いほどの、不機嫌な表情が浮かんでしまっている。




そんな羽月を尻目に、涼羽はテキパキと片付けを始め…


五人分の食器を全て運び終えたら、そのままキッチンで洗い物を始める。




「はじゅきおねえたん♪」


「!!……」


「あしょぼ?」




そんな羽月のところに、羽月とはまるで対照的な笑顔を浮かべて…


とことこと、羽月のところに近寄ってくる香澄。




そして、その小さな手でくいくいと、羽月の服の裾を引っ張ってくる。




涼羽ならば、こんな可愛らしい仕草を見せられた時点で…


目一杯の母性と慈愛を向けて、思う存分可愛がってしまうのだが…




香澄のことを敵として認識してしまっている今の羽月には…


それは、完全に逆効果となってしまっている。




まるで、こんな幼い子供の方が聞き分けがよくて、自分の方が駄々をこねている…


そんな図式になってしまっているのも、羽月の神経を逆撫でしてしまうこととなる。




理屈では、分かっている。


この香澄が、意図してそんな、自分のとっての意地悪をしてるわけではないということなど。




でも、それでも。


どうしても、自分にとって大好きで大好きでたまらない兄をとられてしまっている、というその一点。




それが、どうしても羽月の負の感情を大きくしてしまう。




「あしょぼ?」




一向に反応のない羽月に対し、半ばおねだりをするかのような香澄。


その可愛らしい、庇護欲を誘う笑顔を、じっと羽月に向けながら。




ずっと甘える側で、ひたすらに兄の愛情を独り占めしてきた羽月に…


いきなり香澄のような幼い子供の面倒を見ることなど、できるはずもなく…




さらには、ここまでで大きく膨れ上がってしまっている悪感情も手伝って…




「…や…」


「?」




溜まりに溜まったフラストレーションが、もう抑えの利かないところまできてしまい…


とうとう、その引き金を引くこととなってしまう。








「……あっちいって!!!!」








羽月の腕が、その袖を掴んでいた香澄の手を、振り払うように大きく振り回されてしまう。




「!!あっ!!」




そして、その勢いで、香澄の小さな身体が、畳張りのリビングの床の上に、強く投げ出されてしまう。




そして、香澄の幼い身体が、畳張りの床の上に、強く叩きつけられてしまった。




「!!香澄!!」


「!!香澄ちゃん!!」




実の父親である修介が、真っ先にそんな娘に反応し、即座に娘のところへと駆け寄っていく。


続けて、翔羽が慌ててそんな修介のところへと駆け寄っていく。




「…うっ…びええええええええええ!!!!!」




床に叩きつけられた瞬間は、何が何だか分からない、あっけにとられた表情だったが…


身体が床に叩きつけられた事実を知らせる痛みが、香澄の小さな身体に走ってきた途端に…


それを自覚して、まるで火がついたかのように泣き出してしまう。




「ど、どうしたの!!??」




そして、その大きな泣き声は当然、片付けと洗い物でキッチンにいた涼羽の耳にも届くことになり…


大慌てでリビングの方へと姿を現してきた。




「びえええええええええ!!!!!!」




父親である修介が懸命にあやそうとしているものの…


一向に泣き止む様子のない香澄。




幸い、床に投げ出されるように叩きつけられた身体の方に怪我はないものの…


その激しい泣きっぷりに、男親二人はどうすることもできないでいる。




「香澄ちゃん!!」




そんな二人の間に飛び込むように涼羽が割って入り…


床に叩きつけられたその幼い身体をそっと優しく、包み込むように抱きしめると…


ゆりかごを揺らすかのような、幼子にとって心地の良いリズムでよしよしと、頭を撫で始める。




「よしよし…かわいそうに…痛かったね?香澄ちゃん」


「うえっ…ひっく…」




そのとろけるような優しさと温かさに満ち溢れた涼羽の胸の中…


その小さな手で、涼羽の服をぎゅっと掴むと、涼羽の胸に顔を埋めて、静かに泣き続ける香澄。




「…ぐすっ…りょうおねえたん…」


「なあに?香澄ちゃん?」


「…もっと…ぎゅって、ちて…なでなで…ちて?…」




もう痛くてたまらなかったのか…


その小さな身体を全て使って、懸命に涼羽の身体にべったりと抱きついて甘える香澄。




そんな香澄がまた可愛いのか、涼羽も何も言わずに、にこにこ笑顔で香澄を優しく抱きしめ…


よしよしと、頭を撫で続ける。




「どうしたの?何があったの?香澄ちゃん?」


「…あにょね…はじゅきおねえたんがね…」




一体何があったのかを、香澄に聞いてみる涼羽。


ぐずりながらも、たどたどしくも、どうにか答えようとする香澄。




その香澄の口から、羽月の名前が飛び出した途端…




「!!」




それまで、茫然自失の状態だった羽月が、まるでいきなり背中をなぞられたかのように大きく反応する。




「?羽月が?」


「…はじゅきおねえたんに、あしょぼ?ってちたら…」


「したら?」


「…あっちいけって、さえたの…」


「…そうなんだ…」




そのやりとりで、大体の内容は掴めた涼羽。




要は、自分の言葉を素直に守って、羽月と遊ぼうとしたら…


当の羽月が、香澄を振り払うように拒絶してしまい…


そのせいで、身体を床に打ち付けてしまうことになった、と。




「…………」




涼羽と香澄のそんなやりとりの最中…


この件の加害者である羽月は、憮然としながらも非常にばつの悪そうな顔をしている。




自分のしたことで、こんなにも小さな子供を傷つけることになってしまった。


そのことは、羽月の心に大きな罪悪感をもたらしてしまっている。




でも、大好きで大好きでたまらない自分だけの兄、涼羽。


その涼羽を、まるで独り占めするかのようにしていた香澄に対し…


どうしても、激しい嫌悪感が消えてくれない。




その嫌悪感が、香澄に謝る、ということを、させてくれない。




あの子に、謝らなきゃ。


ううん、なんで、謝らなきゃいけないの。


あの子は、わたしだけのお兄ちゃんをとろうとしてたんだから。


だめ、悪いのはわたしなんだから、謝らなきゃ。




そんな、善悪のせめぎあいによる激しい葛藤が、羽月の中をぐるぐると駆け巡っている。




そんな風に羽月が、自分の感情に翻弄され続けている中…




「…佐々木さん」




静かに香澄を抱きしめながらあやしていた涼羽から、修介へと声がかかる。


その声は、本当に申し訳なさそうで…


まるで、自らが罪人である、とでも言いそうな声だった。




「!!は、はい!?」




いきなり声をかけられた修介の方も、そんな涼羽の呼びかけに慌てて反応することとなってしまう。




「…本当に、ごめんなさい」


「え?」


「…僕が、自分のやることにかまけて、妹に変にお願いしなければ、こんなことにはなりませんでした」


「!!い、いや、そんなことは…」


「…本当に、ごめんなさい」


「りょ、涼羽君…」


「…あなたの大切な娘さんを、こんな風に傷つけてしまって、本当にごめんなさい」




ただひたすら、修介に謝罪の言葉を述べ…


ひたすらに、その頭を下げてお詫びをする涼羽。




自分が変に羽月に香澄の面倒をまかせてしまったせいで、こんなことになってしまった。




そう思うと、本当に申し訳なくなってしまう。




こんなにも幼くて、可愛らしい子供が、こんなにも悲しそうに泣いて…


そんな風に泣き出してしまうほどに、痛くて悲しい思いをして…




ましてや、父である修介にとっては、最愛の妻の生まれ変わりであると思えるほど…


それほどに大切で、可愛くて可愛くてたまらない娘である香澄。




その香澄に、痛くて悲しい思いをさせてしまったことが、本当に申し訳なくて…


ただただ、その頭を下げて、謝罪をすることしかできないでいる涼羽。




そんな涼羽の姿を見ていられなかったのか…




「い、いや!佐々木!本当に申し訳ない!」


「!ぶ、部長…」


「俺がちゃんとこの子達を見ていたら、こんなことにはなってなかったんだ…」


「!部長まで、そんな…」




涼羽の父親である翔羽が、そのまま土下座する勢いで、部下である修介の方に謝罪をしだしたのだ。




「だから涼羽は悪くない!!悪いのは俺だ!俺がもっとちゃんと父親として、この子達を見てあげないといけなかったんだよ…」


「お、お父さん…お父さんは悪くなんか…」


「いーや!いつもいつもお前に負担ばかりかけて…そのおかげでこんなことになってしまったんだから…」


「お父さん…」


「だから…本当に申し訳ない!!佐々木!!」


「いえ…悪いのは僕なんです。お父さんは悪くありません。だから、本当にごめんなさい…佐々木さん」




懸命に、必死に息子である涼羽は悪くないと、かばうように謝罪を続ける上司である翔羽。


そして、そんな父を悪くないとかばうように、ただただ自分が悪いと主張し続ける涼羽。




「あ…」




自分がしたことで、ひたすらに頭を下げ続ける父と兄。


その二人の姿を見て、その頑なな心が動かされつつある、当の加害者となっている羽月。




自分だけの大好きな兄を独り占めしていた香澄に対する嫌悪感よりも…


大好きな父と兄に、自分のことで頭を下げさせていること…


それも、二人共当の自分が悪いなどとは一言も言わずに…




それが、ものすごく悲しくて…


それが、ものすごく苦しくて…


それが、ものすごく申し訳なくて…




言わなきゃ、いけない。


ここで言わなかったら、もう二度と、ちゃんとごめんなさいを言えるチャンスはない。




そう思ったら、後は行動のみ。


それは、本当に早かった。




「ご、ごめんなさい!!」




ずっと自分をかばうように謝罪してくれていた父と兄を…


今度は、自分がかばうように前に出て、その頭をひたすらに下げて謝罪の言葉を音にする羽月。




「!羽月…」


「!羽月…」


「!羽月ちゃん…」




その羽月に、三人の注目がいく。




「わたしが、香澄ちゃんにお兄ちゃんをとられた感じがして…それが…それが許せなくて、あんなことしちゃったから…」


「………」


「お父さんも、お兄ちゃんも悪くないんです!!悪いのは、わたしなんです!!」


「………」


「だから、だから…本当に、ごめんなさい!!香澄ちゃんにあんな痛くて悲しい思いをさせて、本当にごめんなさい!!」




香澄に対して、大好きで大好きでたまらない兄をとられたという感じしかなかった羽月。


その負の思いが、こんなにも小さく可愛らしい幼子に、あんなことをさせてしまった。




そして、何よりも羽月にとって堪えたのは…


その大好きで大好きでたまらない兄に、自分のことで頭を下げさせてしまったこと。


その大好きで大好きでたまらない兄のお願いに、ちゃんと応えて上げられなかったこと。




ましてや、兄のみならず、父にまで頭を下げさせてしまったのだから。




真摯に、そして真っ直ぐに頭を下げて謝罪する羽月。


高宮家の三人が勢ぞろいで、自分に向かって頭を下げるその光景。




「さ、三人共…顔を上げてください…」


「で、でも…」


「し、しかしだな…」


「ごめんなさい…」




そんな三人を見ていられなかったのか…


とにかく頭を上げて欲しいと、半ばお願いするように言う修介。




自分の娘のために、ここまで誠心誠意で謝罪してくれたこと。


涼羽に関しては、本当に香澄のことを心配して気遣って…


加えて、自分の娘に対する想いを汲んでくれていたことが本当に嬉しくて…




翔羽に関しては、ただの一般社員で大勢の部下のうちの一人に過ぎない自分に対して…


自身の立場のことなど一切考えず、ここまで真摯に謝罪してくれたことが本当に嬉しくて…




羽月に関しては、そこまで大好きで大好きでたまらない兄、涼羽を香澄が独り占めしてしまったことで、相当に寂しい思いをさせてしまって…


にも関わらず、こうしてちゃんと謝ってくれて…




そのおかげで、気持ちが落ち着いたようだ。




「香澄…もう痛いのは、どっかに飛んでったかな?」


「…うん…ぱぱ…」


「そうかそうか…」




穏やかな笑顔で、涼羽の胸に抱かれている香澄に声をかける修介。


身体的な痛みはないかと問いかけてみたら、もうないと答える娘、香澄。




まだその表情に曇りはあるものの、大きな怪我もなく、無事だったこと。


それが、やはり第一だった。




「香澄もこうして無事だったことですから…もう、頭を上げてください」


「佐々木さん…」


「佐々木…」


「皆さんは、本当に娘のことを想って、そして、私に対してもこんなに穏やかで落ち着くようにしてくださって…本当に、ありがとうございます」


「そ、そんな…」


「い、いや…」




嘘も偽りもなく、本当に心からそう思っての感謝の言葉。


それを、穏やかな笑顔で向けてくる修介に、妙な照れくささを感じてしまう翔羽と涼羽。




「香澄ちゃん…」


「?……」




そして、涼羽の胸の中に抱かれている香澄を覗き込むように…


近づいて、本当に申し訳なさそうな表情で見つめる羽月。




そんな羽月に、少しびくりとしながらも…


逃げることなく、じっと見つめる香澄。




「ごめんなさい…香澄ちゃんに、あんなひどいこと…しちゃって」




羽月の年齢よりも小さな手が、香澄の頭を優しく撫で始める。




「わたし…大好きなお兄ちゃんを香澄ちゃんにとられたみたいな気がして…それで…」


「………………」


「本当に…ごめんね。痛かったよね?」




今まで、年上である兄に甘えるばかりだった羽月に…


年下の子供を包み込もう、という心が、芽生え始めている。




壊れ物を扱うかのような、その優しい手つき。


先程、香澄を拒絶して突き飛ばした手とは、まるで別物のようなその手つき。




涼羽がしてくれる撫で撫でとは、また違う感じなのだが…


それでも、自分に目一杯優しくしてくれようという意思のある手つきに目を細める香澄。




「……きあい…ちがう?……」


「?………」


「…はじゅきおねえたん……わたちのこと…きあい……ちがうの?……」


「!………」




おずおずと、舌足らずな言葉使いで…


羽月に、自分のことが嫌いでないのか、と問いかけてくる香澄。




香澄にとって、突き飛ばされて痛い想いをしたことも、すごく悲しくて泣いてしまったのだが…


それよりももっと、自分が羽月に嫌われている、ということの方が悲しかったのだ。




あんなにも優しくて、大好きな涼羽の妹だから、きっと羽月も優しいお姉ちゃんなのだろうと…


そう思って、嬉しそうに寄っていったのだ。




そこで、あんな風に振り払われて突き飛ばされてしまったのだから…


自分が嫌われている、と思ってしまっても無理のない話なのだ。




でも、今はこうして、自分を可愛がるように優しい手つきで頭を撫でてくれている羽月。


そのため、幼い香澄には、一体羽月が自分のことをどう思っているのか、分からなくなってしまったのだ。




もしかしたら、またあんな風に危害を加えられてしまうかもしれない。




そんな思いが、香澄にこんな問いかけを、させてしまったのだ。




「…………」




そんな香澄を見て、羽月は改めて思った。








――――自分が、どれほどひどいことをしてしまったのだろう、と――――








こんなにも小さくて可愛らしい子供に、あんなひどいことをしてしまった。


それが、羽月の心に大きな罪悪感を生んでしまう。




同時に、香澄のことを可愛がりたくてたまらなくなってくる。




羽月は、しんみりとした暗い顔から、いつも兄に向けている時の無邪気な笑顔に、変わった。




「嫌いなんかじゃないよ、香澄ちゃん」




そして、兄、涼羽の手から半ば横取りするかのように…


香澄の小さな身体を、自分の腕で優しく抱きしめる。




そして、小さな妹が可愛くて可愛くてたまらない姉のような感じで…


香澄の頬に、自分の頬を優しく擦り合わせてくる。




「こんなにも可愛い香澄ちゃん…だあ~い好き、だよ」




まるで華が咲き開かんかのようなその眩いばかりの笑顔。


そんな笑顔で、大好きだと、弾むような声で言われた香澄。




羽月の方に抱っこされた初めの方はびくびくとしていたものの…


羽月のそんな笑顔、そしてそんな言葉と声。




それを見て、聞いて…


香澄の顔にも、心底嬉しそうな、天使のような可愛らしい笑顔が、戻ってきた。




「………えへへ~~♪」




そして、ただ抱かれているだけだった香澄も…


羽月の身体に、自分からその幼い両腕を回して、べったりと抱きついてくる。




もう、羽月は自分に危害を加えない。


もう、羽月は自分のことが嫌いじゃない。




そんな確信を、目の前の羽月自身が、持たせてくれた。




「はじゅきおねえたん♪」


「なあに?」


「わたち、はじゅきおねえたん、らあ~いしゅき♪」


「えへへ~♪わたしも、香澄ちゃん、だあ~いすき♪」


「「えへへ~♪」」




まるで本当の姉妹のように、お互いに大好きと言い合う羽月と香澄。




二人共、自分の出生と同時に母親を失う、という境遇にあることもあり…


どこか、通ずるものがあるのかもしれない。




「…よかった…」




そんな二人の、ぽやぽやとした微笑ましいやりとりを見て、修介がぽつりとつぶやく。




この家は、香澄にいい影響を常に与えてくれる。


この家は、香澄のことをひたすら優しく包み込んでくれる。




本当に、今日、この家に来ることができてよかったと…


修介は、心の底から思うことができた。




「よかったね…羽月、香澄ちゃん」




そんな二人のところに、涼羽が優しげなにこにこ笑顔を浮かべて、寄ってくる。


そして、羽月と香澄の頭を優しく撫で始める。




それが嬉しかったのか…




「お兄ちゃあ~ん♪」


「りょうおねえた~ん♪」




今度は、二人揃って涼羽の方へとべったりと抱きついてくる。




「わっ!……もう…二人して甘えん坊さんなんだから…」




そんな抗議のような言葉を二人に対して紡ぐも…


顔はもうとろけるかのような母性と慈愛に満ち溢れた笑顔で…


口調も声も、本当に優しげなものなのだから…




涼羽自身も、こんな風に甘えられて嬉しいということが、よく分かる。




「えへへ~、お兄ちゃん大好き!!」


「えへへ~、りょうおねえたんらいしゅき!!」




二人して涼羽の胸の中にべったりと顔を埋めて…


ぎゅうっと涼羽の身体を抱きしめ、これでもかというほどに甘えてくる。




そんな二人を優しく包み込み…


慈愛の女神のようなその笑顔を二人に向けて…


目一杯、甘やかしてしまう涼羽なのであった。

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